90話 集結
―― 朝倉灯 ――
つくづく自分でも分からない。なぜ私は、こんな逸材をキープ扱いにしているのだろうか。
『ウチの尊敬する人は、やっぱりYaーTaプロ1期生の3人やねー。
現在、2期生の候補となった矢島ヤエちゃんが、ガラス越しの配信部屋の中で練習配信を行っている。私は配信準備室にて、六条さんと二人で配信の様子を見守っていた。
配信といってもインターネット上ではなく、社内ネットワークだけの仮配信となる。矢島ちゃんは仮想リスナーを演じているプロデューサーと生井さん相手に雑談する様子を私達に披露しているのだ。
『好きな食べ物は和菓子全般やな。ウチが一番好きなんは回転焼きでな、最近はカスタードの回転焼きが――は? 関東では今川焼? 何で今川さん出しゃばっとるのん?』
矢島ちゃんのトークは軽快でテンポが良く、それでいて過度に目立たず耳にも残りやすい雰囲気の喋り方だ。作業をしながら聞くのに丁度いい塩梅である。全国から集まるリスナーの事情も汲んでいて、パッと聞いて分からない京都の方言はかなり控えめな関西弁で話してくれる。そのため、訛りが強い喋り方でも気にならない。矢島ちゃん自身も非常に楽しそうで、見ている私もすぐに惹き込まれていった。
『ぼちぼちお時間やな。またなぁ、リスナーのみんな。次もヤヤちゃんの配信も見るんやで。可愛いヤヤちゃんとのお約束や。ほな、ばいば〜い』
ストップウォッチを止める。
「配信時間29分19秒。オッケー、時間配分に問題なしよ」
「ええ!? もう30分も経ったんですか!?」
一緒に聞いていた六条さんも驚きの一声である。六条さんのトークもどんどん上手になっているけど、今の矢島ちゃんのほうが力量は上だろう。配信室から出てきた矢島ちゃんは私達に立派なドヤ顔を見せていた。うん、これは納得のドヤです。
「すごい……台本も無しでこんなにおしゃべりできるもんなんですね」
「言うて六条先輩も、初配信は台本無しみたいなモンやろ? 変わらん変わらん。で、社長さん。評価どんなもん?」
「評価の前に1個質問。あと何時間行けそうだった?」
「限界いっぱい、12時間フルでイケるで。全然喋りたらんし、リスナーからもネタが供給されとるんやから。ヤヤちゃん無限の無双舞台や」
「じゃあ今のところケチつけるところは無いわね。部屋の外で話し合ってる舞人くんとキィちゃんも同じ評価だと思うよ」
「やっぱウチって配信者の才能の
「……ごめん。変わらずキープで」
「社長さんの壁、高すぎひん? 高杉謙信ちゃんや」
「ヤヤちゃんのお喋りでダメだったら、私なんて見向きもされないよ……」
六条さんは六条さんで、聞いているだけで癒やされる声質だから方向性が違う。六条さんにとっては最強武器のひとつなんだけど、言葉に出すと意識させちゃうので黙っておく。
さて、それにしても……うん。不思議だ。ここまで決定的な材料が揃っていて、どうして私は決めあぐねているのだろう。ジグソーパズルのラスト1ピース――それもど真ん中が抜け落ちているような、もどかしい感覚だ。
「何だろう。何が足りないのかな。アドバイスしたいところだけど、それが何なのか分からないのよ。私も歯がゆい気分だわ。ごめん矢島ちゃん、滅茶苦茶不快にさせてると思う」
「構へん構へん。桃栗三年柿八年、ヤヤちゃん十年。腰を据えて辛抱強く待ちますわ」
「お疲れ様です、矢島さん」
部屋の外で生井さんと一緒に配信の評価をしていた舞人くんが合流してきた。結果を伝えるけど、やはり絶賛の嵐だった。
「先行デビューやソロデビューも視野に入れて良いと思います」
「そのサブプランも考えておいて」
「あくまでユニットで行きたいと」
「事務所名で
「承知しました。仕方ないですね。我が社は社長ありきですから」
とは言うものの、残された時間は少ない。キープ状態もいずれは向こうから破棄されてしまうことだろう。
矢島ちゃんはウチを希望しているけど、その動機は薄い。V界隈の二大巨頭『じゅうもんじ』あたりから勧誘をされたら、きっと簡単に転がり落ちてしまう。じゅうもんじの方針は『個の増進』。個人のやりたい事や長所を伸ばす事へのサポートに特化している。伸び伸びやりたいという矢島ちゃんにとって、まさにうってつけな事務所なのである。アイドル路線を主軸にしているというウチの方針が少しだけ魅力で勝っているだけだ。
そんな矢島ちゃんに対する今後の方針を4人で話し合っていた時だった。
『ええっ!? あの、どちら様でしょうか!?』
生井さんの叫びが配信準備室に響いた。
「なんや? 不法侵入かい? 物騒やなあ」
「矢島ちゃん。ブーメランよ、それ」
思わずヤヤちゃんに突っ込みながら、皆で配信室から出ると……なるほど、生井さんが叫びたくなる理由も納得だ。
事務所の入口には2人の女性が立っていた。
「すみません、すみません。突然で驚かせてしまって」
1人は特徴らしい特徴のない、私服姿の女性だ。矢島ちゃんや生井さんと同じくらいの年齢だろうか。こちらは物腰を低くして私達に何度も頭を下げているだけで、特に目立つ要素はない。
でも、もう1人が……。
「おや。お姉様から伝言が通ってないのですか。事務所で待つようにと言われたのですが」
美人だった。ボディスタイルはルルちゃんを一回りコンパクトにした程度で、バランスが取れた綺麗な体だ。顔立ちも、なんとなくルルちゃんに似ているかも。
ここまでは大丈夫。問題は両手だ。
なんか手錠をかけたままの人が入ってきたんですけど。
YaーTaプロの関係者全員がお互いに視線を送り合っていた。「おい、お前が行けよ」状態である。とりあえず話しかけてみよう。
「あー、えーと……とりあえず手錠のかたから。どちら様でしょうか」
「リンと申します。ルルーファお姉様の紹介で参りました」
「ルルちゃんの!?」
「お姉様ってことは……妹さん!?」
そんな情報、ルルちゃんからひと言も聞かされてないんですけど!? もちろん、転生前となるルーファスも、元はスラム街の孤児だったので一人っ子である。
びっくりする私達が心外だと言わんばかりに、リンちゃんは鼻息荒く返答する。
「その通りです。お姉様からの信頼の証拠に、ルルーファお姉様の社員証を預かっていますし、事務所への入室パスコードも教えられています」
「仮に実妹でもダメなヤツでしょ!? ルルちゃん何してんの!? いやルルちゃんが許可したならええのか……?」
「いえ社長。もしかしたら盗難の可能性も……特に社員証は現物ですし……」
「諸々の許可はお姉様より取っております。ほら、追加の信頼の証拠。お姉様の部屋の合鍵です」
「合鍵ィ!?」
いかん。まさかのルルちゃんから、セキュリティ漏洩の三連打を受けて脳みそがフリーズ演出に突入しちゃってる。話題を変えて思考をリセットだ。
「では手錠は何の意味合いが?」
「申し訳ないですが追求はご遠慮ください」
なんの解決にもならない回答が来たな!? 今のところ、このリンちゃん。勝手に妹を名乗る不審者にしか見えないんですけど……声は好みなのに惜しいなぁ……。
「ええとええと……もう一人の方は」
「付き添いッス。
「なるほど」
「後江慧悟の命令で来ました。彼の部下です」
出たよルルちゃんの部下、トンデモ腹黒鬼畜メガネ警官!
「いま彼は職務に追われているため、私が代理となるッス」
「……何の代理でしょうか」
「それ以上は黙秘権をお願いするッス」
「何なのこの状況!? ルルちゃん、早く帰ってきてぇ!」
思わず絶叫を隠せない。いくら元が腹黒メガネのリーサスだからって、何でも無茶が押し通ると思うなよ! 私、リーサスの株だけは爆下がりしてますからね!
そんな私を見かねて、小室さんは申し訳無さそうに頭を下げていた。ああ、君も被害者なんだね。前世の兄貴がハゲ散らかしていたのも納得だ。
とにかく! ルルちゃん! それかメガネ! 早く来ておくれ! みんなが騒然ポカン状態で心のダムが決壊しそう!
「おお、いい具合に集まっているな。お疲れさん、皆の衆」
「ルルちゃんっ!」「ルルちゃぁん!」「ルル先輩、おこんちわ」「ルルーファさん!」「ルルーファさん……貴女……」
「おおう、熱烈歓迎」
計ったかのようなタイミングでルルちゃんが事務所に現れた。それぞれ思わずルルちゃんの名前を叫んでしまう。
「ルルーファお姉様!」
リンちゃんは、ルルちゃんの顔を見た瞬間、彼女の元へ駆け寄った。うわあ、完全に
「リンも健在だな。千代。彼女の手錠は外せんのか」
「お疲れ様ですルルーファさん。そして申し訳ないッス。現状が最低限の譲歩でして……リンさんも了承を頂いているので、このままでお願いします」
「ならばしょうがないか。ところでリン。姉妹問題を考えたんだが、姉と呼んでもええ事にした。君となら義姉妹になるのも楽しそうだと思ってな」
「なんと寛大な!」
「ということで、ルルーファじゃ長いから、ルルお姉様でいこうか」
「では差し出がましいとは重々承知ですが、姓も『ルーファ』を名乗っても宜しいでしょうか?」
「リン・ルーファか。うんうん。語呂もいいし、お国から許可が降りたらそうしようか。姓を受けるなら役所に行かねば」
「なんか我々、結婚するみたいですね!」
「おお、確かに。でも俺はアイドルだから、仮に結婚するとしても卒業してからだな」
「ちょっと会話やめんか、あんたらぁ!」
勝手にイチャついて勝手に話を進めてるんじゃねえよ! こちとら情報過多で思考回路がショート寸前なんじゃい!
「よく状況がわからないですけど! ルルちゃん! いくら何でも仮想妹相手にセキュリティがザルすぎでしょ! パスコード漏洩に社員証の貸し出し、合鍵まで勝手に! 弁明の余地なしギルティな有罪3連打よ!」
「そうですルルーファさん。貴女がリンさんに行った行為は我が社の機密漏洩にあたります。申し訳ないですが解雇も視野に――」
「ストップ舞人。そのジャッジを下す前に、社長に伝えたいことがある」
「え? 何よルルちゃん」
ルルちゃんが私を呼びつけたので、嫌な予感を飲み込みながら彼女の元へ寄った。小さな声で私の耳元に話しかける。
(なんとなく察していると思うがな。リンは元スパイだ)
いや、まったく察してなかったけど。
その後も内緒のこそこそ話が続くけど、配信で話したらブッチギリの同接数を稼げそうなほどに濃い内容であった。
ルルちゃんが犯罪国からリサーチされていて、ウチの情報漏洩を防ぐためにリンちゃんを懐柔して。で、お付き合いしていたらYaーTaプロを巻き込みかねない事件になったから、ルルちゃんがお仕置きに行って国を解体し、その際にルルちゃん (の身体) とリンちゃんは姉妹関係だったことが発覚したと。このまとめ合ってる? 数行に圧縮していい情報量じゃないんだよ。
なるほど、相手がプロのスパイならセキュリティーなんて無いも同然よね。あとついでに、ウチのスタッフだった戸村さんはリンちゃんが変装した姿だったようだ。優秀なスタッフがひとり減っちまったぃ! ガッデム!
で! こそこそ話の結論!
「ノットギルティ! 無罪判決です! 舞人くん! ルルちゃんは何も悪くなかった! 不可抗力ゆえの現状です!」
「はい?」
「だから解雇とか軽々しく言っちゃダメ。いいわね」
「具体的な理由を聞いても?」
「ノンノン聞かないで。社長命令」
「しょうがないですね。いつか聞かせてください」
「ちょいと!? 今の理由まかり通るん!? 舞人はん、それでええの!?」
「社長ですので。彼女が断言したなら従うまでです」
理由なんて言えるかこんなモン! ノリで押し通す! 矢島ちゃんよ、これがYaーTaプロダクションだ! わはは! ワンマン経営最高! 生井さんと六条さんが遠い目をしてるけど、私は気にしないぞ!
「それでルルちゃん。リンちゃんを呼んだ理由は?」
「彼女を紹介する前に、もうひとり呼ぶものがおる。お嬢たち、入っていいぞ」
「待ってました! お疲れ様でーす」
のり子ちゃんが入室してくる。ちょっとお疲れ気味のようだ。そういえば今夜の配信をキャンセルしてたっけ。
そんなのり子ちゃんの後ろから、ニット帽をかぶった金髪碧眼の美少女が付いている。
ううう……今度はなんだよう。今度の新キャラは情報量が少ない子にしてくれよう。
「ほう。小汚い建物だと思っていたが、この中はだいぶ小綺麗ではないか。かつての我が住まいに比べるべくもないが」
アッ。ダメだ。この尊大な言い回しはリンちゃんと同じカテゴリだ。私の直感がそう告げている。
のり子ちゃんのお友達かな? 確かお嬢様がいたよね。でも、聞いていた感じとは違うな。
「この者たちが紹介したい人間か、ルルよ」
「ああ。こちらにおわすのがYaーTaプロダクション社長、朝倉灯氏だ。俺の雇用主であり、身元引受人のひとりでもある」
「なかなかちんちくりんそうな面構えをしとるが頼りになるのか?」
「ち、ちんちくりん!?」
「おいルル。もう帽子を取ってもいいか? 暑くてかなわんぞ」
「ああ、大丈夫だ」
金髪の少女が帽子脱いだ瞬間、事務所中からどよめきが走った。もちろん私もどよめいた。
金の髪の隙間から、尖った長い耳が伸びていたからだ。
あー良かった。エルフ娘か。この子は情報が耳に集約されてるから気が楽だな。あはは。
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