1部エピローグ 社長は語る


―― 朝倉灯 ――


 波乱のあったルルーナ・フォーチュンの凸待ち配信はつつがなく終わり、そしてYaーTaプロダクション所属アイドルすべての初配信が終わった。

 演者たちを含む各スタッフの帰宅を見届けた頃には既に日付を跨いでいた。予定より長引いて軒並み終電が無くなったため、急きょ全員分のタクシーを手配しなくちゃと焦ったけど、これまた舞人くんが事前にフォローしてくれたおかげでスムーズに帰宅させることができた。ちなみに六条さんはメイド服を恥ずかしがったので、車通勤のスタッフに頼んで送り届けてもらった。

 スマホで通話アプリを開く。私としーちゃんの通話チャンネルのスレッドは、私の「ごめん」の言葉で止まっていた。ルルちゃんの配信後にしーちゃんからの通知は入っていない。私からも連絡を入れていない。伝えるべき言葉はルルちゃん越しに全て伝えてもらった。

 ……いや。正確にはもう一声かけなければいけないのだけど。今このチャンネルでかける言葉ではない。

 スマホをスリープモードにして、社長室に設置されているパソコンの電源を落とし、部屋の電気もオフにして社長室のカギを閉める。今日の業務は終わりだ。

 

「ぷひゅい……つっかれたぁ~」

「お疲れ様です、社長」


 私は社員の椅子を借りて思いっきり背もたれへ体を預けた。もう仕事は何もしないぞ。総理大臣からの命令でも断固拒否する。

 対する舞人くんはまだキーボードを叩いて仕事をしている。

 

「舞人くんもお疲れ。でも残りのお仕事は、もう次の出社にやりなよ」

「あと少しだけ。本来ならホテルでのんびりの予定だったんですけど、なかなか都合がつかないんですよ」

「すまんのう」

「いえいえ」


 舞人くんが嬉しそうに微笑んでいる以上、下手に止められないのよね。今の舞人君なら徹夜サービス残業の命令に喜んで飛びつくだろう。これはこれで困ったもんだ。今日だけだぞ。

 

「帰らなくていいの? 愛しの奥さんが心配してるよ」

「どちらにせよ今日は帰る気が無かったので構いませんよ。近くのホテルを確保しています。社長こそ、帰りはどうするんです?」

「かえりたくなーい。めんどくさーい。今日は徹夜したーい。舞人くんとカンパーイしたーい」

「乾杯以外は全部却下ですね。乾杯も、今日はノンアルコールにしてください。ルルーファさんの配信を聞いた以上は、私のためにも、なるべく安静でお願いします」

「お? 浮気か? やるか?」

「近場のホテルに部屋を手配しておきますね」

「つまらん。手配はいいよ。ルルちゃんのところに泊まるから」


 浮気の時間を使うくらいなら家族のために使うのが舞人くんだ。ごく当たり前なんだけどね。

 舞人くんとだべりながら仕事の様子を眺めていたら、のり子ちゃんをホテルへ送り届けていたルルちゃんが帰ってきた。


「二人とも、まだ残っていたのか」

「ルルちゃんおかえりー」


 ルルちゃんが羽織っていたコートを脱ぐと、厚手のメイド服――ではなく、安物の外着が現れた。さすがに着替えたか。メイドさんが深夜徘徊は職務質問が飛んでもおかしくない。


「お嬢は無事にホテルへ押し込んだぞ。深夜カラオケしたいとほざいていて難儀したがね」

「若いっていいわねー。私、徹夜けっこうキツくなってきたし。羨ましいなー」

「20代が何をおっしゃいますか」

「いずれ舞人くんも実感する日が来るんだよ」

 

 ルルちゃんは事務所近くの社員寮に住んでいるため、この時間に帰宅できていなくても問題ない。歩いて数分だからね。


「ほい差し入れ。ホットレモネード缶。乾杯しようぜ」

「サンキュ」「いただきます」


 舞人くんも区切りがついたのか、安堵した表情で缶を受け取った。


「灯。音頭」

「3人だけだしシンプルで。配信とサポートお疲れ様。無事に配信を終えることができて安心しています。今日は本当にありがとう。はいかんぱーい!」


 一斉に缶のプルタブを開け、缶の底を打ちつけ合う。ホット缶のため一気に飲むのは難しいので、三人共ちびちびと飲み進める。三人で今日の感想や反省点の洗い出し、今後の動きを話し合う。

 いいな、こういう小さい会社特有の時間。GSが成長して会社が大きくなってからはご無沙汰になってしまった光景だ。でも、こんな穏やかに語り合っていられるのも今のうちなんだろうな。

 紅焔アグニス。帝星ナティカ。ルルーナ・フォーチュン。三人とも今夜の一件で大きく世間に認知されてしまった。GーStateとじゅうもんじには及ばないながらも、既に次点のポジションは確保しつつある。いつまでも小さな会社ではいられまい。

 結論として、今夜は大成功だ。私と舞人くんが仕掛けた戦略の結果は予想を大きく上回った。活動の開始に際して、初動の構成と段取りには苦労させられたので感動もひとしおだ。

 静かな余韻の中で談笑が続いていた時だった。ヴゥーンヴゥーンとスマホのバイブレーションが鳴り響く。静かな室内では小さな音でも目立った。呼び出し人を確認する。


「こんな夜更けに誰だ? GSの面子か?」


 バイブを止めて、短く返事を送ってから、ルルちゃんの質問へ答えた。

 

「まあ、そんなとこ。ひと仕事できちゃった。終わったら先に帰ってていいわよ。ルルちゃんは家の鍵開けといてね。今日は泊まるから」

「あいよ。遅くなるなよ」

「くれぐれも無理なさらないでくださいね」


 うおおん、舞人くんが急に優しくなっちゃうから違和感バリバリですわ。今度から暫く甘えちゃおっと。

 社長室へ戻り、再度パソコンとヘッドセットを準備する。通話ソフトを立ち上げ、指定の通話チャンネルへ合流した。総理大臣からの命令は拒否できるけど、この二人からの呼び出しならば応じないわけにはいかないだろう。

 チャンネルには二人の人物が既にログインしていた。一人はティーンなデザインの服でコーディネートされた若い男性のアバター。もう一人は特徴のないスーツ姿の女性アバター。


『ウェーイ、おつかれ灯ちゃーん!』

『お疲れ様でした。灯社長』

「お待たせしました。お二人とも、こんな夜更けにわざわざありがとうございます」

『灯ちゃん堅苦しーし!』

『ごめんなさいね。夜分遅くに』


 軽薄な言葉遣いの男性は、アイドルVtuber事務所「GーState」を擁する株式会社「クリアリング」社長 鎧坂よろいざか氏。通称ガイさん。年中サングラスをかけアロハシャツを着こなす、一見会社の偉い人には見えない若い男だ。

 そして抑揚の薄い、温和な口調の女性は、バーチャルライバーグループ「じゅうもんじ」を擁する株式会社「OnePoint」代表取締役 飛倉とびくら氏。こちらは通称なし。壮齢に差し掛かるはずだけど、その片鱗を全く感じさせない、美魔女という言葉の似合う人だ。

 肩書が示す通り、私達の界隈の重鎮も重鎮である。


『とりま、無事に初配信終われておめでとさんね、灯ちゃん』

「ありがとうございます。無事に、と言われると語弊がありますが」

『終わり良ければ全て良しっしょ!』

『ですが随分と荒れましたね。対策は進んでいますか?』

「想定以上ではありましたが、対処可能範囲です。一週間もしないうちに沈静化しますよ。懸念点があるとすれば、ルルちゃん――失礼、ルルーナ・フォーチュンへの反応が予想よりも遥かに大人しい事くらいです」

『ふむ……もう少し楽にしてもらって構いませんよ。この会話はあくまでプライベートです』

「あう。善処します」


 ガイさんだけなら別にいいけどね。飛倉氏はそこまで面識ないのよね。

 

『彼女は――ルルーナさんは現代人に居ない、とても珍しいタイプです。自分の意志は主張しつつも、意志の強固さで武装されている。とても配信者向けの言動ではありませんが、そのデメリットを逆に武器とした。世間の悪意も彼女の強固で真っ直ぐな意志に攻めあぐねている。

 良い人材を見つけましたね、灯さん』

『せやろせやろ』

「手柄取るなし。彼女はウチの切り札ですから。というか、全員切り札みたいなもんです。ババとジョーカーと切り札の豪華絢爛三本立てですね」

『三本立て? 二本の間違いちゃうか?』

『帝星ナティカの演者――我々へ提出したレポートと違う方でしたが』

「ごめんなさい。トラブルで変更になりました。配信への対応を優先したのて、報告が間に合いませんでした」

『直前トラブルね。ま、やけどな。せやかてあの娘、ちょい話せてメンタル強いだけの、ズブの素人やん。切り札カウントできるのん?』

「逆です。むしろのジョーカーですよ。彼女が初めて収録したテスト配信をお聞きください。冒頭だけで構いません」


 チャンネルに圧縮した音声ファイルを貼り付ける。はじめは侮って聞いていた二人だったが、私の真意に気づくと、二人とも息を呑んだ。


『このファイルの日付。昨日……いや、もう日を跨いだから一昨日か……嘘やろ』

『吃音、どもり、会話の途切れ……とても世に出せるものじゃないですね』

で、これ全部矯正したんか!? 見守り配信のトーク、普通だったやん!』

「完璧ではないですが。この収録後、ほぼ休まずに、ずっと練習していたみたいです。

 非凡な二人に気圧されて新規参入の意志が薄れないよう、凡庸の子を加入させてハードルを下げる狙いだったのですが……その凡庸がいずれはあの二人を――アグニスちゃんとルルちゃんすら超えるかもしれません」


 無言の時間が続く。静寂を破ったのはガイさんだった。

 

オッケーオッケーオーキードーキー。ハッキリ理解した。三人ともバケモンやわ』

『紅焔アグニスの歌唱力。帝星ナティカの成長力。ルルーナ・フォーチュンのカリスマ性。どれも我々のタレントに比肩しうる……いえ、凌駕する逸材ですね』 

「お二人からして我々YaーTaの評価は如何ですか? でしょうか」

『当たり前やろ。そもそもお嬢ちゃんと団長ちゃんの時点ではなまるちゃんや。こんなん見せられて不合格は言えへん。動かそか。

『同じく。に関しては問題なしです。後は我々企業がどう動かすか次第ですね』

「ありがとうございます。まずは第一歩ですかね」

『せやな。大グチ叩いてウチから離れていっただけあるわ』

『ですが、我々の業界が生き残っていくためには必要不可欠な儀式です』

『ほな灯ちゃん。計画の始動宣言、しよか』

「え? いります? いい年した大人がやります?」

『あったりまえよ。いま飛倉トビーちゃん、儀式ゆーたやろ。形が大事なんよ。あの団長ちゃんみたいにバシッとキメてーや』

『秘密結社の総会を開いているような気分で正直興奮します。それっぽくお願いします』


 もう二人とも大御所なのに根っこは変わんないなー。オタクコンテンツに感化されたエンターテイナーなんだよね。


「お二人とも、私に続いて宣言をお願いします」

『あいよー』

『分かりました』

「では――ヴァーチャル配信業界の恒久的な繁栄と発展を願い、この計画を始動させていただきます。鎧坂氏」

『人的財産の更なる保全と活性化のため』

「飛倉氏」

『未知なる天質てんしつの発掘と流布のため』

「後進の促進と参入への活路を開くため――」


 

「ここに『八咫やた計画プロジェクト』の始動を宣言します」



 マイク越しに二人の拍手が聞こえる。始動が認められた証拠だ。確かにそれっぽく言うと興奮するな。『挑戦を始めるんだ』という感覚になる。

 計画と言っても、別に創作チックな悪だくみではなくて、ざっくり言うと配信業界を盛り上げつつも長く続けていきましょうね、という経営改革だ。


 Vtuber業界の最先端を走るGーStateとじゅうもんじ。企業勢の知名度は、この二大事務所がほぼ独占体制を敷いている。その下には中小の事務所が群雄割拠しており、日々成長を見せているものの、二大事務所を脅かすほどには至っていない。

 この状態が続くとどうなるか。人気のあるライバーへの負担が大きくなり、心身ともに摩耗していく一方で、他企業の発展が阻害され、有望な才能たちが消滅していく事態が起こる。実際、藍川アカルがいい例だし、他のライバーが企業の消滅や心身を病んで引退を余儀なくされている。

 新興企業では二大事務所を打破できないという現実。二大事務所が作り上げている栄光の陰で、埋もれていく才能と勢力。盛況してきた界隈だが、陰りが見えるのもまた事実。

 だから私は、この現状の打破も視野に入れ、YaーTaプロダクションの設立――そして八咫計画の実行を二人に提案した。YaーTaプロダクションを盛隆させることにより、新規企業でも二大事務所の対抗馬へ至れるのだと、業界に示したかったのだ。YaーTaが道を切り開き、後続を導く――八咫烏が導きの神と崇められるように。

 二極化を打破できれば人気が分散し個人への負担は減る。才能を埋もれさせる結末も阻止しやすくなる、という思惑だ。

 もちろん二大事務所にはデメリットが大きい。人気の分散は収益の減少を意味する。

 が。それでも二人は計画に賛同してくれた。


「お二人とも、計画の賛同に感謝します」

『えーよえーよ。人間、健康第一やし。灯ちゃんみたいな娘がまた出てこられてもオジサン困るし』

『そもそも金儲けのために始めた事業ではありません。協力は惜しみませんよ』

 

 本当に頭が上がらないな。この二人に計画を伝えてから何年だっけ? 1年くらいか? 長いようでいて短い時間だった。これもみんな会社のみんなと、我らが1期生たちのおかげだ。

 

『賽は投げられた』

『次は我々の番やな。見とけよ灯ちゃん』

「お二人の手腕、楽しみにしています」


 二人に計画を伝えている、ということは、二大事務所にもアクションを起こしてもらう事に他ならない。具体的な方針は部外者同士である私たちが話し合っても仕方がないので分からないけど、漠然として楽しみではある。開拓者パイオニアの実力、拝見させてもらいましょ。

 

『さしあたって灯社長の課題はもう決まっていますね』

『せやなー。我々よりもずっとヘビィなお題やで』

「そうですね。正直、何人かこちらへ移籍してもらいたい気分ですが」

『意味ないから却下や』『駄目です』

「ですよねー。はい、頑張りますよ」


 本当に大変な課題だよ、まったく。


 

「YaーTaプロダクション2期生の募集と選定、さっそく始めさせていただきます」

 


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