99話 人生最高の3分間にしよう
―― 紅焔アグニス ――
とうとう運命の3分間が始まった。でも峰さんは緊張の真っ只中なのか、なかなか話を切り出す気配が無い。貴重な3分間をお見合いだけで終わらせるわけにはいかないぞ。切り込ませてもらう。
「お名前は峰夏美さんだね。はじめまして夏美さん」
『〜〜〜っ!!』
マイク越しでも分かるくらい悶絶してるな。愛が伝わってくるぞ。バレが無いように、峰じゃなくて夏美呼びで対応だ。ふほほっ、実名とはいえ推しを合法で名前呼びできるなんて紅焔アグニス様々ですな。
「夏美さんの声はずいぶんと若いっぽいけど、紅焔ちゃんと同じ
『はい、そうです』
「おおお、同年代……お客さんが年上ばっかりだから新鮮だぜぇ……さてさて、夏美さんは何か話したいことはあるかい? やってほしいことリクエストや、お悩み相談なんでもごされだよ。おっと例外。恋愛相談だけはルルに回してくれ。紅焔ちゃんは専門外です」
『えっとえっと――えーっと』
「慌てないで。何も思いつかなかったら紅焔ちゃんからお話するから。落ち着いて深呼吸しよう」
峰さんは私の言う通りに大きく深呼吸を繰り返す。「いつもの配信を思い出して」なんて伝えられれば良いんだけどね。
『……今日は自分の悩みについてアグちゃんに聞いてもらいたいんです』
「うんうん、いいよードンと来てー」
峰さんのお悩み相談の内容は実に予想通りだった。自分が配信者をやっているけど、将来は紅焔ちゃんと同じ企業所属の配信者になりたいという代物だ。具体的にYaーTaプロへ所属したいとはっきり言わなかったところは偉い。で、その夢を実現するための質問が来た。
「企業に入るための努力ねー」
『お喋りや歌の練習もたくさんしています。でも採用されるイメージが湧かないんです。参考までに、アグちゃんはどんな努力をしてきたのかな、って気になりまして』
「んー……言うて努力っていう方面だったら普通の事しかしてないと思うよ。歌やダンスをいっぱい練習して、トークはテレビや動画見て勉強したりかなー。継続は力なり、ってやつですね」
『継続……アグちゃんはいつから?』
「えーと確か、お母さんが言うには、歌は生まれてすぐって言うてたね」
『赤ちゃんじゃないですか!?』
「その頃から歌い踊り散らかしていたみたい。根っからのアイドル好きだったようで。物心ついてからは一日も休まず歌の練習をやって……ないな。最近は仕事がガンガン来てたから時間取れなくて敗北してるわ」
『17年間くらいですか……私とは練習歴が違いすぎる……』
「キャリアなんて関係ないよ。オーディションで狙うなら、要はどれだけ自分に熱意があって、その熱意をその企業の人にアピールして伝わってくれるかだと思う」
いやでも、結局2期生は正規のオーディションで決まらなかったんだよなー……YaーTaプロというか社長の採用基準はおかしいと思う。
そうだ。アピールという言葉で思いついたぞ。
「夏美さん。配信者になるきっかけって話すことはできる?」
『きっかけですか?』
「うん。女子高生の個人で配信者をやろうと思うと、生半可な決意じゃできないと思うの。きっと大きなアピールポイントになると思うんだ」
ついでに言うと佐藤のり子としても気になるし。知り合いには話しにくそうな内容だし。この際、強者という立場を利用させてもらうぞ。
私の言葉を聞いて、峰さんは沈黙した。しかし時間は3分間である。迷う時間は短かった。
『私、個人のVtuberとして配信をしてるんです。ほとんど登録者もいない無名ですけど』
「同業者!?」
いきなりぶっこんできたな!? 知っててもビックリしたぞ!?
『ごめんなさい。抜け駆けのようになっちゃうから正体は明かしません』
「あーうん、それがいいかな。実名も出してるみたいだし、ありがてえ判断。企業のそういうフットワークが重いところはめんどくさいんだ。続きをどうぞ」
『Vtuberをやろうと思ったきっかけなんですが、憧れの人がいるからなんです』
「うんうん。紅焔ちゃんも知ってそうな有名人?」
『いえ、有名ではないです。私と同学年の女の子で、その子はアイドルを目指していました。可愛くて明るくて笑顔が素敵で、歌もダンスも上手で、誰が見てもトップアイドルになることを約束されたような子でした。私もその子に憧れて歌の練習をしたり、可愛くなるようにメイクの練習をしたり……その子の後を追いかけるようになりました』
「ふむふむ」
『でも、今から3年くらい前のことです。彼女は大怪我をしてしまって、アイドルの道を諦めなくちゃいけなくなったんです』
「ん゛ん゛ん゛っ!?」
『どうかしましたか?』
「いや予想してなかった話の流れになったなと思って! 続きドゾドゾ!」
これって……いやいやまさかね。そんなセッカちゃんみたいなピタゴラ話が続くワケないって。
『その子は夢を失って持ち前の明るさを失っていきました。太陽みたいな笑顔が大好きだったのに、すっかり正反対の性格になってしまったんです。私は憧れの人を失ったような喪失感でいっぱいになりました。私はその現実が受け入れられなくって……でも友達の関係ではなかったから、どうやってその子を慰めたら良いのかも分からなくて。そんな時にVtuberという存在を知ったんです』
「………………」
『Vtuberなら露出しなくてもアイドル活動ができる。それを証明するために私はVtuberを始めたんです』
「………………」
『まだ諦めてほしくない。まだ輝ける場所が残っている。だから元気を取り戻してほしい。また私の憧れに戻ってほしい……ずっとそう願いながら活動を続けています』
「………………」
『これが配信を始めたきっかけです。それから配信をする楽しさを知って、私自身も配信が好きになったんです。私が企業に入りたいのは、配信者としてもっと次を目指したいということと、憧れの子の目をもっと惹きつけたい、といったことが理由になります』
「………………」
『最近はその子が私の配信を見てくれていたって事が分かって、かなり嬉しかったんですよ。まあ、そんなに効果は無かったですが。そもそもその子に伝えていないので当たり前ですね。結局は私の配信に関係なく、その子はご家族や別のお友達の励ましで立ち直ってくれていましたし。私だけが勝手にひとりで先走っただけで、配信することに意味なんて無かったんです。とんだ間抜けですよ、あはは……』
「ぞん゛なごどな゛いっ!」
『!!』
私は涙を我慢できないまま叫んでいた。思い切り鼻声になってしまっている。こんな声じゃ企業タレントとして失格だ。整えろ。今の私は佐藤のり子じゃない。紅焔アグニスだ。
「夏美さんがやったことは、絶対に無駄なんかじゃない。夏美さんの頑張りは、間違いなくその子に届いている。だって、夏美さんの配信を見てくれていたんでしょう? だったら無駄じゃない。表に出ていないかもしれないけど、絶対にその子の応援になっているよ」
『……ありがとうございます』
「だから夏美さんにひとつ言わせて」
『はい』
「もっと自分の配信に自信を持って。登録者が少ないって言ってたけど、ゼロじゃないんだよね? 憧れの子が見てくれているんだよね? それなら夏美さんをフォローしてくれている人には夏美さんが必要ってことだよ。そのフォロワーさんたちを大切にしてあげて」
『……はいっ!』
涙を帯びた峰さんの返事を皮切りにアラームが鳴る。残り15秒だ。
駄目だ。ぜんぜん話し足りない。長く感じた3分間だったけど、やっぱり3分は3分なのだ。紅焔アグニスとしてしか話せない今の状況がもどかしすぎる。
「夏美さん、そろそろ時間だ。ごめん」
最後に、言うべきか言わざるべきか一瞬迷ってから、私は峰さんに言った。
「いつか私と配信やろう! その時に続きを話そう! 約束だぞ!」
私の宣言を最後に接続が切れる。私は湧き上がる感情の波に耐えきれず顔を両手で覆った。最後の言葉、伝わったかな。大丈夫かな。
峰さんが私のために配信を始めてくれていた嬉しさ。3分間という時間しか与えられなかった悲しさ。その嬉しさと悲しさが同時にこみ上げてきて心の中がぐちゃぐちゃになっている。
別室で待機しているスタッフさんへ、次のお客さんとの時間を5分だけずらしてもらうようにお願いした。気持ちを整えなきゃ。次のお客さんだって、元気いっぱいの紅焔アグニスが見たいに決まっている。この辛さも私の選んだ道だ。しっかりと歩いて行こう。
いちど席を外して顔を洗い、気持ちをリセットしたところでスマホから通知が鳴った。YuTubの登録チャンネルから配信予定を通知する音だ。
「
さっそく感想配信をしてくれるのか。サムネとタイトルを見た感じだとネガティブな感じはしないけど……でも気になっちゃうな。めっちゃ見たい。だけど開始時間が微妙だ。イベントが終わった直後くらいかな。間に合うといいけど……よし、いっちょプロデューサーに早上がりプランを掛け合ってみるか!
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