64話 Legendary Fire Mother 結
―― 佐藤のり子 ――
「――気が付いたら病院のベッドの上で全身ギプスと包帯だらけだったッスわ。これが紅焔嬢との出会い。後遺症が残らない程度の怪我だったことが不幸中の幸いだったッスね」
「あ……ば……が……」
なんちゅー……なんちゅう事しでかしとんじゃ、昔の私ぃぃいいいいい!? いくら酷いこと言っていたからとはいえ、推しへ暴言吐きまくったうえに、この手でボコ散らかしていたですって!? いや当時は推しじゃなかったにしろ、もうちょっとやりようあったろ!?
「ひゅーっ、ひゅーっ」
「紅焔嬢? 大丈夫か?」
だめだ、もう口が日本語を話すことを拒絶してる! 心と体がこの事実に追いつかないんですケド……リアルで開いた口が開かないんですケドおおお!?
だめだ、もう自分への殺意しか湧かねえ! とにかく何かブチ壊してえ!
「今すぐ過去にタイムスリップして、過去の自分をブチのめしたい……自分ぐらいなら殺しても構わへんやろ……ッ!」
「紅焔嬢、ストップ、ストーップ! いくら相手が過去の自分でも、人間として言っちゃいけないッス! ライン越え! ライン越えーっ!」
「自分だから殺意が湧くんですよ! クソが!
「ひっ! ごめんなさい! ごめんなさい! あたしが調子に乗ってました!」
あ、あれ!? いかん。今、頭に血が昇りすぎて、えらいこと言わなかったか私!?
「ごごご、ごめんなさい、怖がらせるつもりじゃ……って、どうしてセッカちゃんが謝るんですか!」
「い、いや、つい反応しちまって……でも、あたしはあの出来事があったから、今ここに蒼火セッカとして配信できてるんスよ」
「えぇ!?」
私がボコボコにしたからセッカちゃんがここにいる!? その方程式はどこから出てきたので!?
「紅焔嬢の話を聞いて、病院のベッドの上でアイドルの苦労話について調べてみたんスわ。それから興味が出てきたんで、アイドルのライブのDVDを取り寄せて見たら、そりゃもう深く深く感動しちまってね。しっかりドハマリしちまったんスわ。
そしたら、たまたま病院で出会ったガイ社長に声をかけられたんだ。『アイドルに興味あるならウチ来いや』ってね。それから速攻でヤンキー卒業して、家族にも今までの迷惑に対して謝って和解して、GSのオーディション受けて合格して、今のあたしがココにいるってワケ」
えええ……何、その奇跡の連鎖祭り――いや待て。私がセッカちゃんをボコボコにしてアイドルを語ったら、セッカちゃんがGSでデビューしたってことは――。
「セッカちゃんのデビューエピソードで語ってた友人って、まさかですけど――」
「そのまさかッスよ。昔の君ですわ、紅焔嬢。君があたしの『密かな推し』なんですわ」
「同い年とか、年上の人じゃなかったんですか!? それに暴力の気配だって無かったじゃないですか!」
「お互い炎上しちゃうから、ありのまま語るわけにはいかなかったからね。それに、現役だったヤンキーの高校生に対して小学生が一方的に殴り勝つなんて、誰も信じないスよ」
私、セッカちゃんがデビューの話するたび、デビューに貢献してくれた人へめっちゃ感謝のコメント送ってたんだが!? 自分自身に感謝してたのかよ! セッカちゃんとコラボしたら、いつか私にも詳細を話してくれないかなとは思ってたけど、こういう結果は望んでねえんダワ!
んんんんん……駄目だ、セッカちゃんのこと、ミリも思い出せねえ! あの頃は何故か私へ喧嘩売ってくるヤンキーがいっぱいいて、だけど全員返り討ちにしてたから、いちいち顔なんて覚えてないぞ。もしかしてセッカちゃんの敵討ちとか度胸試しが目的だったのか、あいつら。
「ちなみに、お母さんとはどこで会ったんですか?」
「入院してから少ししたら、一回だけお見舞いに来てくれたッス。そこで紅焔嬢とおふくろさんの関係を知ったんだ。お見舞いに来てくれた時の言葉、一字一句おぼえてますよ」
「お母さんのことだから、何もお詫び入れてないんじゃ……」
「『誰かを傷つけるってことは、自分がそれ以上に傷つくことも想定してるのよね? 当然よね。
お互いの信念をぶつけ合った結果、君は娘の心を傷つけたし、君はその代償を娘から受けた。ただそれだけの話。だから私も謝らないし、娘にも謝らせません。
良かったわね、五体満足で生きて帰れて。お友達も、誰も傷つくことがなくて。とても幸運じゃない』
……満面の笑顔で言われたッスわ。居合わせた家族も何一つ反論できませんでしたわ」
「駄目だ、私のお母さん以外の何者でもない!」
もう一連の話が、ルルから同期デビューをカミングアウトされたとき以上の衝撃だよ!
お母さん、不良ヤンキーに対して、本当に容赦ないな! とはいえ、私もお母さんの意見に対して反論は無いんだけどね。現在進行系でヤンキーやってて迷惑ばかりかける人は昔から本当に大嫌いだ。強いて言い訳するなら、元ヤンの人は親切だったり心意気ある人たちばかりで割と好きなんだけれども。
それにしても……さっきから私、気になってるんだけど。
「……ところでセッカちゃん。その言葉遣い、どうしたんですか。『なんとかッス』って、下っ端みたいな言葉じゃないですか」
「え? あれ? 確かに。もしかして、昔話をしてたら昔の紅焔嬢を思い出して心が屈服してるのかも……」
「トラウマになってるじゃないですか!」
「い、いや、本当に紅焔嬢はあたしの推しなんス! あたしをアイドルへ導いてくれた恩師なんスよ! 嘘じゃないッス! 本当にあたしの本心なんスよ!」
「私が言わせたみたいになっちゃってるじゃないですかーっ!?
ととと、とにかく! 配信に戻りましょう! そうすればセッカちゃんも元に戻りますって!」
まずい、そろそろリスナーも我慢の限界みたいだ。ミュートにはしてるけど私達のモデルは動き続けてるから、リスナーさんも困惑してるだろうな。えーとコメントコメント……。
:おいおい、お嬢が叫んだらセッカちゃんビビって借りてきた猫みてーになってるんですがこれは
:セッカちゃんから覇気を感じられない お嬢が裏で圧かけてる?
:言うてセッカちゃん、元ヤン経験活かして誰にでもソフトな圧かけてくタイプだよなどっちかってーと
:あれ、これもしかして……お嬢のほうが格上?
:もしかして 紅焔アグニス 番長 裏番長
:これからはお嬢のこと番長と呼ばねばならんか
:配信後の切り抜き、マジで楽しみすぎるwwwww
:気になりすぎる……頼むから二人とも早く帰ってきてくれーっ!
「やべぇええ! 手遅れ感ハンバねーっ!? セッカちゃん、このままじゃ私が番長化しちゃいます! 急いで配信に戻りましょう!」
「ウッス、頑張るッス」
「セッカちゃん!? 私、番長なんて呼ばれたくないですよ!? 気を整えて頑張っていつものセッカちゃんに戻ってください! お願いーっ!」
・・・・・
・・・
・
はーい。配信に戻った紅焔ちゃんたちのダイジェスト、元気にお届けしちゃうぞー。わーい(棒)。
まず、セッカちゃんから話してもらった衝撃の真実については、今までセッカちゃんが語ってきたデビューエピソードと内容を混ぜる形ででっちあげることに。
要約すると、実は知り合いだった、という内容にした。ややこしいから二人で考えたウソ話を箇条書きにしておくよ。
①セッカちゃんはお母さんと不良つながりとして元々お世話になっていた。
②その過程で小学生時代の私と知り合いになった。
③その時、私はセッカちゃんにアイドルを布教した。
④興味を持ったセッカちゃんがアイドルVtuberの道へ。
⑤時を経て私とセッカちゃんが意図せずこの配信で再会。お互い声だけでは思い出せず。
⑥私がお母さんの特攻服を見せたのでセッカちゃんが激しく動揺。
⑦セッカちゃんが私を特定する。私も思い出す。
こんな感じ。即興にしてはいい塩梅じゃないだろうか。私がキレてボコった部分はもちろん全部カットだ。
あまりにも衝撃的な展開で時間を取られてしまったので、さすがにGSの歴史の振り返りを続けることは出来なかった。企画は途中で打ち切り、次回持越しとなった。うーん、またGSからの謝罪され案件になっちまったよ……。
でっちあげの口合わせをするため、配信後にお母さん含めてオフで会おうという話になったけど……セッカちゃん、大丈夫かな。私ですらおっかなびっくりだったのに、お母さんと会って正気でいられるかな。私も自分の傷顔を見せたくないなー。他の誰よりもビビり散らかされそうだよ……こんな義務的な出会い方をしたくなかったですわ……泣きてえ。
あ、そうだ。大事なことを伝え忘れてたよ。
今回のエンディングでの一幕。
『セッカちゃん、そういえば告知! 忘れるところでしたよ!』
『アッハイ。紅焔嬢の新譜の作曲を担当することになりました。誠心誠意、お勤めさせていただくッス』
『セッカちゃん!?』
まー結局、最後の最後でセッカちゃんが辛抱きかなくなって下っ端ムーブをカマしてしまったので、しばらくの間、私は『番長』『GSの裏番』なんて呼ばれちまう事態になったけどね。
お願いだから、シンプルにセッカちゃんの楽曲に期待させてくれ。
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