86話 浪漫を忘れた古い地球人よ


―― 『クォン』エージェント 大師マスターウー』 ――


 「Twin Leg’s Assault Machine」。通称TLAMトラム。戦車では通行不可能な悪路を走破し、航空戦力では効果的な爆撃空襲が期待できない立地における軍事作戦を可能にする。その目的により生まれた兵器こそが、我が国で開発された地上強襲用二足型歩行戦車――要するにロボットである。人間の身体のサイズをそのまま大きくしたうえで、人間では取り扱うことができないサイズの兵器群を、人間と同じように使用できることをコンセプトとしている。加えてロボットという特性上、重装備を積んでの高速かつ長距離の移動も可能としている。既存の兵器を凌駕する柔軟性と汎用性を兼ね備えた次世代兵器だ。俺が乗る機体は試作品だが、それ故にコスト度外視の性能を誇っている。

 という個人は『クォン』幹部の中では貧弱な存在だ。しかしTLAMトラムの操縦という一点においては世界中の誰よりも長けていた。

 

「閃光榴弾全発射完了。焼夷榴弾に切り替え」

 

 擲弾発射器グレネードランチャーに装填されていた閃光榴弾フラッシュグレネードを全弾叩き込んだ俺は、焼夷榴弾フレイムグレネードのマガジンへ切り替え、目標が居る地点へありったけを発射していく。おびただしい熱線が瞬く間にデッキ内を蹂躙していく。


[はははーっ! いいぞー! やれぇぇぇええええ! 燃やして燃やして燃やしまくれー!]


 背後の司令室の中で、興奮とともに喚き散らす総帥の口を塞ぎたかったが、構っている余裕はなかった。ドラムマガジン式の擲弾発射器グレネードランチャーの装填数は計6発。撃ち尽くすのは一瞬だ。


「焼夷榴弾全発射完了。擲弾用意」

[おいおいおい。使いすぎじゃないか? いくら何でも、もう死んだだろうに。物資や弾薬だって無限じゃないんだぞ]


 総帥の発言を無視して、擲弾グレネードも追加で叩き込んでいく。焼夷榴弾フレイムグレネードの熱と擲弾グレネードの爆発の衝撃で消火装置スプリンクラーが作動する。

 相手は超常の存在だ。やりすぎとは微塵にも思わない。熱で包囲し、酸素を消耗させる。生命活動ができぬよう、徹底的に生存要因の排除を行う。

 追加マガジンも含め、計12発の榴弾を叩き込んだ頃には、各種センサーがまともに機能しないほどの爆風と蒸気で視界が塞がれていた。追撃の可能性に備え、擲弾発射器グレネードランチャーを破棄し、近くに設置されたウェポンコンテナから火炎放射器と40ミリ口径の速射ライフルを取り出して構えた。念を入れて胸部の対人用バルカンをいつでも撃てるよう発射準備を整えておく。今後はTLAMに生体センサーを取り付けてもらわねばなるまい。相手の死を確認できん。


[ここまでやる必要があったのか?]

「……怖いんですよ。単純に彼女が」

[恐怖だと? 君が? 幼子にすら平気で銃弾を叩き込む冷徹な君が?]

「その通りです。総帥。貴方は銃を向けてきた相手を許したことはありますか?」

[あるわけがない]

「司令部で彼女の動きを見ていたから分かる。彼女は殺意を向けられた相手にまったく敵意を向けていなかった。命のやり取りをする極限状態で、その精神はあからさまに異常です。そして。我々を脅威と判断される前に始末する。それが叶わなければ、おそらく我々に未来はありません」

[未来は無いか。大袈裟だな。こっちが使ったのはもはや戦略兵器だぞ]


 大袈裟であるものか。呑気者め。今この瞬間、俺は爆散したルルーファ・ルーファの姿を求めて、血眼になってモニターを観測しているのだぞ。

 

[なかなか煙が晴れんな。まったく、やりすぎだ、ウー

「……っ!」


 煙が急激に移動した。その場所を狙い左手に構えていた火炎放射器を最大出力で作動させ、火を放出する。しかし火炎の奔流は黄金の光に阻まれてせき止められ、押し返されていく。その光に対して右手のライフルを数発撃つと、光は弾の衝撃に押し返されて吹き飛んでいった。弾丸は――貫通していない。弾き出された弾丸が戦車の残骸を破壊しただけだ。


「冗談だろ!? くそ! 戦車を貫通するライフル弾が当たったんだぞ! あの弾丸を弾き飛ばすなんて人間のやることじゃねえ!」


 ライフルを構え直した瞬間、煙の向こうでプラズマのような雷が迸る。

 なんか、まずい。直感で後退しようとしたその時、機体に大きな衝撃が走った。直後、背後で轟音が鳴り響く。


「右腕が!? なんだよこりゃあ!?」


 頭部カメラが捉えたのは、右の腕部が抉られたかのように消滅した光景であった。更に後方を見れば、デッキの壁に巨大な穴が穿たれている。


「銃撃……まさか電磁加速砲レールガンか!?」


 再びプラズマが迸る。凶兆を感じた俺は、咄嗟に機体を右方向へ重心を傾けて回避運動を行った。その直後に回避が遅れて銃撃に巻き込まれた火炎放射器の砲身が空中で抉られて消滅する。威力の割に破砕力は低い。貫通力という一点が飛び抜けている証拠だ。

 俺とTLAMは対人バルカンで牽制しながら限界まで後退し、目前の悪魔から距離を取った。予備の40ミリライフルがセットされた耐弾シールドを立てて防衛する体勢に移行する。このシールドが役に立つのか分からない。ただの気休めだ。

 もうもうと立ち込めていた煙が晴れていく。


「ぷひゅい……流石に冷や汗をかいたぞ」


 ルルーファは金色の全身鎧フルプレートアーマーに身を包み、空中にホバリングした状態で呟いた。その右手には、クロスボウガンを✕字型に展開したような、人型サイズの巨大な弓を携えていた。


癒術クラーティオで癒やしつつ光鎧装ルクサル不壊剣ラグニスで耐える。どれもが欠けていれば無事では済まんかったな。呼吸の余地すら与えぬ連続攻撃。実にお見事。心地よい容赦の無さだったな。この国に来て初めてと会った気分だよ」

[個人携行の電磁加速砲レールガンだと……そんな報告、16シーリゥから聞いてないぞ!]

「右手のこいつは真に初お披露目だな。レールガンとやらではなく、穿雷弓アーレと言うんだ。こんな風に披露する時がいつ来ると思って明かしてなかったんだよ。対策されると困るからな……くそ、通信機は壊れちまったな。事を済ませたら、魔導機ゴゥレム……いや、ロボットが居る目の前の感動をリンへ伝えたかったのに」


 ルルーファが鎧とボウガンを解除して着地し、耳に取り付けていたインカムを破棄した。やや服が焦げている箇所があるものの、本人に傷らしい傷はない。国家予算すら傾きかねないコストをかけて熱と爆発の飽和攻撃を仕掛けた結果が、冷や汗と衣服の破れ少々だと? やってられるか、こんな戦い!

 心のなかで己の無力さを噛み締めていると、ルルーファは残念そうな顔つきでTLAMを見上げる。


「しかし、なんという造形美。右腕を吹き飛ばしてしまったのは惜しいな」

[TLAMの装甲は戦車砲すら耐えるのだぞ……ありえない]

「トラムというのか。もう少し装飾をつけた名前でも良かっただろうに。これだけ格好いいのだから」


 残念がるルルーファをライフルの弾幕で迎え撃つ。しかし全ての弾が、避けるか出現させた大剣で弾かれてしまう。人間の身体を木っ端微塵に出来る貫徹力があるのだぞ!? どうなっているんだ、奴の反応力と大剣の硬さは!

 ルルーファがTLAMに向けて駆け出した。その速度は陸上の短距離走のレベルを遥かに超越している。早々にライフルの死角まで接近された俺は、ライフルとシールドを諦め、彼女の背後へ回るようにして旋回し、腰部に備え付けられたナイフを取り出して構えた。武装はこれと対人用バルカンが最後だ。

 

「っ!? 目標がいない!?」

ウー……横だ。頭の左横にいる]

「うむ。詰みだな」


 サブカメラで探索すると、大剣を肩に担いだルルーファがTLAMの左肩に悠然と立っていた。眼前では、ライフルごと縦真っ二つに切断されたシールドが、バランスを失い床に倒れ込んでいた。本体よりも頑強なシールドで防げないのならば、TLAM自慢の装甲も役に立つまい。


「操縦士の君。沈黙させる前に聞きたいのだが……このロボット、変形機構は?」

「なに?」

「変形だよ。トラムとやらはロボットなんだろう?」


 一瞬、質問の意味が分からなかった。しかし気の抜けたルルーファの視線を見て、はっきりと分かった。

 こいつ……TLAMとも遊び半分で戦っていやがったのか!? 工場見学のような感覚で、俺と命のやり取りをしていたってのか!?

 

「……ない」

「合体機構は? 支援機との合体は宿命だろう?」

「ない」

「ビームソードは? 一撃必殺のビームキャノンは?」

「ない!」

「ならばドリルやパイルバンカーくらいは――」

「あるわけねえだろうがっ! そんな非効率な武器がっ!」

「はぁ……さよか。パイロットの君はしっかり捕まっておれ。揺れるぞ」


 とても深い溜め息とともに、剣が振り回される。頭部は上下に分断され、即座に胸元のバルカンも切断されて沈黙する。残っていた三肢も瞬く間に切断され、あっという間に丸裸となったTLAMが出来上がり、轟音と共に地面を転がった。

 全身を襲った衝撃に耐えていると、コクピットの入口を大剣でこじ開けたルルーファが、俺の身体を固定していたベルト類を緑色の細剣で器用に切断し、コクピットから引きずり出して放り投げた。空中に放り出された俺は、着地間際に身体を転がして衝撃を逃がす。


「がっ!?」

「自爆は考えるなよ。そのお約束は好きじゃない」


 そんなもんやるかよ。自分の命をかけるのも馬鹿らしい。

 もはや拳銃どころかナイフの一本すら持ち合わせていない丸腰の俺に出来ることは、もはや何一つ残っていなかった。

 

「浪漫を作ったならば武装や機構にも浪漫を求めるのが男の花道だろうに。効率を求めるのは兵器として正しい在り方とはいえ、嘆かわしい気分だ」


 彼女は俺から視線を外し、デッキ上方に居座ったままとなっている総帥へ視線を向けた次の瞬間、彼女はその場で跳躍し、総帥が待つ頭上の司令室へと突入していった。そして1分もしないうちに総帥を脇に抱えて俺の元まで戻り、彼を俺の足元へ無造作に放り投げる。


「さて。最後の締めというやつだな。降伏宣言と事後処理をしっかりやってもらうぞ、総帥閣下どの」


 悔しそうに歯を食いしばる総帥。余裕のウィンクを見せつけるルルーファ・ルーファ。

 対照的かつ、納得の構図であった。


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