98話 対戦よろしくお願いします!


―― 佐藤のり子 ――


 今週末のトークイベントの相手に推しが来る。私にとって発狂寸前のハプニングである。ただの推しなら限界化して終わりだけど、相手は同じ学校の同学年。気まずい。

 幸か不幸か、ヨーミとシズのおせっかいのおかげで事前に知ることが出来たのはデカい。つまり対策を考えられるということだ。

 さっそく私は相談したよ。お仕事の相談先はもちろんプロデューサーだ。

 現在の状況を共有した結果、オンラインミーティングで出された答えは――。


『隠し通せないと思ったらバラしていいですよ』

「まさかの了承!?」


 私は思わず叫んでいた。だって許可されるとは思わないじゃん?


『既に紅焔アグニスの正体を知っているご友人が佐藤さんを紹介したのであれば、彼女も配信者の事情やネットリテラシーには理解が深いはずです。であれば、下手に抑圧して佐藤さんのストレスを溜めるよりは建設的だと思います。セキュリティーの強化を公言した手前、少々格好悪い判断となりますが』

「なるほど……」

『情報漏洩ろうえいのリスクをしっかりと説明してあげてください。今の紅焔アグニスならば数百万クラスの訴訟を起こすことも可能でしょう』

「すうひゃくまっ!?」

『それだけ貴女はYaーTaプロダクションに貢献しているんですよ』


 そういえば、お母さんが紅焔アグニス用の口座通帳を見せてくれたけど、桁がバグってるんじゃないかってくらい入金されてたな。企業の仲介料マージンを差し引いてすら目ん玉ひん剥くくらいの額だった。そりゃあ、おにぎりの具だって鮭フレークから焼き鮭へランクアップしちゃうよ。


『これが私からの回答のひとつとなります。共有するか、隠し通すか。決断していただければ、その回答に合わせて全力でサポートしますよ』


 悩ませるなー……でも私の答えは決まっている。

 

「隠します。友達の夢を壊したくありません」

『明かしても大丈夫だと思いますが』

「それでも友達は紅焔アグニスに憧れてくれているんです。その憧れの正体が、こんな醜い化け物だなんて知らせたくありません」

『佐藤さん』

「分かってますよ。卑屈になるな、でしょう?」


 ルルをはじめとした大人たちは私の顔の傷跡を前にして何も気にしない。それでも同年代では話が別だ。

 

「学校じゃ結構苦労してるんですよ、この顔で」

『理解しています。それでも人生の先輩として言わなければ駄目な時があるんです』

「……不毛ですから止めましょう、この話は」

『すみません』

「いえ。こちらこそ、ごめんなさい」


 罪深さなら私が上だ。自分から切り出した話題なのだから。


『とにかく。隠すと決心していただけたのならば、やることは一般客相手と変わりませんね。相手が正体を知らないていでトークしていただく。これに尽きます。トークのトレーニングは今までのプランを継続です』

「分かりました」

『できれば事前に相手の質問内容をさり気なく聞き出せるとより安心でしょう。アドリブを考えて相手とのタイムロスを避けられるでしょうし』

「それ、やろうとしたんですけど……」

『結果は出なかったようですね』

「はい。私達には話せない、秘密にしておきたいって」

『であれば追求はしないほうがよろしいかと』


 やぶ蛇歩くと棒に当たるってやつだね。根本的な解決にはならなかったけど、プロデューサーに共有したおかげで安心したよ。

 なかなかにお難題なミッションになってきたぞ。私だってイベントをやる側は初体験なのだ。プラス峰さんの相手なんて、緊張でテンパっちゃわないかな。



・・・・・

・・・



 ほい、あっという間に週末。というか、絶賛イベント中である。喉元すぎれば……何だっけ? とりあえず緊張せず無事にお喋りができていると思う。

 私がいるのは自宅の配信部屋である。イベントと言っても全てオンライン上でやりとりをするため、リアルの会場はネット回線が通ってさえいれば何処でもいいのだ。イベントは午前の部・昼の部・夕方の部といった3部構成となっており、いまは昼と夕方の間の休憩時間である。この時間帯に私達はこれまでの反省だったり、起こった出来事についての雑談をして英気を養っていた。

 現在の話題はイベントにどんなお客さんがいたか、なんだけど……。


「は? 全裸のおっさん?」

『ンム。変装のマスクで隠した頭部以外は生まれたままの姿を披露されてしまったな。局部も完全御開帳だ』

『えええ……』

 

 安未果さんはナティ姉のアバター越しでも分かるくらいにドン引いていた。私も普通に引いてる。しかし当の被害者であるルルはケロリとしていた。同性の裸を見るようなものだから動じる要素が無いんだろうな。


『いま待機中のイベント参加者にはスタッフから改めて注意喚起が入る。普通にわいせつ罪だ』

『相手がルルちゃんだから許されると思っちゃったのかな』

『そのようだ。YaーTaプロ初のイベントだから規制もまだ緩い部分があると踏んだのだろう。賢い男だな』

「通報したの?」

『いや。他の配信者にはやるなと注意するに留めておいたよ。しかる後は人生相談に乗ってやった。彼も家庭や仕事の事情で心が疲れていたのだろうな』


 うーんカオス。心の広いルルだからこその対応だね。


「ナティ姉はどう? 問題おきてない?」

『お姉さんは聞く側に回っちゃうことが多かったね。物凄く話し上手なかたが来てくださって、本気の相談しちゃったくらい』

『姫は聞き上手だから、ついこちらから話しかけてしまいがちなんだよな』

『配信者としては良くないとは分かってるんだけど……』

「聞き上手は自慢していいと思う。それに、ナティ姉に個別で話を聞いてもらえるってシチュエーション、リスナーからしたら結構ワクワクするもんだよ」

『憧れの配信者に自分の情報を共有してもらえるという体験は確かに代え難いな』

『まあでも、せっかくお金を払って参加していただいているんだから。ちゃんと成果は残したいよね』


 自己評価の低い安未果さんだけど、ナティ姉の名前で検索してみたら概ね好評で落ち着いている。結局はお客さんが満足できていればイベントは成功なんだよね。


『お嬢は面白かった奴がいたか?』

「おもしろ人間限定なのかよ……ルルみたいに尖ったお客さんはいなかったけど、ゲーム配信中に出すようなブチギレボイスをやたら要求されたね」

『なるほど。気持ちは分かるぞ』

『アグちゃんの怒った声って、怖いと分かっていてもついつい聞いちゃうなー。不思議な中毒性があるんだよ』

「いや普通に不名誉なンだが……アイドルに対しての要求をしてくれよ」

『要求といえば、俺はよく罵倒をお願いされたな。なかなかな難題ばかりだったぞ』

『お姉さんは赤ちゃんをあやすようなセリフを言ってくれって人が多かったかも』

「ウチのリスナー、頭大丈夫か?」


 どっちも気持ちは分かるけど。ルルの声って凛々しさがあるし、ナティ姉の声は癒し系だし。

 

『そういえばアグちゃん。例のお友達は出番まだなんだよね』

「うん。詳細な時間は聞いてないけど、夕方の部に来るってことは分かってる」

『お嬢はこれからが正念場だな。せめてお嬢にとって良い土産話になればいいが』

『こういう時にぼっちやってて助かったなーと思うよ。お姉さんが同じ状況になったら耐えられない……』

「もしかしたら、ご家族あたりが不意打ちで来るかもしれないよ?」

『いやーそのパターンはありえないなー。考えるだけ無駄ですね』


 おや。安未果さんにしては珍しくドライな反応だ。まあ家族だから気心が知れているのかも。




 こんな調子でハプニングはそこそこにあったものの、大きなトラブルにまでは発展しておらず、初めてのイベントにしては順調に進んでいた。初めてと言っても社長とプロデューサーが元配信者だから、おおよそ想定内の事態しか起きていないみたいだ。全裸が想定内ってなんだよ。


「今日は紅焔ちゃんと話をしてくれてありがとうね。そいじゃまた配信で会おう! プロミネーンス!」


 相手も「プロミネーンス!」と気持ちの良い返事をして、そのお客さんとの通話は締めくくられた。

 私もまた、大きなトラブルを起こすことなく順調に3分間の対話を捌いていった。顔さえ見られなければ怖いものなんてないね。むしろ紅焔アグニス越しのほうが自分を出せているよ。

 しかし、まだ峰さんは来ないのかな。早く話してこの緊張から解放されたいぜ。もしかしたら、実はもう話が終わってるのかもしれないけど。お客さんの名前は実名じゃないことも多いし、ビデオ通話をするかどうかは選択制なので、音声のみの通話になっていたかもしれないし。それならそれで紅焔アグニスとしての務めはバッチリこなせているから安心なんだけど。


「あ。峰さんきた」


 なんて心の中で弱音を吐いていたら待ち人が来た。通話前に名前が表示されるからすぐに分かったよ。本名で話をするみたい。トークは非公開だから本名でもノープロブレムなのだ。

 さて、どんな話になるのかな。「人生最高の3分間になる」って話していたから重たい内容になりそうだけど……穏やかなトークであって欲しい。

 パソコンの前で緊張していると通知が来た。相手側の準備ができたというお知らせである。

 いよいよだ。今日イチで心臓がバクついているぞ。落ち着け。彼女も紅民の中のひとり。テンパった紅焔ちゃんなんて望んでいないだろう。だったら全力で応えるのみ。

 通話開始のボタンをクリックする。「SOUND ONLY」と表示されているので、ビデオ通話は無し設定のようだ。

 通話相手に視線を送れるようにカメラで見つめてから、私は紅焔アグニスとして話し始める。


「イグニッショーン! 今日は来てくれてありがとうね!」

『は、はは、はじめましてイグニッション! 今日はよろしくお願いしますっ!』


 うおお、ナナミンじゃなくて峰夏美さんの声だ! いちリスナーとしてちょっと興奮しているぞ!

 それじゃあ……対戦よろしくお願いします、峰さん!

 

 

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