91話 ラスト・ワン・ピース


―― 朝倉灯 ――


 前回のYaーTaプロダクション。

 手錠かけたスパイと金髪エルフが来た。助けて。

 

「エルフ……耳?」

「耳ではない。エルフだ」

「えーと……コスプレかな? エイプリルフールは終わったんだゾ?」

「社長。ごめんだけど、ソルちゃんの地耳なの。マジモンのエルフちゃんです」

「ほれ。ちゃんと耳は動くぞ」


 尖った耳を上下に動かすエルフちゃん。やめて。否定材料を潰さないで。私たちがルルちゃんの顔を窺うと、嘘じゃないとばかりに頷いた。確かに喋り方が吹き替え映画の喋り方みたいだし、そういうファンタジー的な子なんだろうな。


「家の近くで私が保護しました。ルルと同じパターンです」

 

 えぇ……そんなことある? のり子ちゃんの家、絶対に 異世界の扉ポータル 開いてるよね?


「ソーリャ。自己紹介を」

「うむ。しかしマントが欲しいのう。威厳が出んぞ……」


 ソルちゃん、またはソーリャと呼ばれたエルフの子は、皆が見渡せる場所まで移動すると振り返りざまに叫んだ。

 

「霊長の民よ、拝聴を許す! 風神の御心に乗せ、吾の名を魂に刻め! 吾の名はソルフェリーア! エルフ族の都、アーヴトラが次期皇女筆頭、ソルフェリーアである! 讃えよ、吾という奇跡を! 称賛してこうべを垂れるがいい!」

「………………」

こうべを垂れるのだ!」


 堂々たる口調で、ハキハキとした声で難しい言葉遣いで叫ぶソルちゃん。


「……すごいね。えらいね」

 

 そのパフォーマンスを目の前にして思わず六条さんが拍手を始めてしまった。釣られて場にいる皆が気の抜けた拍手を始める。


「ええい、頭を下げろと言うておるのに、その情けない拍手は何だ。せめて力と誠意を込めんか!」

「まあまあ。ソーリャの事はしっかりとアピール出来たんじゃないかな。そしてお嬢たちにはまだ紹介しとらん者がおるか。手錠をかけた彼女は俺の妹分となるリンだ」

「どうも。先程、正式にルルーファお姉様の妹となりました、リン・ルーファです」

「そして隣は俺の友人の部下である小室千代だ。これ以上の紹介は後ほど時間が出来た時に。ヤヤ嬢。ちょっと来てくれ」

「ウチ? ほいほい行きますよ~」


 ルルちゃんは、リンちゃんとソルちゃんの真ん中に矢島ちゃんを並べた。

 ……なんとなく意図が分かるぞ、ルルちゃん。そのニッコニコで満足げな笑顔が私には悪魔の微笑みにしか見えない。


 

「2期生の席はまだ空いているよな? どうだ、灯。この3人は。

 矢島ヤエ。

 リン・ルーファ。

 ソルフェリーア。

 彼女たち3人を2期生としてアイドルVtuberデビューさせてみてはどうだろうか」


 

 誰もその問いに答えない。怒涛の展開が続いたので脳みその処理が全員追いついていないのだ。しばらく膠着状態が続いてから、「どうなの、社長?」と言わんばかりの視線が全員から突き刺さった。社長業に就いてからこんなに疲れたこと、今まで一度も無かったぞ。


「ええと、ルルちゃん。ひとこと良い? 何でリンちゃんとソルちゃんを推薦したの?」

「声が良く、話していて愉快な二人なのでな。灯の好みに合うと思ったからだ。君の判断基準なのだろう?」

「待って待って!? 私、別に声や面白さで選んでないからね!? それらはあくまで付加価値や判断基準であって、それだけで決めてないからね!?」


 私がそう返答すると、事務所の関係者全員から「そうなの?」と言わんばかりの視線が返ってきた。こいつら、私がノリだけで会社運営をしてると思ってるのかよ!?


「お姉様。私はスタッフじゃなくて、アイドルタレントとして採用するつもりですか?」

「ああ。絶対にできるよ。だって俺ができているのだから、妹である君が出来ない道理は無いだろう?」

「なんという理にかなった説得力でしょう。でしたら引き受けない訳にはいきませんね」


 どこに理があったんだよ。あああ……やる気になっちゃったよスパイちゃん……。


「なあルルよ。『あいどる』とは何ぞや?」

「人前で喋ったり歌ったり踊ったりする旅芸人みたいな仕事だな。それでいて相手を幸せな笑顔にできる、とても尊い仕事だ。民の前で演説したり、神の前で舞踊を披露する、皇女の仕事と大きく変わりはないと思う」

「皇女と変わらんならば吾には楽勝だな!」


 エルフちゃんまで……ウチの事務所は珍獣保護施設じゃねーんだぞルルちゃん!


「……なあルル先輩? ちょいとええか?」

「どうぞ」

「この2人が同期とかなんやけど」

「おおっと」


 静かな動作で手を上げた矢島ちゃんは、眉間の皮が破けるんじゃないかと思うくらいに皺が寄っていた。

 ああ、察したよ。これ、たぶんまずい流れ。

 

「ウチはアイドル活動したくてYaーTaプロに来たねん。アイドルとして頑張りたいねん。同期と褒めうたり慰めうたりの切磋琢磨がやりたいねん。そんでもって可愛い子と可愛い言い合って尊みを感じたいねん」

「なるほど。しかし彼女たち相手でも出来るだろう?」

「百歩譲って理解したとしましょか。それでも同期がこの面子とか、冗談も大概やろがい。何が悲しゅうて、このマグロみたいな能面変人女と、なんも考えとらんようなあっぱらぱー人外と組まなあかんの? アイドルのイロハも理解できてなさそなコイツら相手に褒めーの慰めーのせなあかんの?」

「は?」「うん?」


 矢島ちゃんの一言を聞き、リンちゃんとソルちゃんが鋭い眼光で彼女を睨みつけた。相対する三人の候補生たち (仮)。


「私は表情を表に出さないよう訓練しているだけです。それをマグロだの変人などと罵られる覚えはありません。少なくともお姉様は、私を表情豊かと仰ってくれました。貴女の瞼、ちゃんと開いてますかね」

「何やねん自分。さっきから自己主張が激しければ何でも意見通る思うてズケズケくっちゃべって。そういう女、いけ好かんのよウチ」

「貴女こそ、自己主張の激しさを自覚していますか? 自分が何の言語を話して、どのような意味合いを持っているのか理解して使っているのですか?」

「今さらインテリ気取ったところで遅いわ。マウント取れてると思うとるのん? あんたはウチの中じゃ変人カテゴリやねんて」


 なんてこったい、戦争レスバ始まっちゃった……唐突すぎてみんなオロオロしているよ。あ、六条さん、のり子ちゃんの後ろに隠れちゃった。


「貴様が吾をどう評したか分からんが、なんとなく罵倒されたことは理解できたぞ。どこの血筋かも分からん馬の骨が、高貴な血筋の吾を侮辱するなど言語道断ぞ」

「この小娘ジャリも。一番のチビのくせに他人を見下す、その態度。高貴高貴と偉そうで気に食わんねん。血が何やねん。ぶん殴ればウチと同じ赤色の血やろが」

「……奇遇じゃのう。吾もたった今、貴様の事がいけ好かなくなったわ。たかが20ほどの若造ごときが偉そうに頭ごなしでキィキィと喚きおって。長く生きるという事自体が偉業じゃろうて。それが分からんか、わっぱが」

「ババア小娘に説教かまされる覚えは無いわい」

「はっ。長寿へのひがみか。これだから人間は」


 ……いや、これは。

 

「ルルお姉様、再度ご一考しませんか。お姉様の望みとあらばアイドルVtuberを務めるのもやぶさかではありません。しかしこの者たちのような野蛮な女達と一緒に務めをまっとうできるとは――」

「おい、妹を名乗る女。今、吾のことを野蛮人と呼んだか? 粗暴な民ごときが、吾を野蛮と評したか?」

「少なくとも、この至近距離でキンキンと耳障りな金切り声を上げる者ならば野蛮人バーバリアンの資格は十分にあるでしょう」

「バーバっ……貴様も吾をババアと申すか! これでもまだ161じゃ、たわけもんが! 姉離れも出来とらん乳臭いガキに、なにこれとやかく言われる筋合いはない!」

「こんな魅力的なお姉様なのだから離れられないのは当たり前でしょう! それになんですか、さっきから無条件で人間を見下すその態度! 何様ですか!」

「皇女様だっ!」


 ………………。


「どうどう、君たち。そろそろ落ち着いて。皆がどうしたら良いか困惑しておる。お互いあまり見知っていないのに、どうしてそこまで邪険にするんだ」

 

「アイドルを軽く見てる感じがして腹が立つねん」

「開幕で罵倒と見下しをされては良い気分になりません」

「こやつらが吾を見る目が不愉快の極みだ」

 

「何よりも、なんか気に食わんねん」

「何よりも、生理的になぜか苛つきます」

「何よりも、なんとなく腹が立つのだ」


「……感覚で返事をされてしまってはどうしようもないな」

「この3人の2期生なら楽しくやっていけそうだと思ったんだけど……これは無理そうかもだね……安未果さん、すっかり怯えちゃってるよ」

「灯。この話は無かったことにしてくれ。この調子ではデビューよりも先に傷害事件が起こっちまう」

 

 ………………うん。


「灯?」


 私は睨み合う三人の間へ身を割り込ませていた。リンちゃん、そしてソルちゃんの肩に手を乗せる。


「なんじゃ?」「なんでしょうか」「なんや」

「貴女たち――」


 これだ。彼女たちこそが最後の1ピース。

 役者は揃った。





 

「 採 用 。 」


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る