19話 こんがり上手に焼けました
―― 佐藤のり子 ――
なんぞこれ。いったいぜんたいどうなってるのさ?
「申し訳ございません――」
「弊社としましては――」
配信部屋を出て事務室で見た光景は、まさに地獄絵図だった。コール音が鳴りやまず、誰もが受話器越しにぺこぺこ頭を下げながら謝っている。社長も電話でフル対応だ。
これは無自覚系主人公御用達の、あのセリフを言うしかあるまい。
「私、なんかやっちゃった?」
「やらかしはやらかしだが、心配はしなくていいぞ。結果が良すぎたゆえの惨劇だ」
ルルはくすくすと笑って惨状を眺めていた。社員じゃなくて所属タレントの扱いである以上、ルルは電話対応には参加できない。もちろん私もできない。
「やらかしには変わらないじゃん。どんな状況なのさ。もったいぶってないで説明してよ、ルル」
「紅焔アグニスへの問い合わせやYaーTaプロダクションへの商談の対応だよ。お嬢の歌が終わって5分もしたらこの有様だったぞ。ちなみに余程じゃない限りスポンサー契約以外はほぼ断っているらしい。妥当な判断だ。経営力の弱い企業に降って湧いた莫大なスケジュール管理なんぞ不可能だからな」
つまり激バズしてたってことか。ここまで来ると
「もう収益化の申請条件もクリアしてるぞ」
「まだ配信終わって5分くらいしか経ってないんですけど!?」
「収益化の条件は大きく4つ。
1つ目。チャンネル登録者数1000人以上。
2つ目。直近12か月における動画の総再生時間が4000時間以上。
3つ目。年齢は18歳から。
4つ目。コミュニティガイドラインの遵守。
このうち1つ目は配信前からクリア。4つ目は企業として守って当然の
「クリアしちゃったってコト!?」
「4000時間なんて、5分の動画を48000回再生すれば達成だ。全世界単位で見ればすぐだよ。やはり開幕の紅蓮烈火があまりにも強烈すぎた。日本語が分からなくてもお嬢の情熱は世界に通用したのさ。急きょアップロードされたお嬢の紅蓮烈火の公式切り抜きは更新するたびに再生回数が数千増加しているぞ」
すっごい。分どころか秒単位で世界が動いてるぞ。自分がやらかしたことだけど、他人事にしか聞こえねー。当事者じゃなくて、せめて関係者くらいには留めたかったなー……。
「Vtuber界隈の反応もすげえもんだ。特にGーStateなんか、所属タレント全員が反応していたよ。誰ひとり欠けることなく、だ。配信予定を立てていたタレントなんて軒並み予定をキャンセルしちまったぞ。
特に蒼火セッカの反応は面白かった。『あんなん聴いちまったら二度とグレレン歌えねー!』と嘆いていたらしい」
うわあああ!? ごめんなさい! 推しの一人の持ち歌を潰しちまった! しかもルルの声マネ、無駄にクオリティ高いな!? でもセッカちゃんなら明日には『グレレンチャレンジ 歌いきるまで終われません』みたいな枠立ててそう。セッカちゃんだし。
それとセッカちゃんには悪いけど、もっと気になる反応があるんだよね。
「アリたんはどんな反応したの?」
活動縮小中の言葉アリアは、私の推し御三家のひとりであり、私の人生を大きく変えてくれた恩師だ。恩師と言っても勝手に崇めてるだけだけどね。歌にはストイックな人だけど、どう評価したのかな。
「何もだよ」
「? さっき、誰ひとり欠けることなく反応したって言ったじゃん」
「
「え」
「お嬢が歌いはじめてから、一言も喋ることなく、一切微動だにしなかったそうだ。お嬢の配信終わり際に一度離席し、戻った際にはいつもの言葉アリアへ調子を戻していた。この反応に対しては、アリアのリスナーも、ゲスト出演している蒼火セッカも大きく触れることなく配信は続行している」
「良かったの!? 悪かったの!?」
「真相はアリアしか分かんねえだろうな。アリアにとって、お嬢は触れ得ざるものとなった、と捉えるのが妥当な見解だ」
「えーと要約」
「やべーやつ来たから、いったん見なかったことにしよう」
「ダメな反応じゃん!?」
推しに見てもらえるから張り切ったのに、逆にダメージ与えてどうするのさ!
「だがこちらへのダメージも大きいぞ。お嬢の紅蓮烈火に対する業界への影響があまりにも大きすぎると判断したGーState側は、お嬢の配信中のタイミングで所有している楽曲の利用許可を一時的に撤回。どうせ配信のエンディングで言葉アリアの楽曲あたりを歌おうとしてたんだろう?」
「ばれてーら」
「弱小企業のYaーTaプロダクションでは今後の影響に対して捌ききれないと判断した灯もその提案に承諾。両者合意のもと撤回を受け入れた。タイミング的に相当リスクの高い取引ではあるが、そうせざるを得ない緊急事態だった。すぐに再契約できるとは思うけど、しばらくはGーStateの曲は控えてくれ」
「だからエンディングがNGになったんだ。初配信が契約違反にならなくて良かったよ……あれ!? ってことは!?」
「紅蓮烈火は大丈夫だ。藍川アカルの楽曲の所有権はYaーTaプロダクションが持っている。だからお嬢の配信自体はアーカイブで残せるよ」
「よかっっったああああ……グレレン歌えない紅焔ちゃんなんて紅焔ちゃんじゃないよ。他の楽曲は残念だけど、アカルんの曲が歌えるだけでも良かった……」
「新興企業のスタートとしては出来過ぎちまったが……売れないよりはいいだろ。まずはGーStateとじゅうもんじには並べるといいな」
「ところでルル。感想は?」
「やりすぎだ、ばかたれ。俺が困ったじゃねえか」
「いつも私をびっくりさせてるお返しになったね」
ルルはニヤリと笑った。そもそも配信が終わってからずっと嬉しそうだ。
「お嬢が置かれた現状を理解してもらえたところで、紅焔アグニスにはもう一仕事してもらおうか。姫の見守り配信だ。会議室のノートパソコンに入っている会議のソフトを使ってくれ。配信にも対応しているんだ。ある程度の設定は済ませてあるからさっきの会議のように話してくれればいい。配信の方針や注意事項、ソフトの簡単な使い方はまとめておいた。参考にしてくれ」
先程の配信で渡された資料に負けず劣らずなクオリティの資料を渡された。うわ、作成者にルルって書いてある。できる女かっけー。スーツじゃなくてメイド服という点が残念。
「いきなり配信する理由はナティ姉――六条さん絡みだと思うけど……六条さんは?」
「姫はトイレに籠ってるよ。ネット断ちしたいんだとさ」
「やっぱりダメージでかかったよね……私も逆の立場だったら、ちょっとつらいもん」
「そうでもねえと思うけどな」
「なんだよ。神経の図太さは自覚あるけど、さすがの私でもダメージ喰らうぞ」
「いや、お嬢のことじゃないよ」
「およ?」
「姫のことさ」
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