幕間2ー2話 オラこんな職場イヤだ


―― メイドカフェ『びくとりあん』オーナー兼キッチン担当 白石シライシ ――


 会社の面接と違い、パートやアルバイトの場合、面談の趣旨はあくまで相手の人間性を測るための場なのだ――そう俺は考えている。職務に必要な情報は履歴書に書いてもらえればいい。そんな雇い手側の心理を知っているのか分からないけど、ルルさんが駅から離れてすぐのタイミングで履歴書を取り出して俺に渡してきた。本当に歩きながら面接を受ける気だよこの人。往来の人の十割がルルさん見たさに振り向いてるけど大丈夫? と聞いたら、澄んだ瞳でこう返された。


「早くメイドの仕事に就きたいだけだよ」


 美人で純粋て。無敵かよ。

 で。その履歴書なんだけど。学歴と資格が真っ白けで、志望動機はびっしりと書かれている。資格はともかく、学歴が無いってことは密入国者か?


「いやいやそんな物騒なものでもない。記憶喪失で書けないだけだ」


 理由を聞いたら斜め上の回答を頂いた。漫画や小説かよ。

 いかん。なかなか理解が追いつかなくてツッコミもワンパターンになってしまっている。


「でもメイドには詳しそうだね」

「昔から身近で見てきた」

「はあ」

「記憶喪失にもいくつか形がある。胡散臭いと思っているだろうが、そういうことにしておいてくれ」


 ここは要望通り、そういうことにしておく。訳アリ女子を雇うのは今に始まったことじゃないし。

 とはいえビジュアルは最高峰待ったなしだ。外見通りの働きぶりを見せてくれるのなら赤字回復の目処が立つかもしれない。起死回生の神風になってくれれば最高なんだけど。

 

「それで、俺は君の職場で働けそうかい?」

「うん。大丈夫。服はその自前のものを着てくれればいいよ」


 ウチは指定の制服を一応用意しているけど、各々が改造や持ち込みをしているため統一はしていない。メイド服を着てきたのは予想外とはいえ、こちらで制服を仕入れる手間が省けて実は嬉しかったりする。ルルさんのスタイルだとウチ指定のミニスカメイド服よりもロングスカートのクラシカルスタイルのほうが似合うだろうし。


「制服も持ち込んでもらえたし、さっそく今日から――」


 制服のワードが出たので、改めて彼女のメイド服に視線を移し、俺は思わず言葉を失った。だって、よく見たら作り込み凄いんだもの。エプロンは比較的安い生地だけど、その下は違う。ウチの制服よりずっと上等そうな代物だ。装飾用のボタン飾りやレースの刺繍も本格的で制服として採用するのはもったいない。とても一朝一夕で仕立てられるような代物じゃないぞ!?


「その服、レンタル? ものすごく高価そうだけど」

「いや。俺の手作りだ」

「ハンドメイド!? これが!?」

「知り合いの専門店に頼みこんで、設備を丸々二日間も間借りして製作した渾身の一着でな。その店長も採算度外視で素材を提供してくれたんだ」

「このクオリティをたった二日で仕上げたの!? ルルさんが!?」


 ルルさんのメイド愛が予想以上に深い件。その店長さんも思い切ってるなー。ちょっと会ってみたい。

 いやそれにしても……圧倒されるな。


「ふふ。君にはこの服の良さが分かるようだな。魅了されとるのが分かるぞ。作者冥利に尽きるよ」

「ちょっと触っていい?」

「どうぞ」


 艶のある生地に包まれた腕を触る。これ、サテン生地か? ウェディングドレスにも使えるくらいの高級品だぞ!? うわ、カフスボタンの彫り、細かっ!? このボタンだけでウチの制服3着くらい買えるんじゃないか!? この一着だけでこだわりが分かる。どうしよう、手汗かいてきたかもしれない。こんな高級品を作業着にするつもりなのか、この人は!?

 

「夢中になっているところ悪い、シライシ」

「ん?」

「俺の記憶が確かなら、もうそろそろ君の店じゃないか?」

「おっと。そうだね。もう看板も見えてるね」

「おお、あそこが『びくとりあん』か…………」


 ルルさんは笑顔のまま周囲をぐるりと見渡した。何か気の利いた感想を言いたいんだろうな。無理しなくていいよ、うん。

 

「……趣があるな!」

「ありがとう、がんばって褒めてくれて」

 

 ルルさんが言いよどむのも無理はない。だって、表通りから離れた路地裏にひっそりと構える店舗なんだもの。せっかく繁盛している商店街に入れたのに立地が悪い。隠れ家的な店舗を目指したにしても目立たなすぎだ。自慢できるポイントといえば、区画を2つぶん借りているので個人経営にしてはスペースが広めだと言えるくらいか。

 それでもルルさんは待ちきれないとばかりに早歩きとなった。よくそんなに浮足立てるなあ……って。

 

「では早速拝見だ」

「あ、ちょっと!」

 

 静止する間もなく店の正面から入店してしまった。しまった。裏口から入ってもらおうと思ったんだけど一足遅かった。もう開店時間は過ぎているから、お客さんと間違われてしまうな。


『お帰りなさいませ、お嬢様!』

「む?」

「あれ?」

「んん?」


 ルルさんに続いて入店すると、ふたりのスタッフが俺たちを出迎えていた。ひとりは短めサイドポニーの髪をピンクに染め、髪色と同じようなミニスカメイド服を着た女子高生くらいの女の子『リエ』ちゃん。もうひとりは、肩まで伸びたウェーブ髪と泣きホクロがチャームポイントとなる、セクシーさが売りのフレンチメイドスタイルの女性『ミホ』さん。

 ルルさん、リエちゃん、ミホさん。三者が三者とも相手の姿を見て驚いていた。

 あれ。事情を詳しく知らないリエちゃんとミホちゃんはともかく、なんでルルさんが驚いているんだろう?


「おはようリエちゃんミホちゃん。この人は客じゃないよ。今日からこの店で働いてもらうルルさん」

「は? 新人? リエ聞いてないんですけど」


 先ほどの元気な挨拶から一転。ピンク色のメイド服からは似合わない、ドスの効いた低い声が放たれる。正直、怖い。

 

「本当は店に来てもらってから面接しようと思ったんだけど、偶然一緒になっちゃって。その場で面接を済ませてしまったんだ。だから連絡するタイミングが無かった」

「リエとミホ姉だけじゃ不満だってのかよ。なに勝手に話を進めてんだよ、オイ」

「いやいや、オーナーだから人事はやるよ。それに前々から新人を迎えるって伝えてたよね。二人だけじゃたまに人手が足りない時もあったし、新しい子も迎えたほうがお客さんにも刺激になるでしょ」

「リエは反対してただろーが。客を集めてから言えってんだ」


 まずい。リエちゃん、物凄い不機嫌だ。仕事もできるし、お客さんからの評判も上々だけど、身内には気が強くてプライドの高いところがマイナスポイントな子である。あいたた、スネを蹴らないでほしい。


「リエ。パンツ見えるから蹴るの止めろし。お前のパンツを童貞へ見せるにはもったいない」


 一方のミホさんは不機嫌でもない。しかし自分の仕事が増えると嘆いている表情だ。


「使える子なら歓迎するけど、とりあえず白石クンは新人ちゃんを正面から入れちゃ駄目っしょ。お客さんと間違えちゃったじゃん」

「ごめん、止めようと思ったら遅かった。気をつけるよ」

「君の気をつけるは信用できん」

「あはは……」

 

 俺へのモラハラさえ無ければ最高級のスタッフなのに。二人とも凄く仕事ができるし、お客さんの受けもいいし。我慢がまん……!

 

「えーと、ルルさん。こちら君と同じホールスタッフのリエちゃんとミホさん。ご挨拶、お願いできる?」

「………………」


 あれ? ルルさん、ふたりを凝視して黙りこくっているんだけど? ていうか、なんか寒くないか? 暖房、効いてるよな?


「なに睨んでんだよ新人。先輩にする挨拶もねーのか」

「……大変申し訳ない。少々、貴女がたに見とれていた」

「あー?」

「はじめまして先輩がた。このたび貴女の元で働かせていただく、ルルーファ・ルーファだ。今日からご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いする」


 スカートの両裾を持ち上げて優雅な動きで頭を下げるルルさん。その瞬間、リエちゃんは思いっきり顔をしかめてルルさんを睨み、ミホさんは思い切り面倒くさそうな顔をした。今の一瞬で理解したぞ。リエちゃんとルルさん、もの凄く相性が悪そうだ。ミホさんはクールな見た目からは想像できないほどの世話焼きだけど、面倒くささを隠すタイプではない。

 リエちゃんは舌打ちの直後、ルルさんに詰め寄った。


「敬語」

「?」

「リエのほうが先輩なんだから敬語使ってよね。礼儀がなっちゃいないわ。馴れ馴れしい」

「おお、それはすまない……じゃなかった、すみません」

「さっさと荷物を置いてこい新人。てんちょーは案内したら新人を下に降ろして。一緒に接客しながら仕事教えるから」

「分かったよ。ルルさん行こうか。2階がスタッフルームになるから着いてきて」


 ルルさんはふたりにペコリと一礼して俺の後ろに付いた。リエちゃんの露骨な舌打ちが聞こえてくるけど無視をするふりをする。

 あー前途多難。接客中もギスった職場なんて勘弁だぞ。せめて客の居ない間だけにしてくれよ。

 しかしルルさんも、リエちゃんとミホさんを一目見てから様子がおかしい。今まで上機嫌に笑顔を振りまいていたのに、今では無表情に近い。

 

「ごめんルルさん、気を悪くしないで。リエちゃんは気難しいけど、ちゃんと良い子だから」

「シライシ。令和のメイドは皆あのように露出の高い格好なのか?」

「え? えーと……みんな大体あんな感じだよ。ウチは自主性を尊重してるから、ちょっと過激に感じるかもだね」


 リエちゃんの高圧的な態度じゃなくて、メイド服に対する質問が飛んだので不意を突かれてしまった。

 二人の衣装をおさらいしよう。

 リエちゃんの服は所謂ミニスカメイドというカテゴリになる。ルルさんの言う通り、太ももや二の腕がむき出しとなっており、キュートなフェチズムを刺激するつくりを意識したスタイルである。一般的な黒でなくピンクを基調としており、ところどころに猫の意匠をあしらった、女の子らしさがより際立つ逸品となっている。

 ミホさんの服はミニスカメイドの源流とも言えるフレンチメイドスタイルだ。同じく太ももや二の腕がむき出しになっているのだが、胴部分はボディーラインを強調するコルセットスタイルになっており、腿にはガーターベルトが見えている。露出の高いミニスカメイドをより性的な指向に尖らせたデザインだ。

 二人共ルルさんには負けるけど、彼女の服もそれなりに値が張っている。ちなみに俺の指定ではなく、先輩の指定をそのままふたりが気に入っているだけなので、決して俺の趣味ではないと申し開きしておこう。そもそもどちらかと言えば俺は――。


「どうした? 考え込んでいるようだが」

「ごめん、大丈夫。ルルさんはその持ち込みの服で大丈夫だからね。さっき言ったけど、あくまで自主性を尊重する。ウチはロングスカートのメイドが居ないから助かるよ」

「ではもうひとつ聞こう。君は主人ではないのか? 随分と無礼な態度じゃないか」

「俺が未熟だからね。あはは……」


 ルルさんは目を閉じて、大きく深呼吸した。


「大丈夫?」

「いやすまない。少し考え事をしていたんだ。そうか、令和のメイドを俺はまだ知らないんだった。この機会に学ばせてもらうよ」


 ようやくルルさんの顔に笑顔が戻った。しかし、その笑顔の中に期待の色はない。何かを必死に堪えている目である。二人とも人気を維持しようと必死だし、当たりも強いから、ルルさんが心を病まないか心配だ。

 こんなギスった職場で大丈夫か? 今日を乗り切れるのか、俺?


 

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