85話 ときめかざるは男子にあらず


―― ルルーファ・ルーファ ――


 正直なところ拍子抜けであった。

 ライフル銃で武装した兵士たちは、転生前の兵士たちが銃という攻撃手段を身に着けただけのような手応えだった。烏合がどれだけ集まっても所詮は烏合である。

 リンが警戒していた幹部たちも、良く見積もっても銀星団の幹部と同程度の実力者ばかりで、対応は容易いものだった。全力はおろか、全ての敵が風剣ヴェート炎剣フラマー、そして体術だけで事足りたのである。

 世界各国の軍すらも手を焼く厄介者集団と聞いていたし、相手も自信満々で俺に対応していたものだから、もう少しときめく展開を期待していたのだが。


『ご期待に添えず申し訳ありません』


 シャワーを浴びて身を清め、『クォン』の女性エージェント用の衣服へ着替えている最中に、通信越しのリンは自分の不手際であるかのように言った。

 

「いやいや、こちらこそ気を使わせて悪いな。それでも、久々に本腰を入れてできるだけでも有り難いよ」

『ルルーファ様の前では組織の殲滅も運動の一環なのですね』

「折角の機会だから漫画未登場の魂器アルマニスも披露したいのだが……この調子では出番が無いかもだなあ」

『隠し玉をお持ちなのですか?』

「漫画では不壊剣ラグニス光鎧装ルクサル、そして風剣ヴェート炎剣フラマーまでだったな。実はあと3つあるんだ。ひみつの7つ道具なんだよ」

『確か、魂器アルマニスはひとりひとつが原則でしたね。つくづく規格外でいらっしゃる』

「残り3つは曲者ばかりだから使用できる機会もあまり無くてな」

『くせものですか』

「2つは殺傷力が高すぎて人間を殺さず使える代物じゃないし、残り1つは今回のような実戦で役に立たずなんだ……ようし、着替え終わり」


 俺の格好はリンが俺の部屋に飛び込んできた時と同じとなる、ライダースーツのような服装となっていた。


『着心地はどうですか?』

「流石は諜報の国といったところだ。ボディラインに密着しているから動きやすいし、実に着心地が良い。お持ち帰りしたいぞ」

『それは良かったです。こんなクズみたいな国でも存在した価値があったというものですね』

「辛辣だなあ」

『大嫌いですから』

「でも君の声は活き活きとして心地が良い。元気が湧いてくるよ」

『肩の力を抜いたのです。貴女のアドバイスですよ、ロートル1』

「なるほど。本来の君はこんなにも快活なのだな。うん、実に素敵だ」


 この快活さがあれば……よし。


「リン。帰ったら紹介したい人がいるんだ」

『まあ。ご両親ですか?』

「一応母親みたいなもんだよ。リンも知っている子だ。会ってくれるか?」

『ルルーファ様の紹介ならば化け物だろうと大歓迎です』

「日本へ帰る楽しみが一つ増えたな。むはは。そんじゃまあ、締めに行きますかね……おん?」

『どうしました、ロートル1?』


 部屋を出た直後、一部の隔壁が作動し、道が開けた。意図はわかるぞ。


「呼ばれておる。準備は万全ということだな」

『どれだけ罠を仕掛けようともロートル1の敵ではありませんよ』

「しかし窮鼠猫を噛むという諺もあるぞ。油断せずいこう」

[そうだな。我々は窮鼠だ]

「おお、その声は。総帥閣下ではないか」


 俺が館内アナウンスに答えると、マイクの向こう側で小さな舌打ちが聞こえた。

 

[貴様に総帥と呼ばれる筋合いは無いが?]

「むはは。声の苛立ちが隠せておらんな。組織のボスたる者、ドンと腰を構えんと威厳が保たんぞ」

[私の予想を遥かに超えた快進撃を見せつけられてはそうもなる。決着のラストステージには私が案内エスコートしよう。来たまえ、ルルーファ・ルーファ]

「ではお言葉に甘えて」


 周囲の気配を読むが、襲撃の気配はない。俺は基地を見学しながらのんびり歩いていくことにした。巻きで攻略してしまったせいで、まだ作戦時間の3分の1程度しか経っていないからな。余裕を持っていこう。


[ところでルルーファ・ルーファ。決戦の場までは少し距離がある。その間、君にとって有益な情報を教えてあげよう]

「決戦前に相応しい、気分が高揚するBGMでも流してくれたほうが俺としては嬉しいのだが」

 

[では、君の故郷がこの国だった。そう言ったらどうかな?]


 俺は思わず立ち止まってしまった。すぐに歩き出しはしたが、意識は館内アナウンスへ傾いている。


「有益かどうかはともかく、興味はそそられるな。続けてくれ」

[君の身体は我々天結が誇る遺伝子工学の結晶なのだよ。私とごく一部の研究者しか知り得ないトップシークレットの生体兵器研究――『全一』計画プロジェクト・シェンイー。その成果が君だった。

 世界中の優秀な遺伝子を収集した受精卵を形成し、ひとりの人間に素質と才能を集約させる。目指したのは完璧な人間の精製だ。そして我々はそれを実現させた]

「ふむ。ではなぜ、俺は日本で目覚めたのだ?」

[君はここから追い出されたのだよ。ルルーファとして目覚める前の君も優秀かつ異質すぎた。傲慢すぎる態度と度重なる命令無視ゆえに我々の手には余る存在だったのだ。いくら能力が高くとも命令を聞かないのであれば無能と大差はない。

 兵器としての価値が暴落した『全一』計画プロジェクト・シェンイーは凍結。君は来るべき未来に備えて冷凍保存され、後の世代にて活用させてもらうつもりだった。しかしとある研究者が馬鹿をやらかしてしまってね。君は単身で島を脱出。行方知れずとなったというワケさ]

「うん? 異世界の人間であるルーファスの魂が、彼女の体に宿ってしまった理由とはならんが」

[それを調査するために16シーリゥを派遣したのだ]

「つまり君たちにも分からないと。しかし、なぜリンを寄越した。関連性が見えんぞ」

[彼女は10シーシリーズと呼ばれる、君の才能や素質を既存の人間に組み込み適応させた者たちだ。『全一』計画プロジェクト・シェンイーの調整を人類でも扱えるようマイルドにしたものだと思ってくれ。彼女は10シーシリーズの中でも、君と一番近い細胞構造となっている最高傑作なのだよ。いわば、君と16シーリゥは最も近しい姉妹分となる]

「なんと!? 俺とリンが!?」

[君の妹分である16シーリゥならば君と何かしらの感応を得られると踏んで接触させたが……逆に彼女を取り込まれてこの始末だ。最強の身体に最強の心と力が宿ってしまった君が、我々の元に戻り、その力を活用できれば世界を掌握できたろうに]


 俺が放っておけない気持ちになったのは、彼女との密かな繋がりがあったという理由もあるかもだな。

 リンの心境を聞こうとしたところで、リンとの無線が途切れていることに気がついた。奥地まで侵入しすぎたせいか。

 いつの間にか俺は廊下の突き当りまで進んでいた。目の前には大型機材を搬入可能なほど巨大な、ガラス張りのエレベーターが口を開けて待っていた。ガラスの向こうは壁となっていて景色は見えない。


『さあ、進みたまえ。最後にしよう』


 誘われるままに乗り込むと、エレベーターの扉が閉められ、更に地下へと降りていく。トラップを仕掛けられた場合に備えて脱出の経路と方法を確認していると、壁で覆われたゾーンを抜け、巨大な薄暗いホールへと景色が変化した。床には戦車や装甲車の残骸が多く転がっている。演習跡だろうか。いやそもそも、何の空間だ? 訓練場か? わざわざ地下に?

 ホールの奥へ視線を向ける。そこには、ぼんやりとしたシルエットではあるが、5メートルほどの大きさをした巨大な人型の像が確認できた。

 ……ん? 巨大な人型の像?


「まさか!?」


 俺が予感した通り、その像の双眸が緑色に光り、俺の姿を捉えた。同時に、巨大な銃口がエレベーターへ向けられる。

 まずい。そう直感したが、俺は胸の奥から広がるワクワク感が強すぎて、頭の中から回避という言葉がすっぽ抜けてしまっていた。

 だってさ。頑強そうな金属で全身武装して、二脚で直立して、そいつが人型をして動いているんだぜ。こんなもん、男の子ならときめくしかないだろうが。

 

「ご、ゴっ――魔導機ゴゥレムだっ!! 令和の魔導機ゴゥレムだああっ!! うおおお!」


 そんな俺の歓声は、魔導機ゴゥレムから放たれた数発の閃光榴弾フラッシュグレネードで遮られてしまった。

 

 

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