66話 感謝で済むなら警察はいらない


―― 生井きいみこと(元・帝星ナティカ 現・YaーTaプロ機材係) ――


 冬も終わりを告げ始める2月末。まだまだ肌を刺すような寒気は健在だ。鉄道の駅舎から出た私は、開けていたコートの前を閉じ直して、その寒空の下へ躍り出た。待ち合わせ10分前。辺りを見渡すと、待ち合わせ相手の二人は既に待機していた。

 

「お待たせしました、先生、ルルーファさん」

「いや、俺たちが早すぎただけだ。お構いなく」

「キィもご苦労さま」


 美女と野獣。

 私の隣に並んだルルーファさんと進さんを見て、そんなひねりのない感想を抱いた。絶世の美女か御立派筋肉のお兄さんを探せば九割九分この二人なので、見つけるのは簡単だ。

 ルルーファさんは薄色のサングラスと茶髪のウィッグをつけて変装しているけど、美人であることは隠せていない。なるべく進さんの隣を歩くようにしよう。ルルーファさんと二人で並んで歩くのは公開処刑に等しいぞ。私は容姿に自信がないからアイドルVtuber事務所であるYaーTaプロの応募を受けたのだから。


「ちと早いが、たむろっていてもしょうがない。さっそく行こうか」

 

 今日は警察からルルーファさんへ、感謝状の贈呈式がある。私はその付き添い――いや、正確にはルルーファさんのとしてやってきたのだ。だから私の服装は私服ではなく就活用のフォーマルスーツとなっている。ひと月ほど前に犯罪者として警察のお世話になりかける行為をした身としては、間接的とはいえ感謝される側として警察署へ出向くのだから、けっこう複雑な気分だ。私、しょっぴかれないよね? 騙されてないよね?

 それともう一つ、気がかりな点がある。様子がちょっとおかしい。ルルーファさんはいつもどおりだけど、今日の進さんはいつもの快活な笑顔を一切見せていない。理解し難い緊張感が漂っている。


「ところで、なんで私も一緒に式へ参加するんですか? カメラが入るからルルーファさんがバレ防止で人前に出られない。灯社長は普通に忙しい。だから代理で受け取ることは理解できるんですけど、進さんが授与担当では駄目だったんですか?」

「キィには全てを打ち明けていなかったな。進が警戒をしているのには理由ワケがある。進。見せてやれ」

「ウッス。キィちゃん、大きな声は上げないように。そして誰にも見られないように注意してくれ」


 進さんが立ち止まり、ショルダーバッグから封筒を取り出して私へ差し出した。これ、見ても大丈夫なのかな。中身は――会場や段取りが記載された普通の書類と――なんだ、この落書き。


「そいつは俺たちの国の言語だ。銀星団募集のキャッチコピーが書かれている」

「! ということは、ルルーファさんや進さんと同じ――」


 異世界転生者。

 

「ああ。だが差出人は明らかになっていないし、目的も不明だ。だが俺が標的だってことはハッキリしている」

「俺は向こうの世界の物語を描いて既に情報を発信している。だからこの人の一件で警察へ呼ぶくらいだったら、たぶんもっと前に別の形で俺に接触しているだろう。俺とこの人で手紙の主と目的を明らかにしなくちゃならない。

 相手は俺たちのことをいくらでも調べられるのに、俺たちは相手を知ることができないんだ。俺たちの立場を不利としたい場合、いくらでも罠を仕掛け放題の環境なんだよ。俺が警戒している理由、分かっただろう。

 万が一に備えて君に来てもらった。君が式に参加することをお相手さんには伝えていない。いわば君は相手に対するジョーカー的な役割なんだ」

「キィは犯罪とは縁もゆかりも無い、とてもだからね。適役だ」

「あはは……どうも」


 嫌味で言ってないところがグサリと来るなあ。

 しかしなるほど、納得。銀星団は元傭兵集団で、現在の漫画上では騎士団だ。数え切れないほどの命を奪ってきた。いくつもの恨みを買っているからこそ、この人物は二人をおびき寄せるための罠を仕掛けたのではないかと、進さんは考えているのだろう。


「でもルルーファさんはケロリとしてますね」

「敵だったら相応のカウンターをしてやればいいだけだ。いくらでもやりようはある」

「この人はピンチだろうがチャンスだろうが態度をまったく変えない人だよ。いや、むしろピンチを楽しむ癖があるから困る」

「お前は心配性が過ぎるんだよ」


 私も心配になってきたぞ。だって矢面に立つのは私なんだよ。真っ先に狙われる立ち位置じゃないか。


「キィも心配性だね」

「顔に出ていましたか」

「まあね。君には被害が及ばないよう最善を尽くすよ」

「ファンを悲しませるような結果を出すつもりは無えッスわ」

 

 私はジルフォリア戦記の真実を知って楽しめなくなったからファンとして悲しいですけどね。創作としてなら最高峰のエンターテインメントなんだけど、ノンフィクション物として読むと、人がバンバン死ぬので結構エグい気分になるのだ。まあ、黙っておくけど。今も昔もファンであることには変わりないし。いたずらに作者を悲しませたくない。


「勉強の機会だと割り切ってくれると俺としてもありがたいな。君はタレントのマネージャーになるための勉強をしてるんだろ? あらゆる出来事に対して経験を積んでおいた方がいい」

「いやまあ……経験があるに越したことはないですけど」

「へえ。キィちゃん、事務所のマネージャー目指してるのか。困ったことがあったら相談にのるよ。俺はマネジメントを死ぬほど経験しているからな。それこそ、

「あはは……恐縮です、先生」

「上手いな進。心の座布団を一枚進呈だ」


 その転生者あるあるっぽいギャグ、私はまったく笑えないんですけど。座布団全回収どころか奈落落ちさせたい気分だよ。

 


・・・・・

・・・



 程々に雑談をしながら指定の警察署へ到着した私達は、受付を済ませてから控室へ通された。やたらと歴史を感じさせる古風な控室の中で、汗っかきだけど人の優しそうな署長さんと、式のやり取りや注意点などを打ち合わせしていく。

 報道のメディアは来るけど、進さんのご意向で、私達が世間へ露出することも避けてくれるようだ。受け取り役の私は、とりあえず畏まって頭を下げながら受け取るだけでいい。証書の授与は小学校の卒業式以来だけど、たいした事じゃないので緊張する心配は無いかな。


「――以上です。お二人は気を楽にして参加していただければと」

「お気遣いありがとうございます」


 署長との応答は進さんが対応してくれた。さすがは一番の大人だ。頼りになるー。

 

「では時間まで、ここでお寛ぎになっていただいて結構です。ところで時間なのですが、もしかしたら後ろへずれてしまうかもしれません。大丈夫でしょうか」

「大丈夫です。今日は三人とも一日フリーですので」

「申し訳ないです。授与を担当する人間が少し立て込んだ状況となっていまして。遅れた際はご理解願います」

「いえ、構いません。果たすべき公務を優先してください」


 汗っかきの署長さんは私達へ何度もぺこぺこしながら控室を出ていった。しかし建て付け悪いな、この出入り口のドア。古すぎてギィギィ鳴ってるぞ。ソファーは比較的新しくてふかふかなだけあって残念ポイントだ。

 署長さんが出ていった直後、ルルーファさんは大きく息を吐く。


「やれやれだ。もちっと話を纏めてほしいぞ」

「まあまあ。署長さんも貴重な時間を割いているんですから」

 

 ルルーファさんはテーブルに備え付けられた個包装のお菓子の袋をいくつか取り出し、そして水筒から自前の緑茶をコップへ注ぎ、くつろぎ始めた。切り替え早いなー。組んだ足がセクシーだ。でもその表情はやや不機嫌となっている。ルルーファさんは署長が話している間、終始無言を貫いていた。いつもの調子で話しはじめたら、即でバレそうだからしょうがない。


「人が喋っている間、傍聴者のままだんまりってのは案外つらいもんだな」

「昔っからおしゃべりですもんね」

「帰ったら俺は雑談配信をするぞ。あの場なら常に俺が主役だからな」


 話している内容は自己中心的なのに、それでも傲慢さが一切出ていないところが可愛い。いろいろずるいな、この爺さん。


「それにしても、授与を担当する人が忙しいだなんて。あの署長さんが担当者じゃないんですね」

「俺もキィちゃんと同じ意見だ。本来はここの組織のトップである、あの署長さんが担当するんだろうが……実際はそうじゃない」

「露骨に怪しいな」

「露骨っすね」

「挨拶代わりに『圧』でもかけてみるか? いい感じの反応があったら、そいつが待ち人だ」

「やめてくださいよ……下手したらキィちゃん死んじゃいますよ。あんたの威圧は物理に干渉するんだから」

「冗談だよ」

「冗談だったとしても、あんたは必要があれば躊躇なくやる人だから気が抜けないスわ」


 進さん、そこは「俺も冗談ッスわ」って茶化すところですよね。威圧が物理に干渉するってどんな表現だよ。お願いだからフィクションを現実に持ち込まないで。

 私が呆れていると、控えめなノックが鳴り響いた。おっと、いよいよか。授与式の件でもルルーファさんの相手の件でも、油断せず、気を抜かずの精神でいこう。


「どうぞー」


 進さんがソファーに座ったままドア越しで声をかける。ギィィィ――と嫌な音を立ててドアがゆっくりと開かれて――。


「キィ。すまん」

「えっ? きゃっ」


 ルルーファさんは素早く私に近づいて抱きかかえると、出入り口のドアから隠れるようにソファーの後ろへ潜り込んだ。

 

「は? 団長、何を――」


 進さんのとぼけた顔が、ドアの蹴破られる音と共に、一瞬にして引き締まった。古めかしい木製のドアは一蹴りで木っ端微塵となり、進さんへと木片が飛び散っていく。

 

「きゃあああっ!」


 進さんが木片を両腕で難なく弾くと、控室の入り口には、フード付きの黒いランニングウェアですっぽりと全身を覆い、目の見えない遮光ゴーグルを装着した人物が立っていた。身長は190センチにまで届きそうな、長身痩躯という言葉が似合う男だった。そして両手に刃渡り20センチはあろうかという飛び出しダガーナイフを逆手に持ち、威風堂々とした佇まいでこちらを見下ろしている。

 もしかして敵襲!? ウソウソウソッ!? 令和の日本で、警察署だよ!? 油断はしなかったけど、驚かないにも限度があるでしょうよ!?


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