113話 裂けた太陽 3/9


―― ヨーミ ――


 佐藤のり子と不本意な再会から数分後。あーしとのり子は近くの児童公園まで移動し、サビだらけのチェーンでぶら下がったブランコに腰を落ち着けていた。

 近くの自販機でお互いに飲み物を購入し、形ばかりの祝杯を上げる。しかしその後、暫くの間はお互いに無言だった。あーしは足元で列を作ったアリを無心で眺めていたし、のり子はそんなあーしの様子を熱心に眺めながら考え事をしている様子だった。


「………………」

「………………」

 

 お互いに長い沈黙だった。喋り好きなのり子が切り出せないのだから、それだけ聞きたいことが多いのだろう。一緒に不良へ立ち向かっていた親友が、逆に不良となっちまったのだから混乱だってするだろうな。おかげさまでこちらは少しずつ冷静さを取り戻しつつある。

 徐々に日が傾き始めた。このまま無駄な時間を過ごされても困る。こちらから仕掛けることにした。

 

「聞きたいことって何よ?」

「……ごめん。全然まとまんない。心と頭の中がぐちゃぐちゃしすぎて」

 

 埒が明かん。奢ってもらったカフェオレ缶を飲み干し、缶を地面に放り投げてブランコから腰を上げる。


「聞けないなら行くぞ。アイドルのライブなんかに行く時間があるお前と違って、あーしは余裕が無いんだ」

「待ってっ!」


 絶叫に近い制止だった。こんなに必死な声を出すのり子を見るのは初めてだ。

 先程あーしを圧倒した剣幕は見る影もない。先程のあーしがビビらせたオタクと同じように弱気な顔になっている。

 とはいえ時間が無いと感じているのはのり子も同じなのだろう。意を決し、震える声で話し始めた。


「ヨーミがお金を取る時、何も躊躇が無かった。かなり手慣れてた手つきだった。さっきみたいに普段からよくカツアゲやってるの?」

「だったら何? やったらダメだってか?」

「駄目に決まってるだろ……っ! 犯罪なんだぞ! 不良のやることだぞ!」

「そーだな。不良のやることだな。でもしょうがないだろ。そういうことする身になっちまったんだから」


 のり子から悔しそうに歯噛みする音が聞こえる。


「あっちに行った後、何があったんだよ……教えてくれよ、ヨーミ」

「やだよ。ダセー自分語りなんて。教えたらのり子様はあーしにどうしてくれるっての?」

「更生させる」

「矯正の間違いじゃね?」

「それでもいい。これ以上、今のヨーミを見たくない」

「見なけりゃいいじゃん。じゃあバイバイだ。それで解決だろ」

「バイバイなんて嫌だっ!」

「ガキかよ! あーしの生き様に首を突っ込んでくるんじゃねえ! 何様だテメーはっ!」

「ガキだよ! ガキでもいいよ! とにかく今のヨーミはほっとけないんだよ!」


 駄目だ。こりゃ平行線になっちまう。これ以上関わっているとお互い損にしかならない。のり子は経歴に傷がつくだろうし、あーしは面子に傷がつく。

 線引き時だ。


「のり子。お前は最近なにしてんの?」

「昔と同じだよ。アイドル目指しながら学校で元気にやってるよ」

「ふーん。良かったじゃん。幸せそうで。あーしとは正反対だ」

「ヨーミ!? それ……」


 レーナから買い取ったタバコを取り出して口に咥え、火を付けた。思わず小さく叫ぶのり子を無視して、あーしはのり子の眼前まで近寄る。


「別に今更だよ。1000本目から1001本目になっただけ。あーしはを選んだ」

「そんな……」

「だからもうお前とはつるむ気ねーんだよ、のり子。どうせ相変わらず、反吐が出そうなくらいの良い子ちゃんやってるんだろ? そんなダセー奴と関わり合いたくねーんだよ。あーしにはあーしのコミュニティがある。良い子ちゃんのテメーと関わってると知られたら、そいつらからどれだけコケにされるか分かったもんじゃねえ。あーしと関わられると迷惑なんだよ」

「い、嫌だ! せっかくまた会えたのに――げほっ! げほっ!」

 

 タバコの煙を軽く吹きかけてやると、のり子は盛大にむせこんだ。


「ダセえ気管支だなぁオイ。そんなんでアイドルになれんのかよ」

「うう……ぐすっ、ぐすっ……」


 とうとう堪えきれずにのり子の両目から涙がこぼれ出る。

 ……まあ、こんなところか。タバコを地面に落とし、踏みつけて火を消す。


「あーしはもうこの道で生きてくと決めたんだ。お前はお前で楽しくやってろよ。アイドル目指すんだろ? あーしみてーなワルに構ってる暇あったら練習でもやってろ」

「………………」

「じゃあな。もう金輪際、声かけてくんな」


 のり子に背を向けて歩き出す。ぐすぐすと泣きじゃくるのり子の声。聞いていて非常に不愉快な気分だ。でも、これでいい。これぐらい突き放さないと、あいつはしつこくつきまとって離れないだろう。


「ヨーミ」


 まだのり子は諦めない。だが無視だ。


「ヨーミッ!」


 無視だ。くそ。諦めろよ。ここまで突き放してやったんだぞ。


「ヨーミ……お前……納得できるかよクソがああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

「!???!?!」


 鼓膜をズタズタにせんばかりの大絶叫の直後、ごきんっ、と金属の曲がる音が鳴り響いた。無視もできずに慌てて振り向く。


「え? は?」

 

 素っ頓狂な声が自分の喉から絞り出される。

 そこには、ブランコを支える鉄柱に額を埋めたのり子の姿があった。

 何が起こったのか理解できず、呆然と立ち尽くすも、ボタボタと額から血が垂れる音を聞いてようやく気づいた。のり子が鉄柱にヘッドバットをぶちかましたことに。

 

「いや、おまっ……何してんの!?」


 慌てて駆け寄り、ぐらぐらと揺れるのり子の身体を支える。その際に視線が合うが――。


「ヨーミの不憫さに耐えられなくて頭に血が上りすぎたから血抜きしたんだよ。文句あんのか? あ?」


 バチバチにブチ切れた眼力で、のり子はあーしを睨んでいた。直感した。あーしは口喧嘩でも敗北するしかないだろうって。


「おかげでチョースッキリした。すげー清々しい気分。ボウリングでガーター3連の沼底まで落ち込んだ直後、全力投球でストライクをキメた時くらいにブッ飛んだよ」


 身体を支えるあーしの手を振り払い、よろよろと数歩だけ離れる。


「そんでもって確信した」


 そして、びしりと擬音が聞こえそうな勢いで指をさしてハッキリと言った。


「ヨーミ。お前、不良に向いてないから今すぐ止めな」


 あまりにもハッキリと言うものだから本当に何もかもの言葉を失った。のり子の額から流れる血の音が聞こえそうなくらいの静寂の後、あーしも思わず叫んだ。

 

「ああ!? いきなりトチ狂ったコトしたと思ったら、何トチ狂ったコト言ってやがる!?」

「狂ってません! 一周回って正気です! いいかいよーく聞け! お前は不良の世界じゃ大成しません! この程度の出血でオタオタしてるとか、不良なめとんのか!」

 

 不良嫌いのお前に何で不良講座カマされなきゃなんねーんだ!? てゆーかこの程度の出血って……ほっといたら出血多量で死んじまう量だぞ!?


「お母さんは言っていたよ。不良には2種類の人間がいるんだって。成り行きや仕方なく不良の道に入っちゃった奴と、悪いことが楽しくて仕方がない正真正銘のドクズだ。ヨーミは間違いなくしょうがなかった方。そういうやつがソッチの世界でのし上がるなんて絶対に無理ムリの無理なんだよ。だから止めな。できるだけ今すぐ」

「勝手に決めつけんな!」

「決めつけるね! そんな心配そうな面して、血相変えて駆け寄ってくるやつがドクズであるもんか! 不良として三流なんだよ! ヨーミがどこまで辛い思いをしたのか知らないし、たぶん話したくないだろうから聞かない! でもこれでハッキリと分かった。ヨーミはヨーミのままだ! 何も変わっちゃいない!」


 しまった。なんてこった。迂闊だった。何で駆け寄っちまったんだ。何で心配するような真似をしちまったんだ。のり子が調子に乗っちまったじゃねえか!


「テメー、アイドル目指すんだろうが! あーしのような人生の落第者に構うなよ! 芸能界に入りてぇんだろうが! 経歴に傷ついたらオシマイなんだぞ!」

「知るかそんなもん! 構うに決まってんだ――ろ? ……おお? おろろ?」


 のり子の視点がぐらぐらと揺らぐ。足元がおぼつかなくなり、やがてその場に倒れ込みかける。

 あーしは何も考えられず、咄嗟にのり子の身体を再び支えてしまった。


「ちょ、ちょっとやりすぎた……さすがの私でも無理だ」

「バカか! 当たり前だろうが!」

「よ、ヨーミ。来る途中、い、イタ飯レストラン、あ、あったでしょ。Gardeniaガーデニア

「ああ!」

「そこ……あした、しゅ、集合ね」

「ああっ! ……ああ?」


 勝手に約束を作るんじゃねえ、と反論する機会も無いまま、言うだけ言ってのり子は気絶してしまった。声をかけても揺すっても反応しない。


「……クソが。勝手にアレコレ決めやがって」


 周囲に公衆電話……無いか。しょうがねえ。

 のり子をおんぶする。誰かに預けるか近くの病院にぶち込んでおこう。

 あとは知らん。あんな勝手な口約束なんて守ってやるもんかよ。

 


・・・・・

・・・

 


 額からだくだくと血を流したのり子を適当な病院へ放り込み、もう知らんと突き放してから一夜が明けた。そして現在は――イタリア料理のファミリーレストラン「Gardeniaガーデニア」の前にいた。もちろん、あの口約束で指定された店舗である。現在の時刻は朝の9時。まさかなと思いつつ店内の様子を窺ったのだが……。


「なんでこんな朝っぱらから居るんだよ……」


 そうボヤいた視線の先には、窓際の席に陣取り、真剣そうな表情でテーブルを眺めるのり子の姿であった。たぶんガーデニア名物、激ムズ難易度のパズルに夢中なのだろう。

 派手な出血をしたとは思えないくらいに顔色は良い。額のガーゼが無ければ怪我人とは思えないほどに元気そうだ。次の日なんて絶対に無理だろうと思っていたところにコレだ。さすがは佐藤のり子。


「………………」


 見なかったフリをするか、しょうがないから顔を出すか。数秒だけ迷ってから、入店を決意した。のり子はアホだから、あーしに会うまでこの店に通い詰めかねん。あいつが破産しようが知ったこっちゃねえけど……ちょっと顔出してひとこと物申せばもう十分だろう。もう関わるなと改めて決意表明しよう。

 入口の自動ドアを抜けて店内へ。あーしの姿を見てたじろぐ店員を無視し、のり子が座るテーブル席の対岸にドカリと音を立てて腰をかける。かなり勢いよく座ったはずなのに、のり子は無反応である。テーブル蹴っ飛ばしてやろうか。


「おい」

「どぅわ!? いつの間に!?」

「普通に入ってきたよ。お望み通り来てやったぞ」


 のり子はあーしとパズルを交互に視線を送り、どっちを処理しようか悩んでいる様子である。おい。呼びつけておいてその反応は無えだろ。パズルのほうが大事ってか? 気持ちは分かるが、やられる側けっこう腹立つな。


「やっぱ行くわ。ゆっくり楽しんでろよ」

「ちょちょっ、待ったぁ! ずっと考えてた謎が解けたばっかりで混乱しちゃったんだよ! ごめんって!」

 

 のり子はパズルを脇にどけ、ニコニコと露骨な作り笑いをした。やれやれだ。

 テーブル上に視線を移す。飲み物のコップや朝食バイキングの皿が散乱している。いつからこの席に陣取ってやがったんだ。


「思ったよりずっと早かったから心の準備ができてなくてさ……ほら、場所は決めたけど時間はまだだったでしょ?」

「いつまで通うつもりだったんだよ」

「ヨーミが来るまでだけど」


 何の躊躇もなく言えるセリフじゃねえんだが。お前、あの母親にどれだけ借金するつもりだ。そのうちぶっ殺されるぞ。


「昨日はいろいろあったけど、ヨーミが元気そうでよかったよ」

「こんな朝っぱらからファミレスでモーニング出来る傷でも無かっただろうが」

「わはは。こんなもんかすり傷じゃい」

「何針?」

「顔だから細かめで……8」

「やっぱバカだろお前」

「なんも言い返せねえ……安心して。傷はおでこの上側だから目立たないし、ちゃんと消えるみたい。だから今後の活動にも支障なしです」

「よ――ああそうかい」


 『良かったな』と返事しそうになったので、慌てて言い直す。調子に乗りそうだから断固言わんぞ。

 変わってねえな、のり子は。あーしと別れてからも、やっぱりのり子はのり子のままだったんだろうな。


「で。用件は?」

「え。もう本題に入っちゃうの? もっとおしゃべりしようよ。てゆーかカラオケ行かない?」

「言っただろ。お前と会ってると面子に響くんだよ。これ以上つるむ気もねえ。今日で最後だ。そこんとこはっきりさせとかねーと、お前はしつこいから」

「そっか……じゃあカラオケはまた今度ね」

「お前、話聞いてた?」


 呆れるあーしの顔の前に、のり子は唐突にVサインを作った。なんだ?


「2つ話を聞いて欲しい。ひとつは約束。もうひとつはただのお願い」

「あ?」

「ひとつ。これは絶対に守ってほしいんだけど……もう普通の人に――堅気の人に手を出さないようにして」

「なんでテメーに指図されなくちゃいけねーんだよ」

「いいから。おねがい。これだけは守って。約束して」


 なかなか無茶な提案をしやがる。波瑠窮理亜ヴァルキュリアはワルをやるためのグループだ。そこからワルを抜いたら居る価値が無い。

 だが。のり子の表情は真剣そのものだ。引く気も無いのだろう。

 ……まあ、守ってほしいのはこれだけみたいだし。のり子にバレなきゃいいだろ、別に。


「もうひとつは何だ」

「これから週1くらいで会おうよ。このファミレスに集合って形で」

「ハァ!? あーしはもう会わないって言ったばかりだろうが!?」

「ヨーミと会うと私の経歴に傷がつくからって話だっけ? だいじょーぶだいじょーぶ。お母さんがバリバリの元ヤンな時点で傷つきまくりなんだからさ」

「んぐっ……!」


 気を失う前の言葉をしっかりと覚えていたらしい。その叫びを思い出し、顔が熱くなった。

 

「心配してくれてありがとうね」

「違うわ、黙れ! 会わないほうがお互いに都合が良いだけだろうが! そもそも何でお前と会わなくちゃなんねーんだ」

「ヨーミが怪我してないか、元気にやってるかを確かめるだけだよ。それにせっかく再会できたんだし、おしゃべりしたり遊びたい。つまり私の我儘なんだな、これが」

「別の友達とやれよ」

「ヨーミとやりたいから却下」


 即答だった。気分が悪いな。

 

「更生させるとか言ってたから、ずっと説教でもするのかと思ってたぜ」


 さっきから「話がしたい」じゃなくて「おしゃべりしたい」と言葉を選んでいたのは気になっていたが。


「そりゃあヨーミには足を洗ってほしいよ。でも今のヨーミにはヨーミの都合がある。外野の私がとやかく言ったって気分が悪くなるだけでしょ? だから一晩お母さんと一緒に考えて、一番最低限のラインだけは守ってもらうくらいにしようかって。別に約束守れたかどうかなんて聞かないつもりだよ」

「何様なんだよテメーは……付き合ってらんねー」

 

 あーしは席を立った。


「もう行くの? なんか頼んでけばいいのに」

「話を2つ聞いただろ。そんでもって、あーしから話すことは何も無え。ここにいる理由も無いってこった」

「でも……いや、まあ引き止め過ぎも良くないか。それじゃまた来週……の前に、ひとこと」

「あ?」

「美人になったね、ヨーミ」

「………………」


 返す言葉が見つからず、中指を立てながら退店した。最後のひとことは忘れよう。速攻で。

 堅気に手を出すな。1週間ごとに会う……駄目だ、かったるいわコレ。無視だな、無視。とはいえ、のり子が下手に思い詰めていなくて良かった。下手したら波瑠窮理亜ヴァルキュリアに直接乗り込むなんて言い出しかねん。そうなったらお互い無事ではいられまい。

 とりあえず今日のシノギを探しに行こう。あんな戯言に付き合う理由なんて無い。今日もあーしはあーしらしくやらせてもらう。


 

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