26話 目覚めの姫
―― 六条安未果 ――
「ごめんなさい! ぶぇっ!?」
「ぬわあっ!? びっくりしたぁ!?」
意識を取り戻した瞬間、私は思わず叫んでいた。頭を上げた瞬間に誰かの腕へ顔をぶつけてしまった。うう、貧血明けでくらくらするぅ……。
ここは控室だね。でもどういう状況? 私、気絶してたみたいだけど……うわ、メイド服になってる。元の服が血だらけになっちゃったからしょうがないか。さっそく役に立っちゃったな。
「六条さん、気が付いたんですね!」
「ひぃ!? 地獄の使者ぁ!?」
「あ゛!?」
「ひいいいいぃぃぃぃ! ごめんなさいごめんなさい!」
だって目の前に佐藤さんの顔があったんだもん! 今のは本当に悪いと思っているけど不可抗力です!
あれ、体起こしたら顔にぶつかったってことは。佐藤さんの顔が近いってことは。
「ひ、膝枕されてた私!?」
「ルルに頼まれちゃって……迷惑だった?」
「いえいえいえ!」
「でも元気そうで良かったです。配信部屋を見たときは悪霊にでも取りつかれた後かと思いましたよ」
「ご心配おかけしました……そうだ配信! 配信は大丈夫だったんですか!?」
「落ち着いて聞いてくださいね」
その前置きは一番落ち着かないよー!
「まず先に今後のスケジュールをお伝えします。予定が変更になりました。まず私の見守り配信に関して、ナティ姉が合流して続行の予定でしたが、中止にしました。ルルの配信は30分後ろになって夜の10時30分からとなります」
私の血の後始末だよね……ホントに申し訳なかったなあ。
「今は夜の9時45分だから……思ったより早く起きたんだ私」
「ルル曰く、派手さの割に出血量自体は少なかったそうですよ。
それで肝心の反響ですが」
どきどき。
「初配信としては、どちらかと言えば大成功しました。ナティ姉の印象もすごくいいし、登録者数も10万超え! 同接数は私の配信よりずっと多かったんですよ! 約14万!」
「じゅうよんまんンン!?」
「はい! 私も鼻が高いですよ!」
コメントが早く流れすぎて人数よく分からなかったし酷いことも書かれてたけど、そんなに人がいたんだね。でも半分くらいは佐藤さんのアグニスちゃんが連れてきた人たちだ。私だけの成果じゃない。
さっき『どちらかといえば』って言ってたよね。悪いニュースもあるって事だ。
「ただ、会社的にはやっばり流血はマズかったみたいで。アーカイブは残らないそうです。YaーTaプロも演者を無理強いさせたみたいに扱われて絶賛大炎上中です」
「ごめんなさいぃい!」
「まあまあ。切り抜きは、よほどじゃない限り規制しない方針なので、配信自体は無意味じゃないです。炎上もすぐに収まるだろうってプロデューサーが言ってました。
それに、今回の件は応援するんじゃなくて、止めるべきだってみんな反省してます。私も結局、止めに行かなかった」
でもきっと、これで良かったんだと思う。みんなが背中を押してくれたおかげでどうにか配信が形になった。みんながいなかったら、きっと私はまだ惨めな六条安未果のままだ。
「とりあえず六条さんは栄養補給しよう! ルルがいっぱい差し入れしてくれたよ」
ブルーベリーの飲むヨーグルト、紫の野菜ジュース、お惣菜のひじきの煮物、雑穀米のおにぎり……全部鉄分が多そうな食べ物ばかりだ。あと謎のタッパー。タッパー?
「ほうれん草とサバ水煮缶の炒めものですって。給湯室で作ってきたって」
「作った!?」
「調理器具込みで仕入れは全部ドラッグストアで。薬屋なのに何でも揃ってて、何回行っても感動するってルルがよく言ってますから」
「ルルちゃん料理できるんだ」
「控室のクッキーもルルの自作です。前の職場でお見送りがあったから、お返しで作ったそうですよ」
「そうなの!? お店に並んででも違和感ないよ!?」
「しかも普通のクッキーじゃなくて、アレルゲンフリーのものだからローカロリーなんです。前の職場の関係者が小麦粉アレルギーを持ってたから、そう作ったんですって」
ルルちゃんが作ってくれた炒めものとクッキーをそれぞれいただく。当然のように、めちゃんこ美味い。
「………………」
「………………」
沈黙したまま二人で顔を見合わせる。どうやら考えることは同じみたい。
「佐藤さん。料理できる?」
「お米炊くのは自信ありますよ。炊飯器限定だけど」
「私、得意料理はチーズトーストとミルクコーヒー」
「……なんだろう。ルルならできて当たり前感あるけど、女としてすごく敗北感があるのはなんでだろう」
「おじいちゃんっぽいのに女子力高いよね」
「私、プロデューサー呼びますね。六条さんが起きたこと知らせないと」
現実に耐えられなくなったんだね。私もやるせない気持ちだよ。
あ。
「佐藤さん。ルルちゃんの配信まで、まだ時間あるよね?」
「はい、まだあります」
「私、配信していいかな?」
「お?」
言い終えて自分で滅茶苦茶びっくりしてしまった。あれ。私、こんなポジティブだっけ?
そんな私を見て、一瞬びっくりした表情を見せた後に、にやー、と笑顔になる佐藤さん。ちょっと悪者っぽい。
「ハマりましたな」
「いやいやいや! リスナーさん心配してたし、会社のみんなに恩返ししたいから、せめて見守りだけでもと思って」
本心だ。特にリスナーさんは心配してるかもしれないから早く応えたい。それに佐藤さんと一緒なら安心して配信に出られるんだったら、きっと私のヘッポコ配信でも大丈夫じゃないかな。
「でも、ひとりで大丈夫ですか?」
「大丈夫だいじょうぶ――うん? ひとり?」
「私、参加できませんよ。未成年なので」
「あ」
時刻は午後10時前。そして思い出したよ、佐藤さんの実年齢。午後10時は未成年の生配信のタイムリミット。
う、うおお……不安しかない……また荒らしが湧きそうで嫌だし……でもリスナーさんや社長たちに対する恩返しをしたいのもまた事実……っ!
「悩んじゃうくらいハマってますね!」
前の私じゃ考えられない。だけど今はこれが本心。恩返ししたい。でもひとり。安心させたい。でもぼっち。ぐうう、圧倒的に不安がでかいぃぃ……でも……。
「や、やるます。やりたいです」
「了解! 伝えてきます! 私もコメントで参加できないかプロデューサーに相談しますね!」
い、言ってしまったぁぁ……でも、佐藤さんも間髪入れずに、力になってくれる方法を探してくれた。すごく嬉しいな。
よし、もうちょっとだけ頑張るぞ!
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