111話 裂けた太陽 1/9


―― ヨーミ ――


 最初に佐藤のり子と出会ったのは保育園の頃だ。

 あーしは離婚した母親に連れられて遠くの町から転園してきた。引っ越して間もない頃だったから、環境の違いに馴染めなくて捻くれるばかりで可愛げのない女児だったことは憶えている。今まで仲良くしていた友達に会えない寂しさから、転園早々に部屋の隅でぐずっていたところをのり子に話しかけられた。お互いに軽い自己紹介をしてから、あいつは太陽みたいな笑顔でこう言い放ったのだ。


『みらいのトップアイドルが友だちになってあげるよ!』


 保育園の頃からのり子はどこまでものり子であった。顔にでっかい傷ができるまで、あいつの人生にブレという二文字は無かったと言ってもいい。

 歌が流れば無駄にキレのあるダンスを踊りだすし、歌わせれば他の園児を置いてけぼりにするし。あいつの突発オンステージを毎回最前列で見させられていたし、あーしの私物はのり子が描いたラクガキのようなサインだらけになっていくし。挙句の果てに、ままごとでアイドルの役職までやりだす始末だ。おままごとではいつも、のり子のパパやママ、それかマネージャー役になって、あいつの世話を焼かされたもんだったな。周囲の連中はのり子の奇行についていけなくて、いつも貧乏くじを引かされていたっけ。

 そんなのり子のお目付け役を任されていると、自然と腐れ縁のような仲になっていく。その関係は保育園を飛び越え、小学校まで続くことになった。家の外では常にのり子と一緒だった気がするな。のり子を馬鹿にする男子どもへ鉄槌を食らわせたり、悪さをやらかす地元の不良へ一緒に立ち向かったり。脳みそがアイドルだらけな言動に呆れ返ったり、赤点だらけの成績をどうにかしてやったり。それこそ驚天動地の毎日だった。

 とはいえ、あーしはそんなアイドルまみれの生活がまったく苦にならなかった。


『しょーがねーな。ファン第1号サマが付き合ってやる』

 

 こんなことをぼやきながらも、のり子と毎日バカをやって過ごした。その時間が楽しくて嬉しくてしょうがなかったのだ。

 

 だって当時の佐藤のり子は誰よりも眩しく輝いていたから。

 あーしにとって、誰にも負けない最高のアイドルだったから。

 そんなアイドルの最前列という特等席。ファン1号という名誉。

 この席と名誉だけは、誰にも渡せるわけがない。


 まさに黄金期。まさに敵なし。

 そんなのり子との友情物語は、小学校高学年あたりで一旦の終結を迎えることになる。あーしの母が再婚し、転校を余儀なくされることとなったのだ。転校先はのり子の地元からは別世界のように遠い場所だった。

 別れ際のやりとりはカットさせていただこう。ドラマやアニメでよく描かれる、親友との別れのシーンがあるだろ? あれの最上級にエモいやりとりをブチかましあったと思ってくれればいい。


『次に会う時はヨーミに自慢できるよう、センター取ってくるよ!』

『ああ。テレビの前で待ってるよ』

 

 そんな青臭いやりとりをしながら、あーしとのり子は ずっと友達ズッ友 宣言をして涙ながらのお別れをした。

 連絡先は交換しなかった。当時のあーしは連絡を取る手段を持ち合わせていなかったのだ。

 この事が致命的になるとも知らずに。



 

 さて。ここからもよくある話だ。

 再婚相手の義父はエリート商社のお偉いさん。金持ちのひとり娘という勝ち組街道へ突き進むはずだった。そいつが紛れもないクズでなければ、であるが。牙を隠して母に近づいてきたその男は、一緒になるとすぐに本性を表すこととなる。

 酒。ギャンブル。女。休日ともなればクズ人間が大好きな要素を一通り履修して発散し、上手くいかなければあーしと母に八つ当たりだ。家族サービスなど微塵も存在せず、あーしと母は度々あいつのサンドバッグとなる日々だった。もちろん精神攻撃も抜かりなく、やること成すこと存在否定のモラハラが当たり前のように行われた。

 義父と母は恋愛結婚などではなかった。義父はストレス発散のはけ口を作るため母に近づき、母はあーしの養育費を手放さないために奴から離れない道を選んだ。もはや結婚ではない。ただの契約だ。

 家庭が荒れれば学校生活にも響く。義父の悪い噂は転校先のクラスメイトにも知れ渡り、あーしは度々いじめの対象になった。義父の仕打ちに比べれば、それこそガキのおままごとみたいなもんだったけど、辛いもんはどうあがいても辛い。


 のり子と別れてからも、あいつからの手紙は何通も届いていた。中身は何気ない雑談や近況報告ばかりだ。最初こそ何通か返信していたが、義父が本性を表してから交流が一切禁止されてしまっていた。

 密かに何度ものり子へ連絡を取ろうとして、その度にぐっと耐えた。のり子のことだ。今の状況を知ったら見境なく暴れてしまう。情けない家庭事情に巻き込んでまで迷惑をかけたくない。

 それでものり子が横にいてくれたら、きっと秒で全部解決して、また元の黄金期に戻れるんだろうな。そんな幻想を抱きながら、分かりたくもない現実の中で過ごす毎日は地獄だった。

 戻りたいな。戻れるといいな。そう願いながら、あーしは耐えに耐え続けた。

 

 そんな日々が1年ほど続いたある日。

 限界が来た。暴力という最終手段に頼ってしまったのだ。

 いじめてきたクラスメイトに対して力で分からせてやると、いじめはピタリと止んだ。義父にも全力で対抗したら、家庭内暴力やその他の問題は徐々に大人しくしていった。代わりに家庭内別居が増えていったが。


 転校して2年経つ頃には、環境がガラリと変わっていた。義父は知らない間に財産を持ち逃げして蒸発し、母はあーしへの罪悪感とストレスから精神病院へ入院。引越し先でまともに暮らせなくなったあーしら母娘は、東京に住んでいる母の妹――叔母に引き取られていた。

 叔母は極度の事なかれ主義であった。あーしに生活費だけを渡して仕事に逃げる日々。こちらに干渉しない。衝突しようともしない。いわゆる監護放棄ネグレクトってやつだ。殴られ蹴られよりはマシだったが、これはこれで堪えたもんだ。問題児を抱えてくれただけでも有り難いと思うことにしたが。

 そんな尋常ではない家庭環境で暮らしていれば性格もネジ曲がる。東京に馴染む頃には、あーしはそれなりに有名な不良娘となっていた。

 

 施設に送られていなかった事が奇跡なくらい、あーしはケンカと悪行を繰り返した。暴力こそが自分を救うと信じて疑わなかったからだ。この頃は自分の命などどうでもいいと思い込んでいたので、もうやりたい放題である。


『オゥ黒豹。今日もゴキゲンにキレてんなぁ♪ 中坊のクセにそこらの高校生よりイカれてやがるぜ♫』

『やるねェ黒豹ちゃん。あんたを引き入れたアタシも鼻が高いよ! キヒヒッ』

 

 気がつけば学生ギャングの頂点とも呼ばれた波瑠窮理亜ヴァルキュリアにチーム入りし、黒豹なんて呼ばれてチヤホヤされるようになっていた。イジメとクスリと殺し以外の悪いことはだいたい経験したと思う。心が晴れる瞬間なんて少しも無かったが、殴られ蹴られの毎日よりは殴る蹴るの毎日のほうが当時のあーしにはお似合いであった。




 ……のり子との出会い話と不幸自慢はこんなもんかな。以上、あーしが幸せ絶頂期から悪の道にドロップアウトした経緯を駆け足でお伝えした。昼ドラでも高視聴率が稼げるくらいの濃密な体験をさせてもらったとは思う。だけどのり子の傷とは関係ないし、不幸自慢なんて話しても聞く側が嫌になるだけだからな……こっちも詳細はバッサリカットだ。とにかく、のり子と再会する直前のあーしは荒れに荒れていたってことだけは頭に入れておいてくれ。

 ……赤羽根センパイ、なんか落ち込んでません? イキってた自分が恥ずかしい? ええと……赤羽根センパイの昔は分かりませんが、とりあえず気分を悪くさせていたらごめんなさい。まーでも、だいたいの元ヤンはクソみてーな過去のひとつやふたつ、誰でも持ってるもんじゃないですかね。


 さて、悪い。前置きが長くなっちまった。不幸自慢ばかり続いてウンザリしてると思うけど、もう少し不幸話に付き合ってくれ。

 

 中学二年に上がりたて。春休みの時期だ。

 佐藤のり子との再会は偶然だった。


 

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