25話 伝説の一夜・二幕 帝星ナティカ 後編


―― 帝星ナティカ ――


 やれないことをやろうとしたら、私みたいな不器用な女は失敗するに決まってるじゃないか。私は駄目な女なんだ。背伸びしたってチビはチビにしかならないんだ。

 やれることを精一杯やろう。

 私は血だらけになったハンカチを床に捨てた。替えのハンカチを渡そうとする社長を手で制して、急いでメモ帳を起動して社長へメッセージを伝える。


『すみません、上手く話せないのでメモ帳で。大丈夫です。このままいきます。喉に血が逆流しちゃうので』

「そんなに出血してるの!?」

『でもやります。残り時間、がんばり』

 

 ぴたりと手が止まった。社長と私が同時に見つめあって頷く。考えた事は同じだ。

 喋れないなら喋らなければいいんだ。

 メモ帳これ、使える!


「配信のメイン画面にメモ帳を映します。視聴者にも見やすいように文字のサイズを上げよう。残りの微調整はリスナーの意見に合わせてね。準備できたらコントロールを機材側へ回して。完了サインは親指グッド、サムズアップポーズよろ。その後にマイク繋ぐ指示を出すから。タイピング音あったほうが打ってる感あっていいでしょ」


 パソコン操作をリモートに設定し、機材室へ移動した社長に親指グッドポーズを送る。目まぐるしく画面が動き、あっという間に配信のメイン画面には真っ白な状態のメモ帳が映し出された。


:まっしろ

:お? 画面動いた

 

「再度コントロールを譲渡します。マイクセット。音は拾ってなくても続行しちゃって。血の汚れは気にしなくていいわよ。どうせいつかは壊れるんだから、やれるだけやっちゃえ! がんばれ、ナティカちゃん!」


 言われたとおりにマイクをセットする。

 よし。始めるぞ。これが私なりの初配信!

 

『先ほどは見苦しいところをお見せしてごめんなさい。諸事情で声が出せなくなってしまいました。一時的な症状なので次回の配信では普通に話せると思います。大変申し訳ありません。そして長い間お待たせしてしまい、本当に申し訳ございませんでした』


:マイク復活と思ったらタイピング音だった

:まさかの筆談

:普通に早い

:もっと早い子まだまだおるで

:許す!

:めっちゃ悩んだんだろうな

:ビジネス文っぽいw

:そんな固い文章じゃなくていいよw

 

 確かに。みんなは仕事の謝罪を見に来たわけじゃないもんね。頭の中で思いついたことを、私が考える帝星ナティカの口調で話すように書こう。


『みなさん、ありがとう。それじゃあ、ここからは普通に喋るね』


:おk

:普通に喋る(文字)

:喋りの法則が乱れる


『はじめまして。YaーTaプロダクション1期生の帝星(みかどほし)ナティカと申します。以後お見知りおきください』


 設定は――えーと。

 

『地球からはまだ観測されていない星――『帝星』でお姫様として暮らしていたんだけど、ちょっと遠い星までバカンスへ行きたくなっちゃって。昔から好きだった地球まではるばるやってきたの』


:異星人ね

:あれ? 幽霊じゃなかったっけ

:テーマはスピリチュアルだったよな。精霊・幽霊・女神

:妖精と天使がいない −710億点


 幽霊だったのか帝星ナティカ!? 修正!


『でも地球へ来る時、事故で死んじゃったの。それから幽霊やってるんだ。もう随分昔の話だから具体的な年齢は忘れちゃったけど、ルルちゃんとアグニスちゃんには『お姉さん』で通してるわ』


:重そうな設定なのに悲壮感を感じない

:帝星大混乱

:誅殺か

:姉キャラ!

:姉を名乗る不審人物

:そこはかと漂う末っ子感

:イメージ二女かなー。末っ子はグエンちゃん

:ポンコツ長女もアリだが


 よし、設定は伝わったね。リスナーには帝星ナティカが現実の人間が演じているという現実は知ってるけど、それじゃあアバターを使う理由にはならない。設定を話して架空の人物なんだとアピールすれば、普段人には言えないことも言えるようになるのだ。

 お次は配信する理由だね。

 

『お姉さんがどうして配信したいかの理由だけどねええええええええ』

「げほっ、げほっ!」


:うおお!?

:無理しないでー!


 咳き込んでしまい、Eキーを押したままタイピングの手が止まる。またやらかした!

 

:さっきから口開きっぱなしで頭フラフラでかなりホラー

:幽霊だからね

:いやたぶんガチ出血してる ずっと口呼吸荒いから鼻血

:さっきから水垂れる音してたのそれか!

:出血したまま配信してるの!?

:は!?

:さすがにドン引き……

:止めようよ運営

 

 私の状態がばれてる!? そうか、藍川アカルが使ってたカラオケ用のマイクだから、ちょっとした音も拾っちゃうよね。社長も頭を抱えてる。誤算だったみたい。

 まずい。血が出すぎて呼吸も苦しくてくらくらしてきた。考えがまとまらない。ぜんぜん余裕がない。


:やっぱダメか

:おい

:無理しないで

:なにこの茶番


 また荒らしが調子を出してきた。だめだ、手を止めたら奴らの思うつぼだ。

 ごめんよ帝星ナティカ。ごめんねクリエイターの方々。ちょっとナティカのイメージ崩します。

 負けるもんか!

 

『お姉さんがどうして配信したいかの理由だけどねええええええええ


 

 しんぱいさせてごめんなさい。最後まで続けさせてください。お願いします』


:え

:いや、マジで体が第一やで


『私がそうしたいんです』

 

 私は失敗ばかりしてきた。何をやっても駄目で、どう頑張っても結果が出せなくて、どん底まで落ちこぼれた。その結果が独りぼっちで惨めな六条安未果だった。

 そんな私を――六条安未果を求めてくれた人がいる。もう嫌だと駄々をこねた私に手を差し伸べてくれた人がいる。役目は押し付けられたものだけど、それでも私に任せてくれた。だからせめて、その人に私が役目を果たすところを見せたい。


:絶対に無理しちゃ駄目だよ

:もう無理してる

:じゃあもう最期まで応援するっきゃねえ!

:↑おい誤字 だがその通りだな

:何だかんだで同時視聴数やばくなってきたな

:こんな頑張ってる子をバカにできるわけねえ


『ありがとうございます。誠心誠意がんばります』


 もう一度マイクのプラグを抜いた。リスナーに血の音を指摘されてしまった以上、聞かせ続けて心配させる訳にはいかない。

 

『お姉さんがどうして配信したいかの理由だけどね。色んな事にチャレンジしてみようと思ったからなの。私は箱入り娘みたいに生きてきたから色んなものを知らないまま生きてきたの。だからちょっとこの機会に冒険しようと思って……でもひとりは不安で怖いから、みんなに見守ってもらいながらチャレンジしてみようと思うんだ』


:向上心イイゾ〜

:行動力の化身(予定

:みんながいれば怖くない


『歌も下手っぴだしダンスなんかしたことないし、ぼっちだしアイドルのこともVtuberのこともよく知らないし、いまもこうして沢山の人に心配かけたり迷惑かけてるし、不器用でどんくさくてダメなお姉さんだけど』


Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン:もうぼっちではないだろ

Ya-Taプロダクション【公式】:もうぼっちじゃないよ

:同期即レスw

:てえてえ


『みんなの応援を聞いてたら、頑張れそうです。もっとみんなとお話ししたいです。まだ何もできてないけど、これからも仲良くしてくれますか』


:当たり前だ!(ドンッ!

:応援したいからチャンネル登録しましたゾ

:毎秒応援させろ

:お姉さんの頑張り伝わりました。御恩で返します

:めっちゃフラフラしてるけど

:頑張れー! あとちょっと!


『みんなありがと                               』


 あ。まずい。ほんとうにつらい。目の前がかすんで文字も読めない。

 机に手を乗せ、倒れそうな上半身を支えてふんばる。


:だめだあああ

:もうひとふんばりだよ!

:あと5分ー!

:頑張れー!


 心はもう大丈夫。でも体がついていかない。

 前に向かなくちゃ。倒れちゃ駄目だ。みんなが応援してくれてるんだ。

 負けるもんか! 負けてたまるか! 絶対にやりきるんだ! 私は変わるんだ!


「ひゃっ!?」


 血で滑った。ちくしょう、ここまでなんだ――。


「よく頑張ったね姫」


 あ、あれ? ルルちゃんの声が聞こえる。倒れてないぞ。

 ああそうか。助けてくれたんだ。ルルちゃん、来てくれたんだ。


:意識無いなった!?

:救急車!

:お?

:誰かが背もたれに寝かせてくれた?

:スタッフ?


「ごめんなさい、じかん、ぜんぜん、できなかた……ごべんなざい」

「んにゃ、ちゃんとやることはやったよ。姫はちゃんと務めを果たした。まっとうしたんだ。えらいぞ」

「へへへ。ありあとぉ……」

「後は任せとけ」


 ルルちゃんが来たからもう大丈夫だよね。

 おつとめできたって言われたからだいじょうぶだよね。

 わたし、やれたんだよね。失敗しなかったんだよね。

 やったあ。

 もう本当に限界。

 おやすみなさい。






 

Natica Ch.帝星ナティカ

【#初配信】初めまして 帝星ナティカと申します【YaーTaプロダクション】

13.9万人が視聴中 チャンネル登録者数23.3万人




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