幕間2ー10話 未来のトップアイドル、メイド喫茶へ行く


―― 佐藤のり子 ――


 ルルとの衝撃の出会いからおよそひと月半となる12月24日。街の中はクリスマスに向けたイルミネーションで夜な夜な彩られ、その光に酔いしれるように、うら若き世の男女がうわつき始める。そんな決戦前ムードが仄かに漂う、この地は東京。時刻はもうすぐ昼の12時である。私はとある駅前の商店街を歩いていた。たったひとりで。聖夜の前日に。

 素敵な彼氏? 冗談。こんな顔面フランケン女の彼氏に立候補する変わり者なんぞ居るワケねーだろ。諦めが付きすぎて道行くカップルを見ても、もう何も思わんぞい。ちなみに親友のシズは家庭の都合、同じく親友のヨーミとお母さんは仕事で同伴は頼めなかった。うーん孤独。

 さて、やるせなさを我慢してまで東京に来た主な理由。それはアイドルVtuber事務所のYaーTaプロダクションとの打ち合わせである。Vtuberのアバターの試作が出来上がったという話なので、デザインの確認がてらLive-2Dの調整をするためにお邪魔させてもらう予定だ。ただし会社の所在地はこの商店街の近くじゃない。この地には別の目的でやってきたのだ。


「しっかし……場所、分かりにくいなー」


 やっぱり東京は迷いやすい。初見の地方人には迷路気分だよ。


『誰かーっ! 泥棒! ひったくりーっ!』

「ぬわぁ!?」


 叫び声に驚いてスマホから目を離した。視線の先には原付で爆走する男の姿が。その手には似つかわしくない婦人用のバッグを手にしている。背後には目一杯悲鳴を上げるお婆さんの姿。

 おいおい、やっぱり物騒だな東京は……って、私の地元も割と負けてないか。じゃあ、やることは一緒だ。周囲の安全確認よし。周りの人は立候補無し。よし、助けますか!

 そういうことで、私は原付の進路上、路地の真ん中に躍り出たのだ。原付がなんぼのもんじゃい。こちとらフルスロットルの 750ccバイクナナハン に突っ込まれても無傷で相手を返り討ちにできる女である。ちょろいちょろい。


「うおおっ!? どけどけどけガキィ!」


 最後のガキのひとことは要らなかったんじゃないかな。しかも進路に私がいてもスピード落とさんのかい!

 ひったくりとスピード違反と殺人未遂の悪行三昧、ついでに悪口でフォーカードだ。問答無用で正義執行!


「ぐぼぁっ!」


 避けると思ってアクセル全開で突っ込んできたのが運の尽き。接触の瞬間、私はフロントのボディーカウルへ駆け上がるように足をかけ、その勢いのまま男の頭をヘルメットごと蹴り飛ばした。

 男は吹っ飛んで原付から放り出されたけど、地面へ激突しないように襟首を捕まえて衝撃を逃してやる。コントロールを失った原付は横向きに倒れて路上を滑っていったけど、お店にぶつかること無く停止してくれた。あぶねえ、お店の被害まで考えてなかったぜぇ……。男の方も……うん、加減したから気絶しただけだね。


『すっげ……スタントかよ』

『運転手、大丈夫か?』

『あの女の子、顔の傷すご……』


 まずい。騒ぎで動けなくなる前にずらかろう。こんなしょーもないことで時間を取られたくないし。

 私は気絶してしまったひったくり犯を近くの人に預けると、蹴った拍子に飛んでいった帽子を素早く拾って被り、散らばってしまった鞄の中身を急いで回収する。

 ……おや? 見覚えのある封筒だな……んんん!?


「お嬢ちゃん!」


 ひったくりに遭ったお婆さんが血相を変えて駆け寄ってきた。


「大丈夫かい!? ごめんなさいね、あたしが大声あげたせいで危険な目に合わせてしまって……ああ、これだから東京は嫌いなんだよ」

「大丈夫ですよ。怪我してません。それより、早くここを離れましょう。お婆さんとは落ち着いた場所で話をしたいですし」

「落ち着いた場所?」

「例えば、こんなところなんかで」


 私はポケットから、お婆ちゃんが持っていたものと同じデザインの封筒を取り出した。

 それは我が友ルルから郵送してもらった、メイド喫茶『Victoria Spring』への招待状であった。



・・・・・

・・・



「知り合いに招待状を何通か送ったって言ってたけど、まさかその人に出会えるなんて思いませんでしたよ」

「………………」


 先程のひったくり現場から離れ、私はお婆さんとVictoria Springへの道のりを歩いていた。

 お婆さんに招待状を見せた直後、彼女はムスッとした表情をしたまま黙り込んでしまい、無言のまま店までの道を歩き始めてしまった。一緒に向かって大丈夫なのか聞いたけど、お婆ちゃんは困ったような表情を私に見せるだけで、離れろとも着いてこいとも言わない。私の顔面を怖がっている様子もないし、ひったくりにあったばかりで心配だから放っておけないし……どんな行動すれば正解なのかサッパリだぜ。

 とりあえず話しかけ続行。


「えーと……ルルとは――招待状の差出人とはどんな関係なんですか? 私は友人だからって貰ったんですけど……」

「……ゴキゲンな関係でないことは確かだね」

 

 あれれ、意外。思ったより険悪って感じだ。ルルは敵を作るような性格してないから、ルルに苦手意識を持っている人を見るのは新鮮。

 

「あの店で働いているメイド長があたしの娘なんだ」

「おお、素敵なレディーって感じのかたですよね。Yutubでお店のプロモーションビデオを見ましたよ」


 スタッフのメイドさんはだったけど、3人とも漫画の世界でしか見られないような方々だった。姿勢は綺麗だし、動作はキリっとした感じだし。お料理だって本格的で、雑誌やテレビで紹介されても全く違和感が無さそうなくらい美味しそうだった。『本物の給仕を見せる』っていう謳い文句が期待できる出来のプロモだったよ。

 

「じゃあ、ルルはメイド長さんの勇姿をお母さんへ見せるために招待状を送ったんですね」


 でもお婆ちゃんは結構イヤそうにしているぞ? ルルが人の嫌がることをするとは思えないけど。


「いや違うね。これはさ。あたしとあの女は約束をしているんだ。娘が恥だと思ったら連れ帰る。そうでないなら好きにさせる。審査の基準も定めていない、甘っちょろい勝負事の約束だよ」

「メイド長さん、連れ帰っちゃうんですか!? あんな素敵そうな人なのに!」

「あんた、自分の母親がメイド服を着ていたら、どう思う?」

「ごめんなさい。お気持ちがよく分かりました」

 

 お母さんは実年齢がかなり低いし若作りだから、案外受け入れちゃうかもだけど。

 お、案内の看板が見えたぞ。

 

「もうすぐですね。ご一緒しても大丈夫でした?」

「構わないけど、あんたを不愉快にすると思うし、あんたの友人をボロクソに貶しちまうかもしれないよ。あたしは自分が理性的とは思っていないからね」

「お婆ちゃんはルルを貶さないですよ。貶したいなら、もうとっくにやってます」

「若いくせに知ったような口を……」


 他人の気持ちを理解しないとやってられない世界にこれから足を踏み入れる予定ですから。アイドルVtuberっていう世界なんだけどね。

 さてさて、お店はどんな感じかな――って、行列けっこう出来てるな!? 外で並んでいるだけでも7・8組くらいかな?

 寒空の下に似つかわしくない浮かれた顔で列に並ぶお客さんの横を通り過ぎる。その途中で、『LUFA』という言葉が耳に入ってきた。はいはい、なるほどねー。


「オープン初日だからって、ここまで並ぶものなのかい? メイド喫茶なんだろう?」

「いやこれ、ルルのせいですね。おそるべし広告効果……」

「あの女か……確かに文句なしの外見ではあるがねぇ……動画には出演していなかったし、公式サイトのスタッフ名簿には載っていなかった。どういうことだい?」

「とある事がきっかけで噂が立っちゃいまして」


 私はスマホからYutabにアクセスして、とある動画を見せた。公式サイトにも載せられているプロモーションビデオではなく、動画再生前や再生中に流れるショートバージョンの広告動画のほうだ。そこには優雅な動作で一礼をするメイド服のルルの姿が映し出されていた。1秒にも満たないほどの出演だけど、ひとりだけ存在感の格が違う。

 私は声を小さくして話を続けた。


「雑誌のモデルやってるんですけど、掲載されてからバズってるんですよ。美人すぎる読者モデルがいるって。そのモデルがこの店で働いてるかもしれないと、広告を見た人が拡散しちゃったんですよ。

 ルル曰く、広告担当者の手違いだそうです。おかげで予約が殺到してお店の人が困ってたって言ってました。もう広告は削除されちゃいましたけど、録画が出回っちゃっていて取り返しがつかないんですって。表でメイドのスタッフをするのは断念したくらい注目されているみたいです」

「露骨な印象操作にも見えるがね。真実はどうであれ、まともな対応は期待できそうにないねぇ」


 お婆ちゃんの発言にどう切り返そうかと考えた、その時だった。


「お客様」


 不意に背後から声をかけられた。声のほうへ振り向くと、スカートの裾をつまんで一礼するメイドさんの姿があった。うおお、スカートの持ち方が本格的! 私と歳が変わらないくらいだってのに、なんちゅう優雅っぷり! この猫の肉球がついたエプロンは……確かリエさんだったっけ。可愛よーい!


「当館に御用でしょうか? 申し訳ございませんが、ご案内には今しばしのお時間いただきたく――」


 と言いかけて、私の顔を見てピタリと言葉を止めた。やべえ、顔を隠してなかった! 帽子ガード!


「……大変失礼しました。お嬢様、お耳を拝借いたします」


 リエさんは私の耳元まで顔を寄せた。度胸あるな、リエさん。そのままひそひそ声で話し出す。


(ルルの友達の、佐藤のり子ちゃんだよね? ルルから聞いてるよ)

(ルっ!?)

(しー。ルルはキッチンでスタッフやってる。でもルルのことはお客さんに内緒だから、お静かにお願いね)


 驚く私に、リエさんは唇に人差し指を当て、ウィンクを送ることで私を黙らせた。可愛うぇーい! リエさんグッズあったら買っちまうかもだぞ私!

 しかしリエさん、ルルに対しての印象がバカ高いなー。きっとリエさん以外のメイドさんとも仲良しなんだろうな。ジゴロちゃんめ。


「招待状をお持ちですね? お預かりします。隣の御婦人はご家族の方でしょうか?」

「いや違う。まあでも、一緒に入らせてもらうよ」


 私と一緒にお婆ちゃんは招待状をリエさんに差し出す。今度はリエさんが驚く番だった。同じ招待状を貰ったとはいえ、まさか赤の他人が一緒に店へ入るとは思うまい。

 しかしリエさんの動揺は一瞬だった。直後に冷静さを取り戻して、招待状を持って店内に入っていった。と思ったら、すぐに戻ってきた。きっと私達が来たことをメイド長たちに伝えたんだ。


「お名前を確認しました。こちらの招待状はお客様がお持ちください。今からご案内します」

「今から? いいんですか?」

「お嬢様がたは特別なお客様ですから、いつでも歓待できるように席をご用意しております」


 VIPってやつだね! うはー、金持ちになったみたいで興奮するぜー!

 ……あれ? リエさん、心なしか表情が固いぞ。


「楽しみにさせてもらうよ」

「ご期待に添えるよう、精進いたします」


 あ、そうか。身内であるメイド長にとっては認定試験みたいなもんだもんね。

 寒そうにしているお客さんに申し訳ないと想いつつ、リエさんに連れられて店の中へ。入り口から入ると、中では2人のメイドさんが並んで整列していた。残りのスタッフであるミホさんと、もちろんメイド長の静江さんだ。その列にリエさんも加わる。


『ようこそ、異邦人エトランゼの皆様』


 一糸乱れぬ動きで私達に頭を下げるメイドさんたち。

 そんなメイドさん達の様子を、お婆ちゃんは物申したそうな表情で見つめていた。



 

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