22話 成れなかった者


―― ????? ――


 YaーTaプロダクションが入居しているビルの屋上。そこに設置されている受変電設備が封入されたキュービクルの蓋を、私はバールでこじ開けた。どくんどくんと心臓が鳴りやまない。おかげで真冬の寒さも、冷たい夜風も、まるで気にならなかった。

 時刻は8時50分。10分もすれば帝星ナティカの配信が開始する。

 その前に、この設備を破壊する。

 設備が壊れればこのビルは停電となり、配信は止められる。少なくとも今夜の再開は確実に無理だ。何なら配信前の今なら資金難も最高潮で借金も盛沢山だろうから破産は免れない。ついでに事務所とのトラブルとしての事故だから会社の信用もガタ落ちするだろう。

 とはいえ私は器物損壊罪と業務妨害で犯罪者の仲間入りだ。でも構うもんか。この私の憤りを抑えられるなら実刑だって、罰金だって安いもんだ。

 あの女――朝倉灯は私を誑かしてそそのかしたのだ。報いを受けてもらわねば。

 一緒にアイドルを頑張ろう。帝星ナティカに期待してる。

 甘い言葉に踊らされた結果がこのザマだ。帝星ナティカが紅焔アグニスの当て馬だと知らなかったら、今でもナティカを演じていられただろうな。

 アイドルとして既に大成している紅焔アグニスが未熟な帝星ナティカを一流へ導く舞台劇。それが朝倉灯の戦略だ。アグニスのビデオ動画を見て確信してしまった。

 私の想いを尊重してアイドルとして選んでくれたと思ったのに。裏切られた。そんな状態で 紅焔アグニスあの化け物 と同期になれ? できるかそんなもん。しかも5分後には私じゃない帝星ナティカが配信をするだと? 何が『貴方がいい』だよ、大概にしろよ。

 心は定まった。あとはその心に身を任せるだけだ。

 私の人生と共に死ね!

 コートのフードを深くかぶり直してから、バールを思い切り振り下ろした。


「え!?」


 が、バールは宙をからぶった。おもわず倒れこんでしまいそうになったので踏ん張った。さすがに体の衝突はまずい。感電してしまう。

 からんからん、と地面から音がした。バールの先端から半分あたりにかけて。私の手元には真っ二つになったバールのもう片方が握りしめられている。


「それが噂の『バールのようなもの』か。実物を初めて見た」


 声がする方へ顔を向けた。そして状況を理解するのに時間を要した。

 私から10メートルほど離れた場所に、メイド服を着た銀髪の女神が、緑色の剣身を持った西洋の細剣を肩に乗せて持っていたのだ。そりゃ理解できない。


「だがバールってのは釘を抜く道具なんだろ? 用途以外に使うのはあまりよろしくないんじゃないか」

「誰……ですか」

「ルルーファ・ルーファ。本当は君と同期になるはずだった者だよ」

「ルルーナ・フォーチュン!?」

「その名前は今夜10時から。はじめましてだね。元、帝星ナティカ」

「来ないで!」

 

 切り落とされたバールの先端を設備の前へ突き出す。状況がよく分からないけど、彼女が持っている剣でバールが切り落とされたことと、彼女が危険な存在だってことは嫌でも分かった。

 私は追い詰められている。


「それ以上近づくと今度こそ壊してやる!」

「そりゃ困るな」


 肩に担がれていた剣がいつの間にか振り下ろされていた。きんっ、という音と共に、地面に転がっていたバールが更に2つへ切り裂かれる。

 

「今の剣閃が見えたかね? 防ぐ手立てはあるかい? 対策がないなら今の行為を止めることをお勧めする。君の両腕を切り落とさないといけないからね。心配しないでくれ。ちゃんと傷を治す手段は持っているから、君に怪我がことは無いよ。

 何を言いたいかを要約するとだね。俺がここに居る時点で、君の願いが叶うことは決して無いってことだ」


 怒りで満たされていた感情が一気に冷え固まった。

 この人、

 キュービクルから離れ、手に持っていたバールを手放した。たぶん何をやっても無駄だと思う。10メートルほどの距離を言葉通りの一瞬で詰めてきた彼女を見て確信した。緑色の片手剣はいつの間にか消えていた。


「賢明だ。君が無謀でなくてよかった。ついでに、背負っているリュックも地面に置いて離れるか、俺に渡してくれ。同期となるかもしれなかった女性に対して手荒な真似はしたくない」

「どうして私がここにいるって分かったんですか」

「ビルの外から一瞬だけ激しい怒気と鋭い殺意を感じた。あとは少々の推測だね。君の境遇を聞いたらこんなことを起こしても仕方がないと思ったよ。

 失礼。お顔を拝見させてもらう」


 フードが取り除かれる。


「なるほど。お嬢と一緒に面接を受けた子だな。お嬢からオーディション当日の話はよく聞かされたから、すぐに分かったぞ。君が帝星ナティカだったのか。災難だったね。

 そうだ。お互い不満を持つ者同士、ここで会ったのも縁だと思って聞いておくれよ」

「な、何をですか」

「愚痴だよ。YaーTaプロや社長に対する愚痴」

「は?」

「ここは寒いしビルの中へ退避しよう。リュックは君ごと連れて行けばいいか。バールのお詫びに缶コーヒーを奢ってやろう。バール代には届かんかもしれんがね」

「え。え。え?」


 私の意志を伝える暇もなく、私はメイド姿のルルーファ・ルーファに手を引かれて連れ去られていた。



 

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