83話 夜雲薙ぐ凶星は暁と共に
―― 『
予期せぬ半年ぶりの帰国だった。
滅多に発令されない緊急招集の理由は、我々がマークしているルルーファ・ルーファが宣戦布告してきたからとの話だ。いずれ敵対すると予想していたので驚きは無いが……任務中の呼び出しは勘弁してほしかった。
総帥への帰還報告を終えた俺は、地下に設置されている作戦指令室の扉を開いた。
「失礼します。エージェント『
「ご苦労、
「いえ。命令ですので」
作戦指令室で出迎えてくれたのは、足の怪我により杖をついた司令官と、その部下たちであった。司令は我が国を亡命した
「君が前線へ出る状況になるとは思えないが……ある意味、君は絶対王者『
「買いかぶりすぎです。ちょっと兵士が上手いだけの男ですよ」
「それだけ総帥閣下は警戒なさっていると考えよう。君の
「はっ」
彼の横に並び、情報の羅列したモニターを眺めながら司令に問いかける。
「司令。集合状況は」
「
「日本どころか米国空海軍とも正面から戦えるじゃないですか。それも圧勝だ。たったひとりの人間に過剰でしょうに」
「相手が全力を出した情報が届いていない以上、戦力の予測はできんよ。
「かつての教え子に裏切られて意気消沈かね?」
「いや。あの子の技量は優秀でしたが、諜報員にしては優しすぎた。こうなる結末も見えていた」
「確かに、我が国で
……到着早々で君も疲れがあるだろう。娘たちの声を聞いて肩の力を抜いてこい。夜通しの演習になると伝えているから起きているはずだ」
「はっ」
司令室内に設置されているコンソールの前に着席する。コンソールを操作し、通話ソフトを立ち上げる。そしてとある施設の人物へコールをした。
コールを行うことしばし。コールに応えた相手がコンソールに映し出される。
『
『おかえりなさいませ、
「ただいま子ども達。元気にしていたかい?」
『差し支えなく』『
「あはは。意味のない質問だったね」
彼女たちは俺の血縁者ではない。そして
『
「ごめん、要件は無いんだ。ただ帰還のついでに君たちの顔が見たくなってね」
彼女たちを特別懇意にしているのではないものの、機会があれば交流を図るようにしている。彼女たちの忠誠心を上げるためには、こうしたちょっとした関わりは意外と侮れない。とはいえ、過度の感情移入は厳禁である。今は可愛らしくても、いずれは駒として扱われる運命なのだ。
『お心遣い、ありがとうございます。しかし聞いていた時期よりもだいぶお早い帰還ですね。他の幹部様の帰還報告も相次いでお聞きしています。大規模演習と伺っておりますが』
「その通りだ。だから今夜は決して施設の外に出てはいけないよ。巻き込まれる可能性があるからね」
一方、普段の素行の奇抜さや、忠誠心の薄さ、諜報の世界には無用な優しさも散見されていた。故にエージェントとしては大成しないと予想していたのだが……よろしくない形で予想が当たってしまったな。
「そろそろ持ち場に戻るよ――」
[報告! ターゲットより入電!]
「来たか。任務に戻る。夜中の演習になるが、良い子でいてくれよ」
通話ソフトを落とし、司令の横に並んでモニターへ視線を向けた。「SOUND ONLY」と表示されている。音声通話のようだ。
「通話を各位に繋ぎます。司令、応答をお願いします」
「準備できている。繋げろ」
『――ごきげんよう、天結の皆さま』
数日ぶりに聞く
「息災だな、
『おかげさまで。貴方がたに怯える必要がありませんのでピンピンしています。
連絡が遅くなってしまい申し訳ありませんが、つい先ほど、ルルーファ様がそちらに向けて
「ルルーファ『様』か。完全に懐柔されたな」
『おっとしまった、コードネームで呼ばなければでした。さて、時間がありません。ルルーファ様改め
我、到着と同時に滑走路を
「爆撃予告か。これは親切にどうも」
相手からの通告を受けた司令の反応は失笑であった。無理もない。こちらの空戦力はステルス戦闘機が3機、非ステルス戦闘機および軍用ヘリコプターがそれぞれ10機となっている。くわえて対空と対艦準備も整えている。どれだけの戦力で攻めてくるのか不明だが、そう安々と突破できるような戦力ではない。到着前に撃墜されるのがオチだ。
[レーダーに反応あり! モニターへ転送――え? 何だこれは?]
『あら、もう圏内まで来てしまったのですね。流石です。私はロートル1の誘導という大切な使命がありますので、これにて失敬』
「どうした。報告は正確にしろ。モニターはどうした」
[れ……レーダー、映しますっ!]
モニターにはレーダーの映像が映し出された。機影は1つ……1つだと? それも異常に速い……いや、速すぎる!
[航空機反応、確認できません! しかし飛行物体を感知しております!]
「どういうことだ!? 爆撃機ではないのか!?」
[分かりません! 推定速度……マッハ6.5!?]
「何を言っているんだ貴様は! 我が国が誇る
「いや、その必要はありません、司令。俺から見てもその程度の速度は出ていますっ!」
「
「いくら非公式の侵攻になるとはいえ、平和主義の日本が大量殺戮兵器を撃つとは思えません! 世論で潰されるリスクを負うはずがない!」
[目標の到達時間まで8分――いえ! 目標、更に速度を上昇! 残り予想時間5分!]
[地上カメラより異変を確認! モニターに出します!]
地上の映像が映し出される。暗雲広がる西の空に、金色の光点が不自然にまばゆい光を放っている。
[発光は西方、9時方向より確認!]
「迎撃はどうした! 海上艦の
[駄目です! 目標をロックできません! 対象が小さすぎます!]
[望遠カメラ、未だ機影確認できず! 繰り返す! 未だ機影確認できず!]
どれだけ小型でも、航空機ならばロックオン機能は通用するはずだ。そしてステルス戦闘機だとしても、最大速度はせいぜいマッハ2程度である。なおかつ、望遠レンズでも機影を捉えられない。
俺は冗談みたいな結論を出してしまった。
「航空機ではなく、ルルーファ・ルーファ本人による単独飛行……」
「馬鹿な! 人体で音速飛行ができるものか!
「現実を見てますよ! そもそも相手はコミックスの住人だ!」
場にいる全員が状況を想像し、そして戦慄した。
もし、マッハ6を超える速度で島へ突入されてしまったら。その衝撃に相手が耐えられるとしたら。
一瞬で室内全員の心が一つとなった。
司令がマイクを掴み、叫んだ。
「司令より各位に伝達! 総員、滑走路上から退避! 敵の狙いは滑走路の破壊だ! 航空機の発進準備をしている者がいたら急いで離脱せよ! 繰り返す! 総員、滑走路より全力で退避しろっ!」
「空襲警報発令! 急げ!」
警報が鳴った数秒後、先ほど子ども達と会話をしていたコンソールが鳴り響いた。彼女たちからの緊急コールだ。煩わしさのあまり一度だけ舌打ちをしてからコンソールの前に座り、再度子ども達との通信に応答する。
『
先程交信していた少女が、警報を聞いて焦った表情でこちらを見ている。下手に動かれては面倒だ。
「答えられない! とにかく皆を地下のシェルターへ!」
「艦隊! 対空戦急げ!」
[対空砲、駄目です! 目標が小さすぎて機能しません!]
『
[海上防衛ライン、突破されました! 目標、高度上昇!]
[進路変更! 本土への接触コースです!]
『
「答えられないと言った! 早くしろ!」
[望遠カメラ、目標を捉えました! あれは……
[目標、更に加速! 推定速度マッハ10!]
[衝撃備えぇぇ!]
避難では間に合わないっ! ああくそ、帰国早々に散々だ!
「避難は中止! 全員今すぐ床に伏せろ! 死にたくなければ、床にふせてそのまま動くなああ!」
『願い事はもちろん分かってるよね? せーの――』
『われら天の民が、幸福へみちびきますように!』
子ども達の無邪気な声が聞こえた直後。
地を揺るがす衝撃が、島全土を襲った。
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