94話 春嵐去り、また静けさ来たり 前編


―― ルルーファ・ルーファ ――


 時刻は午後3時頃だろうか。俺は一組の男女と、YaーTaプロの事務所の応接間で談合していた。

 男は警視正であり俺と同じ転生者である後江慧悟。そして女は我が事務所の社長、朝倉灯である。


「大丈夫ですか灯社長」

「大丈夫じゃないです。一時のテンションに身を任せた自分を呪いたいです」


 その灯は応接間の机に突っ伏し、慧悟に大きな心配をされている真っ最中であった。以前より慧悟に依頼をしていた、矢島ヤエの身元調査の結果を受け取った瞬間がコレである。まだ中身を見ていないが、もう結果を教えてもらっているようなものだな。薬指が義指となっている理由はやはり俺の予想通りだった。

 

「アレな道の娘さん、元犯罪国家のスパイ、異世界のエルフ……2期生の一人でも身バレしたら、この事務所は即死するわよ……」

「俺達にとって、ある意味ヤヤがってのが面白い状況だな」


 彼女に比べると、残り二人の存在はあまりにもフィクション寄り過ぎる。対してヤヤ嬢のほうが現実味があるぶん厄介とも言える。


「彼女には前科が無いですし、周囲にも上手く隠せていたようです。バレさえしなければ問題ないでしょう」

「俺という存在がある以上、ヤヤ嬢の関係者が活動を止めに来たりはしないだろう」

「他人事みたいに言ってくれちゃって……」


 ヤヤに関して、これ以上は追求するまい。残り2人だけでも気苦労の種だろうからな。


「ソルフェリーアさんの状況は如何でしょうか。タレント起用をすると仰っていましたが」

「ルルちゃんほどじゃないけど、爆速で日本語を覚えていってるわよ。日本の文化にも馴染みが早いみたい。思ったよりも苦労してないって兄貴が言ってたわ」

「結構。いやはや、最初にエルフが出たと聞いたときには面倒このうえ無かったですが……予想以上に穏やかで何よりですよ。政府側も概ね受け入れの姿勢を取っていただいている。おかげで彼女の扱いに困ることはないでしょう。彼女が問題を起こさなければ、の話ですが」

「破天荒に見えるが、根っこは情に深く、聡明な子だ。安定が保証された以上、もはや間違いを起こすことは無いさ。伊達に皇女候補となっていない」

「実を言うと彼女の身元を引き受けていただいて非常に助かっています。今は天結関連の事後処理で警察と行政は忙殺されていますからね。私も数時間後には臨時監察官として元天結の島にとんぼ返りですよ」

「ご苦労様だな、慧悟」

「実力者の幹部を拘束している以上、同じく実力者がいないと瓦解します。であればしょうがない」


 灯はヤヤの調査結果を脇にどけて、俺が暴れ散らかした故に誕生した山のような報告書の一部に目を通す。しかし数秒後には顔をしかめて目を瞑っていた。これから灯は全部の書類に目を通さなければならないのである。背けたくなる気持ちは分かるぞ。


「あの国はどういう扱いになるんだ?」

「島民は日本への受け入れ先をリサーチして秘密裏に日本へ帰属させる予定です。領土は国有化を検討しています。しかし日本とアメリカに挟まれた立地ですので、日本が所有するのか、アメリカに渡すのか、まだ双国で対話中ではありますが」

「島民を受け入れるのか。片っ端から裁判にかけるもんだと思っていたが」

「重度の犯罪歴があるのは、幹部と従属した一部の者だけですので。幹部の方々でも、犯罪の兆候が見られず優秀な者は積極的にスカウトしています。例えば団長が最後に戦った男などは、航空自衛隊のパイロットの指導官として引き抜き予定と聞いていますね」

「ロボットのパイロットだった彼か。少々人間性に欠けるが、能動的に犯罪へ手を染める男では無さそうだな」

「同様の理由でリン氏もこちらのYaーTaプロへ帰属させることを許可しています。まあ、諸悪の根源とも呼べる天結の総帥さえ押さえてしまえば、あの国が復活することもないでしょう」

「………………」

「灯。大丈夫か? 今にもヨダレを垂らしそうな顔をしているぞ」

「社会の成績は悪かったもので」

 

 会社の社長として、そいつはどうなんだい。

 

「えーと……政治の話はよく分からないけど。要するに、問題なしって事でよろし?」

「端的に言ってしまえばそうですね」

「灯には通しておきたい話だから、感覚で分かるような図解の資料を後で送っておくよ」

「こんな面倒な事をやるためにルルちゃんを引き入れてはいないんだけどなー……どうしてこうなったんだよぅ……」

「必要があったからな。許せ」

「許せのひと言で納得できたら警察は要りません。そもそもルルちゃん。ちょっと派手に暴れ過ぎじゃない? リンちゃんや私達のために一肌脱いだのは分かるけどさ」


 ううむ……そんなにジト目で見つめてくれるな。

 

「ちゃんと理由ありきの行動だよ。話を始めると灯の苦手な政治の話が続くけど、大丈夫か? それも国際的なヤツだが」

「え。何。そんなグローバルな話なの?」

「俺には直接の接触が無かったから詳細は知らんが、米中露あたりからモテモテだったみたいだな」

「団長の御力は確実に世界を揺るがします。だから各大国がこぞって手に入れようとしたのですよ。そういった介入を抑制するために力を披露していただいたのです。

 効果は絶大でしたね。力の強大さ、そして必要ならば排除を躊躇わない姿勢。団長を制御するのは不可能と各国は判断した模様です」

「脅してでも力を求めるなら相応の代償は覚悟しろ、というメッセージだ。だからあえてやりすぎオーバーキルの演出をしたのさ。相手を殺さず制圧するのはちと骨だったが」

「自衛隊の監視下ですからね。殺生までされてしまうと、いくら僕でも擁護しきれるか分かりません。ですから不殺という朗報には大変満足ですよ。

 巨悪を滅ぼし、団長の実力をアピールして無益な接触を減らす。天結の事後処理という面倒以外は最上級の成果ですからね。

 それにしても……やれやれだ。日本の平和主義はせせこましい。悪人の殺生でさえ不自由なんだから」

「……なんでこんな鬼畜メガネが警察官やってるんだろ」

「僕的には天職なんですけどね」

 

 大丈夫だよ、灯。リーサスはちゃんと正義の人間だ。やり方に糸目をつけないだけでな。

 

「そもそも俺はもう兵役や戦争なぞ懲り懲りなんだよ。俺はルルーナが受け入れられる限り、アイドルVtuberを続ける。俺という存在を引き入れたのだから、もう一蓮托生にさせてもらうぞ、灯」


 灯は唸りながら再度机に突っ伏してしまった。組織の長は下々の責任を取ってナンボなんだよ、灯。存分に苦労したまえ。むはは。

 

「言うまででもないかもしれませんが、団長の正体が世間に広まってもお終いですからね」

「漏れちまった情報の封じ込めは慧悟やお偉いさんに任せるさ」


 しかし、ずいぶんと俺の素性が知れ渡っちまったな。少し整理しておくか。

 俺の正体を完全に知っているのは、朝倉兄妹、慧悟、リン、キィの5人。プラス一部の警察や政治家、自衛隊やヤクザ、そして壊滅した天結の関係者だ。プラスが多いな。

 そして俺が異世界の転生者だと知っているのは、お嬢と母君、ソーリャ、メイド喫茶『Victoria Spring』のメンバーってところか。タカオもここに含んでいいだろう。

 ……我ながらガバガバな管理である。まだ配信者を続けられるだけでも奇跡だ。

 

「2期生の動向はしっかりレポート提出してくださいね。国家機密級の要人を何人も抱え込んでいる以上、もはやYaーTaプロダクションは半国有化された事務所なのですから」

「死体撃ちやめてぇぇ……」


 言い換えれば、公的ではないにしろ、国家クラスのサポートを受けられるという意味合いでもあるがな。

 

「ところで灯。今後の2期生のレポートと言えばなんだが。発表までのスケジュールはどうなんだい」

「とにかくソルちゃん次第ね。日本語とネット常識リテラシーがしっかり出来あがるまで、しばらくは兄貴の家でカンヅメになるわ。彼女たちは私がゴーサインを出すまで、徹底的にシェアハウスで一緒に過ごしてもらいます」

「最初に大喧嘩をされた時は心配していたものだが、案外平和に過ごしとるらしいな」

「我々のRIMEグループで、隊長から連日のように愚痴が飛んでくることに目を瞑れば良好な成果かと」

「詳細までは俺たちのグループにさえ降りてこないから分からんが、期待しているよ」

「まあ楽しみにしててよ。1期生とは別の強みが彼女たちにはあるわ」

 

 先程までの弱気な表情が一転、灯は自信に満ちた表情で俺達二人を見返してきた。挑発的とも取れるその態度に、俺は思わず笑みを浮かべる。化け物揃いと呼ばれている1期生には無い強み――そんな台詞を聞かされて楽しみにならない筈がない。

 そんな栄えある話に期待を隠せない一方で、慧悟の表情は固く険しくなっていた。


「どうした、慧悟」

「1期生と言えば、今日はお二人に伝えたいことがあります」


 警察官である慧悟から1期生というワードが飛び出し、俺と灯は思わず彼へ視線を移した。軽口を叩く普段の慧悟からは容易に想像つかないほど、その表情は引き締まっている。

 

「佐藤のり子さんに関係する連絡です」

「お嬢?」

「警察官からのタレコミってところが凄く不安なんですけど……」

「僕が改まって話を切り出すのですから、そちらの都合の悪い話として覚悟していただければ」

「ていうか、個人情報に関わるんじゃないの? 一般市民に教えていいワケ?」

「団長とリン氏とソル嬢を抱えておいて何を今更一般人ぶっているんですか。それに、貴方がたを黙認している僕がその程度の情報をシェアしたところで痒くもないですよ」


 慧悟は大きくため息をついてから、真剣な表情に切り替えて俺達に言った。

 

「佐藤さんが起こした暴行事件……その被害者が刑期を終えて出所しました」

「!?」


 その発言は、灯はおろか俺すらも大いに驚かせた。


「暴行事件!? 被害者!? 被害者が刑期ってどういうこと!?」

「穏やかじゃない単語ばかりだな」

「やはり彼女から聞いていませんか」

「現在進行系で最上級に人間が出来ている子だ。仮に犯罪歴があったとしても語りはしないだろう。彼女の中でも汚点となっているはずだ」

「2000人規模の殺人未遂に比べたら可愛い事件ですよ、団長」

「茶化すな。お嬢の罪は?」

「既に示談が成立しているため、前科とはならず不起訴処分となっています。ですから、たとえこの事件が露出したとしてもYaーTaプロダクションの監督不行届にはなりません」


 お嬢の地域は治安が悪い場所だったな。お嬢の性格と実力から鑑みるに、正義感あるいは友情からの行動といったところか。

 

「事件の内容を聞く前に俺から質問だ。どうしてその連絡をした、慧悟」


 慧悟は紙巻きタバコを取り出した。長丁場になりそうだな。

 

「忠告ですよ。その者は未だにのり子さんへ大きな恨みを抱いている可能性があります。ですから彼女の周囲の動向に注意してください。

 僕としては取越苦労にしてほしいものですが……いかんせん、この類の勘に裏切られた経験がほとんど無いので」


 灯が俺へ助けを求めるように視線を送る。俺はその視線を否定するかのように首を横に振った。

 慧悟リーサスは勘と言っているが、その意味するところは、人間の心と取り巻く環境を加味した上での、限りなく真実に近い推察となる。


 つまり、よく的中することで有名であった。

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