72話 かいらしいな承認欲求モンスター
―― 六条安未果 ――
陰キャの引きこもりは滅多なことで外出などしない。通信販売というベストフレンドさえいれば、買いたい物はすべて手に入る生活ができてしまうのだ。……おっと、今のベストフレンドはのり子ちゃんとルルちゃんだった。いかんいかん。
とはいえ、無敵の通販にも弱点はある。
会場や店舗限定の商品は買えないことだ。転売やフリマで商品を探すという手もございますが……あんまり利用しないほうがいいね。やっぱり高いし。
さて、この『限定』という、オタク心くすぐるワード。以前の金欠で出不精な私なら見向きもしないのだけど、YaーTaプロでアイドルVtuberをやり始めた今は違うのですよ。
その報せを知ったのは、今からひと月前の話。
「ゆめママ!? ママの絵がアニスコの限定画集に載ってるーっ!?」
なんと、
その事実を知った私は、直後に商品を店舗受け取りで予約してから、その晩に雑談配信でゆめママへ吉報を伝えて祝福したのでした。直後に本人から満額スパチャが飛んできたからビックリしましたが。
そして、その吉報からひと月。画集の発売日はやってきた。
「うひー、厚着しすぎたー」
誕生日配信を終えて翌日となる、4月3日。昨日が寒かったので冬支度寄りの調子で外出したら、ジャケットが過剰装備となるほどの暑さになっていた。私は冬派なので、昨今の温暖化気候を歓迎していないよ。プチ蒸し風呂のようなバスから降りた頃には、すっかり汗だくになってしまった。
うーん……さすがに汗をかいて気持ち悪いから、ジャケットは勇気を出して脱いでしまおう。最近はナンパイベントも多かったし、自分の体型がムチっとアレなので、外で薄着になるのはちょっと怖い。でもYaーTaプロに入ってから、いっぱい経験を積んできたんだ。ちゃんと対策をしてきましたよ!
「ふぅ……」
ジャケットを脱いで腕にかけた途端、周囲の視線が一気に自分へ向いた。しかし、すぐに視線は私から逸れていく。よし、狙い通り。
最近の異常なナンパ率の原因。それはズバリ、服装だ。昔のクソダサコーデに戻れば昔のようにナンパとは無縁の生活を送れると思ったけど……効果てきめんだね! よーし、これでひとりの外出も怖くなくなったぞ! なんか悲しい気分だけどね!
目的のお店に到着。あとはレジに引き換え証を見せて商品を持ってきてもらえばおしまいだけど……せっかく外出したんだから見て回ろう。特に今はG―State特集も開催中だし。同じアイドルVtuberとしては気になるよね。
「おお……」
特集コーナーに来た私は、思わず唸ってしまった。キーホルダー、ステッカー、ペンライト、アクリルスタンドなどなど……複数の棚にいっぱいにGSアイドルたちのグッズが並んでいる光景は、思ったよりも圧倒されてしまった。所属アイドル一人ひとりのコーナーが設けられているところは、さすが大手の貫禄だ。
YaーTaプロでも関連グッズの話は既に上がっていて、私にもいくつか作ってもらえる予定だ。いずれ私達もこんなふうにグッズを並べてもらえる日が来るのかと思うとワクワクする。買って喜んでくれる人がいるといいな。
よし。スタメンさんのおかげでお金は十分に貯まってるし、ちょっと買っていこう。ということで、最近仲良くなったアリアさんと、こちらも最近コラボ配信で良くさせてもらったGS4期生・
いざレジへ。スマホで商品引き換え用のページを出して……と。
「すみません」
「はいっ、いらっしゃいませー!」
う。この男の店員さん、声が大きいな。ちょっと苦手かも。
「予約商品を取りに来ました。これでお願いします」
スマホの画面を店員さんにかざして見せる。おや? こっちを見て固まっちゃったぞ? おかしいな。のり子ちゃん太鼓判の絶許コーデなのに。
「あのー……」
「お嬢さん、もしかして声優さんですか? めっちゃ声かわいいっすね!」
「……違います」
「えー、そうなんですかー? まーでも、お嬢さんくらい可愛かったら忘れるワケないよなー」
そ……そうきたかァー! 声は無対策だったぁー! 見た目ばかり警戒してたから油断したよ! 一気にブワって汗が出てきたぞ。ルルちゃんと初めて出会ったとき以来だよ、こんな不意打ちシチュエーション。
いやでも、まだ帝星ナティカとバレてない! セーフ! 商品を取ってきてもらって、ちょっと頭を冷やしてもらおう。
「すみません、商品を――」
「わりぃ。予約商品、取ってきてくれる? 昨日出たアニスコの限定画集」「了解です、先輩」
ちくしょう、逃げ道を塞がれた! 早くしてねー!
「でもどっかで聞いたことあるんだよなー……もしかしてVtuberとかやられてませんかね?」
鋭いな、この人! それだけVtuberの人気が高くなっているってコトですねぇ! まずい、周りの人の目が集まってきた。これ以上注目されたら逃げられる気がしない!
とにかく、早く会計を済ませてしまおう。商品を指差しして、はやくレジに通してくれアピールだ。
「ああ、ごめんなさい、会計ですね。しっかし、お嬢さんもG―State好きなんスねー。俺もこの二人、大好きなんスよー。とくにみなもん推しでして……もしかしてお嬢さん、GSの人だったりして?」
首を横にぶんぶん振って違いますよアピール。この人、無駄に声がデカいから、どんどん人の目が集まってくるよー!? 悪い人では無さそうなんだけど、空気を読めなかったら意味がない! 会計……よし、済ませた! あとはアニスコの画集を受け取っておさらばだ!
「あはは、意地悪な質問でしたね。もしそうだったとしても答えられないですもんね。
……ごめんなさい、店の者が商品を探しておりますので、もう少々お待ち下さい。
そういえば、この前のみなもんの朝活、見ましたか? 寝起きカラオケ最高でしたよね――」
後輩くん、早く商品持ってきてー! ううう……ナンパじゃないのにナンパされてる気分だよ。今日はのり子ちゃんと待ち合わせしてないのに……どうしてこうなるのー……この流れ、もう何回目か分からないけど……助けて、のり子ちゃん、ルルちゃん、ヨーミさーん!
「起きぬけで紅蓮烈火ってチョイスがもう――」
「
「はい?」
助けを呼べばヒーローは必ず現れる! 声の方へ振り向くと、高級志向な服に身を包んだ清楚なお嬢様――といった、可愛らしい女の子が眉間に皺を寄せながら店員さんを睨んでいた。20歳くらいだろうか。関西訛りの強い喋り方で、どこか惹きつけるものがある声質だ。
「ウチも会計したいんやけど。ナンパばっかやっとらんで、ウチにも構ってーや」
彼女は不機嫌そうにドカンと音を立てて買い物かごをカウンターの上に置いた。中にはキーホルダーやアクリルスタンドなど、GSのグッズが大量に詰め込まれている。すごく熱心なファンの人なんだなぁ。
「大変申し訳ございません。失礼しました。すみません予約のお客様、少し横にずれて――」
「おにーさん、ちゃうやろ。そうやないやろ」
「?」
「声」
「???」
私も「?」ってなっていますが、それは。
「なんで褒めへんの?」
「はい?」
「ウチもお嬢ちゃんとどっこいの
「え? え? え?」
「ほれ見てみ? 天使が二人並んでるやろ? 声かて、マイナスイオン放出バリバリの癒し系ボイスや。せやったらお嬢ちゃんと同じように、ウチも口説くのが自然の成り行き、この世のルールやないのん?」
自己顕示欲が強いなこの子!? いま流行りの承認欲求モンスターってやつですか!? でも、私のことをサラっと褒めてくれるのは嬉しいかも。
「ほらほら、ウチを褒めへんのやったら、さっさと手ぇ動かしぃ。あんたがトロトロしとるとレジ待ちがどんどん溜まるで」
「は、はい! ただいま!」
「GSフェアの特典も残さず詰めといてや。しっかり1種類ずつな。そういやあんた、隣のお嬢ちゃんのぶんの特典、忘れてるやろ。この子もGSの商品ちゃんと買っとるんやから、ちゃんと付けてあげなアカンで」
「申し訳ないです!」
「謝るんならウチ
女の子は怒涛の勢いで店員さんをまくしたてる。でも、口調が柔らかいというか、のんびりした喋り方のためか。クレームを言っているけど全然不快にならない。不思議だなあ。押しの強さやマイペースなところは、ちょっとルルちゃんと似ている。
女の子がカットインしてくれたお陰で、店員さんは私に構う暇は無くなったみたいだ。滅茶苦茶助かるー。
そんな私の無言の感謝が届いたのか、女の子は私の視線に気づくと、ウィンクを投げてくれたのだった。
……可愛い。
・・・・・
・・・
・
「ありがとうございます! 本当に助かりました!」
「ええよええよ。困った時はお互い様や。ウチも買い
「ご、ごめんなさい」
買い物を済ませて店から出てしばらく歩いた場所にある公園の中で、女の子は先程買ったキーホルダーを手持ちのカバンに片っ端からつけていた。壮観だなあ。絵柄が可愛らしいから余計に目立つね。手持ちカバンの他にも、大きめのスーツケースを持っており、そちらにはGSアイドルのステッカーが大量に貼られていた。大阪や京都から旅行に来た子かな?
それにしても、上品な子だよなー。のり子ちゃん公認クソダサコーデな私とはえらい違いだ。それに薄手とはいえ、この暑さでよく手袋なんてやってられるなあ。潔癖症には見えないし、薄着だから寒がりでもなさそうけど……これもファッションなのかな?
「よっしゃ終わりっと。やっぱキーホルダーはジャラ付けしてナンボよねえ。映えるわー。
さてさて。お嬢ちゃん、名前はなんてーの?
ウチは
「ヤヤちゃん……ですね。私は六条です。六条安未果です」
「六条安未果ちゃんね。ええ響きやねえ。んでんで、六条ちゃん。ちょっと時間ある? ウチのことも助けて欲しいんやけど」
「え? ええと……できる範囲なら」
「ウチ、とあるところに行きたいんや。スマホ持ってへんから場所が分からんでなあ。その辺の男でも捕まえて案内させよと思っとったところなんや。せやから六条ちゃん。ここで会ったのも縁やし、ちょいと場所を調べてくれへん?」
「調べるくらいならお安い御用ですよ」
スマホを取り出して地図アプリを立ち上げる。
「どこでしょうか」
「YaーTaプロダクションの事務所。ウチ、これから面接に行くねん。ついでに案内してもらえると助かるわあ」
ヤヤちゃんはほんわかした笑顔を崩さないまま、とんでもないことを言い出した。その笑顔が一気に胡散臭くなっちゃったぞ。
私が帝星ナティカだって、実は知っていて助けたんじゃないだろうか。
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