93話 三柱寄りて姦しく


―― 有坂ありさか甲児こうじ(ペンネーム・さか佐賀さがサカ) ――


 高校時代の先輩である朝倉進から連絡があったのは、僕のメイン業であるアニメーターの依頼が一段落ついた頃。合間を縫った休みの日の事だ。まるで監視されたかのようなタイミングだったので、残念な気持ちになりながらも、僕は重い腰を上げて電車経由のタクシーで先輩の自宅へ向かっていた。

 アシスタントが急な休みを取ったので人手が足りなくなったらしい。ルルちゃん絡みの話じゃなかった。彼女担当の 2Dモデラーパパ としては残念。


「ここで降ります。どうもありがとう」


 最寄りの駅から乗ってきたタクシーを降り、先輩の自宅に到着する。相変わらずの豪邸だ。安給料で安アパートのままな自分とは対象的である。と言っても、僕は今の生活に満足しているので不満は無いけどね。

 いつもと変わらない風景――じゃないな。見慣れない設置物発見。庭にテント? いやこれ、キャンプ用のサウナスチームだ。最近の流行りを取り入れたのか。あの人らしくない。

 まあいいか。とりあえずインターホンを鳴らして知らせよう……お。すぐに反応があったな。これまた珍しい。


『はいはーい。何か御用ですかー?』


 あれ? アシスタントさん? こんな可愛い声の子いたっけ? そもそもお休みしたんじゃ……僕以外も呼んだのだろうか。よっぽど切羽詰まってるんだな。とりあえず要件を告げると、彼女は中へ入るように促してくれた。


「お邪魔しまーす」

「いらっさーい、お客さん」

「!?」


 ドアを開けた瞬間、待っていたのは非常に可愛らしいメイドさんだった。場違いな光景を前に、思わず一歩退いてしまう。もしかして先輩とのいかがわしいプレイ的なお楽しみの最中だったか!?


「お忙しい中、よう来てくだはりました。お鞄、お持ちしますねー」

「え。あ。ども」

「あ、コラ! ヤヤ!」


 僕の来訪を聞きつけてきた先輩が階上から降りてきた。こちらはいつも通り、衰え知らずの筋肉だ。


「その格好で人前に出るなと言っただろうが!」

「だって、こんな可愛いかいらしいメイド服をウチにプレゼントしてくれたんやもん。着てみたくなるんがオタ女の嗜みやん。それにウチ、掃除の真っ最中やったし。メイドが掃除をやるんは当たり前の話やろ?」


 くるくるとその場で回って見せるヤヤちゃん。フリフリとした装飾がところどころに施されて可愛らしさはあるものの、派手すぎる装飾は見受けられない。趣味と実用性を適度なバランスで兼ね備えた見事な一着である。


「その服にケチつけるつもりはねえし、着るなとも言わねえけど。来客時は止めろと言っているだけだ。だから今すぐ着替えてきなさい」

「えー。もう見せてしもうたから、このままでええやん。こう見えて着心地がええねん」

「俺がそういう趣味だと誤解されちまうだろうが。ほら行った行った」

「いけずー」


 ヤヤちゃんは憤慨しながら奥へと引っ込んでいった。

 

「出会い頭ですまんが、彼女のことは内密に」

「誰なんです、あの子」

「俺が面倒見てるんだよ。諸事情があってな。団長と同じで養子みたいなもんだ」


 そういえばルルちゃんと先輩って義理の親子関係みたいなもんだっけ。ふたり目の養子だなんて、相変わらず面倒見がいい。

 

「あの服、先輩がプレゼントしたんですか?」

「メイド服だぞ。団長に決まってるだろ。ほら、ボケっとしてないで行くぞ」


 先輩は溜め息をつきながら作業部屋へと戻っていった。ルルちゃん、可愛い子がいたら兎に角メイド服を着せてないかい?


 


 

 二回目の衝撃は、先輩の仕事場でアシスタントの業務している真っ最中であった。締め切られていたドアが突然勢いよく開け放たれる。


「ススム!」


 携帯ゲーム機を手に持ち、甲高い声と共に先輩の名を呼んだのは、『筋肉爆発!!』と文字が大きくプリントされたダボダボのTシャツを着た、金髪碧眼なエルフ耳の美少女だった。

 ………………んん? 耳!?

 彼女の姿をひと目見た瞬間、先輩は解き放たれたバネのような勢いで立ち上がり、僕の視界を遮るように立ちふさがった。いや先輩。貴方の尻のどアップを視界に押し付けないで。


「こら、来客中だから普段の格好で部屋から出るなと言ったろ、ソル?」

「トカゲ! タオセン! タスケロクーダシ!」

「はいはい、ゲームを手伝ってってことね。ヤヤかリンに言いなさい」

「ィヤ! アヤツラ、イジワルコムスメ! アヤツラバーカ!」

「悪口言わないの。嫌といっても俺は出来ないぞ。大事な仕事中なんだよ」

「………………」

「そんな嫌がった顔してもダメだ。みんな俺の子どもや妹みたいなもんなんだから、仲良くしな」

「……さっきから何なんだ、その反抗的な態度は! せっかく吾の世話役として選んでやったと言うのに! 皇女への伏侍ふくじは史上の誉れ、頂きの地位なのだぞ! 相応の働きをせんか!」

「世話役にはなったつもりはねえよ」

「生意気な! 次に吾のお願いを聞けなかったら、その胸に生えた剛毛を一本残らず毟り取ってやるからな!」

「はいはい。お手柔らかにな」

「バーカバーカ! 野獣ー!」

「部屋から出てもいいけど、来客用の格好してくれよ!」


 金髪の少女は去り際に先輩を罵倒して去っていった。ていうか、途中まで片言だったのに、最後の罵倒だけやけに流暢な日本語だったぞ? なんだありゃ?


「……あの、先輩。僕の目が確かなら、あの子の耳って――」

「ああ見えてコスプレ好きなんだ」

「何のコスプレ?」

「知らん」

「家の中でわざわざ? 役作りまでして?」

「あんまり追求してやるな」


 いや、僕が追求したいのは先輩なんですけど。めっちゃ汗だくだくなんですけど。

 

「あの子も俺の養子みたいなもんでな。面倒を見ているんだ。絶対に口外するなよ」

「なるほど」

「ほら、ぼーっとしてないで手を動かしてくれ。お前の手が借りられるうちに進めちまいたいからさ」

 

 それだけ言って、先輩はペン入れ作業に戻ってしまった。ごまかした感が半端ない。

 まあでも、いくら美少女でも、見た目はまだまだ子どもだったな。流石に彼女はプレイ的な理由で呼びつけたりしていないだろう。32のオッサンが手を出したら犯罪だし。

 ……コスプレのエルフ耳にしてはクオリティが高すぎだと思うんだけどな。エルフなんて空想の生き物なんだから、真に受けちゃいないけどね。





 三度目の衝撃は、僕が休憩のために一階へ降りていった時だった。先輩との付き合いは仕事以外のプライベートでもしょっちゅうなので、もはや先輩の家は第二の我が家みたいなものだ。目を瞑っていてもキッチンまでたどり着けるほど、僕はこの家に慣れ親しんでいるつもりだ。

 

「マ゙ーーーーーーッッ!?」

「んく?」


 だから先輩のダイニングルームに、汗だくなの美女が仁王立ちしながら、牛乳をパックで一気飲みしている光景に出くわすなど、夢にも思わなかった。彼女の足元にはくしゃくしゃになったバスタオルが落ちている。たぶん締め付けが甘かったのだろう。


「んくっ、んくっ……けふっ。見世物ではないですよ」

「嫌でも見ちゃいますから! だから早く隠してください!」

「お断りします。サウナ上がりで火照った身体を涼やかな風と冷え切った牛乳で冷ましつつ、仕上げに水風呂で全身を整える。これが私の流儀ですので」

「いや流儀以前の問題ですので!」


 彼女は男である僕に全裸を見られても一切動揺することなく残りの牛乳を飲み干していく。僕は後ろを向いて目を逸らすしかなかった。まさか女性の全裸を3次元で拝む日が来ることになろうとは……それも先輩の自宅で。


「ああ! 今度はお前か、リン!」


 俺の悲鳴を聞いて駆けつけた先輩は、目の前の全裸美女に詰め寄った。


「客前で全裸は無いだろう! 早く服を着るか隠すかしなさい!」

「『今度は』って……あのバカ二人のやらかしと一緒にしないでください。私の行為は生命の営みの一貫。強き肉体を作りあげ保ち続ける、神聖なる儀式なのです」

「俺の中じゃ、あの二人よりもずっと最悪なやらかしなんだよ! 服が着られないなら風呂場にすっこんでろ!」

「たかが女の裸を見たぐらいで、そう騒ぐほどでもないでしょうに……おふたりの年だったら童貞でもあるまいし」

「ふぐぅ!?」

「おまっ……なんちゅう暴言を!?」

「……ああ、なるほど」


 先輩の言葉を聞いて、美女は呆れたようにため息をついた。屈辱よりも罪悪感が湧いてきたよ!


「これは失礼な発言をしました。お詫び申し上げます。家主がお望みならば従いましょう。水浴びしてきますね」


 彼女は最高の爆弾発言をしてから、足元のバスタオルを回収しつつダイニングルームを出ていった。僕はその場で膝から崩れ落ちる。股間を押さえながら。

 甘ったるい残り香が僕の情緒を引っ掻き回してやまない。何かに目覚めてしまいそうだ。

 そんな僕に、先輩は優しく肩を叩いて慰めてくれた。


「俺の養子がすまんな」

「いやもうアレは頭がぶっ飛んだデリヘル嬢でしょ!?」

「大事な人から預かっている、娘のような奴なんだよ」

「あの痴女が!?」

「痴女でも養子だ」


 そんな濁りのない瞳で言い返されたら、これ以上貴方を責められないです。こんな個性的な娘さんばかり集まって生活できるなんて、さすが先輩だよ。

 やれやれ。休憩に入ったと思ったのに、どっと疲れた……作業で頭をリフレッシュしよう。


「う」


 そして作業場に戻ってきた僕に待っていたのは、ルーファス団長と第三婦人との情事シーンであった。

 ジルフォリア戦記は・月刊『ホリデイ』にて絶賛連載中。





 午後6時。ぶっ通しで作業を続けていると、人生って何だろうな、という哲学に陥ってくる時間だ。ようやく僕は作業に区切りをつけることができた。

 

「うっし。有坂、もう大丈夫だ。峠は越えたわ。サンキュー」

「なんかバチバチに疲れましたわ……」

「すまんな。詫びにメシでも食ってけよ。もうすぐ夕飯の時間だし、一食ぶんの金が浮くだろ」

「……あの3人も一緒っすか?」

「メイド服を着てなくて、コスプレしてなくて、全裸じゃなければ眼福じゃねえか」

「先輩も来てくださいよ。若い女子の中にオッサンが放り込まれる図は絵になりません」

「お前に怯むようなキャラしてねえよ、あいつら。たぶんゲームでもしてるだろうから付き合ってやれ」


 そう言って先輩は僕を部屋から叩き出した。子守りしろって言いたいのかな。僕、人見知りするほうなんだけど。

 階下へ降りていく。リビングからワイワイと――ああいや、違うな。ギャアギャアと喚き散らす女子の声が聞こえてくる。盛り上がってるなー。

 その喧騒へ吸い込まれるように、僕はリビングを覗き見た。そして予想通り、あの3人がゲームで競い合っていた。関西弁のような喋り方の子はメイド服を着ていなかったし、金髪の娘はヘアバンドをして耳を隠していたし、全裸だった子は全裸じゃなかった。お揃いのダボTとパンツタイプのルームウェアというラフな格好だ。

 プレイしているのは乱闘大戦型アクションゲーム「大激写! スナップシスターズΩオメガ」。通称「スナシス」だ。僕もよくプレイをするゲームである。


「ハァ!? ハメは止めーや! ウチのシマじゃ禁止ルールや! シバくでマグロ女!」

「ハメじゃありませーん。ルールの適用内ですー。貴女が下手なだけですー (棒)」

「トマレ! ゲーム! トマラン!? ホワイナゼ!?」

一時停止ポーズボタン押しとるヒマあったらマグロのドタマカチ割らんかい! っていうか、なんで金髪のポーズ効かんのん?」

「彼女のコントローラーだけポーズが効かないよう細工しておきました。ゲームにならないので」

「陰湿なやっちゃのう……あんたらしいわ」

「用意周到と言ってください」

「キーッ! シネッ! チレッ! ホロビョッ!」

「こらこら、リアルファイトは厳禁でしょうが野蛮人。そういうルールでしょう……ああほら、邪魔するから女狐が調子に乗ってきた」

「ええぞーええぞー金髪。そのまま押さえといてーや――あ。切り札使用権、金髪が拾いよった」

「さすがに切り札を使われては死亡確定ですね。あー、殺された。金髪が調子に乗りますよ」

「キャキャキャッ! ザァコザァコ!」

「盛ったモンキーみたいなキンキン声やめーや金猿」

「猿に殺されると腹が立ちますね」

「猿以下 (笑)」

「サール!」

「は? 殺すが?」

 

 3人は延々とお互いを罵り合いながら白熱している。遊んでいるのか怒っているのか、少し分かりかねる状況だ。

 そんな彼女たちを眺めていたら、関西弁の女の子が僕に気づいて会釈してくれた。


「あら。アシさん、お仕事終わりどすか?」

「うん、まあ。ごはん食べてけって誘われちゃって」

「仲間になりたそうにしていますね。まだ夕飯まで時間がありますし、一緒にやります?」

「オッサン、ナカマ! ワレとイッショシロ!」

「え。えーと」


 なんかお呼ばれしちゃった。先輩の言う通り、人見知りしないんだな、この子たちは。


「じゃあ、お言葉に甘えて。プレイしたことがあるからすぐに入れるよ」

「ナカマ! ワレに、カセイシル!」

「この金髪娘は弱いので加勢プレイでも構いませんよ」

「金髪にズタズタにされたヤツが見栄を張っとるわ」

「そのドヤな顔面、黒歴史にしてあげます」

 

 それにしても……お互いに気を使うことなく罵り会う間柄だし、しっかりとお揃いの服を着ているし。


 

 仲がいいんだなあ、この子たち。

 





 そして時は流れ、午後11時。


「キエエエエ! このスカタンちん! 調子乗りいちびるなオヤジ、はよ止めーや!」

「私ごと殴るんじゃない! あああ、貴女のせいでストックがゼロに……1機よこしなさい!」


 なんかいつの間にか僕と三人が対決する構図になっていた。だって彼女たち、そこまで上手くないんだもん……かといって手を抜くと彼女たちから怒られるし。どうしろと。見守っている先輩も呆れ顔だよ……。

 あ。また勝っちゃった。


「アリサカァァァアアアアッ!」


 お願いだから早く帰らせて。


 

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