第2部 後編
96話 新学期
―― 佐藤のり子 ――
新学期。
それは出会いと別れの言葉だ。今までの先輩とクラスメイトから別れを告げ、新入生と新しいクラスメイトとの出合いに心ときめく季節。
私は前学期から楽しみにしまくってたよ。親友であるヨーミとシズ。彼女たちとクラスメイトになれるチャンスなのだから。
で、いざ新学期になりましたところ。
「ふたりが同じクラスで、私だけ別クラスってどういうこったい!」
現在昼休み。私は新校舎へと移った自分の教室でひとりメシ――ではなく、旧校舎の空き教室で怒りの床ドンをぶちかましていた。傍らにはヨーミとシズも一緒だ。またもや孤立状態となって嘆く私へ、ヨーミは苦笑い、シズは小馬鹿にした微笑みを浮かべていた。
特に示し合わせた記憶はないけど、私たち三人は昼に何も用事が無ければこの空き教室へ集まることにしている。空き教室けっこうあるんだよね。まさに青春のダベり場だ。
「ホント、こういうクジ運は悪いですわね、のり子は」
「シズ……裏で仕組んでないでしょーね?」
シズは私やヨーミをからかって悦に浸るのが趣味なのだ。生きがいとも言ってたな。クレイジー。
「失礼な。人を黒幕みたいに呼ばないでください。日頃の行いじゃない? 忙しいって言って、わたくし達に構わないバチが当たったんですわ」
「日頃の行いなら良すぎて褒められっぱなしなんだが? 日々紅民たちに愛と感謝を注いでるんだが?」
「まーでも、人気配信者として忙しいんだから良いじゃねえか。ダダ滑りして笑い者になるよか喜ばしいよ」
「配信者ァェ……」
その単語を聞いた私は、涙が込み上げてきてついつい鼻声になってしまった。紅焔アグニスが人気になってふたりとの時間が減ったからじゃないぞ。
ウチの学校で配信者といえば、あの方である。
「いいよなーいいよなー。そっちのクラスに峰さんがいるんでしょ。羨ましーなー」
「のり子の話通り、ピュアな方ですわね。何事にも情熱を燃やしそうな方ですわ」
「見れば見るほど、腹が真っ黒なシズとは正反対だよなあ」
「ほほほ。言うじゃない『黒豹』」
「あーしが黒いのは渾名だけだからセーフよ。ちなみにその峰さん、今日は登録者数が250人になったって喜んでいたよ」
「マジか! 収益化まで半分クリアじゃん!」
最近は収益化のハードルが下がって、登録者1000人必要だった条件が500人に下がったらしい。収益化のラインに迫ってきたな。親御さんの許可はいるみたいだけど、もう活動を1年くらいは続けてるから問題ないでしょ。
「はー……ナナミン、早く収益化しないかなあ……満額スパチャでこれまでの鬱憤を晴らしてぇよぉ」
「紅焔アグニスとはコラボできないのか?」
「内部事情だからノーコメント」
「おっとすまん」
ヤヤさんが事務所へ押しかけ、そしてルルがリンさんにYaーTaプロの内部事情を無断で教えてしまい、そしてエルフのソルちゃんというトンデモ爆弾娘が採用されて以降、あらためてセキュリティー強化の注意喚起が言い渡されていた。プロデューサーから指示された事は、とにかくYaーTaプロ関連の話を聞かれたらノーコメントと答えろ、だった。分かりやすーい。
ちなみに、ナナミンとのコラボ企画は既に事務所へ打診済みだ。速攻でNOと返ってきたけど。プロデューサーいわく。
『YaーTaプロも今や立派なブランドですから、悪い方向へ傾いた時のリスク回避のために迂闊な外部コラボは厳禁なのですよ。相手の人気が出てリスナーへの対応力が証明できれば考えます』
とのこと。
おかげでナナミン成分が不足気味だ。最近の私は先輩の配信者さんたちとのコラボもバンバン控えているため、先輩たちの配信を予習しなければならない。つまりナナミンの配信を追えてなくて余計に寂しい気分なのだ。だからせめて、早く収益化してコラボの権利を買わせてくれ、ナナミーン!
「同じ校舎にもなったし、時々は構ってやるから元気出せよ」
「紅焔アグニスにもしっかり貢いであげますから」
「本人に言うなし。同年代にたかってるみたいじゃん」
「適正価値への投資ならば躊躇ありませんわ。これはもはや推し活ではありません。立派な社会への貢献です」
もうスパチャへの正当化にしか聞こえねー。「やってくれ」とも「やめろ」とも言えないもどかしさよ。
それから散々ふたりに愚痴ってから、私達は自分の教室への帰路についた。クラスは隣同士なので帰り道が一緒になることすら嬉しい。たとえ僅かな時間だとしても大事な友だちとの時間を多く取れるに越したことはない。
そんな密かなルンルン気分で向かっていた最中だった。
『――――ぇんだよ!』
「お? 騒がしいな。ウチのクラスか」
えらく威勢のいい声が聞こえてきて私も気になったので、ヨーミのクラスへ一緒にお邪魔させてもらった。
そこで目にしたのは、同学年のギャル集団に詰め寄られてる峰さんの姿だった。リーダー格のギャルは問題児のレッテルを貼られてる奴だ。1年の時、わざわざ別のクラスから私の席まで乗り込んできて、ぼっちだった私によく分からん因縁をつけてきた奴だ。睨みかえしていたら勝手に退散していったけど。
「お前のその媚び声が気持ち悪いって言ってんだよ! 鳥肌が立つんだよ!」
「そんな……別に声を作ってるわけじゃ……!」
「そーやって男子やネットの前じゃ媚び売って金を稼いでんだろ。イライラする……あたしの前では一生黙ってろっつーの!」
は? お前、言っていいことと悪いことがあるよな? 私の好きな峰さんをバカにしやがったかてめー?
私がそのギャルに文句を言おうと一歩踏み出した瞬間、背後から力強く肩を掴まれた。振り向くと、真剣な眼差しで「止まれ」とアイコンタクトを送るシズの姿があった。
「おい尻軽ビッチ。そこ、あーしの席なんだが。どけよ」
シズが私を静止している間にヨーミがギャル集団へ歩み寄っていた。私も加勢しようとしたら、それもシズに止められる。
(なんだよ。私だって峰さんへの暴言には腹が立ってるんだが)
(貴女は迂闊に声出しちゃダメ。下手したらバレますわよ。あんな小物、ヨーミだけで十分ですわ)
う。バレは確かに怖い。それにヨーミの奴もけっこう
ギャル集団はヨーミの姿を見た途端、怖気づいて怯んでいた。しかしやられっぱなしじゃいられないのがイキリな女の宿命よ。
「だ、誰がビッチだ! 根拠もないこと言うんじゃねーよ!」
「うっせえな。近くでキャンキャン喚くんじゃねーよ。てめーも
「なっ……んだと!」
「あと調子乗ってそんな威張り方してたら、お前のこと気に食わねーと思う奴からボコされても知らねーぞ。あーしとか、あーしの
ヨーミが私とシズに指をさした。途端に小さな悲鳴を上げるギャルたち。
ギャルたちは悔しそうに歯噛みしながらヨーミを睨み返す。まるでライオンに睨まれた子猫の構図である。
やがてリーダーが、こう言い返した。
「男女とフランケン顔が、でかい
あ。
そう私が思った時には、ヨーミは既に動いた後だった。風船が割れた時のような快音が教室内に響き渡る。ヨーミが教室の壁をぶん殴った音だ。図らずとも、ヨーミがギャルを壁ドンしている構図となる。ただし、ヨーミの顔は般若や阿修羅のような怒りの表情だ。
「あーしの悪口は別に事実みてーなもんだから何とも思わねーがよ……もう片方はライン超えだ。てめーがどんな立場でどんな地位か知らねーが、
「あ……あっ……」
「失せろ」
ギャルたちは顔面蒼白になりながら教室から出ていった……って、峰さんと同じクラスじゃないのかよ。わざわざ悪口を言いに来るなんて、嫌なヤツらだなあ。
不愉快そうに舌打ちするヨーミへ、峰さんは遠慮がちに話しかけた。
「あの……ごめんなさい。嫌な役割を引き受けさせちゃって」
「ん? そこは感謝するとこじゃね?」
「ええと……そう……なんですよね」
「ああいや、別に感謝されようと思ってやったワケじゃねーよ。ああいう無条件で他人を見下す奴がシンプルに嫌いだし、
「……あの。ここまでしてもらって貴女の気分を悪くするかもしれませんが……彼女のこと、あまり責めないであげてください。彼女も何か悩みがあって八つ当たりした、なんてこともあるかもしれませんし……」
「え?」
ヨーミがぽかんとしながら私達へ視線を送った。ヨーミよ、これが大天使峰さんだ。天使レベルならナティ姉すら上回るぞ。
「……あはは。懐が深いなあ。あーしとは大違いだ」
「意気地がないだけですよ」
そこからふたりは談笑を始め、ふたりだけの世界が生み出されてしまった。うわ。席順、前後なのかよ。羨ましすぎるぞヨーミ。
ヨーミの親友ポジションという立場を活かして会話の中にこっそり紛れ込もうと思った直後に予鈴が鳴る。ぐぬぬ。帰還せねば。
(のり子。もう解決したし、お帰りなさいな。アフターケアはヨーミがやってくれそうよ)
(RIMEでどうなったか教えてね。放課後はダッシュで帰って片付けなきゃいけない仕事があるから)
(人気者は辛いですわね)
まったくだよ、と心の中でプリプリと怒りながら教室へ帰った先で目にしたのは、峰さんに詰め寄っていたギャル軍団だった。お前ら、同じクラスだったのかよ。何か因縁をつけてきそうな雰囲気だったので睨んでみたら、言葉を失って視線をそらされた。なんなんだ、まったく。
くそう、もやっとするなー。ヨーミとシズと峰さんが同じクラスなうえに急接近しそうで仲間外れ気分だし。私のクラスには相性の悪そうな奴しかいないし。貧乏くじ極まれりだ。
なーんて、くさくさしていた私であったが、捨てる神があれば拾う神もいるのである。
その拾う神はスマホからの通知で私に福音をお授けなさった。
福音の内容は、RIMEのグループへの追加である。
シズ『ごきげんよう。明日のランチから新顔が来るわよ』
峰夏美『明日からよろしくおねがいします』
ヨーミ『やったな。仲間が増えるぞ』
「
思わず社長の物真似が飛び出すくらいの衝撃であった。
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