81話 黄金色の髪の乙女
―― 佐藤のり子 ――
忙しい。ああ忙しい。忙しい。
心の中でクソ川柳が生まれるくらい、最近の紅焔アグニスは忙しすぎる。
春休み返上でお仕事の働き詰めとレッスンだ。くったくただよ。私が春休み期間になったのをいいことに、ここぞとばかりにミッチリとスケジュールを詰めてくるプロデューサーは鬼畜のお手本である。これが社畜の精神か……と事務所でぼやいたら、プロデューサーが「0時を過ぎてからが仕事の本番ですよ」と暗黒微笑を浮かべられたのは闇深すぎて恐怖でした。フォローしておくと、YaーTaプロダクションは私を夜の10時に解放してくれるクリーンな会社です。
とはいえ私も頑張った! 度重なる収録地獄 (いや天国かも)もスパっと終わらせ、4月3日に帰宅することができた。ホテルのベッドは寝心地が良かったけど、やっぱり寝転び慣れた自宅のおフトゥンに勝るもの無し。一週間ちょいの東京カンヅメ生活、お疲れ様ァ!
そして4月4日。現在の私は、日課であるランニングの真っ最中である。やっぱり地元が一番落ち着くなー。誰にも邪魔されないし。東京だと、ホテル近くの公園でいつもの演舞もどきしていたら、変な格闘家っぽい人に絡まれて怖かったなー。全力で逃げましたが。
「懐かしの神社よ、私は帰ってきたぞぉー」
しばらくいつものマイコースを走り、そしてコースの終盤、我が家近くの神社までやってきた。ランニングで体を温めた後、私はこの海が見える神社で歌の音程チェックをするのが定番となっている。周囲に誰も居なくて開放感があるから気が楽なんだよね。
懐かしさでむせび泣きそうな自分がいる。たった一週間なのにホームシック拗らせまくってるなー私。お母さんとヨーミとシズ絡み以外で、地元に良い思い出って数えるほどしか無いけどね。住めば都ってヤツですな。
「さてと……」
曲は……なんとなく、ルルと出会った時の曲にしようかな。これまた懐かしいなー……。
「……いや、チェンジで」
ルルの衝撃的なダイナマイト全裸を思い出しちまったよ。というか、ここの神社であの曲は二度と歌えなさそう。お前の罪は深いぞ、ルル。
気を取り直して、と。
『……~♫ 僕の指は 君の涙を拭くためにあるんだ 君の笑顔を守れるなら 僕はいつだって勇者になるよ――お?』
別の歌を気持ちよく歌っている最中だった。私の背後、神社の建物の中でゴトリと音が鳴ったのは。
「猫かな?」
うーん……建物の中に入るのは罰当たりな気がするけど、中の物にいたずらされても困るよね。一応、確かめておくか。
なるべく音を立てないよう、忍び足で建物へ近づく。砂利を踏む音で全部台無しですが。
「もしもーし。誰かいますかー?」
扉の錠は壊れている。猫が侵入してもおかしくはない。こういう時、ルルみたいに気配を探る力が欲しいなぁ。
……実は今度こそ本物の神様がいる、とかは無いよね?
おそるおそるな手付きで扉に手をかけようとした、その時。
建物の中で風の吹き荒れる音がした。扉が内側から
「へ?」
なんかヤバイ! そう直感して後ろに飛び退いて離れた瞬間、扉が内側から弾けて吹き飛ばされた。
「はいぃぃい!?」
え、何!? ブービートラップってやつ!? ていうか、逃げるのが遅かったら手指がエライことになってたぞ!?
【追手にしては間抜けな面だな】
んん!? ルルと初めて会った時みたいなよく分からん外国語だ。まさか……まさかまさか!?
【だがこの
「今度は金髪ぅ!?」
中から出てきたのは金髪碧眼の、ルルにも負けない物凄い色白肌な美少女だ。年齢は私と同い年……いや、ちょっと年下かも。銀の次は金かよ!?
でも、ルルの時とは状況が違うみたいだ。全裸で落ち着いていたルルとは違い、彼女は敵意剥き出しで、まるでゲームに出てくる奴隷みたいな服を着ている。
もう何がなんだかだけど、とにかく敵じゃないよアピールだ。両手を上げて無害ポーズ!
「驚かせてゴメン! 貴女をどうこうする気は無くって――うおおおお!?」
【チッ。ひらひらかわしおって】
駄目だ、聞く耳持ってねえ! 女の子が手を振ったら地面が抉れたぞ!? 間一髪だったよ! 魔法!? なんか滅茶苦茶ファンタジー!
とりあえず、地道に敵じゃないアピールを繰り返すしかない。留学経験がある我が友シズは言っていた。
【む? よく見たらとても人間とは思えん面構えをしておるな。もしやオーガとの混血か?】
「オ、オーガ!? 今オーガって言った!? いや人間なんですけど!?」
オーガって単語だけ聞き取れたけど……確か異世界モノで出てくる屈強格代表だったよね。あー、私の顔の傷を見て言ったのかー。まあ分からんでもないか。でも、私は人間ですよアピールなんてどうやればいいのさ。そんなジェスチャー、存在しないよなあ!?
私が混乱していると、女の子はあざ笑う表情で私を見下して、自分の胸や股間を指さしながら、こう私に言った。
【しかしオーガの混血にしては細いし顔も整っとるのう。
「……あ゙?」
【幸運だったのう、哀れな人間よ。先程の一撃、吾なら体が削れておったぞ。己の貧相な体に感謝するがよい】
混乱で茹で上がっていた頭が急速に冷めていく。そして全身が再沸騰する感覚。何を言われたのか分からないけど、私の何かを貶したことはなんとなく伝わったぞ。それも今現在、紅焔アグニスに大流行中の最強タブーワードだ!
「今、私のオッパイをバカにしたなテメー! 自分がご立派なモノ持ってるからってマウント取ってくるんじゃねぇよ!
【ひっ!? ばばば、蛮族め! 急に怒りだしおった!】
「人が穏やかに済ませよう思って下手に出てれば良い気になりやがって……てめーのご自慢、削ってやろうか!」
頭きた。このメスガキ、分からせちゃる。
両手を下げ、歩いて距離を詰める。
【ち、近寄るなオーガ!】
「オーガじゃねぇっつってんだろうが!」
女の子がぶんぶんと腕を振るい、その度に地面が抉れていく。しかし私はそれを跳んで避け、距離を詰めていく。
【なぜだ!? なぜ躱せる!? ええい、〝シナツミコト〟! もっと吾に力を寄越さんか!】
風の刃 (仮)が起こった時に体が引き込まれる感覚を頼りに察知して、横に飛び退いているだけに過ぎない。見えなくても、攻撃する場所が分かっているなら避けられる。
この子、素人だ。私を攻撃する様子を見てはっきり分かった。だって、私が立っている場所しか狙わないんだもの。
自分の身の安全を確信したので、私は彼女に向かって駆け出した。勢いで押し切る!
【馬鹿者! 来るな、来るなぁ!】
もう戦意喪失しているのは分かる。でも止めると調子に乗りそうなので減速は無しだ。速さに任せて全力接近し、女の子の直前の位置から体をひねって彼女の裏へ回り込む。
【はへ!? 消え――ぶぇ!?】
膝裏を軽く蹴って体勢を崩し、無防備になった瞬間に彼女の背後から襟を掴み、柔道の大外刈りの要領で地面に押さえつけた。すぐに彼女へ馬乗りし、マウントポジションを取る。
【ひぃっ! ひいい!】
そして、私は彼女に向けて全力で拳を叩きつけた。
【――――――】
「また私の胸をバカにしてみろ。こんなもんじゃ済まさんからね」
ビキリと音を立てて拳を打ち付けた参道の石にヒビが入る。いや、いくら怒ってるからって、自分への悪口くらいじゃ殴らないからね? ただの脅しだよ?
女の子から力が抜けたことが分かると、私は女の子から離れた。うし。ここまでやれば二度と舐めた口は聞くまい。あいててて。おてて擦りむいちまった。
「あ」
【ガボボ……】
「うわぁ!? やりすぎたァ!?」
女の子は白目をむき、口から泡を吹いて気絶してしまった。もれなく乙女の黄金水のおまけ付きだ。美少女が台無しだよ……我は我に返りましたぞ。
「ん?」
泡で窒息しないよう彼女の上半身を起こした際に、彼女の髪の隙間から見慣れない肌が見えた。失礼して髪をかき分ける。
「……え? ヱ? エ? え? エ? ゑ?」
自分の言語が盛大にバグり散らかしている。史上かつてない、人生史上最強の衝撃だ。
ファンタジー映画やアニメなんかでよく見るとんがりお耳が、かき分けた髪の中から現れたのだから仕方がない。耳の付け根をくまなく触ってみる。取れる様子はない。ちょっと冷っこいけど間違いなく人肌だ。「うぅん……」と唸るボイスがどことなくセクシー……じゃなくて!
「ほ、本物じゃああ!? 本物のエルフじゃん!? エルフ!? エルフって――うおうあ!?」
そう叫んだ直後、背後で「ぶしゃあっ!」と豪快に水の吹き出す音が聞こえて身をすくませた。冷たい水しぶきが軽く私にふりかかる。
そういえばエルフ様ご登場の衝撃ですっかり忘れていたけど……まずいんじゃない、今の状況って。
ゆっくりと、私は背後を振り返った。そして一気に血の気が引いた。
「やべえ、やべえよコレ……」
改めて周囲を見渡すと……思わず目を覆いたくなる、台風一過よりも酷い大惨事ここにあり。参道の石と砂利は滅茶苦茶になってるし、神社の扉は粉々だし、お水の建物はバラバラだし水吹いてるし! これほぼ私じゃないけど、焚き付けちゃった手前、もう現行犯みたいなもんだよね!? 配信で言わないにしても、アイドルVtuberが引き起こしちゃいかんやつだよねぇ!?
「逃げ!」
私はエルフの女の子をおんぶすると、一目散に我が家へ駆け出した。うおお、おっぺぇやらけぇぇ! 普通よりちょい大きいくらいの豊乳サイズだ。ヨーミよりは小さいけど、美乳度合いはたぶん彼女のほうが上だと思う。
こうやって必死こいて家に帰っていると、すっごいデジャブだなあ。ルルと初めて会ったことを思い出すよ。
とりあえず、帰ったら即ルルに相談しよう。この女の子を見て確信したけど、なんかルルも同類くさいから、きっと良い感じのアイデアくれるっしょ!
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