23話 身バレしちゃった
―― ?????(元・帝星ナティカ) ――
「いやほんと酷えんだよYaーTaの仕事っぷり。
俺、今日モデル業の――前の職なんだけどな――そいつの引退日でさ。今夜は前の職場の人と送別会するって話も出てたのに、事もあろうかその日にデビュー配信ぶっこみやがってよ。デビューして売れちまって、後日送迎会やっちまったら身バレするかもしれないだろ? 泣く泣く送迎会を見送ったんだよ。良い職場だったんだぞ。畜生め。
んでもって来たら来たで姫――おっと、今の帝星ナティカの演者の話になるんだが――姫が配信前のミーティングにドタキャンかまして音信不通になっちまってよ。よくよく社長に問い詰めてみたら、舞人に演者変更の話を通してなかったみたいでよ。知らなかった舞人が極度の人見知りの姫にぶっつけ本番で初対面交じりの音声会議に出席させようとしたんだ。そりゃ逃げられてもおかしくねえよ。おかげで事件に巻き込まれた疑惑で現場が混乱してさ。俺が探し出せたからどうにかなったけど、事と次第じゃ大惨事だぞ。
姫を連れ帰ってきてお嬢の――こっちは紅焔アグニスだな。お嬢の配信の蓋を開けてみれば、企業の現戦力をもってフルサポートされた全力全開それ以上、パワー300%の紅焔アグニスが大暴れときたもんだ。あのお嬢がそんな配信したら、世界が黙ってねえって予想しとけよ。社員も少ない弱小企業が大量の案件依頼に対応できるわけねえんだわ。社員全員が外部対応している間、社内のタスクサポートもぜんぶ俺がやらせてもらったよ。お嬢の見守り配信の資料作り。姫の配信準備とメンタルケア。全部俺。信じられるか? 俺はただの所属タレントなんだぜ。全部本来の仕事じゃないんだぜ。
そんでもんってそんでもって今は『帝星ナティカ』の後始末だよ。灯の秘密主義はたちが悪いんだ。やっていい秘匿とやっちゃいけない秘匿はわきまえてほしいぞ。君の件は完全に後者だ。俺が謝る義理は1ミリもねえけど謝るだけ謝っておくよ。いやほんとに申し訳ない」
「あ、いえ。こちらこそ。お手数おかけしてごめんなさい」
なんだこれ。私、復讐に来たんですけど。なんでビルの給湯室で愚痴聞かされてるんだろう。
「ふースッキリした。溜飲が下がったよ。トラブルシューティングすること自体はスリルあって楽しいんだが、こうも会社の尻拭いが続くと流石の俺も鬱憤が溜まるぞ。配信では言えんし会社の人間にはちと酷だから、ハゲと一杯呑むまで心の内にしまっておかなくちゃいかんのかと
「はあ」
「コーヒーはお気に召さなかったかね? ……もしかしてココアが良かったのか? 悪いがホット缶でコンポタと並んで一番好きな飲み物なんだ。今日はもう売り切れちまったから、今飲んでるこいつだけは断固渡せんぞ」
「いえ、おかまいなく」
もう怒りは収まってしまった。この人の破天荒ぶり見ていたら、自分がちっぽけに見えてしまってどうでもよくなっていた。
「とまあ、俺がいなかったら今日の配信が回るどころか中止になっていたくらいに未熟でダメな会社だ。
君の失態は直接自分が出向いてしまったことだね。今のYaーTaを潰すなら俺のやる気を削ぐ方がずっと簡単で安全だよ」
「これから私をどうするおつもりですか」
「スマホを出してくれ」
通報か。自首でもさせるつもりか。仕方ない。器物破損だもの。
「YuTubを起動してほしい」
……え? まさか――。
「姫の配信がもう始まっている。自前のスマホが壊れちまったから誰かのを借りるしかなくてな。かといって今の君は迂闊に放置できない。ということで一緒に見守ろうぜ」
「
「情状酌量の余地はあるが君の罪でもあることは違いあるまい」
「そもそも、どうして帝星ナティカの配信なのよ! 代役なんか立てなくったって、違うキャラクターを使えばいいじゃない!」
「ママさんやパパさんたちの想いはどうなる?」
「両親は関係ない!」
「クリエイターの話だよ。関係したスタッフも含めてな」
それ以上、反論ができなかった。
「Vtuberってのは使い捨ての容器じゃねえんだ。造り手と担い手の想いを受けて表現する魂の器だ。軽々しく捨てられるものかよ。
いいかい。俺は君の境遇には同情している。
だが君が帝星ナティカから逃げたことを許しはしていないよ」
ぐうの音も出ない。正論も正論だ。私は自分勝手で癇癪起こしてプロジェクトを滅茶苦茶にした駄々っ子じゃないか。恥ずかしさと申し訳無さが込み上げてくる。
「ごめんなさい」
「謝り先は俺じゃないだろう。まったく。姫と君は似た者同士だな。さっきも姫と似たようなやり取りをしたぞ。
姫の配信が終わったら一緒に事務所へ行こう。今すぐ戻ると社内が混乱しちまうだろうから、今はここでいい」
「今さらどの顔して行けばいいんですか。私は犯罪まで犯して会社を壊そうとした裏切り者ですよ」
「
彼女は微笑みを崩さない。無言の圧を感じた。
「バールのようなものが、たまたま設備に当たって少々破損しちまったようだね。ちょっとした事故があったが、それ以外は、とても平和な一日じゃないか」
「そう……ですね」
「申し訳なさそうなツラして申し訳なさそうにしとけばいいんだよ。灯は滅茶苦茶心配していたし反省もしていた。もしかしたら土下座とかするんじゃねえかな。素直に受け取っておけ。
君はまだいい。俺なんて姫にサポートすると言った直後にサポートをすっぽかしちまったんだからな。嘘は言ってねえが、この後を考えると……やれやれだ。ついでに俺のやらかしへのフォローもしといてくれ」
「理不尽には思わないんですか?」
「思うけど、誰かが死んだわけじゃねえだろ。大したことねえよ」
ぞっとした。こんなにも理不尽な思いをし続けてるのに、人の死ぬ死なないが判断基準なの? もっともっと前段階があるよね? いくらなんでも、それはおかしくない?
いや、待って。いきなりいろいろ起こったから考えてなかったけど、あの緑の剣、見覚えがある。でも記憶では
いやいやいや。ありえないでしょ。だって漫画の中のキャラだよ? それでも、もし考えていることが事実なら、彼女のおかしな言動もぴったり説明できてしまう。
「なんだよ。美人だからって見とれても、何も返せんぞ」
「さっきの剣。緑の剣。『
彼女は一瞬だけ、きょとんとした表情になった。そして少し考えてから彼女は頷いた。
「そうだよ」
「ジルフォリア戦記のルーファス団長の武器ですよね」
「おう」
「……ルーファス団長のモデルさんですか?」
「惜しいな。俺がルーファス。異世界転生ってヤツだ」
私は自分のほっぺたを叩いた。ベタだけど痛い。
そんなことある?
「ジル戦は男くさい漫画ではあるが女子にも人気だったな。嬉しい誤算だ。
のちほど事情を説明するから必ず俺と一緒に事務所へ来ること。悪いがたった今、君の拒否権は消えたよ。お詫びになるか知らんが、後でサインでも書こか?」
「……いえ、結構です」
目の前の存在が信じられなくて、ありきたりな回答しかできなかった。
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