89話 右手に狂信者を、左手に幻想を
―― ルルーファ・ルーファ ――
ルルーファことルーファス。朝倉進ことチェイス。後江慧悟ことリーサス。ついでにローレライの奴も含めておこうか。
俺の世界の者が続々と令和の世に出現しているため、今後も誰かしらが出現する予想はあった。日本政府側も、俺達が起こすであろう不測の事態に対応できるよう、本腰を入れはじめている。その最中、まさか思いも寄らない人物が令和の世界へ送り込まれようとは。あの世界の神様女神様は、よほど退屈なさっていると見える。その手の気まぐれに令和の世を巻き込まないでいただきたいものだが。
「おい、答えろ、何故ソーリャの呼び名を知っておる? そもそも貴様。何故、吾を知っておるのだ」
さて、まずい状況になっちまった。元の世界の住人――それも知人があまりにも不意打ちな形で登場したもんだったから、思わず母国語でしゃべっちまったぞ。
ソーリャがお嬢の家にいるという状況、そしてお嬢と母君の様子を見ると、いま俺が置かれている状況をなんとなく察した。俺が異世界人であるとバレちまった……そう捉えていいだろう。
「えーと、状況がよく飲み込めないんだけど……ソーリ……ああいや、この呼び方じゃないほうが良さそうか。ソルフェリーアちゃんは、ルルのことを知らないの?」
「長ければソルで良い。よくそう呼ばれていた。で、この女だが、皆目知らん。流石にここまで妖艶な美貌を持っていれば、たとえ1000年経っても忘れることはなかろう。ルルといったな。貴様もしかと名乗れ」
「……ルルーファ・ルーファだ。そこのお嬢――佐藤のり子からはルルと呼ばれている」
「吾もルルと呼ぶぞ。それでルル。吾の質問に答えてもらおうか」
「少し頭の中を整理させてくれ。俺も、今の状況に追いついていない」
ソーリャが喋っているのは日本語だが、俺のようにレーワ語を習得したうえで話しているのではなく、何かしらの術で変換しているようだ。
「ねえ、ルル。えーと……なんか忘れていた記憶を思い出したとか?」
お嬢は俺の顔色を窺い、言葉を選びながら俺に問いかけた。記憶喪失という俺のでまかせを信じて心配している――というより、俺の事情を汲み取って、あえてそう発言してくれているみたいだ。母君も言及しないあたり、お嬢の方針に乗っかっているのだろう。
少し筋書きを立ててから、俺は弁明を始めた。
「ああ、そうだな。俺は君の姉、メシスの
「……姉上は人間の男へ嫁いでから人間の知り合いを多く持った。そなたもそのひとりと言うのだな」
「彼女は絵が上手だった。君に関しては彼女から話を聞いていたし、彼女の描く絵を通して知っていた。話に違わず、目を惹かずにはいられない美貌だ。流石はメシスの妹君。その麗しき振る舞いは彼女にも劣らぬ」
「ふふんっ! 至極当然の評価だな! よし、姉の名を出せるのであれば十分だ。そなたを信頼してやろう! そなたがソーリャと呼ぶのも、まあ許してやるか。そなたの声は姉上に似ていて響きが良いからな! あっはっは!」
相変わらずチョロすぎて心配になる子だ。彼女の国の
「ねえルル。もしかしてだけど、ルルってソルフェリーアちゃんと同じ――」
「ああ。同郷の者のようだ。すまんが、まだまだ記憶はぼんやり霞がかっておる。詮索は控えてくれるとありがたい」
「……ん。分かった」
ううむ、俺の異世界事情がどんどん隠せなくなっていくな。概ね受け入れてくれるのは有り難いが。
さて、ソーリャが
「すまないが、彼女とふたりきりにしてくれるか? 深く話をしたいんだ」
・・・・・
・・・
・
突然の申し出に対し、二人とも理由を聞かずに母屋へ移動してくれた。俺とソーリャについて――そして俺達の世界について詮索をしたいだろうに、俺の意志を尊重してくれている。俺とソーリャは本当にいい出会いに恵まれたと思う。
まずは俺から、令和の日本について軽く説明をしてやった。ソーリャは非常に驚いていたが、元々は神との交信という奇跡を日常的に使う彼女だったため、このあり得ない状況をすぐに受け入れることができたようだ。
「日本……この国は戦乱と無縁なのだな」
「戦争もあったが、かなり昔の話のようだ。最後の大戦は80から90年ほど前と聞いている」
「となれば若い世代は戦争を経験しておらんか。うむ。いい時代だ。吾らのような不明不詳の者でも即投獄されないあたり、心からそう思うぞ」
「世界単位で見れば戦争をしている国もあるが、この国に限ってはその通りだな」
ソーリャは遠くを見つめるような目をしていた。俺が知っている限り、彼女はこのような憂鬱な表情とは無縁の生活をしていたはずだ。
「日本は吾らの世界に関して認知しておるのか?」
「この世界では架空の世界だと思われている。そう認識してくれ。話すと長くなるから、然るべき時にまた説明する」
「どうりで、あの二人が吾を物珍しい目で見るわけじゃ。あちらではエルフという種族は珍しいと言われるほどでもない。出稼ぎや冒険者のエルフはごまんと居たからな」
「では、君がこの世界へ転移してきた状況を知りたい。先に俺の状況を共有しておこう」
次に、俺がこの世界で目覚めた頃の状況を説明してやった。ただし俺の正体が銀星団の団長ルーファスであることは伏せておく。ちょっと事情があるのだ。
「異世界への転生……生まれ変わりか。それも男から女の姿とは。性別が変化したとはいえ、美人になって良かったのう」
「おかげで良い思いをさせてもらっている。さて、君の番だ。俺は君の姉上から、君の暮らしぶりを聞いている。里の中から出ることなく、次期皇女としての努めを果たしてきたと」
「その通りだ」
「しかし君が着ていたのは恐らく奴隷用の服だろう? 庭にあの服が干してあったぞ。君とは無縁の服のはずだ」
「確かに吾が着ていた服だ。吾らの世界で生きていたと言うのであれば、その意味が分からなくはなかろう?」
「……何かの催事と思いたかったが」
「平和に呑まれたな、ルルとやら。我が故郷、アーヴトラは滅亡した。里は解体され、皆が隷属へと堕ちた。吾も例外ではない」
その報告に、俺は衝撃を隠せなかった。
アーヴトラ。神護国ジルフォリアの南方、『亜人連盟デミニスタ』領内にある、自然豊かな皇国であった。自然による堅牢な守りを自慢としていたし、資産は豊富なものの立地の関係で他国との貿易は困難な地である。侵略価値が薄く、滅亡とは無縁のはずだ。
「内乱だよ。デア歴で言えば1100年より少々前の出来事だ。
俺が死んだ時の戦争か。さらりと故国の滅亡を伝えられると、ちとやるせない気持ちになるな。
「……すまんルル。そなたの故国か。無神経な発言だった」
「いや。大丈夫だ」
やるせない気分になったのは、かつて大事に守ってきた国がやはり無くなってしまったという喪失感を覚えたからにすぎない。そもそも国に裏切られた身である。未練は無い。
「そして君は捕らえられて奴隷の身になった」
「正式な奴隷となる直前だった。買い手が決まり、出荷されて人間どもの慰み者となるか、労役でこき使われて死ぬか。牢獄の中で同族の平穏無事を願う祈りと、そして己の境遇への嘆きの祈りを捧げていた時だ。
気がつけば大海に放り出されておった。そして陸を目指して必死に泳ぎ、辿り着いた果てがこの地となる」
「その時、何か予兆や神託のようなものは無かったか?」
彼女は首を横に振った。俺と大差ない状況だな。転生と転移の違いはあるが。
「吾の話はここまでだ。本音を言えば今すぐにでも元の世界に戻って同族たちを解放したいところだが……次元の超越はあまりにも超常すぎる。この世界に存在するどんな神ですら不可能だと、シナツミコトから言い渡されたわ」
「君が降ろした神の名前だな」
「その神から不可能と言われてしまっては諦めもつく。であるなら、吾はこの世界で生きていかねばならん。選ばれなかった同族のためにも熾烈に生き、後世に継ぐ。それが生きる者の使命じゃ」
ソーリャは決意に満ちた表情で俺にそう宣言した。強い子だ。慰めはいらんな。
「熾烈に生き、後世に継ぐ、か。実に前向きで良い言葉だ」
「字面だけなら一丁前だが……こいつは吾の嫌いな男の言葉でな」
うぐ。
「いやいや、そんな立派な名言を残した男を嫌いになれるはずがないだろう? 少なくとも俺は好感を持てたぞ」
「敬愛する吾が姉上を誑かして娶った男、ルーファスに好感を持てというのも無理な話じゃ」
俺の正体がルーファスであることを隠した理由がこれである。彼女から
「しかも姉上だけならまだしも、その前に5人も結婚しとるんじゃぞ!? 5人も! 一夫多妻など獣人の所業ぞ!」
「いや。7人目の妻だから、前は6人だ」
「はあ!? どこまで節操が無いのだ、あやつは!」
「いやいや、ちゃんと全員が円満だったからな。離婚は一度もしとらんぞ」
「そなた、奴を庇い立てするのか? まるで自分のことみたいに言うのう」
「俺は彼の友人でもある。そのあたりの事情には詳しいのだ。友人が貶されると、あまり良い気はしない」
「おっと。これまた失礼した」
ううむ。根が良い子なぶんだけあって、嘘を付くと罪悪感が重い。俺の正体を知っている者たちには後ほど口裏合わせをしておかねば。
ひとまず、ルーファスから離れてもらおう。
「しかし、これからどうするつもりだ? お嬢や母君には相談しているのか?」
「こちらの世界に来たばかりだ。シナツミコトを降ろしたことと、オニギリを食べた以外は何も進展しておらぬ。そなたも異世界人だったのじゃろ? そなたと同じように振る舞えば寝所くらいは困るまいと思っている。いっそのこと、そなたの住まいを借りようと思っているのだが」
「俺の一存では許可できない。俺も借りた家に住んでいる立場でな」
とはいえ異世界からの転移者である彼女の生活のフォローは必須だろう。近くの部屋に住まわせ、俺の配信の際は絶対に干渉しないよう言い聞かせて対処するしかあるまい。彼女は人目を惹きつけやすい、非常に特徴的な声をしているからマイクにも乗りやすいから気をつけねば。
……おや。声か。
「そなたの家が駄目なら、のり子の家に住まわせてもらうか。この家は誰も住んどらんようだし、借りるぶんには問題無さそうだからのう」
「いや待て。紹介したい人がいる。お嬢と母君とは別口で、俺の世話をしてくれた人だ。もしかしたら衣食住が一気に解決するかもしれん」
「まことか!?」
「任せておけ」
俺はスマホを取り出し、天結の事後処理を行っている慧悟へ密かに連絡を送った。日本本土で拘束されているリンをYaーTaプロダクションの事務所へ連れて行ってもらうためだ。彼女はまだまだ余罪追求の参考人という立場でしかないため、連れ出すこと自体は容易だろう。
ふふふ。リンとソーリャ。これは特大の手土産となったのではないか?
なあ、灯よ。
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