訪問者 5

 閻魔大王は鏡子を担ぎながらズカズカと元来た道を歩いていき、やがて鏡子達が住んでいる屋敷に辿り着いた。閻魔大王は屋敷の扉を少し乱暴に開く。

 扉を開くとすぐに司録と司命が目に映る。


「あれ? 大王サン、もう戻ってきたの? つまらなーい」

「お帰りなさいませ。ずいぶん早いお戻りで」

「……お前たちは余程余に戻ってきてほしくなかったみたいだな」


 司録と司命の軽口に閻魔大王はムスッと膨れている。そんな閻魔大王に追い打ちをかけるように司命が「まぁ、鏡子ちゃんがいればいいけど」と小さく呟く。


 司命の視線が閻魔大王に担ぎ上げられている鏡子に刺さった。


「あ、あの! そろそろおろしてください!」

「ああ、そういえばそうだったな」


 鏡子がジタバタと暴れると、閻魔大王はゆっくりと鏡子を降ろした。その瞬間、鏡子は司命に抱きつかれる。


「グエッ」

「鏡子ちゃん、会いたかったよぉ」

「ちょっと離れていただけなのに。あと……苦しい」


 司命は「えぇ~」と渋々鏡子から離れる。


「それにしても」と司録が口を開く。


「その服は刀葉林のものですか」

「……うん」

「さすが余の妻だろう。何でも似合う」

「そこは閻魔大王が胸を張ることじゃないですよ」

「いや、余の妻なのだから。胸を張ってもいいだろう」


 閻魔大王と司録は鏡子を気にせず二人で言い合っている。その様子が鏡子にはひどく面白かった。思わず「ふふ」と笑みをこぼす。

 その様子を見て閻魔大王もホッと口元を緩めた。


「よかった。笑えるようになったみたいだな」

「え……。あ……」


 そういえば閻魔大王は私のこと、心配しているって。それに司録も司命も。


 鏡子は拳をグッと握りしめる。そして深く頭を下げた。


「ごめんなさい。心配をかけて。すぐに元通りとはいかないけれど。でも、もう大丈夫なような気がします」

「そうか。それならよかった。後で刀葉林に礼を言わなくてはならないな」

「鏡子ちゃんの色っぽい姿も見れたしね」

「ああ。…………って、いや、違うぞ。それもあるがそうでなくてだな」


 司命の言葉にたじたじな閻魔大王。そんな閻魔大王を見て、また鏡子は笑みをこぼす。閻魔大王は不自然に鏡子から目線を外しながら言葉を続ける。


「その、妻が笑えるようになったからな。あくまでその礼だ」

「!」

「まぁ、余が妻を笑わせたかった気持ちもあるからな。刀葉林に対して嫉妬もしているが」

「閻魔大王……」


 閻魔大王はどうやら本当に私のことを大切に思ってくれているらしい。そう思うと刀葉林の言っていた通り、ほんの少しだけど自信が持てるような……。


 鏡子は自分でも分かる程、顔が赤くなる。

 ドキドキと胸が高鳴る。


「あの閻魔大王……」

「どうした」

「私、もう少しここで頑張ってみようと思います。その、だから――」


 鏡子は赤い顔をしながら閻魔大王をジッと見つめた。


「だから――。未熟な私を支えてくれますか」

「っ」


 すると何故か閻魔大王も顔が赤くなった。


「?」


 鏡子は思わず首を傾げる。


 私、変なこと言ったかな。結構、勇気出したんだけど。


 すると司録が鏡子の横にやってきて耳打ちする。


「どうも大王は照れてるようです」

「照れてる?」

「ええ。鏡子様の上目遣いがあまりに愛らしくて」

「っ!」


 あの閻魔大王が照れている……。それだけで鏡子は動揺してしまう。


 って動揺している場合じゃない。それに閻魔大王、私の言葉全然聞いてないし。


 閻魔大王ははにかみながら鏡子の頬に手を当てる。


「先程の問いだが、もちろんだ。余の大切な妻なのだから」

「……ありがとう、ございます」


 前々から思っていたけれど、閻魔大王は花嫁フィルターでもかかっているんじゃないだろうか。私が何をしても否定せず、助けてくれる。

 どうしてなんだろう。


「どうかしたのか?」


 そんな鏡子の戸惑いに気付いてすぐ閻魔大王は声をかけてくる。


 私のこと、よく見ているみたいだし。


「あ、いえ。何でも」

「そうか。……ところで妻よ」

「はい」

「今晩一緒に寝ないか」

「はい…………。へ?」


 思わず流れで「はい」と言ってしまったけれど。

 ――今晩一緒に?


「ええええええ!? そ、そ、それは」

「駄目か」

「駄目に決まっています」


 閻魔大王はガックリと肩を落とす。


 そんな閻魔大王を見て司録はため息を吐くと「その言い方では誤解されてしまいますよ」と釘を差す。


「そうそう。鏡子ちゃんのこと、襲いたい~って聞こえるし」

「「!!!」」」


 司命の言葉に閻魔大王も鏡子もさらに顔を赤くする。


「いや、その、そういう意味ではなくてだな。ただ一緒に寝ようという意味でだな」

「っ」


「閻魔大王。余計に誤解を生んでいますよ」と司録。


「鏡子様。おそらく閻魔大王は一緒に酒でも飲んで夜を過ごそう、と言っているだけですよ。それ以上に深い意味はありません。…………今のところは」


 なんか最後に不吉な一言が聞こえたけれど。


 閻魔大王は司録の言葉にブンブンと首を縦に振っている。


 なんだか閻魔大王ってよく分からない。ものすごく怖いかと思ったら、可愛い一面もあるし。


 鏡子は「それじゃあ」と司録と司命に目をやる。


「後でお酒、持ってきてくれる」

「!?」

「出来たら日本酒がいいのだけど」


 鏡子はこっそりと閻魔大王を盗み見る。


 知りたい、と思った。閻魔大王が何を思っているのか。どういう人物なのか。


 閻魔大王は頬をポリポリと書いて、鏡子に顔を向けた。閻魔大王を盗み見ていた鏡子と一瞬目が合う。


「っ!」

「それじゃあ部屋に戻るとするか」

「はい」


 鏡子は閻魔大王の後に付き従う。


 だがこの後、鏡子は閻魔大王を自分の部屋に呼んだことを後悔する。というのも閻魔大王のいびきで鏡子はその日一日全く眠れなかったからである。

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