67話 出血サービス入ります


―― 生井命 ――


 ルルーファさんが感謝状を貰うというので警察署に同行したら、署内で謎の男に襲撃された件。声に出して読みたくない日本語だ。

 控室の入り口には、フード付きの黒いランニングウェアですっぽりと全身を覆い、目の見えない遮光ゴーグルを装着した人物が立っていた。身長は190センチにまで届きそうな、長身痩躯という言葉が似合う男だった。そして両手に刃渡り20センチはあろうかという飛び出しダガーナイフを逆手に持ち、威風堂々とした佇まいでこちらを見下ろしている。

 ぼやっとしていた私に対して、ルルーファさんの反応は見事なものだ。


「進! 応戦レートゥ! 不殺ノッチォ!」

了解アイ・ヨゥ! 団長! キィちゃん守護コミッタ!」

了解アイ・ヨゥ!」

 

 の号令と共に進さんも即座に臨戦態勢となった。怖っ! でもルルーファさんが守ってくれているからだろうか、銀星団の戦いが見られるかもって思うと、めっちゃ興奮する! 進さんが漫画の登場人物だったら最高だったのに! 不謹慎でごめんなさい!

 襲撃者は2本のナイフを器用に振るうも、進さんは全ての斬撃を華麗に捌いていく。進さんもまたボクサーのジャブめいたコンビネーションパンチを放つも、相手は軽々と避けていく。お相手さん残像出てない!?

 

「進さん、何か武器持たないと! 魂器アルマニスは無いんですか!?」


 魂器は、銀星団の幹部なら誰もが持っていたチート武器だ。ルーファス団長なら、どれだけ力を込めても絶対に壊れない剣「不壊剣ラグニス」、極限にまで圧縮した風力で万物を切り裂く「風剣ヴェート」などを所持している。それぞれの威力だけど、ラグニスは高さ30メートル厚さ5メートルもある砦門を粉砕したし、ヴェートは全身鎧フルプレートの重装騎士を団体でなます斬りにした。これだけの威力にも関わらず、ダメ押しな要素として、念じれば何も無い空中からいつでも取り出せる破格の携行性を持っている。持ち込み自由でノーリスクの戦略兵器。そりゃチートですよね。ちなみにこの団長、まだまだ隠し玉持ってます。どんだけだよ。

 当然、元銀星団幹部の進さんなら持って当然――と思いきや、ルルーファさんは首を横に降った。

 

「進は持ってないぞ」

「えぇ!? じゃあ加勢しなきゃ!」

「ワンチャンこの建物が崩壊して君が死ぬけど、それでもよければ」

「ずっとここに居てください!」

 

 予期せぬショートコントを繰り広げている間にも、進さんの体には無数の切り傷が生み出されていた。進さんも十分なスピードなのだけど、相手の方が2枚は上手に見える。それでも進さんが致命傷を負っていないのは、尋常じゃない反射神経と全く物怖じしない胆力、そして剛腕から繰り広げられる拳の一撃を相手が警戒しているからだろう。あのパンチ、まともに当たったら骨折は確実だぞ。

 

「お。捉えた」

「うっしゃあ!」


 進さんのボディーブローが襲撃者を捉えた。相手は咄嗟にガードするものの、その威力で体が浮き上がった。すかさずもう片方の腕で吹き飛ばそうと腕を振りかぶる。


「フ」


 あ。あのひと笑った。

 そのダークヒーローめいた笑顔に目を奪われていた瞬間、その襲撃者は吹き飛びのベクトルへ逆らうかの如くして地面に伏せ、姿勢を安定させた。逆手のナイフを順手に持ち直し、その無防備な脇腹へ――。


「しゃらくせえ!」


 進さんが強引に腕を振り、脇腹ではなく前腕にナイフを突き立てさせた。


「フンッ!」


 そして腕に刺したまま力任せにナイフをへし折っ――ええええええ!? パワープレイにも程がある! ていうかお前! 天下の大先生の腕になんてことを!

 襲撃者は感心したようにヒュウ、と口笛を吹くと、脇目もふらず外部に通じる窓へ走り寄っていく。逃げる!?


「何事ですか!」


 婦警さんが駆けつけるが既に遅し。そうか、駆けつける警察官に気づいたんだな。

 襲撃犯はお茶目にも私達へ手を振ると、窓から飛び降りた。去り際にルルーファさんへ一枚のカードを投げつけるオマケ付きで。


「一体何があったんですか……あなた、大丈夫ですか!?」


 それは私も聞きたい質問だよ。ていうか、この状況って危なくない? 私達を招き入れた直後に襲撃があったってことは、私達が原因だって思われちゃうんじゃないか? ドアの修理代とカーペットの血と――うう……考えたくない! ウチの事務所も資金を出したくないし、私の給料だってまだ全然支払われていないんですけど!

 婦警さんが進さんの傷を見て、慌てて駆け寄った。進さんは婦警さんじゃなくて、ルルーファさんへアイコンタクトを送り、軽くお互いに頷きあう。え、なになに!?


「あー、それがですね――」

 


・・・・・

・・・



 本来ならニュースとして報道されてもおかしくない襲撃事件だったけど、この一件は警察署内部で秘密裏に処理される流れとなった。襲撃そのものが無かったことにされるので、私達に対する補償も無しとなる。

 当然、私達はこの処置に対して不満を爆発――は一切しなかった。というより、この提案は一番の被害にあった進さんによるものだ。提案が飲めなければ出るところに出ると遠回しで脅したら、すんなり意見を通してくれた。犯行に使ったナイフは警察署で管理されていた代物だった――つまり、不審者に侵入された警備不足と、凶器を盗まれたという管理不行き届きのほうが罪状は圧倒的に重いのである。警察側としても丸く場が収まれば名誉は守られるので御の字だろう。ちなみに襲撃者との共謀罪も怪しまれたけど、動機が皆無なので見送られた。

 事情聴取が終わり次第、私達は無事に警察署を出ることができた。もちろん授与式はキャンセルだ。次回も未定である。今回の件で厄介者となってしまったから、きっと永遠に未定となるだろうな。

 そして現在。時刻は午後5時を回ろうとしている。この時刻の空は陽が沈んでおり、まだまだ暗い。


「面倒くさいから解放されて俺は嬉しいがね。バレ防止で配信のネタに使えない以上、感謝状を貰ったところで何の自慢にもなりゃせん」

「言っておきますけどルルーファさん。普通に人生を過ごしていたら感謝状なんて貰えませんからね?」


 事の顛末を軽くメールに纏めて社長の個人アドレスへ連絡する。まだ真相がよく分かっていないので結果だけを伝えるにとどめている。


「お待たせしました。着替えてきやしたぜ」


 人目に付かない路地裏で着替えをしていた進さんが戻ってきた。血だらけの服で出歩くのは目立つので、私達で近くの服屋から調達してきたのだ。ちなみに当然だけど、進さんの怪我はルルーファさんの癒術クラーティオで完治している。進さんは周囲に人がいないことを確認してから口を開いた。


「団長、今後の予定ですが……あの男から何か渡されましたよね。名刺っぽいカード」

「ああ。ズバリ名刺だ。ただし名前はとあるバーの名義となっている」


 ルルーファさんが進さんへ名刺を渡すと、進さんは顔をしかめた。


「しかもメッセージ付きですか。『今夜6時に』と」

「今から歩いて行けばちょうどいい時間になるな」

「あいつ……こんなクッソまわりくどい手回しなんぞしなくとも、普通に呼びつけろよ……蹴破られたドアだって経費で落ちねえだろうし、いい迷惑だ」

「どうせドアを取り替える予定だったからって、派手をやったんだろ。余興に金をかけるタイプだよ、あいつは」


んんん!? 『あいつ』!?

 

「ちょちょちょっ、ちょっと待ったぁ! ずいぶんフランクに相手を呼んでますけど、お二人とも相手の正体が分かったんですか!?」

「そりゃもう当然」

「遺憾ながら」


 あれあれ? ルルーファさんはかなり嬉しそうだけど、進さんはかなりしょげた顔をしているぞ?


「進の前世――チェイスは漫画に登場していないからキィは知らないだろうが、そいつは進と相性が悪かったんだよ」

「えーと、とりあえず……敵なんですか? 味方なんですか? そこだけはっきりしましょう」

「味方ではあるな。おそらくだが、次の襲撃は無いよ」

「団長の言う通り、次の襲撃は無いかな。あの男なんだがな……俺たちの身内だ」

「身内って、銀星団の方ですか」

「間違いなく。銀星団の『暗部テネブリーズ』の奴だ」

「諜報部隊――それも暗殺部隊の精鋭じゃないですか!」

「あいつが進に打たれて宙に浮いた後、空中に浮かんだ状態から地面へ向かって加速したのは覚えているか? あの技術は暗部の必修技術となる」


 ルルーファさんはおもむろに地面を蹴って宙返りをすると、空中で姿勢を変えて空中を蹴るような動きで地面へ向かって加速した。地面へ触れる瞬間に転がって衝撃を吸収して上手に着地する。


「こんな感じだ。相手の虚を突きつつ、無防備な状態からすぐに反撃へ転じることができるってのが利点だな」

「お見事です、団長」


 えぇい、いちいち驚かないぞ。


「お仲間だってことは分かったんですけど、じゃあ今回の一件は結局何だったんですか?」

「一言で表すならパフォーマンス。彼は場を引っ掻き回すトリックスターを演じただけだよ」

「はぁ!? じゃあ、冷やかしで進さんに怪我を負わせたんですか!? 信じらんない!」

「あんなもん、団長直々の特訓や団の訓練に比べたら傷にも入らんよ。ノーカンノーカン」


 そういえば聖女の癒術込みで滅茶苦茶なハードトレーニングしてたな、ジルフォリアの軍隊って。死んだ直後くらいまでなら癒術で治せるからヘーキヘーキって言いながら急所狙いまくってたっけ。特に銀星団は毎日が戦争みたいな特訓してたわ。だから大陸一の軍事力を持つまでになっているんだけど。

 

「団長が癒術を使えることも加味しての襲撃だろうな。登場が派手すぎて相手に警戒しろと伝えているようなもんだし、自傷のリスクが大きくなる逆手でナイフを扱っていた。となれば刃物に毒は塗られていない。俺たちを相うにしては準備計画と殺意が浅すぎる。暗殺としては三流以下だ」

「現にキィは襲われても怯えるどころか、非日常を体験できて楽しそうにしていたよね。自分では気づいていないかもしれないが。パフォーマンスと称しても遠くはない」

「え? えぇと、ごめんなさい。ルルーファさんが護ってくれていたので、思いのほか平気です」

「やっぱり君は肝が座ってるね。さすがは配信者をこころざしただけある。

 でもね、覚えておくといいよ、キィ。本物の殺意ってのは、平静なんてまったく保てないくらいに心を深く抉ってくる。それこそ日常生活で何度も何度も思い返すような、胸糞悪い体験になる。どんなに強固な防護壁の中にいたって、その結果は変わらないと断言しよう。

 だから今回の件は遊びで良かったよ。まだ日常の一環だ。で済ますことができる」


 こんな日常はちょっと辞退申し上げます。できれば物の破損や傷とは無縁のドッキリで。

 でも、かなりの情報が出てきた。銀星団の暗部の人である。ルーファス団長やチェイス副団長をよく知っている。悪趣味な悪戯好きで回りくどい余興が大好き。

 ………………ん? あれ。私、この人知ってるぞ? いやいや嘘だろ? そんな都合の良い展開……嘘だろ!?

 

「キィちゃん嬉しそうだけど、もしかして気づいちまったかい?」


 私は咄嗟に口を手で覆った。じゃないと道端でニヤニヤする怪しさ全開なオタク女子になってしまうからだ。気づいてしまった以上、今日の悪趣味なパフォーマンスが全部ファンサービスに思えてきたぞ。だって、漫画での性格と役職がまったく一緒なんだもん。

 ルルーファさんも嬉しそうにクスクスと笑った。


「さすがにキィも彼の正体に気づいたか」

「まさか、ズットリオの――リーサス……ッ!」

「キィちゃん、鼻の下の汗すごいよ?」


 しょうがないじゃん、しょうがないじゃん!

 だって三人いるジルフォリア戦記の主人公のひとりにこれから出会えるんだよ!?

 

 それでもって、リーサスは私の『最推し』なんだもん! 興奮するに決まってるでしょ!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る