84話 アイドル・エクス・マキナ
―― ルルーファ・ルーファ ――
「あいたたた……ちと、やりすぎたな」
問題点があるとすれば、体への負担がデカすぎるって点かな。
『――せよ。
おお、突入の衝撃で音信不通だったインカムが復活したか。しかし、リンの声は透き通っていて管制映えするなあ。
「こちらロートル1。健在である」
『ご無事でしたか! 状況は?』
「当初の作戦通り、滑走路の粉砕に成功。これより殲滅を開始する」
『承知しました。お気をつけください。好戦的な
「いよいよか」
『特に
「そいつはやっつけちまった」
『……やっつけちまいましたか』
「こちらの回復中に問答無用で仕掛けられたもんだから上手いこと手加減が効かなくてな。
『対人では部隊最強クラスの実力者なのですが……いえ、ロートル1の前では皆が赤子なのですね! 理解しました!』
「なんかすまんのう」
殺意を感じたので、咄嗟に
「まずは地上と海上の設備と兵器を沈黙させる。その後はシャワー室まで誘導してくれ」
『シャワー室?』
「俺の技で巻き上げた土砂を被っちまってな。美人が形無しだ。とてもじゃないが、これから要人へ会いに行く格好じゃなくなっちまった」
『それは大変です。士官用の綺麗なシャワールームを知っていますから、そちらへ案内します。服も汚れているでしょうし、ついでに女性用の衣服もかっぱらってしまいましょうか!』
「火事場泥棒みたいで気が引けるな」
『正義のためなら問題なし! 勧善懲悪です!』
「善の所属なら何をやっても良いという意味じゃないからね、リン?」
発砲音が途切れるのを待ってから、俺は
―― 『
いま目の前で繰り広げられている惨事があまりにも非現実すぎた。飛び交う怒声。鳴り止まぬ警報。祖国は一瞬で阿鼻叫喚の戦場へと生まれ変わっていた。
[火炎竜巻、依然弱まらず! 航空機、全機が全壊! 消火システム作動せず! ジェット燃料に引火する! 速やかに退避されたし!]
[対空装備全損! 復旧見込み、ありません!]
[装甲車部隊全滅! 部隊の人的被害無し! 目標は依然健在!? 俺は何を言っているんだ!?]
[海上支援は!? ヘリも飛ばせないだと!? いつの間に侵略されたんだ!]
[エージェント『
「『
[
「不死身の
[駄目です! 報告が間に合いません! 目標の侵攻が早すぎる!]
聞いたこともない報告ばかりが飛び交い、報告している本人たちが混乱の極みの最中に晒されていた。そして驚愕すべきは、この被害状況を生み出した張本人は、まだたったひとりの人間も殺していない。つまり、余力を残してこの戦果なのである。
ここまでとは。ここまでの戦力差があろうとは。人類の範疇を大きく逸脱しているではないか。
[!? 地上の通信室より司令部へ入電!]
「繋げ!」
モニターに通信室の室内が映し出された。応答の相手は――。
『やあ、待たせたかな。YaーTaプロダクション所属、1期生のアイドルVtuber、ルルーナ・フォーチュン――もといロートル1だ』
「ルルーファ・ルーファ!」
やはりというべきか、我らの目標であった。司令室の一同が息を呑む。画面いっぱいに彼女の美貌が映り込んだから感嘆したのではない。地上が再起不能になるまで暴れまわり、大きく消耗しているはずなのだが、当の彼女は缶コーヒーを片手に息ひとつ乱していない様子。驚きを隠せないのは当然だ。
「要件は何だ」
『要求じゃなくて、ただの連絡だよ。地上もあらかた片付いたし、もう少ししたら君たちが潜んでいる地下へ侵攻しようと思うてな。今は小休憩といったところだ』
「!?」
またもや室内がざわついた。『
つまり。
「馬鹿な!? 我らが誇る『
『おそらくそうなる。正直、大体の者が一撃だったもんだから、誰が幹部で誰が一般兵なのか、あまり見分けが付かなかったがな。
こいつは忠告なんだが、兵士幹部問わず、もう少し訓練したほうがいいぞ。はっきり言って練兵不足だ。『
幹部は人知を超えた力を保有しているからこそ幹部なのだ。一人ひとりが一個中隊以上の力を有しているんだぞ!?
「
『おお、彼は覚えておるぞ。今頃は太平洋を泳いどる』
「……何だって?」
『島の東へ
「なんてこった……!」
『……まさかとは思うが、彼はカナヅチではないよな? こんなしょうもないことで不殺を破りたくはないぞ』
「遊び感覚で戦う貴様の知ったことではない! 人の生命を玩具にするな!」
『君らが他人の生命の尊さを語る資格は無いと思うがね。それに人間の生命は尊重するべきだと考えとるよ。奪う必要が無いなら丁重に扱う。ゆえの不殺だ』
通信室から島の東端までの距離は……考えたくもない。未来永劫、誰にも破られることのない人間投擲の世界記録であることは間違いない。
『聞きたいことは以上かな? もう少し休んだら地下への侵攻を開始する。万全の迎撃準備を期待する。以上。ロートル1、アウト』
ぶつりと音を立てて映像と音声が打ち切られる。世界各国の軍すらも恐れる俺たちを、レジャーランドのアクティビティ感覚で蹂躙か。
「化け物め! 隔壁を下ろせ! 司令室からデッキへ繋がる通路以外、全部だ! 中に兵が居ても構わん! 全て封鎖しろ!」
司令がコンソールを叩きながら激昂した。司令の号令と共に、基地内に設置されている非常用の隔壁が降ろされていく。ミサイル弾の直撃にも耐える代物が何重にも設置されれば、流石の彼女もすぐには突破できまい。
とはいえ、おそらく時間の問題だろう……もはやなりふり構ってはいられまい。
「司令。
「まだ連絡が来ていない。このままでは突破されるまでに間に合うかどうか……」
「残存兵士を可能な限りルルーファの元へ送りましょう。時間が稼げるなら子ども達も使っていただいて構いません。下手な兵よりは時間を稼げるかもしれない」
「……君は彼女たちに好かれているようで好かれていなかった。その理由がよく分かるな」
「感情なんて任務の障害でしかないんですよ」
『『
「総帥閣下!」
突如音声とともにモニターに総帥閣下が映し出された。条件反射で一同が敬礼してしまう。
『敬礼などしている場合か! この状況下で!』
「今どちらにおられるのですか!?」
『わざわざデッキまで出向いて、兵たちと一緒に貴様の
司令は俺に一枚のカードを手渡した。これで俺は戦える。俺が使う
「全ての武装の使用を許可する」
「エージェント『
『デッキへ誘導しろ! 狭い空間なら、あの出鱈目な突撃も使われないはずだ!』
「承知しました、総帥閣下!」
[目標、基地内に侵入! 地下一階を侵攻中!]
[隔壁駄目です! ほぼ機能しておりません! なます斬りです!]
「総員、白兵戦用意! 自決は不要だ! 奴への抵抗にはならん!
行け、『
俺は司令に敬礼すると、部屋を飛び出し、総帥が待つデッキへと全速力で駆け出した。
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