97話 推しに推され推しに推す
―― 佐藤のり子 ――
私、ヨーミ、シズ。いつものトリオに新たな仲間が加わった。現役高校生でありながら個人Vtuber「七海ナナミ」をやっている峰夏美さん。私の推しのひとりでもある。どうやらあの一悶着のあと、3人は意気投合したらしい。
私にとって、ある意味ソルちゃん以上にえらいこっちゃの一大事件だ。だって推しのひとりなんだもん。私にとって、推しのGS御三家である藍川アカル・言葉アリア・蒼火セッカと並ぶ――とまではいかないけど、次点には余裕で入る存在なのだ。
RIMEにこの4人のグループが作られてから一夜が明けた。今日のランチタイムに加わるという緊張感で、なかなか寝付けずとなってしまった。その晩はナティ姉のASMRで凌いだよ。安眠導入には最高でした。寝坊しかけましたが。
さて、やってきました決戦のランチタイムである。事前にヨーミたちと共有したところ、私が紅焔アグニスを演じていることは明かしていないという。つまり推しの前で正体を明かさず限界化を抑えながら昼飯を過ごさねばならない。なかなかな難易度のミッションだぜぃ……。
ひとあし先にいつもの場所に到着していた私は、脳内シミュレーションを何度もしながら、いまかいまかとその瞬間を待ちわびていた。
……来た。今よりこの地は決戦のバトルフィールドだ。
「おーす。わりぃなのり子。授業が長引いた」
「ごめんあそばせ〜」
「おじゃましまーす……」
順番にヨーミ、シズ、大天使峰さんの発言である。峰さんはモダン系な正統派の美少女といった風貌で、見ているこちらも少しドギマギしてしまう。ボーイッシュ美人系なヨーミ、ゆるふわ系お嬢様なシズとは違う、ストレートな女子高生の魅力が詰まっている。私は思わず見とれてしまっていた。先月まで一緒のクラスだったのに、都会から体験入学してきたアイドルみたいに見えてしまうよ。
「おいおいのり子。なに畏まってんだよ。同年代だろーが。なんだったら一番の年上だろーがよ」
「年上!? ええ!? 留年したとか……」
うおお?! 初手でなんちゅう誤解を招く表現をするんだヨーミのやつは!
「ふふふ。それだったらどれだけ面白かったことか。のり子は単に誕生日が早いだけですよ」
「なるほど。少しだけど先輩なんだね」
「せんぱっ……っ!」
いま、「ナナミンの声で先輩呼びして」って紅焔アグニスのノリでお願いしそうになっちまった。
「改めて。ヨーミさんとシズさんとは同じクラス、佐藤さんとは元同じクラスの峰夏美です」
「よろしく」
「はいっ! よろしくお願いします!」
声を低めに、ぶっきらぼうな感じで挨拶をした私に対し、峰さんは最高のスマイルで返事をしてくれた。可愛いよおおおお! ごめんねぇ、こんなつまらねえ女でよお!
4人集まったところで部屋の中央に陣取り、ランチタイムが始まった。4人とも系統が違う昼食で個性が出ていて面白い。峰さんは女子のお手本みたいな可愛さ重視のお弁当。シズはおせちをコンパクトに詰め込んだような、ザ・美食家が料理人に作らせるお弁当。私はお母さんが作ってくれた、ほぼおにぎりオンリーのお弁当。そしてヨーミは購買のパンである。
口火を切ったのはヨーミ。峰さんとの馴れ初めから始まった。
「あーしらがVtuber好きってことをカミングアウトしたら、すぐに仲良くなっちまってな」
「ヨーミやわたくしの評判ってすごく悪いけど、峰氏は普通に話してくれたのよ。じゃあのり子も大丈夫だよね、ってことでここに連れてきたんですの」
ヨーミは元ヤンで、中学はかなりヤンチャをしたから教師陣やクラスメイトから煙たがられている。シズはお嬢様すぎて庶民の立場からでは絡みづらいので意図的に避けられることが多い。私はもう言わなくていいね。
でも大丈夫なのかな。峰さん、クラスじゃ人気者だったのに。
そんな私の心配を、峰さんは初手で吹き飛ばしてくれた。ちょっと悪い意味で。
「Vtuberをやってるってバレてからクラスじゃ浮いた立場だったから、そう変わらないよ」
ぅえ!? そうだったの!? 皆と楽しそうにしている姿しか見てなかったから知らんかったぞ!?
思わず絶叫しそうになった。あぶねえ、今日はいろんなきっかけで寿命が縮みそうだ。
「お昼ご飯だって、ひとりで食べてたし。ネタ出しとか歌を覚えたりで必死だったから……だからここに居ても大丈夫です」
「!??!」
「なんで驚いてるんだよ、のり子。お前、同じクラスだっただろーが」
「……ごめん」
「佐藤さんが気に病むことはないよ。佐藤さんも……その、大変だっただろうし」
「慣れてるからヘーキ」
ヨーミとシズが居たからね。
「でもこうして佐藤さんと話すことができるなんて思わなかったから、ちょっと緊張しています」
「え」
「前々からお話したかったの。特に音楽の歌唱テストの時に歌ってた『翼をください』を聞いてから本当に話す機会が欲しくて、でもなかなか切り出せなくて……そのまま2年生になっちゃった。だから今、夢が叶ってとっても嬉しいの」
ぬああああっ! あれかー! 当時の私の中ではエモムーブだったけど、今の私には黒歴史なんですが!?
「ごめん。その話はちょっとポイしといて。その……恥ずかしい……」
「え。あ、ごめんなさい……」
あああ!? 凹ませちゃった!? どうしよう、どうしよう!?
「ええと……そうだ。ふたりから、私の配信をよく見てくれていることは聞いてるよ。だから余計に話してみたかったんだ」
「……うん、見てる。楽しんで見てるよ」
私が肯定すると、峰さんはぱぁっと明るい笑顔になった。すまん峰さん、フォローさせちまって。普段通りにできないからコミュ障になっちゃってるよ、私。
推しからの認知が思った以上に深かった件。教室に帰ったら、きっかけを作ってくれたギャルどもに「ありがとう」って感謝を言っちゃいそうだ。
「さて、このまま好きなV談義を始めちまってもいいが……その前に、夏美には火急の相談事があってな」
「ごめんねいきなり」
「話題が無いより平気だよ」
峰さんのぶっ込みより、さり気なく峰さんを下の名前呼びしたヨーミへの羨ましさが勝ったので
「私、配信活動を始めてそろそろ1年くらいになるんだけど、次のステップに挑戦してみたくって」
「次というと……歌ってみた動画とか?」
「ううん。企業へ所属してみたいの」
んおう!?
「活動に本腰を入れるんだな?」
「うん。1年も続けられるなら、配信業は性に合ってると思うんだ」
「峰氏は大人しそうに見えて大胆ですわね」
「いろいろな事務所を受けたけど全然だめだったよ。とりあえず今現在の目標はYaーTaプロダクションです」
「YaーTaプロっ!?!?」
まさかの名前が飛び出したおかげで声がひっくり返ってしまった。
「まだタレントを募集中みたいだから、しっかりと実力をつけて再チャレンジを検討しているの」
「まだ2期生の発表は無いから、ワンチャンあるかもだよな」
「他の事務所ならば何度も挑戦して合格できたという話も聞きますし、一度はダメでも次回は――という事もありえますわね」
ヨーミとシズがちらりとこちらを見たけど、当然ガン無視だ。2期生はもうメンバーが内定したなんて言えるかバカたれ! 親友だろうとお口チャックである。
「だからアイドルを目指していたのり子にアドバイスを貰いたいんだってさ。この手の話題、もう大丈夫だよな?」
「……うん。大丈夫。もう整理ついてるから」
ヨーミが言う、「目指していた」って言葉に嘘は無いね。現在進行形でアイドルVtuberなだけで。それに、顔も知らないリスナーからその手の相談を捌きまくってるから、相談を持ちかけられること自体は抵抗が無い。
んー……でも、ちょっと気になるな。猛烈に
「峰さん。もしかして、今はYaーTaプロしか考えてない?」
「うん。活動するなら絶対にYaーTaプロがいいなって思ってるから」
「どうして?」
YaーTaプロの採用基準は全部社長である。どれだけベストなアピールをしたところで社長のセンサーに引っかからなかったらそこで終わりなのだ。だから峰さんにはYaーTaプロにこだわってほしくない、というのが私の本音。
でも峰さんは、そんな及び腰な私に目を輝かせながら告白した。
「紅焔アグニスちゃんがいるから」
ですよね! なんとなく予感してたよ! 最近のナナミン、紅焔ちゃんのことをちょくちょく話題にしてたもんね!
ヨーミはいい仕事をしたって満足げな顔してるし、シズは面白おかしさを堪えきれない微笑みをしている。お前ら謀ったな!
「そんなに好きなんだ」
「もちろんだよ! 私と同年代なのに企業の最前線で活躍してるし、登録者数の最短記録も塗り替えちゃうし、それでいて自分の実力を謙遜するところも好きだし! 声が可愛くてキュートなのに歌にはものすごくパワーがあるにも関わらず歌もトップクラスに上手くて! トークだって紅民さんたちとのプロレスが――」
「ストップ夏美」
「え? ああ、ごめんなさい! 早口になっちゃって……びっくりさせちゃったよね? ……佐藤さん? 顔真っ赤だよ?」
私の心の中で、嬉しいと恥ずかしいが全力でぶつかり合って暴れ散らかしたら真っ赤にもなる。いやだって、私の正体を知らずにえこひいき無しで褒めちぎってくれてるんだぞ? 私の推しが。悶絶不可避でしょ。いまルルか安未果さんがいたら、その豊満な胸に飛び込んで落ち着くまで「よしよしして」と全力で頼み込むだろうな。
親友ふたりにヘルプのアイコンタクトを送ると、シズがクスクスと笑いながら助け舟を出してくれた。
「のり子は自分と同じ人種がいるから恥ずかしがっているんですわ」
「じゃあ佐藤さんもアグちゃんのファンなんだね!」
「……そうです」
事実だよ? 紅焔アグニスは大好きですよ?
「そうなんだ! 嬉しいな。同じ推しが好きな子は何人いてもいいよ!」
「同年代のVtuberにとって、憧れの的であり、羨望される演者の筆頭ですもの。峰さんが注目するのは当然でしょう」
「だから私はYaーTaプロに憧れているの。紅焔アグニスの後輩になって、紅焔アグニスと同じステージに立って、紅焔アグニスの隣に並びたいんだ」
そう語る峰さんの笑顔は、とてもとても眩しく見えた。紅焔アグニスなんかに負けないくらい、太陽のような笑顔だった。
白状しよう。また見とれた。
「えーと……ごめんね。なんかひとりで盛り上がっちゃって」
「のり子は夏美のことをバカにしねーよ。絶対に。神にも誓う」
「うん。バカにしない」
だって、私も同じ道を歩いていたんだもの。バカになんて出来るもんか。
ただ、峰さんの想いのデカさ故に悲しい気持ちにもなったよ。社長。どうしてこんな真っ直ぐで熱い峰さんじゃダメだったんだい?
……いや、なんかネガティブだな、この考え。今の私らしくない。何より紅焔アグニスらしくない。社長を責める暇があったら峰さんをいかに応援するか。それが紅焔アグニス流っしょ。
「だからね、この週末はかなり緊張してるんだ」
「へー、週末に……週末?」
「うん。だってYaーTaプロ初のオンライントークイベントが開かれるんだよ。楽しみと緊張で今から胃の中がぐるぐるしそうなんだよ」
そういや今週末だったっけ。オンラインとはいえYaーTaプロ初のイベントだから、1期生みんなが張り切ってトークのトレーニングをしているよ。ルルはいつも通りで、ナティ姉が死にそうなくらい苦戦してるね。
……うん?
「なんで峰さんが緊張するので?」
「夏美。肝心な情報が抜けてる」
「いけない、そうだった。忘れてた」
「実はアグちゃんとのトークチケットがゲットできたんだ。3分間しか話せないけど、きっと人生最高の3分間になる。そう思うと今から楽しみだよ」
止めてくれナナミン。その報告は紅焔ちゃんに致命的な致命傷だ。
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