8話 筋肉の母
―― ルルーファ・ルーファ ――
おおよその情報交換会が終わり、進はパンッ、と手を叩いた。
「さて。とりあえず必要最低限の情報交換はできましたね。俺が死んでから団長や銀星団、妻や子供が――ジルフォリアはどうなったのか。団長がなぜその姿で突然日本に現れたのか。聞きたいことは山程ありますが、今の問題を片してからにしましょう。昔の話なら、その後でも遅くない。
衣食住は灯が提供するって事で解決でしたね。あとは働き口も確保しときましょうか。暮らしが落ち着くまで、俺のアシスタントなんてどうです?」
ん?
「働き口なら決まってるぞ。灯、話していないのか」
「え。ん、まあ」
灯はバツが悪そうな生返事だった。子供が割った皿を隠すような反応だ。
おや?
「そこまで面倒見てくれるのか、灯。今の団長は戸籍や国籍を持ってないだろうから心配だったが、事情を知ってる奴の下なら安心だ。
で、団長。どんな仕事を紹介されたんです? 灯は芸能関係の関係会社やってますけど、そっち関係ですかね?」
「Vtuberをやることになっている。アイドルだぞ、アイドル」
「おお、なるほど……なんだって?」
進は目を見開いて固まった。そして灯へ視線を向ける。灯は顔を逸らして顔を覆っていた。
なんだなんだ?
「……ぶい、ちゅーばー? アイドル? 団長が? あの屍山血海のルーファスが!?」
「なんだよ。駄目なのか?」
「むしろ乗り気なんスか!?」
「兄妹揃って同じ反応だな。今の俺、美声だろ。昔の俺じゃ考えられなかった仕事なんだ。乗り気も乗り気だよ。楽しみで仕方がない程度にはな」
「なに吹き込んだんだよ妹ォ!?」
「私はルルちゃんがVやったら面白そうだなと思って誘っただけ。ルルちゃんがアイドルVtuberに興味津々だって知ったの、マジでついさっきなの。布教のフの字もしてない」
「灯のライブに惹かれてな。一目惚れに近かった」
「ルルちゃんン!?」
「おっと、今度は灯か。騒がしいな」
「灯がライブ!? アイドルの? おい灯、もしかして――」
「ルルちゃん、黙ろう。ね、黙ろうか」
「そんなにやましい仕事なのかい、Vtuberってのは」
「違う! いや、やましさは全然ないんだけど、世間一般的には変わった職業ではあるかなーと思うけど!」
否定だけは一瞬だったな。
「灯、お前……芸能関係の会社って……ちなみにお前は誰なんだ? 知ってる奴か?」
「ルルちゃんシャラップね」
「藍川アカルだ」
「俺でも知ってる名前じゃねえですか! 対談までしたぞ! ネット越しで!」
灯は頭を抱えて項垂れてしまった。あれ?
「……ルルちゃん何でさ」
「『喋って』と言われたかと思って」
「真逆です! そうだった、ルルちゃんは日本人じゃなかった! 私より日本語知ってるのに!」
「そんなに落ち込むことか?」
「Vtuberってのは正体を隠し通さなくちゃいかんものなんです。ましてや元とはいえ企業所属の配信者なら絶対順守ですね。俺もいま知ってびっくりしているところですよ」
「ルルちゃんに口止めするのすっかり忘れてた……バレ回避し続けたんだけどな」
なんてこった。悪いな灯。俺が知ってるのはレーワ文明の言語なんだ。日本語って難しい。
なるほど。Vtuberは顔を隠して活動するものだった。しかし家族にも隠し通さなくちゃいかんのか。のり子の母娘が特殊なのだろうか?
「はいそうです。私が元
「引退……そうか。そうだな、藍川アカルは引退していたな」
進は手で顔を覆って深くため息をついた。
「で、事務所立ち上げて団長をスカウトしたと」
「ええそうです。アイドル業の立ち上げのために、ついさっきルルちゃんをスカウトしたところです。2人目の所属タレント予定です」
「どうだ? 面白そうだろ? ジジイだがアイドルだぞ」
「団長が……屍山血海のルーファスが、歌って踊るアイドル……しかもVtuberなんて……だめだ、俺の頭の中で筋肉オジサンが桃色のスカート穿いてアイドルステップ刻み始めちまいましたよ」
「こんな美人ちゃん目の前にしてその発想はねえだろ。オッパイ揉むか?」
「結構です。団長も気軽に触らせないでください。品位が下がりますよ。
百歩譲ってVになったとして。大手ならまだしも実績が無い新参の会社でしょ。不安定極まりないし、ぶっちゃけ俺は反対っス」
進はしばらく考え込んでから、両方の頬をバチンと叩いた。チェイスが考えを纏めたいとき、心を落ち着かせたいときにやるクセだ。
「でも俺が反対したところでやるんでしょ。団長はやると言ったらマジで曲げませんし。だったら上手くいくようにお付き合いします」
「流石。分かってるじゃねえか」
「ついでに灯の事業も軌道に乗せられたら万事解決ですし」
「私がついでなんかい」
だが心強い仲間を得た。強豪曲者ぞろいの銀星団を主に金銭面や人事で支えてきたヤツだ。
「灯。今日団長をスカウトしたってことは、まだ
「まあね。兄貴、その話を出すってことは――」
「お前の想像通りだよ。むしろ俺たちの正体を知った以上、俺以上に適任はいねえだろ」
「銀星団元団長と元副団長のコラボってところね。兄貴の絵柄なら全然大丈夫」
そんでもって、今のチェイスは朝倉進という日本人であり、同時に観照退という漫画家である。
そう、漫画家なのだ。絵を描けるのだ。
「団長の担当デザイナー、引き受けますぜ。約束の続き、今度こそ果たさせてください」
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