103話 無茶苦茶ムシャクシャ
―― 佐藤のり子 ――
前回のあらすじ。
私は体力テストをひとりで乗り切る決心をした。名付けて「孤独なロンリーウルフ大作戦」である。
そして時は進み、現在は体力テストの準備運動中。
「今日はよろしくね、佐藤さん」
「……うん。よろしく」
眼の前では気恥ずかしそうに峰さんが私に微笑みかけている。スタイルの整った女子高生が着る体操服はどこか犯罪めいた香りが漂ってくるぞ。
大作戦を決心したのも束の間。体育教師による無慈悲な「はーい二人組つくってー」で作戦はあっけなく崩壊してしまった。そういや去年もこの地獄の制度だったな。ペアを組んでお互いの記録を付け合う目的らしい。教師側でも記録をつけるんだから、生徒側なんて必要ないだろ。
「教師だって記録ミスがあるだろうから、その防止っていう目的もあるらしいよ」
「なるほど」
ちなみにベストパートナーのヨーミは、教師の開幕宣言の直後、愉悦な微笑みをしたシズによって秒でかっさらわれた。峰さんと私をくっつけて、私が困り果てる姿を眺めるためだ。悪魔め。
とはいえあくまで「困る」程度のハプニングである。シズのいたずらは絶妙にライン超えをしてこないところが憎みきれないポイントだ。
「佐藤さん、もしかして体調わるい? 言いにくいなら先生に言ってこようか?」
「ううん、大丈夫だよ」
私の元気の無さを見かねて、峰さんは不安そうに語りかけてくれた。疲れはあるけど運動に支障はない。七海ナナミの件が気まずくて、まともに顔が見られないだけである。紅焔アグニスのやらかしは、今の佐藤のり子に関係ないってのは重々承知なんですけどね。それでも罪悪感はとんでもない。
さて、眼の前に七海ナナミこと峰夏美さんがいる。ならば七海ナナミの件については触れなくてはいけないだろう。私は名実共にナナミンのファンなのだから。
「七海ナナミのチャンネルが凄いことになっちゃったね」
「うん。なんか凄いことになっちゃった」
他人事のように話す峰さん。無関係でいたい心境なのだろう。紅焔アグニスどころかルルとナティ姉にも認知されてしまったのだ。根掘り葉掘り話を聞きたい連中は多いはずだ。
「周りの反応はどうだった? 変に絡まれなかった?」
「今日はシズさんと一緒に登校したの。迎えに来てもらって、ずっと一緒にいて守ってくれたよ」
「そっか。流石はシズだね」
「おかげで平和でした」
シズのもう一つの好感ポイント。やってほしいフォローを的確にこなしてくれるのがこれまた頼もしい。じゅうもんじトップのルチル・ストレイバードにも劣らない気遣い娘よ。でも意図的に峰さんと私をくっつけて反応見てほくそ笑んでやがるのは許さねえぞ。プラマイゼロだからな。
……いや待てよ。そういえば、聞きたいことがひとつあったな。ペアになれてちょうどいい機会だから聞いておこう。
背中合わせで腕を組み合うペアストレッチになったタイミングで、私は峰さんに改まって声をかけた。
「峰さん。最近ちょっと気になったことがあって質問したいんだけど」
「質問? どうぞ」
「なんか峰さんと仲良くなったのが初めてじゃないような気がしてるんだけど……もしかして私と峰さんって、去年同じクラスになる前、会ったことある?」
紅焔アグニスとして相談を受けたときから考えていたことだ。峰さんの口調は、まるで昔から私のことを知っている様子だった。でも峰さんみたいな可愛い子、忘れるとは思えないんだ。初めて認知した時からアイドルオーラ全開だったし。
そんな恐る恐る尋ねた私に対し、峰さんは戸惑うことなく即答した。
「うん。あるよ」
「えぇ!?」
思わずぎょっとしてしまう。
「実は中学の時に、学校の外で出会ってるんだ」
「そうなの? ごめん、ぜんぜん記憶に無いや」
「たった1回しか会ってないし、学校も違っていたし。それに私は今とぜんぜん違う格好だったから、佐藤さんが覚えていなくても仕方がないよ」
峰さんの口調は軽い。秘密にすることでもないし、私に忘れられていてもショックを受けるほどでもないって事か。ちょっと安心。
「もし良かったら聞いていい?」
「うん、大丈夫」
『それでは各クラス、指示された場所に移動開始っ!』
「テストをやりながら話すね。佐藤さんにとっては、きっと何でもないエピソードだろうから、話しても影響ないと思うし」
「峰さんは平気なの?」
「聞いてもらえたら逆に嬉しいくらいだよ……最初は50メートル走だから、二手に分かれなくちゃ。それじゃまたね」
そう言うと、峰さんは手をひらひらさせながら、記録帳を持って離れていってしまった。走者と記録係で分かれるためだ。
ぬああ、気になる! バラエティーでオチが出る前に流れるCMを延々と見せつけられている気分だぜぇ……投資信託やら不動産の案内みたいな、私にゃ興味皆無なCMをね!
しかし中学時代かー……トークイベントの時に聞いた話から推理するに、きっと私の顔に傷が付く前の話かな?
「なかなか険しい顔をしていますわね、のり子」
思わず睨みつけてしまった私を気にすることなく、シズは隣に座った。一緒に順番待ちである。近くにクラスメイトがいるので、ヒソヒソ声で会話をする。
(お前の悪だくみのおかげでもっと仲良しになれそうだよ。シズ、知ってた? 私と峰さん、中学時代に面識があったっぽいよ。まだ詳細は分からんから、これから詳しく聞いていく予定)
(知らないけど、そこまで変な話でも無いでしょ。だって貴女は佐藤のり子なんだもの)
(なんだよそのアニメチックな返し方。なんかドラマみたいでワクワクするとか、もっと興味だしてもええんやで)
(そういった類の話を量産するのがお得意なのよ、貴女は。あまり自覚が無いでしょうけど)
『次ー!』
(ほら出番ですわよ。さっさと終わらせて、自分で続きを聞きに行ってらっしゃい。ダッシュで行けば5秒で終わりますわ)
そう呆れながら、シズは私の背中を叩いて押し出した。ぐぬぬ……もうちょっと食いついてもいいんじゃないか? さっきからやりとりが中途半端で終わるから、心がモヤッとするなー。
よーし、じゃあシズのアドバイス通り、サクっと走って終わらせよう。いつもは流し気味にするけど、今回は無心で全力前進だ!
『位置について! よーい――』
スタートの笛の音と同時にスタートダッシュをキメる私。50メートルという距離はあっという間だ。シズの言葉通り、体感5秒くらいでゴールした。まあ、たったの50メートルだ。そんなもんよね。
でもちょっと気持ちよかったかも。私に足らなかったのは、行き場の無いエネルギーの発散と、頭が空っぽになるくらいの集中力だったんだな。今日は気分転換で思いっきりやっちゃおう。
……おや? 峰さん、なんか心あらずって感じでぼーっとしてる。
「どしたの峰さん」
峰さんは私の顔とストップウォッチを交互に見くらべては目をパチパチさせている。よく見たら、周りの人たちも私を化け物みたいな目で遠巻きから見つめている。
あ、これ。なんかデジャブだぞ。あの『翼をください』の時を思い出す。
「すまん。ちょっと見せてくれ」
私たち担当の女性教師が深刻な面持ちで駆け寄ってきて、峰さんのストップウォッチをむしり取った。そしてタイムを見た直後、血相を変えて同僚の教師の下へと走っていく。
「そんな騒ぐほどのタイムだった?」
「ご……ごぉびょおさん」
5秒3かな。私とシズの予想くらいだね。
「とりあえず記録しちゃおう。峰さんの出番が来るまであの話を聞かせてくれないかな」
「ええとね佐藤さん。多分だけど、今日はもう無理かも」
「んん? どしてよ?」
あ。さっきの女教師が戻ってきた。めっちゃ怖い顔してる。
「佐藤。次の計測から私が記録を担当させてもらう。そっちの君は別の子についてくれ」
「え? どういうことなんです?」
私が不思議に思っていると、『お前は何を言ってるんだ』とばかりに睨まれた。
「佐藤、知ってるか? 50メートル走の世界記録は5.4秒だ。それも成人男子の記録だぞ」
「はぁ。5秒は切ってないんですねぇ……ん? 世界記録?」
「去年から3秒も記録を伸ばしていて、一緒に走った我が校の短距離走エースを2秒近く引き離し、なおかつ人類未到達の5.3秒を叩き出されたんだ。いくら私たち教師でも冷静ではいられないよ。
記録ミスが出ないよう、今日一日、君は私とマンツーマンでテストにあたってもらう。今年のテストは全力で付き合ってくれ。全種目をな!」
……今から体調不良で休んでええか?
・・・・・
・・・
・
その後の私の扱いは悲惨なものだった。とにかく全力でやれと何度も念押しされ、教師とマンツーマンで1日中テストを受けさせられた。峰さんの話が聞けなくなったので、もうムシャクシャして全力でやってやったよ。ちくしょうめ。
結局その日のテスト後、陸上部を始めとした運動部からのスカウトでわちゃついていたら下校時間になってしまい、ぼっちでの帰宅となった。しかも次の日はこのテストが原因でとんでもねえ面倒事へ発展しちゃったし……長くなるから、詳細は次の機会に話すよ。
……ところで、私の記録なんだけど。こんな感じになった。
握力 右101kg 左95kg
上体起こし 45回
長座体前屈 80cm(計測器具が無ければもっといける)
反復横跳び 91回
20mシャトルラン 163回
50m走 5.1秒(2回目に走ったら縮んだ)
立ち幅跳び 361cm
ハンドボール投げ 49m
50メートル走はともかく、他の記録はすごいのか? 絶対にルルのほうが好成績を叩き出すだろうし、特別ヤバいとは思わんのよね。
教えてくれエライ人。
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