71話 YaーTaプロダクションの2期生を募集しております。


―― ルルーファ・ルーファ ――


『助けてルルちゃん 2期生つれてきて』


 そんなシンプル極まるSOSを朝っぱらから見せつけられた俺は、特別急ぐこともなく普段の日課である洗濯やら掃除やらを済ませてからYaーTaプロの社長室へと向かった。時刻は社長の出社時刻となる10時ごろといったところか。案の定、灯の奴は社長のデスクで突っ伏していた。


「お疲れさん、灯」

「ルルちゃぁん。ホントに疲れたよぉぉ」


 灯は俺の姿を見つけるなり、俺の胸元へ飛び込んで甘えてきた。化粧が薄めだったので服に付かなかったのは救いだな。

 

「こらこら。仮にも大の大人が情けないぞ」

「仮じゃないもん。大人だもん。よしよしして〜。女神様とか聖女様パワーちょおだいよぉ」

「今の君が欲しいのは、聖女の癒やしじゃなくて、2期生候補だろう?」


 俺のひとことを聞いて、灯はアヒル顔で俺を見上げてきた。

 

「ちょっとくらい殺伐とした現実を忘れさせておくれよう」

「せめて会社の外で。俺か灯の自宅でならしっかり甘えさせてやるよ」

「マジで!?」


 赤ん坊をあやすのは得意だぞ。何人いたと思っているんだ。

 

「で。何がどんな状況なんだい」

舞人くん解説のプロを呼ぶからちょいとお待ち。ルルちゃんも聞いてみてよ、YaーTaプロの現実を。ぶっ飛ぶよ?」




「20人です」

「……最終選考の人数ではなく?」

「2期生募集開始から今まで応募してきた方々の総数です」


 舞人が顔をしかめながら言い放った報告の数は、俺の予想を遥か彼方まで下回っていた。20ってなんだよ。殉職率の高かった銀星団の応募ですら、毎回この数字を余裕で上回っていたんだが。

 俺は咄嗟に灯へ視線を送った。また灯が下手を打ったのではないかと。すぐに首を横に振って否定されてしまったが。


「1期生の応募は4000人もいたんだよ。5枠だったから倍率は800倍。大盛況だったんですよ、1期生の募集は。

 それがどうだい、2期生の20人って! 前回の200分の1って何だよ! もっとチャレンジ精神と夢を持とうよ皆の衆!」

「おいおいおい。何がどうなったら、そこまで激減するんだよ。業界の中で黒い噂でも流されちまっているのか? 君たちのことだから心当たりはあるんだよな?」

「ルルちゃん。それ、ギャグで言ってる? 舞人くん。ルルちゃんを分からせてあげて」

「承知しました。ずばり、1期生が原因ですね」


 舞人はタブレットを操作して、とあるウェブサイトを表示して俺に提示した。大手の匿名電子掲示板サイトに設置されたYaーTaプロ総合板のやり取りである。


「口汚い罵詈雑言が大量に書かれていますが、鋼の心を持つルルーファさんなら問題ないと踏んでお渡ししています。傾向だけ掴んでいただければ」

「大丈夫だ。恨みつらみを言われることには慣れているよ。悪意を吐き出す場も必要だろうて。しかし……なるほど」


 先日の誕生日配信で話題に上がった2期生についての意見が大量に書かれているものの、その解釈はどれもネガティブな言葉ばかりが並んでいる。

 「化け物の巣窟にブチこまれるのはかわいそう」「どんな奴が入っても下位互換」「見えている地雷」「陳腐化不可避」……俺としては呆れる意見ばかりではあるが、これもまた民意の表れでもあるな。


「1期生は各々に突出した特技や特徴を有しています。

 ルルーナ・フォーチュンには何者にも物怖じしない胆力、記憶喪失という奇抜な生い立ち、奇跡的な幸運体質、他の追随を許さぬ人間離れしたゲームセンスなど、数多くの非現実要素が盛り込まれたマルチな才能に恵まれています。

 帝星ナティカには爆発的な成長力と未知数の潜在性……ついでにお酒への耐性も入れましょうか。

 そして紅焔アグニスは言わずもがな。完成されすぎたアイドル力ですね。

 そんな1期生の活躍を目の当たりにした視聴者は、やがてYaーTaプロへの裏の加入条件として、こんな噂を立ち上げるようになりました。『何か人並み外れた一芸を持っていなければYaーTaプロでデビューできないのではないか』、と」

「要するに、『やりすぎたんだよ、貴様らは!』的なヤツだな」

「おおっ」


 舞人はぱちぱちと拍手を起こした。

 

「流石はルルーファさん。迫真の演技だ。ジルフォリア戦記でしたっけ?」

「第2巻。銀星団の大団長だな」

「平和な村を焼き払った野盗に引導を渡す時の台詞でしたね。少々過激でしたが、胸がすくような気分になったものです」


 隣で本人の声を聞いていたからな。誰よりも上手くモノマネできるぞ。

 

「そうやってサラッと神演技しちゃうところとか、超人的なコトをやらかしまくった結果が20人なんだよルルちゃん。ていうか今の台詞録音させて。買うわ」

「ふむ。ジル戦の朗読劇も考えておこうかな」


 舞人はごほん、と一度咳払いをした。

 

「脱線させて申し訳ありません。話を戻します。

 集まらなかった理由に関して、1期生の能力だけが原因ではありません。YaーTaプロ我々の運営体制にも問題がありました。

 5枠だったところを3枠――それもオーディションでは1枠しか採用できなかった点も要因としては大きいです。どんなアピールも社長の気分次第で蹴落とされるのではないかと危惧されていますね。実質その通りなのですが」


 オーディション云々のくだりは、確かお嬢がしれっと雑談で漏らしちまったんだよな。

 

「採用の基準が見えず、さらに唯一の合格者はあの紅焔アグニスただひとり――であれば、知名度が下がったとしてもYaーTaプロを避けて別企業のオーディションを受けてしまう応募者の気持ちも分かります」

「実際、抜きん出た実力のある娘はいっぱい居た。それでものり子ちゃんの前ではどうしても霞んじゃうのよ」

「ではキィを2期生にあてがうってのはどうだろうか。彼女はお嬢との同時採用だったのだし、実力は十分なはずだ。アピールを拝見したが、GSのアイドルたちと遜色ない実力者だろうに」

「本人から拒絶されました。パワハラの訴えも辞さないとも脅されましたね」

「シンプルにこの反応は凹むわぁ……」

「なるほど。負の遺産極まれりだな。キィは潔く諦めるしかあるまい」


 相変わらず、聞けば聞くほど恐ろしいな。お嬢の存在は。

 

「キィちゃんには申し訳ないけど、のり子ちゃんを採用しないってルートはありえなかった。実力と才能はもちろんだけど、本人は私を慕ってるからウチを熱烈希望していたし」

「お嬢を軸としたツケが思いっきり降り掛かっているワケか。それで、勇敢なる20名の中に目ぼしい子はいなかったのかい?」

「候補すら上がりませんでした。企業へ帰属するにはあからさまに意識が低い者。単純な実力不足。表向きの理由は大きくこの2つですね。実際はオール社長の判断となります」

「どの娘もピンと来ないのよねえ。悪いけど、惹かれないのよ」

「そりゃ決定的な理由だよ、灯。お断りしちまっても仕方がない。参考までに、応募者を見せてもらってもいいか? 送られてきた各種アピール込みで」

「応募者の多くはVtuber経験者です。一部の子は顔バレしますが、それでも良ければ」

「もちろん配信でも口外せんよ」



 

 舞人の許可を取り、履歴書や各種アピールに目を通していく。が、まったくもって灯の言うとおりだな。俺たちの後輩となった彼女たちの姿を想像するも、俺たちの栄光の影と成り果てるか、業界の闇に呑まれる未来が容易に見えてしまう。

 中にはお嬢にも負けず劣らずな情熱を注いでくれる子も居たには居たし、もしかしたら表へ立たせれば化ける可能性が見え隠れする子も居た。それでも企業の看板を背負わせるには荷が重すぎるか。

 

「応募を始めて三ヶ月も経ってかけるべき言葉ではないが……前途多難だな」

「女神様の手も借りたい気持ち、分かったでしょルルちゃん。だからお願い、誰かビビっと来る子、紹介してよぉ。ルルちゃんの運とカリスマがあれば、イケてる女子の一人や二人、ゲッチュできるでしょ」

「成長支援なら自信があるが、人材発掘は俺の埒外らちがいだ。期待せんで欲しいぞ。まあ、気になった子がいたら声をかけてみるよ」

「せめてルルちゃんお気に入りのユエちゃんが応募してくれれば即採用なんだけどなー」

「彼女は確か14歳でしたね。ウチの募集は16歳からですので、年齢不足です。もう少し待ちましょうか」

「その頃には一流の個人Vになっちゃってるわよ」




 と、お先の真っ暗な未来について三人で語り合ってから、その場はお開きとなった。この時は、もう一年以上は1期生で頑張らなくちゃいかんかな、と本気で考えていたものだったが……いやはや、まったくの杞憂であった。


 灯の祈りが俺を介して通ったのか分からんが……転機が訪れたのは近い未来の出来事であった。

 

 

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