幕間2ー9話 彼女は俺たちのインフルエンサー


―― メイドカフェ『Victoria Spring』オーナー 白石シライシ ――


 季節は師走の半ば。ルルさんが我が店にやってきてからひと月――つまり俺たちの再スタートが近づいていた。期間をたっぷり用意したお陰で準備は滞り無く進んでいる。店のコンセプトに合わせた内観の改装、食器類やメニューの選定。そのメニューに合わせた材料仕入先との契約や、宣伝用PVプロモーションビデオの撮影などなど……やるべきことはどれも大変だったけれど、どれも楽しんで取り掛かれていたと思う。

 現在の状況は、編集を担当した灯さんから撮影したPVが完成したと連絡を貰ったので、そのデータを受け取りに行った帰りだ。ネットワーク技術が普及した現代ならばデータの受け取りはオンラインで済ませるべきなのだが、今回は灯さんから直接話がしたいと誘われて向かった次第である。

 その結果は――。


「はぁ……気が重い……」

 

 すっかり通い慣れて普段の足取りも軽くなったばかりなのに、特大の悲報を抱えていれば憂鬱にもなるというものだ。

 店に近づく。窓ガラスだけ真新しい点を除けば以前と変わらない外観だ。

 

「お。看板、届いたんだ」


 汚れひとつ無い、店名の印刷された看板が店の入口にかけられていた。新しい店の名は、俺たちのメイドカフェ『びくとりあん』と、静江さんの喫茶店『春の泉』をかけあわせた『Victoria Spring』に満場一致で決まった。

 入店する。店内は全面的にリフォームされ、クラシックスタイルなメイド服もしっかりと馴染むよう、中世ヨーロッパのテイストを取り揃えた内装へ変化させている。俺の資金力じゃ足りなかったから、進さんのコネと資金力でどうにか工面した次第である。進さんにはずいぶんお金を使わせちゃったから、ちゃんと恩返ししなくちゃだよなあ。

 そんな店内では、ドアベルが鳴り響く前から既に二人のメイドが店内で待機していた。


『お帰りなさいませ、旦那様』

「ただいま。静江さん、ルルさん」

 

 流石はメイド長たちだ。静江さんは俺の帰還の時間を予測して待機していたのだろう。ルルさんはプラス俺の気配でも察知していたに違いない。ルルさんはともかく、静江さんもどんどん貫禄が出てくるなあ。

 荷物を預かったルルさんは俺の顔を見るなり、浮かべていた笑顔を消し去った。やっぱりルルさんに隠し事はできないな。

 

「どうした。浮かない顔だな」

「分かる?」

「君との付き合いも一ヶ月だぞ。気づかない道理がないさ」

「叶わないなぁ……ミホさんとリエちゃんを呼んできて。大事な話があるんだ」

 

 

 


「はあぁああ!? ルルを接客に使わないだってぇ!? 寝言は寝て言えよ、てんちょー!」


 胸ぐらを掴むが如くの勢いでリエちゃんに詰め寄られる。髪からピンク色が抜けてヤンキーっぽさはかなり薄れたけど、怖いものは怖いな。


「俺だって寝言にしたいけど、そうもいかないんだ。PVもルルさんがいないパターンを採用する」

「あんなに頑張って撮影したのに!? ルルもウキウキで撮ったのに!?」

「落ち着いて。キッチンではしっかり頑張ってもらうつもりだよ」

「ルルのデビューしたファッション雑誌がネットニュースに載るくらい注目されてバズって、これからどんどん有名になってくって時に、どうしてそんな判断が出来るんだよ!」

。ルルさんはこの小さなフィールドに押し留めておくには、あまりにも存在が大きすぎるんだ」

「ルルは納得してるの!?」

「ああ、している。寧ろ最善手だよ。俺だったら間違いなくシライシと同じ判断をする」


 ルルさんは驚いた様子を見せなかった。たぶん前々から今の事態を予測していたんだろうな。

 持ち込んだノートパソコンを操作し、とあるサイトを皆に見せる。

 

「フリマサイトやネットオークションで、ルルさんが掲載された雑誌の初版にプレミア価格がついたよ。女性用ファッション雑誌には考えられないほどの高額設定だ。きっと発行部数が少なかったんだろうね」

「一冊5000円――うわ、この人8000で設定してる!?」

「強気すぎんだろ……それでも入札はいってるし」

「先行投資だよ。このままモデルを続ければ間違いなくもっとバズるからね。だってルルさんがデビューした本だもの。ということで、ルルさんから貰った雑誌は回収させてもらう。本当にごめん」


 マガジンラックへ皆の視線が一斉に移った。無防備に設置していたら盗難まったなしだからね。火種は封じるしかない。

 

「流行の最先端にまで駆け上がりかねないルルさんが我が店で働いている。であればルルさん目当てでウチにやってくる……ここまではいいよ。黒字売上だって約束できるさ。

 でもそうなれば、ルルさんが居なくなった後の影響は計り知れない。『Victoria Spring』に未来は無いよ」

「それと俺には過度な露出を避けたい理由があるんだ。特に声はなるべく聞かれたくない。

 シライシ。PVを受け取りに灯の会社へ直接寄ったんだろ。だったら俺の話を聞いているはずだし、皆にも共有する許可も出ているな?」

「さすがルルさん、灯さんを分かってる。今回の決定は俺の独断じゃない。灯さんの意志でもある」

「どうせ、気まずくて俺に直接伝えたくないから、シライシに伝言役を頼んだろうと思ってな。まったく。いい年になっても子供なんだから」


 データをノートパソコンに移し、中のデータを表示する。画面に表示されたのは撮影したPVではなく、とあるキャラクターの三面図だ。


「アニメのキャラかしら?」

「美人キャラだね。ルルそっくり」

「エロゲーに出てきそう。でもどっかで見た絵柄だな……あ。あああっ!」


 ジルフォリア戦記を履修済みのミホさんは感づいたようだ。


「観照退!? センセェの原画!?」

「灯さんはVtuberの芸能事務所の会社社長なんだ。このキャラはアバターの設定画。まだ企画段階だから世には出ていないものだよ」

「ルルちゃん……もしかして、これの中の人!?」

「ご明察だ。アイドルVtuber『ルルーナ・フォーチュン』。デビューは年明け間もなくを予定している」

「アイドルVtuberということは、GーStateと同じような事務所かしら?」


 この手の路線に一番疎そうな静江さんから大手事務所の名前が飛び出したので、嬉しそうな顔をしたルルさん以外は皆ぎょっとした。

 

「同系統の路線だな。しかし、シズエもイケるクチか」

「好きになったのは最近の話ですけどね」

「推しは?」

「GS3期生、ニンジャガンマンの『猿投さなげリンリン』ちゃん」

「……スコッチを一杯、奢りたい気分だよ。機会があれば彼女のソロライブを一緒に視聴したいものだな」


 モニターの前でペンライトを掲げるルルさんと静江さんが想像できるな。

 

「GSを知っているのならば、俺と灯の事情は汲んでくれるな?」

「ええ。ますますルルちゃんを表に立たせるのは難しいわね」

「確かVtuberって顔バレ厳禁だっけ。でもルルなら顔出ししたほうが絶対売れると思うんだけど」

「言うてルルちゃん、転生者だからね。下手に露出して足が付いたら東京どころかこの世界に住めなくなるよ」

「喋りまで解禁しちまうと影響力がデカくなることは流石に予想しているぞ。事務所的にモデルはギリギリの許容範囲ってところだな」

「あー、そっか。それに考えてみれば、美人すぎるから厄介ファンがいっぱい出るかもだね。

 でも、ルルの接客抜きでお客さん来るのかな? リエたちだけのPVで客が来るイメージ湧かねーんですけど」


 リエちゃんのひとことで場が沈んだ。俺やミホさんも同じ不安を抱えている。本格派とは豪語しているものの、俺たちの路線は珍しいものでもない。

 

「皆さん。顔を上げましょう」


 そんな俺達に対し、ルルさん――ではなく、静江さんは凛とした声と表情で断言した。


「臆することはありません。私たちはルルちゃんの教えを頂いた『Victoria Spring』のメイドなのです。

 たとえ少数でも。たとえどんなお客様がいらっしゃっても。我々は一流のおもてなしをするだけです。お客様へ真摯に奉仕することができれば必ず評判は広がるでしょう」

「……静江サンの言う通りだな。あたしらルルちゃんのシゴキに耐えきったんだ。格の違いを見せてやろうじゃないの」

「そうだね。ミホ姉の言うとおりだ。自画自賛になるけどさ、本当にリエたち頑張ったよね」


 リエちゃんとミホさんが遠い目をする。ルルさんの指導はスパルタだったから気持ちは分かるぞ。俺や静江さんだってしごかれたんだからね。


「んム。自信を持てメイド諸君。君たちは既に一流のメイドを名乗っても遜色そんしょくなしだ。指導の結果を普段の給仕で発揮できれば必ず名は轟く」


 ルルさんの言葉で皆の目に光が灯る。彼女が太鼓判を押すのだから、実務に関してもう心配いらないだろう。数日後のリオープンに向けて、俺たちは俺たちのベストを尽くすまでだ。


「さあ。気合も入ったところでPVの確認をしようか。問題なければこのまま公式チャンネルとTwisterに投稿するからね」

「リエたちもYuTubデビューか。ルルには悪いけど、私達がアイドルになったみたいで新鮮だよ」

「先行して向こうの事務所で見たけど、かなりの完成度だから楽しみにしていて。

 それと、灯社長に頼んでショートバージョンを広告に載せていただけるよう依頼しているんだ。リエちゃんが思っているよりも目を通してもらえると思うよ」



・・・・・

・・・



 多くの人の目に留まってほしい。確かにそう願いながら俺たちはPVを投稿した。そして、この戦略は大きな成功を遂げることとなる。

 

「は?」

 

 ただ、成功しすぎるとは思わなかった。

 

 

メイド喫茶「Victoria Spring」公式

【公式】ようこそ、異邦人(エトランゼ)の皆様。【紹介動画】

5.6万回視聴 チャンネル登録者数 3024人



「5万再生ィ!? なんだよこれ!? 一昨日くらいまでギリギリ4桁再生だったでしょ!?」


 出勤前の朝、ミホさんから「予約の電話が多すぎて対応しきれんから何とかしろ!」とまさかの身内クレームを貰い、何事かと我が家で原因調査をしたらこの有様である。

 この手の動画は何年もかけてようやく5桁再生に届くかどうかが一般的である。あまりにも異常な再生数だ。こういう非現実な現象はだいたいルルさんが関わっている。実際、投稿した動画のコメントには『LUFA』の文字がいくつも見受けられた。そう確信して彼女へ緊急コールすると、思いがけない返事がやってきた。


『シライシの言う通り、俺が再生数増加に繋がっているようだな。話題のモデルが『Victoria Spring』で働いているかもしれないとね』

「PVにはルルさん映してなかったよね!? どこで足が付いたのさ!?」

『君は灯に動画広告を依頼したよな? そいつは悪手だったよ。今回の騒動、直接的な原因は灯の奴だ。

 広告用のショートバージョンなんだが……あいつ、俺をカットしなかったバージョンを審査に出しちまったんだ。今は広告を停止しているとはいえ、もう魚拓は流出しちまっているから後の祭りだな』


 ルルさんの言葉を聞いて、ノートパソコンでLUFAのキーワードを検索する。そして検索結果に引っかかった動画を再生する。

 1秒にも満たない時間だったけど、スカートの裾を持ち上げて優雅にお辞儀するルルさんの姿が画面いっぱいに映り込んでいた。

 


 

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