9話 ルルーファ・ルーファの引退日


―― ルルーファ・ルーファ ――


 俺が日本へ転生し、のり子母娘と、そして朝倉兄妹との出会いから、およそ3ヶ月が経過した。俺が転生したのは暦上で10月末だったが、今は1月の終わりである。秋が過ぎ年末年始を過ごし、冬の寒さも本格化する季節だ。

 俺は大きな花束と大量の贈答品が詰まった紙袋を持って、のり子の母君が務めるアパレル会社のビルを出た。そのまま駐車場で待つ母君の元へ。

 

「悪い母君。遅れた。お詫びのコーヒーだ。熱いぞ」

「サンキュ。遅れることくらい分かってるわよ。ファッションモデルの超新星LUFAルーファの引退式なんだもの」

「その名前はついさっき休業したじゃねえか。意地が悪いぞ母君」

「だってルルちゃんを説得できなかったんだって、私の評価が下がっちゃうし。意地悪を言いたくもなっちゃうわ」


 口では愚痴を言いつつも、声と表情は柔らかい。そもそも母君から説得などされていない。『間違ったことは正す。それ以外は責任を持たせる。ルルちゃんが責任持って決めたことだから頑張ってとしか言えないわよ』とのこと。母君の教育方針は素晴らしいな。

 アパレル会社のデザイナーである、のり子の母君からモデル業を紹介されて以来、俺は定期的に読者モデルを引き受けていた。そんな俺がなぜ花束と贈答品を持っているのかといえば、今日はモデルのとして仕事納めでもあるからだ。たった3ヶ月、それも時々顔を出しただけなのに好待遇である。


「その時々で我が社の名前がトレンド入りしちゃったのよねー。逸材とは思ってたけど予想以上だったわ。日雇いとはいえウチと契約したモデルでCMまで進出したのは貴女が初めてなんだから」

「母君に従って芸名を使って大正解だったな。髪を剃り落とさないと、まともに大手も歩けなくなりそうだ」


 ルルーファも偽名ではあるが。今ではすっかり馴染んじまったな。

 

「もし有名になりすぎちゃっても本当に剃っちゃ駄目よ」

「もちろん冗談だよ。髪は女の命。短くはすれど無くしはしない。そんな軽々しく剃るやつなんて居ないだろ」

「それが居るのよ。軽々しくでは無かったけど」

「なんと」

「のり子の友達。そのうち紹介するわ。ちょっと近寄り難いけど根はとっても良い子だから」

「それは是非会ってみたいな。気が合いそうだ。そのお嬢は?」

「先に現場事務所入りしてる。ルルちゃんと会うのを楽しみにしていたわ」

「ひと月前に会ったばかりだし、しょっちゅう電話もしてるってのに」

「ルルちゃんのこと大好きだからね。のり子」

「人気者はつれえな。むはは」



 

 目的地へ向かう間、チェイスこと朝倉進との再会を果たしてから今日に至るまでの経緯を話そう。

 まず俺の正体など、ジルフォリア関連の情報は俺と朝倉兄妹の間だけの共有事項となった。当然だな。進が長年ジルフォリア戦記を連載しておきながら同郷からの連絡はゼロなのだから。公開のメリットが皆無である。

 俺の表向きの扱いは、一部記憶喪失となった外国人、という胡散臭さが目立つものになってしまった。法律やら国籍やら、そういった面倒な手続きは全て進へ任せることにした。おそらく朝倉家の養子縁組のような扱いになるとのこと。

 住居に関しては2つの勧誘を受けていた。朝倉灯が運営する会社寮に入るか。もしくはのり子母娘の離れを借りるか。俺は前者を選んだ。異世界から――ましてや戦場あがりの俺にとって平和な現代社会へ馴染むのは少々骨が折れるだろうと進の判断である。

 死ぬ直前まで戦乱の真っ只中にいたのだ。生きたいなら殺す。足りなければ奪う。弱肉強食が横行する戦場特有の価値観や論理感は現代日本では異物に他ならない。現代社会に生きる人間としての土台が俺には徹底的に欠けていた。のり子たちの世話になるには、平和な世界に対する知識と感覚が乏しすぎたのだ。

 アイドルや配信者として必要なスキルアップだけではなく、日常生活を送りつつ、時々アルバイトをして日々を過ごす。一般常識や日本の文化をひたすらに学び続ける、いわば日常生活の『特訓』である。

 これらの指示は全て朝倉兄妹によるものだ。戦場あがりの扱いは戦場を経験した者にしか理解できない。現代社会を生きる民衆の理解を得るには日常を知らなければ共感は得られない。納得の采配である。



 

「ルルちゃん、もうすぐ着くわよ。相変わらずルルちゃんと乗ると信号待ちが無くなるわね……」

「これ以上、無駄に赤いものを見るなと神様からのお達しかね」

「何の話?」

「幸運になるおまじないの話だよ。さてさて、まずは挨拶代わりだ。のり子嬢にド派手なサプライズをブチかまそうか」


 今の俺、悪い顔してるんだろうな。なにせ今日までの間、のり子嬢には俺が同期でデビューすることは秘密にしていたからな。

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