27話 土下座なる日々


―― ?????(元・帝星ナティカ) ――


「本当にごめんなさい!」


 ルルーファ・ルーファに連れてこられたのはYaーTaプロダクションの社長室。そこで社長から、とてもきれいな土下座をされた。本当にやるとは……ルルーファさん爆笑してるんですけど。所属タレントから笑われる社長って……。


「彼女が引いてるぞ灯。顔を上げろ」

「ごめん。現役時代のクセで……」

「あれは配信内のパフォーマンスですよね?」

「配信外でも日常茶飯事だったから、つい」


 どんな事やらかしてきたの!?


「ナティカちゃんの配信をすっぽかしたと思ったら、生井さんの対応をしてくれてたのね。ありがとう、ルルちゃん」


 『ナティカちゃん』が私を指していないことに、ちょっと胸の中がちくりとする。


「キイさん? 君の名前か?」

「はい。生井きいみことと言います」

「ミコトか……んん……すまん。キィと呼ばせてもらう」


 ルルーファさんは申し訳なさそうにこちらを見ている。

 

「元々灯社長にはきぃちゃんと呼ばれていましたので、大丈夫です。でもどうして謝るんです?」

「女性を呼ぶときは渾名か名前を呼ぶのが俺の主義なんだが……ミコトは妻だった女性ひとと同じ名前なんだ」

「ルーファスの、ですね。でも作中ではそんな人いなかったような……」

「まだ漫画では登場していないのよ。4人目だっけ?」

「5番目の妻だ。もう一人、双子の姉と一緒に結婚したから6番目の妻でもある。すまない。話を戻してくれ」


 この女たらしさんは、いったい何人の女性と結婚したんだろう。結婚したいと思うのも無理もないけど。ルーファスかっこいいし。

 灯社長がこちらに振り向く。


「貴女の心情を尊重せずに帝星ナティカとして採用してしまった。そして帝星ナティカに代役を立ててしまった。私がしたことは許されなくて当然です。

 でも戻ってきてくれた。顔を見せてくれた。それだけでも心が晴れる気持ちです。用件を聞きます。貴女の考えうる限りの要求に応える所存です」

「あ、いえ。こちらこそ勝手に逃げ出してしまったので、むしろ私のほうが契約違反ですから……それに私、去り際で貴女に酷いことを言いました。それもまた私が謝罪するべき案件だと思っています」

「お互いに謝っているんだ。罪と罪で相殺、示談成立として、どっちも罰は無しでいいんじゃねえかな。結果論とはいえ姫が頑張ってくれたおかげで損害も出なかったし」

「生井さん。貴女は許してくれますか?」

「は……はい。大丈夫です。本当にご迷惑をおかけしました」

「ありがとう」


 朝倉灯は大きく溜め息を吐きながら椅子に深く腰を掛けた。本当に肩の荷がおりたのだろう。私はちょっと燻ってるけど、折り合いは付けたつもりだ。

 というより、無理にでも折り合いを付けないと駄目な状況になった。


「貴女の対応ですが――」

「彼女の処分を決める前に灯へ報告がある」

「ルルちゃん? どうぞ」

「キィに俺の正体がバレた。ルーファスのほう」

「……どして」

「成り行きでな。簡単に今までのいきさつを説明しておいたぞ。バレたのはキィひとりだ」

「そういえば、しれっと流しちゃったけど……さっきルーファスの奥さんの話、普通にしてたわね」

「散漫になるくらい、キィとの問題にしこりが残っていたんだろうな」

「ごめんだけど契約の見直しが必要ね」


 先程まで見せていた罪の意識は感じられない。完全に切り替わっている。

 やはり社長はルルーファさんの正体を知っていたんだ。知っててタレント起用したんだ。どこか頭のおかしいところがあると思ってたけど、やっぱり正しかった。


「ルルちゃん、対策プランある?」

「毒を喰らわば皿までプランと、死人に口無しプランだな」

「「毒プランでお願いします!」」


 私と社長の言葉が完全に一致した。具体的な内容は分からないけど字面じづらで後者プランは絶対に選べない。きっとルルーファさんなりの冗談だと思うけど……いや信じさせてくれ。


「キィをタレントではなくスタッフとして起用しよう。おおやけに守秘義務が結べるな。人手不足も緩和する。俺も手元で監視ができる。一石三鳥だ」

「確か機材系も詳しかったよね?」

「それなりですが……」

「それなりでも歓迎する。大丈夫かな?」

「選択権は無いんですよね」

「ごめんね。でも本当に助かる。ルルちゃんはもっと慎重にね」

「善処するよ」


 ルルーファさんが風剣ヴェートを使わざるを得ない状況を作ったのは私だ。ちょっと申し訳ない気持ちになる。だからこそ、この結果を受け入れよう。

 

「でも、ほんと人手不足を痛感したよ。ルルちゃんと舞人くんいなかったら詰んでるもん。舞人くんってば、私のタスク引き取ってまで電話対応してくれてるんだよ。頭上がらないわー」

「灯は、商才はあるが運営はまるきりダメダメちゃんだな。むはは」

「見た目が年下に言われると腹立つ……」

 

 でも私もルルーファさんと同意見です。この人、上に立たせちゃダメな人だ。

 こうして帝星ナティカの問題は一件落着か。

 それでも。これだけは聞いておかなければ。


「灯さん――いえ、社長。ひとつお聞きしてもいいですか?」

「大丈夫だよ。契約内容は後日審議するから、それ以外なら答えます」

「いま帝星ナティカを演じている方の採用理由です」

「六条さんのこと? うーん……まあ、理由は色々あるんだけど……」


 ちょっとだけ声は聞けたけど、私の声とはまるで別物だ。性格も、私が演じたかったキャラクターとは離れてしまっている。本来なら私の性格を基準にして、言葉遣いが丁寧だけど、プライドは高めなキャラになっていた。

 代役起用は初動だからこそ出来た荒業である。だけど帝星ナティカの代役としては彼女は適役にはならない。


「最初はただ彼女を慰めたかっただけなんだよ。彼女のために詳細は伏せるけど、彼女が悲惨な状況だったから手を差し伸べた。帝星ナティカの役までやらせるつもりはなかった。

 でもいざ喋らせてみると、彼女は1期生に欠けていた歯車と私の中でがっちり一致したんだ」

「歯車……ですか」

「紅焔アグニスとルルーナ・フォーチュンという独立した2つの歯車があって、その歯車を動かすため、貴女という繋ぎの歯車をセットしていた。でも何かの拍子で繋ぎが壊れてしまった。応急処置で別の場所に別の歯車を置いてみたら、たまたまスムーズに動いちゃった……抽象的な表現では、こんな感じかな」

「1期生に欠けていた歯車って、何です?」

「それは――」

「そこまでにしよう、灯、キィ」


 ルルーファさんは社長の言葉を制した。これ以上聞きたくないというより、私へ聞かせたくないといった様子だ。


「ここで寸止めさせるのルルちゃん? っていうか、このことルルちゃんにも言ってないけど、聞きたくないの?」

「灯の採用基準ってのはYaーTaプロが持つ立派な戦略兵器だ。あまり戦略を口で披露するもんじゃないよ」

 

 言い換えれば、まだ私のことをルルーファさんは信用していない、と暗に言っている。こればかりは仕方がない。帝星ナティカからの逃亡とYaーTaプロへの営業妨害未遂。ルルーファさんに対しては二度も裏切りの行為をしているのだから。

 

「でも何をやるにしても、灯の言動力は世界を良い方向に動かす力があるよ。だからやりたいように引っ掻き回せ。それが君の役目だ。マヌケをやらかした部分は俺たちがカバーしてやる」

「言い方ァ!」

「むはは。もちろん俺がポカった時もフォローしてくれよ。今みたいにな」

「もちろん。そのための社長さんよ」


 不思議な光景だ。ルルーファさんのほうが見た目が年下だし雇用されている側なのに、年長者で目上の灯社長を優しく説き伏せている。そして社長もルルーファさんの助言を素直に受け入れている。彼女がルーファス団長と知っているからこそ――そしてお互いに信頼があるからこそ見られる光景だ。二人の関係性が羨ましい。私も誰かと――紅焔アグニスやルルーナ・フォーチュンと背中を預け合う関係になれたらよかったのだけど。たぶんもう願いは叶わないだろうな。


「そんじゃ、準備してくるよ。姫も元気になったみたいだし」

「そんな連絡……来たわね」


 ルルーファさんが言った瞬間に内線の電話が鳴った。壁越しで気配を読んだってことかな。やっぱり人間じゃないよこの人。


「はい社長です……はい……え? こちらからお願いしたいくらいだけど……うん。本人の希望ならおっけー。舞人くん判断でお任せします。サポートしてあげて。絶対に無理はさせないように。のり子ちゃんは――うん、それなら大丈夫。許可します。はい、じゃあお願いね」


 電話を置いた社長は驚いた表情だった。


「六条さん、ルルちゃんの見守り配信するって。ルルちゃんの15分前から。リスナーさんにも安心してほしいからやりたいんだって。幽霊から天使に設定を変えたいわね」

「マジか」

 

 まじか。あのルーファスが驚いたぞ。作中でも予測という予測を外したこと、ほとんどないのに。

 あの子、配信をほとんど知らないド素人なんでしょ? 終わってから1時間も経ってないんだよ? あんなに配信荒らされておいて、不安は無いの? どんなメンタルしてるの!?


「むはは。やっぱり藍川アカルセレクションはすげえな。この会社に入って良かったよ」


 私は同期じゃなくて良かったよ。

 こんな化け物達と肩を並べるなんて絶対に無理だもの。




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4/5

物語の展開に矛盾があったため、整合性が取れるように修正しました。


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