101話 烏の羽根は真紅に燃ゆ 後編


―― 個人Vtuber 七海ナナミ (峰夏美) ――


 生配信中に有名人がコメントを投下し、配信者が限界化する切り抜きをよく見かける。配信者が感極まって絶叫する場面を羨ましさと面白おかしさで見るのが好きだった。活動1年間でたったの230人しか集まらない私には一生縁の無い光景だと思っていたからとても良い息抜きだったよ。

 紅焔アグニスがコメントを残した、この瞬間までは。


「うええええええ!? アグちゃんが……なんで私の配信にいるの!?」


ベシャメル:鼓膜いてえええ

五月雨:絶叫たすかる

永遠ニート:ナナミンの絶叫なんて初めて聞いたぞ

T・S・R・S:紅焔アグニスだぞ ノーリアクションなんて無理無理

守護神ブナシメジ:YaーTaプロのライバーがコメント残すのって基本は箱内だけだよな?

和製トッポギ:GSの配信には相互でちょくちょくコメントしてるけど

けせらせら【あおによし】:個人にはまったく顔を出したことが無いはず

 

「ヒューッ! ヒューッ……カハッ!」


トゥンクトゥンク:めっちゃ過呼吸

T・S・R・S:気持ちは分かるが深呼吸 リラーックス


 いや無理だよ! 配信者の中で一番憧れている人だよ!? コラボしたい配信者ナンバーワンで、そんな夢は絶対に叶いっこない人なんだよ!? 頭の中がぐるぐるして落ち着かない。何を話せばいいのか、今まで何をしていたのか何もかもが分からなくなっている。


黄泉:とりあえず、いったんBGMでも消して落ち着けよ


「あ、たしかに音楽がうるさいですね!? あ、あ、あの! ごめんなさい、勝手に『Say、Hello World!』なんて歌おうとして!」


けせらせら【あおによし】:いやお嬢の曲じゃねーんだワw

クレイジーピスタチオ:ナナミン相当テンパってるな

五月雨:謝る必要無いのに……


 だってアグちゃんの歌と比べたら私なんて生まれたての赤ちゃんみたいな下手さだもん!


トム:もしかしてトークイベントで口裏合わせでもした?

TAKEHSI:裏金みたいなもんか

和製トッポギ:おい 大天使ナナミンに限ってそれはない

永遠ニート:訴訟クラスのいちゃもんだぞ

トム:だってありえないじゃん

ベシャメル:タイトルにアグちゃん入れてるからエゴサで引っかかったのでは?

TAKEHSI:だとしても個人の配信にコメするのはどうかと思うわ


 あ、あれ!? いつの間にかアグちゃんに飛び火してる?! しかも私がトークイベントで自分を押し売りしたみたいになってるし!? 印象が悪くなるし、こういう事態が起きないように回避したんだけど!? とにかく何か言わなくちゃ。

 

「あの、リスナーの皆さん。確かにトークイベントでアグちゃんとお話しましたが、私はちゃんと七海ナナミを隠していましたし、後ろめたい話は誓ってしてません」

 

トム:と言ってもな

和製トッポギ:↑いい加減にしろ

守護神ブナシメジ:喧嘩は他所でやれよ ここはナナミンチャンネルだぞ

TAKEHSI:自治厨乙


 うわああ、まずいまずい。何を言っても逆効果になりそう。もう無理やり配信を切るしかない。ちょっとほとぼりが冷めるのを待ってから改めて弁明しよう。

 

「ええとええと……とりあえず配信はもう終わり――」


 

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:説明しよう


 

「え……ええええええ!? ルルーナ団長まで!?」


トム:団長?!

守護神ブナシメジ:あええええええ!?

五月雨:団長まで来た!!!!!!

黄泉:大混乱いま

TAKEHSI:無名のVにYaーTaプロ二人とかマジか


Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:お嬢は昔から七海ナナミの大ファンでな。デビュー当時から密かに君の配信を見て元気づけられておった。超古参のリスナーなのだ。

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:普段は場を荒らさぬようコメントを控えて視聴しておったのだが、今夜はうっかりやってしまったのだろう。

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:俺がいる理由も、お嬢からの布教が理由だ。彼女に勧められて視聴している。


和製トッポギ:やべえタイピングが早すぎる

守護神ブナシメジ:団長以外の何者でもない

トム:変態かよ


Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:こちとら速度に定評のある、かな入力だぞ。ローマ字入力の民が敵うはずなかろう。


T・S・R・S:論点そこじゃねえ!

Yaku-lutus:この天然ぶりは団長すぎるwww

黄泉:いや待て、アグニスが布教したってコトは、ナティ姉もいるのか!?

 

Natica Ch.帝星ナティカ:お邪魔してます


T・S・R・S:!?!?!?!?!?

ベシャメル:もう心臓が止まりかけた

TAKEHSI:YaーTaプロ勢揃いとか嘘だろ

五月雨:やべえぞナナミン息してない


「え!? あ、大丈夫です! 生きてます!」


 指摘されるまで本当に忘れていたけどね! 私、夢を見てるのかな……? だってこんな弱小Vtuber配信に、大人気事務所のアイドルVtuberが揃い踏みだなんて、絶対に予想できっこないよ。

 

「あ、え、あ、えーと。ここ、こん、こんな配信に……来ていただいて、ありがとうございます」


Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:「こんな配信」ではない。こんなにも心が温まる配信に来たのだ。

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:君の発言の一つひとつがお嬢への愛に満ち溢れていた。声でわかるよ。

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:お嬢のことをあんなに褒めてくれてありがとう。同期としても鼻が高い思いだ。


「あっあっ」


Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:だから自分に自信を持て、七海ナナミ。

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:君はとても輝いているよ。俺たちを虜にするほどに。


「……ありがとう……ございます」


 今なら団長へ恋をしてしまった人の気持ちが分かる。これは嘘偽りの無い褒め言葉だって、はっきりと伝わるんだもの。こんな聖人なら絶対に深くお付き合いをしたくなるよ。

 それに、「もっと自信を持て」と、アグちゃんと同じアドバイスを送ってくださった。YaーTaプロの二人からそんな言葉を贈られたら、平常心じゃいられない。

 

永遠ニート:やべえ私も泣けてきた

アイアム関西:てえてえ……マジで女神やんけ

黄泉:

RinRinRin♪:

ベシャメル:限界民も息をしてない

 

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:すっかり配信の邪魔をしてしまったね。申し訳ない。


「とんでもない! 場を収めてくださってありがとうございます。私ひとりじゃどうにもならなかったから……でも、これからどうしましょう。ごめんなさい、ちょっと気持ちが上がりっぱなしで何も考えられなくて……」


Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:君がやりたいことを見せてほしい。

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:誰のためでもない、君がやりたいことを。

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:それが七海ナナミのリスナーとしての望みだ。


「誰のためでもない、私のやりたいこと……」


 ルルーナ団長の言葉を反芻する。私のやりたいこと――その意味をはっきりさせなくちゃ。考えが上手く纏まらない。一度思い返してみよう。

 なぜ私は今日の配信を始めたのか。それは紅焔アグニスと話した感動を伝えたいからだ。まずはその意思を表明しよう。


「……YaーTaプロダクションの皆さんがお集まりいただいているこの場を借りて、改めてアグちゃんへ、トークイベントの時のお礼を伝えます。私の悩みを真剣に聞いてくれて、ありがとうございます。あの3分間は本当に最高のひとときでした」


 そのアグニスちゃんの、今の心境……それはきっと後悔だ。意志は無くても、結果的に場を荒らす行為をしてしまった。だからとても気落ちしているはずだ。

 気にしてないから元気を出して――そんな言葉で慰めても逆に心配をかけてしまうかもしれない。

 だったら。

 

「あの時、アグちゃんは自分の配信に自信を持てと言ってくれました。そしていま、ルルーナ団長からも同じ言葉をいただきました。だからこそ、この配信は元の流れに戻して続けさせていただきます。配信者としての心配を、これ以上させないために」


五月雨:お嬢も同じことを言ってたのか!

静かなる静謐:もっと評価されてもいいとは思っていたから妥当だよ

守護神ブナシメジ:やっぱ熱いなヤタプロ


「歌いだしで中断しちゃったので、もう一度『Say、Hello World!』を歌い直したいです。それにアグちゃん、こんな状況になっちゃったから落ち込んでいると思うんです。だから元気を出してもらうために、アグちゃんに聞いてもらいたくて。いま、ルルーナ団長は誰のためでもないことをしてほしいとおっしゃったけど……でもこれは、私がやりたいことなんです」


Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:であれば何も言うまいよ。あの曲は応援歌だから、きっとお嬢も喜ぶ。


「ありがとうございます。全力で歌います!」


 一度深呼吸。そして目を開いた。今なら最高の一曲が歌えるはずだ。応援したい気持ちがいっぱいで歌う応援歌なんだから。

 

「それでは聞いて下さい。『Say、Hello World!』」


Agnis Ch.紅焔アグニス:5573!

Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:5573!

Natica Ch.帝星ナティカ:5573!

ーLightー:5573!

野生の森人:5573!

RinRinRin♪:5573!

アイアム関西:5573!

トゥンクトゥンク:1期生コール早すぎww

五月雨:純粋に応援したいって気持ちが俺達にも伝わってくるわ

T・S・R・S:5573!

静かなる静謐:5573!

黄泉:5573!

守護神ブナシメジ:俺達のナナミンが遠くにいってしまったような淋しさだ

けせらせら【あおによし】:5573!

永遠ニート:5573!

和製トッポギ:でもヤタプロの三人、大丈夫か? 特に団長。大目玉くらいそうだけど

ベシャメル:5573!

クレイジーピスタチオ:5573!

和製トッポギ:まあいいか! 細けえことは! 5573!



NaNamiN Ch/七海ナナミ

【#新人Vtuber】YaーTaプロのトークイベントに参加しました! 感想です!【アグちゃん最高でした!】

3.1万人が視聴中 チャンネル登録者数 7.8万人





 その後の顛末を語ろう。

 YaーTaプロダクションの三人に見てもらえたという奇跡の配信は、同接数3万超えという夢みたいな数字を叩き出し、一夜明けた日曜の朝には登録者数が10万を超えてしまった。まさかの収益化ラインに立ってしまい、チャンネルの扱いをどうするのか家族と検討しているところだ。お金の問題だから慎重に扱わないとだね。

 七海ナナミに対するネットの評判は、良い意味でも悪い意味でも話題となっていた。過去のアーカイブ配信を見て高評価をつけてくれたり、バズった経緯が気に食わないと攻撃してくる人が出てきたり。自分が有名になるなんて微塵も思っていなかったから今後が少し怖いけど、だからといって引退する訳にはいかない。頑張らなくちゃ。


 そしてYaーTaプロダクションの三人についてだけど……大問題が発生した。

 帝星ナティカと紅焔アグニスは少しだけ炎上した程度で収まった。この二人は大丈夫。

 


 だけど、私を救ってくれたルルーナ・フォーチュンは、私の配信を乗っ取って悪目立ちしたと世間が評価してしまった。その結果、大炎上してしまい、彼女は少しの間だけ活動自粛となってしまった。



 

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