87話 銀星団の流儀


―― 『クォン』エージェント 大師マスターウー』 ――


 ルルーファ・ルーファとの戦いに敗れた俺達は、TLAM搬送用のエレベーターで地上へ向かっていた。俺と総帥、そしてTLAMの管制を行っていた科学者や兵士たちはTLAMの残骸の前で正座をさせられた格好となっている。屈辱的な格好を見せつけることで、敗北を印象づけるためだ。

 エレベーターが浮上した場所は基地の真ん中付近となっていた。敗北宣言にはうってつけの好立地である。時刻は早朝。東の空が明るくなり始めていた。ルルーファの横で正座をさせられたまま浮上してきた総帥たちの姿、そして残骸となったTLAMの姿を見て、負傷者の手当や消火活動に勤しんでいた兵士たちや司令、駆り出されていた子ども達の間に動揺が走る。そんな兵たちに、ルルーファ・ルーファは気さくな口調で話しかけた。

 

「やあごきげんよう諸君。お勤めご苦労さま」

「ルルーファ・ルーファ!」


 迸る殺意と共に銃口が一斉に彼女へ向けられる。訓練を受けている子ども達も例外ではない。俺が子ども達に視線を送ると、彼女たちは不安そうな表情で俺を見ていた。


「うん? まだやる気なのかい、君たち?」

「我々は犯罪国家の住人なのだ。敗北、即ちこの場にいる全員が処刑を待つようなものなのだよ。最後まで抗わせてもらうぞ」


 司令がそう答えると、ルルーファは大きくため息をついた。

 

「難儀な立ち位置よのう。まあ君らが落ち着くと言うなら、そのままでいいから聞いてくれ」

 

 ルルーファは、残骸となったTLAMをべちべちと音を立てて叩きながら言った。

 

「君たちの切り札であるトラムとやらはこのざまだ。とりあえず君たちの敗北である。天結という国家は解体させてもらうぞ。悪行三昧もこれまでだ」

「認めてたまるか、こんな理不尽っ!」


 一発のライフル弾が兵士から放たれる。しかし弾丸はルルーファを捉えるどころか、空中で切断された挙げ句、ライフル銃は緑の細剣によって野菜のように乱切りになってしまった。

 

「俺が解体すると言ったんだ。認める認めないに関係なく、従ってもらうぞ。とりあえず、迎えの自衛隊が来るまで武装解除しておいてくれよ。いちいちこうやって斬っていくのは面倒だからな」

「ありえない……こんな遊び感覚の侵攻で、我々の140年が潰えただと……ありえない……っ!」


 頭を抱えてぶつぶつと呟く総帥。受け入れがたい気持ちは分かる。こんなデタラメな存在を目の前にしたら、まともな精神じゃいられないだろう。怒りに任せて妙な真似をしなければいいが。

 

「まあまあ良い運動になったよ、総帥。最後の最後で刺激的な体験もできたし」

「『まあまあ』だと……私達の歴史を『まあまあ』の4文字で片付けるだと……そんな不当が許されてたまるものか……!」

「さてさて締めの時間だ。不壊剣ラグニス


 大剣を出現させ、総帥の肩口に置く。まるで騎士の任命をする時のような構図だ。しかし今回は違う。むしろ逆。着任式ではなく退任式だ。


「降伏を宣言しろ、総帥。これ以上の無益な争いは必要ない」

「………………」


 率直な意見としては、宣言をして大人しく投降してほしい。これに限る。

 

「君たちの後処理までは俺の範疇ではないが……おそらくこの島は日本の管轄下に入るだろう。であれば、悪行をしない限りは無事を約束できると思うぞ」


 犯罪を重ねてきた俺達に情状酌量の余地があるのか分からないが、生き延びていれば好転する可能性はある。再興も視野に入れられるはずだ。特に日本という国は人権問題にうるさい。なおさら好都合だろう。

 

「……そうだな。我々の敗北だ。認めよう」

「うむうむ」

「だが、それは束の間の平和だ。我々のエージェントはまだ世界各地に潜んでいる。貴様の寝首をかくために、今日より刃を研ぎ澄ますだろう」

「む?」

「貴様には必ず報復する。必ずだ。せいぜい明日に怯えながら生きていくのだな」


 くそ、この馬鹿野郎が! その決心は今伝えるモンじゃねえんだよ! これだからガキは!


「総帥っ!」

「黙れ! 我々の積み上げてきた栄光がこんな冗談みたいな形で終わるのだぞ! 刑務所の臭い飯を食い、屈辱に耐え続け、明日とも分からん毎日に怯えなければならんなど、簡単に受け入れられるものではないっ! 言わせろ! 言わねば俺は正気を保てん! 貴様らとて俺と同じだろうが! 違うか! 微塵も屈辱を覚えていないのか! どうなんだ、ええ!?」

 

 思わず俺が一喝するも、総帥に宿る反骨の意志は揺らがない。そういえば総帥という若造は、極度なまでに傲慢で負けず嫌いだったな。しかしその負けず嫌いだからこそ、組織の長をやっていけたのだ。俺達も、その意志の強さを認めて今日まで付き添うことができたのだ。

 総帥の発言をこれ以上咎めるものは誰ひとり居なかった。たとえ殺せなくとも一矢報いる。俺以外の、場にいる全員の闘志に火がつく。


「さよか」

 

 面目は保てただろう。士気は上がっただろう。だが駄目だ。少なくともルルーファ・ルーファという化け物の前で、その宣言は最大級の悪手である。

 そんな総帥の発言に対し、意外にも、ルルーファは感心した表情を浮かべている。しかし俺には嵐の前の静けさにしか見えなかった。


「君、案外ロックなところがあるなあ。嫌いじゃないぞ」

「私はいずれ成し遂げると誓う。俺を殺さないのならば、必ず後悔する日が来るぞ。ルルーファ・ルーファ」

「困ったな。敗北を受け入れるが降伏は受け入れないときたか。この世界の俺はまだ誰も殺していないから、できれば殺すのは避けたいのだがなあ」

 

 やめろ。そいつを焚きつけるんじゃあない。

 

 こいつは人間の皮を被った悪魔なんだぞ。

 

「よし。では殺すか。君だけと言わず、この場にいる全員」

「え?」


 そら見ろ。終わりだ。

 表情を変えることなく、あっさりと不殺を放棄した彼女は、大剣をかき消した。


「な、何を――」

「出でませ。夢幻刃ヤオヨロズ


 彼女の背中に一本のが出現する。刃は彼女の手に触れることなく、空中に浮いていた。長さは彼女の身長と同じくらい。両刃となっており、柄にあたる部分はなく、持ち手も鋭利そうな刃で構成されている。日本で言う『くない』によく似た形状である。

 この武器を見た瞬間、俺は言いようのない悪寒に囚われていた。光を吸収しつくすような、光沢のまるで見られない刃は不気味の極地であった。場にいる誰もが不気味さに囚われ、引き金を引くことを忘れていた。


九尾キュウビ


 仏教徒が印を結ぶような手の動きをしながらルルーファが何かを唱えると、刃は低い振動音と共に。元の刃1+9本で、総計10本。

 


九十九ツクモ


 印を結んだ手を横に突き出す。分裂した1本1本の刃が、更に彼女の背後の方向へ分裂する。元となる刃1本+9本で、計

 

 

八百万ヤオヨロズ


 手を天空へ高く掲げる。直後、各刃が上方へ。刃1本+9✕11本。その数、

 その場にいる全員が圧倒されていた。翼を広げた孔雀のような神秘的な配列。しかし刃に光沢は無く、どちらかといえば翼を広げた悪魔のようにしか見えなかった。

 もう予感ではない。


「征け。尽く斬獲せよ」


 掲げていた腕を彼女は眼前に振り下ろす。その瞬間、


「わああ!?」「きゃああああ!?」「おおおお!?」

 

 周囲から一斉に悲鳴が上がる。携帯していた銃やナイフが瞬く間に。武器だけでなく、司令が持っている杖、そして彼が身につけているすらも容赦なく切り刻んでいく。周囲に意識を向けると、建物や施設・設備もみるみるうちに破壊されていく様子が分かった。我々の周囲に先程の刃が飛び交っているのが辛うじて視認できる。次々と破壊して回るその兵器は、まるで凶暴化した猛禽類を連想させた。


「何だよ……何だよ、これは……」

「俺の切り札的な存在で、夢幻刃ヤオヨロズという。刃を飛ばしているんだ。俺が許可した物だけを正確に捉えて切り刻む。対軍勢に特化した戦略殺戮兵器だ。令和風に言えば、刃のドローン攻撃ってところだな」


 そのドローンめいた刃が同時に820基――いや、正確には819基も飛び交っているのか。彼女の背後には未だに1本だけ刃が浮かんでいる。恐らく司令塔の役目なのだろう。


「こいつを出せば、ほとんどの戦いは一発でカタが付くんだがなぁ……こいつは凶暴すぎるし、俺や夢幻刃ヤオヨロズの本体は発動地点からほぼ動けん。要するに、とても使いにくいのが夢幻刃ヤオヨロズの欠点なのだ」

 

 漫画や16シーリゥからもたらされていない情報だ。おそらくこれも漫画作者の知らない武装なのだろうが……こんなもの、反則過ぎる。こいつの前では軍隊などまったく意味を成さない。


「今は俺以外の人間でない人工物を対象に設定している。5分間だけな。降伏宣言をしてもらうまでの猶予を与えた」

「……5分後は、どうなる?」

「島内に居る俺以外の人間を無差別に殺すようにしている」

「無差別だと!? 非戦闘員もいるんだぞ!?」

「戦場に居ないならば見逃すのも一考の余地はある。だがここは戦場だ。現場を見られている以上、いずれは俺への恨みで大事に至るやもしれん。であるならば生かす理由にはならん。

 それに、戦えるが戦えまいが、幼子だろうが老人だろうが、。敵である以上、優劣など付けんよ。死ねばどれも肉塊。等しく土塊つちくれに還るだけだ」


 俺の渾身の叫びに対しあっけらかんとした口調で答えるルルーファ。その言葉を聞いた総帥の顔が青ざめていく。俺もきっと同じなのだろう。発言の異常さに対し、彼女の口調はあまりにも軽い。

 

「何十万と人間を殺すとな。これから死ぬ敵の命の重さとか尊さとか、そんなもんいちいち深く考えんようになる。大切なのは、後世を生きる者の平穏を守るため、死者の遺恨を残さぬことだ。でないと、報復だの復讐だの、負の連鎖が止まらなくなる。

 生かす者には出来る限りの慈悲を。殺す者には徹底的な無慈悲を。これが銀星団の流儀だよ」

 

 「まだ漫画ではここまでの境地に至っとらんがな」と、人間とは思えないその言葉を、とてもリラックスした表情で締めくくったルルーファ・ルーファに、俺は心底から恐怖していた。任務の対象となる相手の人生を考えたことはない俺でさえ戦慄を覚えた。恐らく彼女が生きてきた環境の問題なのだろう。彼女は戦乱に生きた人間だ。命を軽く見なければ心を病んでしまう。心への防衛本能なのだろう。

 

『助けてっ! 助けてぇえ!』

「助けを呼ぶくらいなら最初から降参しとればええのに」


 TLAMの残骸に背を預けながら、子ども達の悲鳴を聞いたルルーファは他人事のように言い放った。

 殺される。もう5分も経たないうちに、この島の住民は皆殺しとなる。いつ殺されるかも分からない恐怖からの絶叫は、やがて本物の断末魔へと変わるのであろう。


「こんな……こんな無造作に、俺たちは殺されるのか……」

「パイロットの君は名誉の戦死がお望みか。それならば安心しろ。総帥は俺の手で苦しむ間もなく殺してやろうと思っていたが、そこに君も加えよう。これから罪を犯す者からの、せめてもの手向けだ」


 俺の呟きを、彼女は優しい声で返答した。優しい声で。

 限界だった。心の中の何かがぷっつりと切れた。


「総帥! 降参だ! 降参してくれ! こんな死に方、俺はしたくない!」

ウー……」

「俺たちの意地とか伝統とか歴史なんて、こいつの前じゃ何もかもが無意味なんだよ!

 俺たち全員が殺される! その後はどうなると思う!? 俺には分かるぞ! こいつの今後の生活には何も支障を残さない! 何もだ! 数時間後には帰りの飛行機の機内で優雅な朝食を取って、微塵も罪の意識を感じることなく眠って、日本じゃいつものように配信してやがるんだよ!」

「おお。よく分かってるなあ。君らを殺したところで罪には問われんだろうし」


 ぱちぱちと呑気に拍手するルルーファ。


「残り2分くらいか。5分とは宣告したが、そろそろ痺れを切らして死なない程度に肉を切り刻み始めるかもしれん。こいつらは気性が荒い聞かん坊だからな」

「総帥ぃぃ!」


 うだつの上がらない総帥を何が何でも俺の手で殺し、一時的でもいいから指揮権を奪おうとしたその時だった。

 総帥が叫んだのは。


「降参するっ! 降伏するっ! 我々は貴様と関係者には今後一切の関与をしないと誓う! だからもう止めてくれぇぇ!」

「あい承知」


 総帥の渾身の叫びを聞いた彼女が右手を上げた瞬間、飛び交っていた刃が空中でビタリと静止した。そして音もなく、背景に溶け込むように姿が薄くなっていき、やがて完全に消え去った。


「降伏宣言、しかと聞き届けた」


 ルルーファは笑顔で大きく頷き、TLAMの残骸へ飛び乗った後、声高らかに叫んだ。

 

「聞け、皆の者! 総帥閣下は降伏宣言をなされた! 繰り返す! 閣下は降伏宣言をなされた! 証人はこのパイロットの男とさせていただく!

 これから日本からの迎えを上陸させる! 各自、大人しく待機せよ! それから俺の手が空き次第、重傷者を優先して治療する! 君たちが降伏の意思を示す以上、これ以上の無用な死は許さん! いいな!」


 その宣言に反対はおろか、反応を示す者すら誰ひとりいなかった。従わなければ死ぬ――そんな強迫観念で頭が一杯なのだろう。


「いやー、良かった良かった。無益な殺生をせずに済んだ」

 

 彼女はTLAMの残骸から降り、俺たちへ言い聞かせるように独り言を言ってから、座り込んだままの総帥へ顔を近づけた。そして睨みつけながらぼそりと呟く。


 

「次は止めんぞ」


 

 彼女が総帥の肩をぱちんと叩くと、頭の中が容量オーバーになったのか、総帥はその場で気を失い倒れ込んでしまった。


「おっと、気を失っちまった。まあいいか。パイロットの君。介抱してやってくれ。それとトラムとやらを借りるぞ。無線機能くらい積んでおるだろう」


 ルルーファはTLAMのコクピットを覗き込み、適当にスイッチを押し始めると、緩やかな駆動音と共に電源が入った。本来ならば起動キーを持つ俺にしか動かせないはずだが、どうやら緊急時のセイフティモードで起動したようだ。

 ルルーファ・ルーファが作業している間、俺は彼女の横顔をぼんやりと眺めていた。彼女の表情に違和感を覚えたからだ。


「む? どうした。美人は珍しいかい?」

「いや……なんというか……かなり退屈そうな顔をしているのが不思議でたまらないから、気になった」


 100年以上続いた犯罪国家をたったひとりで、それもたった一夜で壊滅させるという、未来永劫何者にも成し得ないであろう偉業をやってのけたのに、彼女の表情は晴れていない。

 そんなごく当たり前な疑問を持つ俺に対し、彼女は軽い溜め息と共に、こう言った。


「やれることをやっただけだから、そりゃあ達成感は無いな。初配信後に社長達と語らった一夜に比べたら雲泥の差だ。

 やはり今の俺の主戦場は幾多の未知が待つアイドルVtuberの世界なのだと再認したよ。そういう意味では君たちに感謝するべきかな」


 そのコメントに対し、俺はどんな言葉を返せばいいのか分からなかった。彼女とは一生わかり会える気がしない。


「よし繋がった。こちらロートル1。リン、聞こえるかい?」


 リン……16シーリゥの事か。そういえば彼女がナビゲートを担当していたのだったな。今日話した16シーリゥの様子から察するに、きっと彼女から恨みつらみの言葉が飛び出してくるのだろう。それだけのことを彼女に強いてきたのだ。

 

「もしもし、聞こえるかいリン――」

『お姉様っ! 無事だったのですね、お姉様っ!』

「………………おねえさま?」

『あの総帥バカが言っていたではありませんか。私とルルーファ様は姉妹関係だと。であるならば、貴女のことをお姉様と呼ばずして何と呼べばいいのですか』

 

 ……これ、16シーリゥなのか? え? ホント?


「いや、たぶん肉体的な年齢は俺のほうが年下だし……どちらかといえば、まだお兄様のほうがしっくり来るんだが……」

『お姉様ほどの美貌を持つ方を兄呼ばわりなど出来るものですか! 世界中の人類が否定しようとも、私は貴女をお姉様とすることに決めたのです!』

「とりあえず呼び名問題は、いま話すことじゃねえから置いておこう。敵さんは全員生存でカタがついたから、俺の迎えと現場の統治役をよこしてくれ」

『なんですか、呼び方なんてどうでもいいみたいな言い方は! 迎えはこの通信を聞いてる自衛隊が勝手にします。そんなことより、今はお姉様に私を認めてもらうことが重要なのです!』

「ああ、うん。分かった分かった。とりあえずお姉様でいいよ。前向きに検討する。姉妹問題はこれからじっくり語っていこう。リンにはたっぷりの時間ができたからな」

 

 完全無欠のルルーファ・ルーファを一番困惑させたのは、なんの冗談であろうか、裏切り者の16シーリゥであった。

 しかし、なんと活き活きした声なのだろう。絶望しか残されていない我々とは正反対、希望に満ちた声だ。

 俺はその気楽さが羨ましいと思いつつも、同時に理由の分からない、圧倒的な敗北感に襲われるのだった。


 

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