10話 はじめてのミーティング
―― 佐藤のり子 ――
ルルと出会って以来、私はルルに驚かされっぱなしだ。
お母さんの会社のファッション雑誌を見たらルルが表紙に載ってるし。
何気なくテレビを見てたらCMに映るし。
他にもびっくりさせられた事はいっぱいあるけど、その話はまた別の機会ということで。
「は?」
いやだって、ねえ。最大級のサプライズをぶちまけられたら過去のびっくりなんて話してる場合じゃない。
「YaーTaプロダクション1期生の『ルルーナ・フォーチュン』を担当しているルルーファ・ルーファだ。よろしく頼む、お嬢」
「はぁぁああああああ!?!?!?」
私の配信デビューを応援するために事務所へ来たって聞いたから頑張ろうと気合を入れた矢先。めっっっちゃ笑顔のルルから同期デビューを告げられ、私は絶叫するしかなかった。お母さんは成し遂げたような笑顔を見せてから控室を出ていった。グルだなお前たち。控室までルルが来た時点で怪しいとは思ったけど。知り合いでも部外者だと思ってたし。
確かにルルーナ・フォーチュンが公式から発表された時に思ったよ。ルルをVに落とし込んだ感じのデザインだな、とか。ルルが声やったら似あいそうだな、とか。
「いつの間にオーディション受けてたの!?」
「受けてないぞ。お嬢がオーディションを受けたその日に社長からスカウトされた」
なにその都市伝説みたいな話!?
「じゃあ私がオーディション合格の報告をしてた時には、ルルはもう同期だったってこと? このヤロウ、私が合格して泣き喜ぶさまをほくそ笑んでやがったな!? どうりであんまり驚いてないと思ったら!」
「いやいや、ちゃんと嬉しかったよ。お嬢が本当に嬉しそうだったから、俺もちょっと貰っていたな。まあでも、確かに驚きは少なかった」
「何でさ」
「予定調和だろ」
「……また難しい単語で煙に巻きおってからに!」
「いやいや難しくはない。決して難しくないぞ、お嬢」
残念そうな顔で言うんじゃあないよ。後でネットで調べてやるからな。
よし、気持ちが落ち着いてきたぞ。落ち着いてきたら驚きや怒りよりも嬉しさが勝ってきた。ルルはいい意味で感情をぐちゃぐちゃにするのが上手い。美人なプチ有名人で仲の良い知り合いが同期なのだ。テンション上がるしかないっしょ。
「それじゃ改めまして。『
ルルに改めて挨拶をした瞬間、ルルは見たこともないような険しさで眉間にシワを寄せた。あれ?
「アグ――にゃん?」
「うん。可愛いよね。アイドルっぽくて」
「同意しかねるな。むしろ意地でも抗いたくなるというか、無性に腹が立つというか……露骨に媚を売ってるみたいでぶん殴りたくなる」
「そこまで言う事なくない!?」
「俺は今まで通りで呼ぶよ、お嬢。俺のことも今まで通りに呼んでくれ。そのための”ルル”ーナ名義だ」
「待って。私の呼び名が『お嬢』で固定されそうな未来が見えるんですけど。もうちょっと譲歩しない?」
交渉を続けていた私だったけど、ノックの音で中断させられた。同期3人目か、と思ったらスーツをバシッときめた、細身な男の人が控室に入ってくる。プロデューサー兼統括マネージャーの舞人さんだ。まあ、ワンチャン本当に3人目かもしれんけど。流石に違うか。
「お疲れ様です。お二人とも揃ってますね。ルルーファさんはお努めご苦労様でした」
「俺の場合はモデルを卒業したから、シャバから潜る方だけどな」
「ぅえ!? ルル、モデル辞めたの!?」
「おう。元々読者モデルで日雇いの身だから、卒業ってのも変な話だがね」
なんてこった。もう半年もしたらパリコレデビューやTVタレントも夢じゃなかったと思うんだけど……Vtuberって基本的に就職難で時間持て余したり、スキマ時間の小遣い稼ぎでやるお仕事ですよ? 売れなかったら収入なんて雀の涙らしいし。
「佐藤さんは初耳でしたか。ルルーファさんは配信者に専念されるそうです。
「モデル業は良い経験だった。自分で言うのもなんだが天職だったと思う。であったとしても、やりたいことではない。
俺には気にせず、舞人たちは俺たちを最高のステージまで導いてくれ。俺たちはその道を駆け上がるだけだ。頼むぞ。舞人プロデューサー」
「無論です。それが仕事ですから」
プロデューサーの口調は冷たく聞こえるけど表情は柔らかい。すげえ。あんな嬉しそうに微笑むプロデューサー初めて見たかも。
ドラマでしか聞けそうにないクサい台詞なのに、ルルが言うと何の違和感もない。そんでもって、私もやったろうじゃん、って気持ちになる。プロデューサーも当てられたのかな。こんな台詞がさらっと言えるルルの配信が楽しみだ。
「お二人とも準備がよろしければ配信に向けてのミーティングを始めたいので、会議室へ移動をお願いします」
ミーティング! 会議ですよ! 今まではお客さん側として接してもらったけど、今日からは同じ仲間として仕事するんだなぁ。まだ女子高生なのに社会人みたい。
「3人目の方――
「彼女はリモートです。自室から配信される予定になります」
「初配信なのに自宅からですか。すごいなぁ。私が事務所収録にしたの、不安があったからも理由なのに、勇気あるなー」
「いえ。彼女は少々、その――あまり外へは出たがらない方で」
「なるほど、引きこもりってことですか。この業界だと、そういう人もいますよね」
プロデューサーに案内された部屋へ入る。韓国ドラマで見たようなシャレオツなインテリアやテーブルが置かれており、その中心に3台のノートパソコンとヘッドセットが設置されていた。ちなみに会議室じゃなくて応接間である。我が社の部屋割りは、事務室、社長室、応接間、タレントの控室、そして配信部屋となっている。ここまでで部屋はカツカツなのだ。社員たちは専用の休憩スペースすらない。だから応接間は会議室も兼ねていたりする。ちょっと世知辛いね。
プロデューサーの指示に従い、ヘッドセットの装着と会議アプリの起動を行うと、3分割されたそれぞれの画面の中に3人のアバターが映し出された。
「わっ、もう映ってる!?」
「Vの姿で会議するんだな」
「タレント間で顔出しNGの方もいらっしゃるので。かと言ってビデオ通話無しだと発言者が分からなくなることもあります。ですので折衷案としてアバターに乗せるという方針へ落ち着きました。アバターのオンオフの切り替えはできますよ。会議の主催者しかできませんが。お二人はどうしますか?」
「このまま一択でお願いします!」
「俺もこのままがいい」
こんなフランケン顔見せられるもんかい。それに比べて紅焔アグニスちゃんの可愛さときたら。
私のキャラは『炎』『太陽』がテーマだ。髪は現実よりやや長めで肩口まで、一部の左右の髪が胸あたりまで伸びている。テーマ通りに赤髪ベースだけど、先端へ向かうにつれて青いカラーリングとなっている。
ルルのキャラ『ルルーナ・フォーチュン』は『光』『月』がテーマ。ルルをそのままVのアバターへ落とし込んで、髪の色を薄紫と白のグラデーションへ、肌は白く変更している。最近のスマホゲーにいそうな、胸のはだけた露出度の高い白の鎧を着ているけど、黒インナーや鎖帷子で露出部を覆っており、
そしてプロデューサーもVのアバターだ。どこかで見たような気がする。和服着たインテリ感漂う正統派イケメンだけど……あ。
「舞人さんのアバター、『
「はい。そう呼ばれたこともありますね」
登録者数150万人、YaーTaと並ぶVtuberグループ『じゅうもんじ』のトップライバーだよ!? 元だけど。無表情から放たれる鋭い毒舌で場を盛り上げるけど、根の言動はとても優しい表裏のギャップが人気だった。
ちょうど1年くらい前に突然引退を表明したんだけど、左手の薬指に嵌められているリングが理由なんだろうな。赤ちゃんの泣き声を配信に乗せるわけにはいかないもんね。
「プロデューサー、めっちゃ大物だったんですね」
「1年前に引退した身ですし、登録者数は社長の半分以下です。社長に比べたら、もー小物小物」
いや、100人以上居るじゅうもんじライバーの中でもトップ5だったでしょアンタ!?
「ということで、配信のことなら大先輩たる私にジャンジャン相談してください。それと当然ではありますが、この会議の映像は絶対に漏洩させないでください。このアバターを使ってる以上、死ぬほど面倒になりますので」
「フリー素材のアバターじゃ駄目だったんですか?」
「配信不慣れな素人剥き出しの小娘たちを分からせるには手っ取り早い説明材料なんですよ」
「こむっ……」
「あーすみません。つい本音出ちゃいました」
くそー。東遊が毒舌キャラだったから、全く腹が立たないぞ。むしろ現役バリバリの返しが来たから喜んでる自分がいる。
「はい、ファンサービスはここまで。申し訳ありません。3人目の方の準備が遅れているようです。繋がった後は私以外、実名ではなくアバター名で呼んでください。
ルルーファさん。そのアヒルみたいな口するのはご自宅へ帰ってからにしてくださいね」
「流石にルルーナでは再現できないな」
「少なくとも機能の実装予定は永遠に未定です」
3人目。YaーTaプロダクション1期生最後のメンバーだ。
テーマは『水』と『星』。ウェーブのかかった髪が腰まで伸びていて、前髪の一部が眉間を通って伸びている。髪色と衣装は『水』のテーマに沿って水色や青色を基調としている。
……ところで遅いなあ、3人目の方。舞人さんも暇を持て余して携帯いじりだしたよ……って、あれ? 電話かけてる? 部屋の外出てった……あ。すぐに戻ってきた。めっちゃ焦ってない?
「あの、プロデューサー。大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」
「ああいえ。大丈夫です」
いや、その様子だと問題アリアリちゃんだよね?
「ナティカさんは参加できないとの連絡を受けましたので、申し訳ないですが今回のミーティングはキャンセルとします。お手元にある資料を読んでおいてください」
「欠席ですか」
そんなに慌てることなのかな?
「舞人」
ルルのひと声にびくりと体を震わせる舞人さん。
「報告は正確にしろ。隠すなら隠せるように徹底して振る舞え。何があった」
「すみません。少しプライベートな内容となりますので――」
「配信不慣れな素人剥き出しの小娘は些細なイレギュラーがあるとパフォーマンスが落ちるぞ」
ルルはお返しだと言わんばかりに、ニヤニヤ笑いながら言った。舞人さんは観念したように頭をかいて、言った。
「帝星ナティカの演者と音信不通になりました。つい10分前の出来事です」
……わお。そりゃ私達には隠したいね。
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