68話 リーサス
―― 生井命 ――
銀星団諜報活動隊精鋭――通称「
ジルフォリア戦記においては三人の主人公のうち、一角を担っている。同じく主人公の『アンゼム』『バジカミ』とは同期の間柄で、三人がまだジルフォリアお抱えの騎士団ではなく、傭兵部隊だった頃の銀星団へ入団するところから物語は始まる。
リーサスは眉目秀麗の言葉が似合う、所謂「インテリのイケメン眼鏡」枠となっている。常に戦況を見渡し、冷静な分析で部隊を補佐する切れ者だ。耽美な風貌に違わないクールを極めた言動で多くの読者(主に女性)を魅了している。
もう一つ、彼の人気たる所以がある。悪戯好きかつ腹黒な普段の言動と、芯に持つ正義感とのギャップだ。
正義漢なアンゼムの前でゴロツキに対して違法スレスレの賄賂を要求したり、女嫌いなバジカミに女をけしかけてニヤついたり、あくどい商売で金稼ぎをしている商人に対して無一文になるまで財産をむしり取って自分のポケットマネーにしたりと、けっこうなトラブルメイカーで、ちょいワルなダークヒーローなポジションだ。読者の間では「クソガキがたまたまイケメンだった」と評価されている。
しかし、どちらかといえば思想そのものは正義寄りだ。正義を成すためには手段を選ばないという側面が強い。人質を取られたにも関わらず攻め入ろうとした味方の正規軍へ被害を出さない程度の罠を仕掛けて足止めし、人質を救い出して手柄と名誉の両方を総ナメにするエピソードは最も有名なリーサスの名場面となっている。
「キィちゃん、あいつのファンなのかー。そうかー……あいつ女にモテたし、実際のところ女性人気すげえし、納得といえば納得か」
「リーサスがいなかったらジルフォリア戦記を読んでいないですね。俗物と言われようとも最推しです。
でも、漫画通りの性格と行動をしているんだったら、なんとなく進さんが憂鬱になる気持ちも分かります。直属の部下だったんですよね」
「あいつがやらかした事件の始末書を毎日のように書いていたよ。それでいて結果は誰よりも残すから手放すこともできなくてな」
「仕事が出来る問題児ですか」
「ほんとそれ。汚職のプロよ」
もしかして進さんの前世――チェイスが禿げていた原因って、リーサスなんじゃ……でも推しだから全部許すけど。
「着いたぞ」
ルルーファさんが声を上げる。雑居ビルが立ち並ぶ歓楽街の一角、地下へ続く階段の下には扉が見える。その扉には『本日貸切』のプレートがかけてある。控えめな電飾に手書きの黒板。YaーTaプロのスタッフを勤めているとはいえ、学生の身分である私には無縁そうなお店だ。ルルーファさんも見慣れないのか、ぼんやりとした目つきでお店の外観を眺めている。
「ところでルルーファさん、進さん。感動の再会ですけど、本当にお邪魔していいんですよね?」
「ああ、問題ない。進の漫画を読んでくれている君へのファンサービスとでも思っておいてくれ。
むしろ直接の関係者じゃないぶん、肩身の狭い思いをさせてしまうかもしれないね。その場合は、申し訳ないが静観で居てくれるとありがたい」
「分かりました。あの、ルルーファさんにお願いがあるんですけど」
「うん?」
「私が気持ち悪いことやり始めたら、殴って気絶させてでも止めてください」
ルルーファさんと進さんはお互いに顔を見合って目をパチパチさせた。うん、自分が珍妙不可思議なことを言ってるのは理解してるよ。だって、相手はきっとアイドル業なんてしていないだろうし。ファンが限界化してデュフヌカコポォなんて言ってる場面を見られたら軽蔑されるに決まって――いや、リーサスに蔑まれて罵倒されるならアリか? うう、甲乙つけがたいぞ。
「ふふ。灯の奴がキィを採用した理由が少し分かってきた。俺は止めたくないな。その個性はきっと面白いぞ。
さあ。キィ、進。二人とも切り替えていこう。リーサスが待っている」
いよいよだ。YaーTaプロへ提出するプロモーションビデオを撮ったときよりも緊張しているぞ。いよいよリーサスに会える。やばい、生唾とまんねえ!
扉を開けると、心地よい暖房の風が飛び出してきた。店内はランプ風の電装でぼんやり照らされていて薄暗い。『大人』が通う隠れた名店という表現の相応しい、広さ数坪ほどの落ち着いた雰囲気のバーだ。
「時間丁度ですか。かつての我々の世界には時刻という概念が存在しなかったので、少々心配しましたが」
思わず体と心臓がビクついた。だって漫画を読みながらイメージした声と瓜二つだったのだから。
部屋の中央に位置する、6人がけテーブルに彼は座っていた。年齢は30代中盤ほどの長身痩躯。ツーブロックに刈り上げられた清潔感のある髪。知性を感じさせるメタルフレームの
「久しぶりだな、リーサス――いや。
「面倒なので、はじめましてにしましょう。姿と声は違えど、また貴方と再会できて光栄です、団長」
リーサスさんは柔らかく微笑んだ。眉目秀麗という言葉が似合うその顔立ちで微笑まれ、私はしっかりと見入ってしまった。
しかし女性を虜にする魔性の体をもってしても、その上を行くのがルルーファさんの美貌だ。ルルーファさんは変装を解き、女神と評される容姿をさらけ出す。店内の誰もが思わず息を呑んだ。ルルーファさんを呼びつけたリーサスさんですらも。
「改めて今の団長と対面すると、やはり心が落ち着きませんね。レディーに対しては迷いなくエスコートをする性分ですけど、今の貴方だけは例外です」
「むはは。生憎だが、今のお前には、まだ俺のコートを預けられねえな」
そう言って、ルルーファさんは着ていたコートを私に預けた。
え、いやあの!? そういうキラーパスはいらないですよ!? う、うわあああ!? 心臓が痛い! 声優の握手会ですらここまで緊張しなかったぞ!?
「紹介するよ。彼女は生井命。通称キィちゃん。俺が勤めている会社のスタッフ。主に機材担当をしている」
「ひゃっ、ひゃじっ――ひゃじめましっ」
舌が――呂律が回らない! 恥ずかしさで窒息死しそう! ルルーファさん助けて! 呼吸させてお願い! しんどい! マジもう無理!
いいかい諸君。眼の前で妄想が具現化しているんだ。重要な事だからもう一度だけ言うぞ。
「……あの。この方、もしかして」
「俺たちの正体を知っているから着いてくることを許可した。そして君は女性人気がすこぶる高い。ここまで言えば十分だよな。察してやれ」
「僕は俳優やアイドルじゃなくて、ただの警察官なんですけどね。こういう反応は今も昔も見られなかったので、ちょっと手に余ります」
「
ごめんなさい! 見苦しい女でごめんなさい!
「ハァ……」
うぎゃああ!? 駄目だ、リーサスさんのため息を聞いて「ありがとうございます!」って思ってしまった! もう駄目だ、半端者とはいえ社会人――というか文化の中で生きる人間としてあっちゃならない感情だよ!?
もう駄目だ、直視できない! もう私は何も見ないぞ! 目を閉じて生きる屍になってやるんだ。
「人を許可なく漫画に出すからややこしいことになるんです。肖像権の侵害ですよ、隊長。使用料金を徴収したい気分ですね」
「その前にてめえは、おシャカにした俺の服代を寄越しやがれ」
「儲かってるんでしょ。それくらい目を瞑ってくださいよ。お詫びに今日は奢ってあげますから。
しかし、まさか隊長。貴方がこの場で最大の癒やしになるとは思いませんでしたよ。生前とそっくりじゃないですか。毛根の虚無具合が取り柄だった貴方の頭に大草原が広がっている……そのことだけが遺憾ですが」
「てめえも団長ぐらい可愛げのある女に生まれ変わったら、このムカつきも少しは収まっただろうな」
「うわ、性転換がご趣味ですか……共感しかねます」
「ンなわけねえだろうが。俺は死んだ後も妻一筋だよ」
進さんはリーサスさんの向かい側、その壁側の席に着き、そしてお互いにボソリとひと言。
「腕、落ちたな」
「お互い様でしょ」
アーだめだ。この人たちの会話、刺さる。てぇてぇの応酬じゃないの。逃げ場無いわー。天国が極まりすぎて地獄と化してるわ。
続いてルルーファさんが進さんの隣に着席し、続く形で私が座る。もう座るだけでクタクタだ。
「困りましたね。生井命さん――彼女に関しては、いずれ個別で事情聴取をするつもりだったのですが……この調子では難しいですね」
うひぃーっ! フルネームで呼ばれちゃったよ――ん?
「リーサスさんが私に? 個別で事情聴取?」
「比喩表現ではなく言葉通りです。心当たりがあると思いますが、YaーTaプロダクションが入居しているビル設備――その器物損壊の件です。キュービクルのフタを壊しましたよね、生井命さん」
沸騰していた心の中が一気に冷え固まった。その件、ルルーファさんと、彼女から話を聞いた進さんしか知らないはず!
「ご安心ください。立件はしません。ひと月も前の出来事ですからね。今さら蒸し返したところで我々の仕事を増やすだけです。少々悶着がありましたが、設備の修理費を僕のほうで立て替えて事なきを得ました。その示談で丸く収まっておりますので、貴女は引き続き務めを果たしてください」
「と、とんだご迷惑をおかけしました!」
「いえいえ。大事に至らなくて何よりです。話を聞きたいのは、単なる興味本位ですから」
「ケッ。俺たちのことは何もかも調査済みってコトだな。警察らしいこった。ま、こっちの状況を話す手間が省けて楽だがね」
「何もかもを把握してはいませんよ……煙草を吸っても大丈夫ですか?」
私達はお互いの顔を見合わせて頷きあった。私は吸わないけど煙は大丈夫だし、アイドルのルルーファさんが許可するなら問題ない。むしろリーサスの喫煙シーンが拝めるならウェルカム。原作の世界に煙草が無いからね!
リーサスさんはマッチで自前の煙草に火を着けた。いやー、昔からリーサスの喫煙シーンはファンの間で妄想されてたけど、マッチってところも解釈一致すぎる。無意識のファンサに感謝。
「また妙な圧力を感じますが……まあいいでしょう。ありがとうございます」
「だが建物内での喫煙は条例違反ではないのか?」
「今日は僕と貴方たちしか店にはいない。完全貸切なのです。お気になさらず。料理は出せませんが、ワインとウィスキーと水ならいくらでも飲んでください」
リーサスさんは私達の前に1枚の名刺を差し出した。
「組織犯罪対策部暴力団対策課、
「慧悟だな。了解」
「マル暴かよ。うはは、てめえらしい」
「現場にはあまり出向かないタイプ、とだけ言っておきますよ」
リーサス――じゃない、後江さんの年齢で警視正ってことは、いわゆる『キャリア組』ってやつだね。難しい国家公務員試験に合格して警察へ組織入りしたエリートだ。
「では話を進めていきましょう。
隊長。今の貴方はこう考えていませんか。どうして今まで連絡を取らなかったのか、と」
「だな。もう連載は10年超だ。今更あんな凝った呼び出し方をした理由は今でも分からん」
「演出はただの趣味と、ちょっとした実益です。あの署と署長は曲者でして。あの署は設備のいたるところが古いくせに、経費削減の一貫でセキュリティの更新をサボっていたんですよ。虚偽の申請まで出して、です。だからちょっと署長にお灸をすえてやったのです。ついでにあの趣味の悪い客間も一新できて一石二鳥でしょう。他にも目的はありますが、追い追いお話します」
「因果応報とはいえ、あの署長も災難だ」
「僕以外の関係者が蒸し返しても引き続きお口チャックでお願いしますね。
ですが、接触のタイミングに関しては話が別です。これでも急いだ方なんですよ」
「どういうことでい警視正サン?」
「接触できなかった――いや、しようと思わなかったんですよ。なぜなら、つい最近まで、僕はリーサスという存在に一切の関与が無かったので。
僕が
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