7話 戦記の真実
―― ルルーファ・ルーファ ――
【すんません、大の男がみっともない姿見せちまって】
【あの服はお気に入りだったんだぞ。涙はともかく、鼻水は無えだろ。下着のシャツが無事だったから良いけどよ。オッパイ丸出しになるところだった】
【オッパイと言えば団長。ブラしてます? 胸用の下着です】
【いや】
【どうりでえらい柔らかかったとは思いましたよ。おっと、セクハラでしたね】
【せくはら……はよく分からんが……俺のオッパイの感想はどうだ?】
【控えめに言って最高っスね。中身が団長じゃなければ】
【くそ、羨ましいな。お前と体を入れ替えてぇ】
【絶対に嫌です。あぁ、どんな姿になっても、やっぱり団長は団長なんスねぇ。こうやって話してると安心しますぜ】
「……あのさ、二人ともいいかな」
【何だよ灯。まだ茶は用意できないのか? 茶は茶でも紅茶にしてくれよ。四角い缶があるから開けちまってくれ】
「頼むから兄貴。日本語しゃべって。二人だけのオリジナル言語喋られても、何言ってるかマジで分かんないから」
「んん? すまん。団長がジルフォリアの言葉で話し出すからつい乗っかっちまった」
「髪はすっかり変わっちまったが中身は変わらねえな、チェイス。いや、今は朝倉進だったな」
「俺としちゃハゲで呼ばれてもいいですけどね。うはは」
感動の再会を果たした後、俺と灯は進の家の客間へ通されていた。パンツ一丁だった進は既に部屋着へ着替えている。
進に促されて飲み物――お茶と菓子を運んできた灯はそれらを配膳してから卓についた。向こうで飲んでいた薬湯に似ているな。香りは段違いで良いが。それよりも菓子が気になる。甘い匂いで気が持っていかれそうだ。
「とりあえず状況を整理します。先に私とルルちゃん――ルーファス団長について説明するね、兄貴。ルルちゃんは補足あればお願い」
「おい妹。団長に対してルルちゃんって何だ。馴れ馴れしい」
「そう呼べって言われたんですー」
俺が灯の下まで行き着いた経緯は車の中で詳細を話している。灯が持つ情報だけでもここに来るまでの状況は伝わるだろう。丸投げしちまえ。
そんなことよりも紅茶と菓子である。気になってしょうがない。思い起こせばこの世界では水とコーヒーしか飲んでない。固形物が恋しいお年頃だ。どちらも気になるが硬いパンみたいな菓子でも食べてみるか。おいでませ未知の味。酸いも甘いも上等だ。
「んんンン!?」
「びっくりした! どうしたのルルちゃん」
「そのクッキー美味いでしょう。色々ありますから、じゃんじゃん食べちゃってください」
おいおい何だこのクッキーとやらは。口の中で甘みと旨味が大爆発だ。美味すぎるぞ。それでいて時より仄かなほろ苦さが添えられて味に変化を持たせている。缶コーヒーを固形化したような感覚だが味の方向性は甘みに特化しているな。
対して紅茶は洗練された味わいだ。クッキーが味の大洪水だとしたら、紅茶は滲み出る清水のような立ち位置である。甘みの飽和状態を紅茶が押し流してくれる。貴族も茶会で似たような代物を食してみたが次元が違う。菓子でこれなら食事はどうなってしまうんだ?
堪らんなこりゃ。顔が緩む。
「……ねえ兄貴。ルーファス団長って、こんな可愛い食べ方するの? ハムスターみたいになってるんだけど、あのおじいちゃん」
「まあな。甘いものは特にああなっていた。しかし、若い女の子だったら映える食べ方するんじゃないか、とは思っていたが……想像以上だ」
「永遠に見てられるわ」
「んお?」
いかんいかん、完全に意識が飛んでいたな。
「話、進んでるか?」
「今日の数時間の出来事なんで大体は把握しましたぜ」
「じゃあ次は兄貴。兄貴自身――
「指揮系統補佐、諜報活動隊総括、及び経理係元締め……一言で言えば、銀星団の副団長だ」
「加えて
「俺と死に別れてから30年以上も経つのに親友と呼んでくださるのですね……感無量っス」
「親友のまま先に死なれちまったら、そうもなるさ」
「副団長? 親友ぅ? めっちゃ重要そうなポジションじゃない。何で漫画に出してないのさ」
進は鼻頭をかいた。チェイスが困ったときにする仕草だ。
「ン……そいつを説明するには、俺がジルフォリア戦記を描く理由を先に知ってもらわないとだな。団長、読んでくれたんですよね? 解説お願いします」
「意地が悪いな観照退。恥ずかしくて口に出したくないか」
「図星っス」
「やれやれ。可愛いな」
作者を前に作品の真意を説明しろだと? 無茶振りじゃねえか。こういうところは灯と似ているな。
「ジルフォリア戦記は、いわば行方不明者捜索用の宣伝広告みたいなもんだ」
「ウチのネコちゃん探してますって、あれみたいな?」
「灯にも説明したとおり、ジルフォリア戦記は歴史書だ。多少の歪曲はあるが史実を描いている。俺たちの世界から転生した者なら一目で分かる程度には正確だ」
「観照退はジルフォリア人の転生者である。そうアピールしたかったんだね」
「同郷の者よ恐れるな。我もまた、君と同じく天の道から弾き出された迷える子供なのだ……ってな」
「『ユーフォニィ』――フォニア導教の聖典、第2章5節っスね」
教義も覚えているのか。褪せないな。
「だが正確すぎる開示は危険が伴う。灯。俺たち銀星団は何の集団だ」
「始まりは傭兵集団。そして騎士団へ――なるほど、理解できてきたわ」
「どんな大義名分を並べようと俺たちは人殺しの集団だ。その事実だけは曲げようがない。怨恨万別。どんな恨みを買っているかも分からない。ありのまま書き記すことはできなかった。
だからこその改変だ。ある者は存在を抹消され、またある場面では架空の人物をでっち上げる。僅かな歪みを持たせることで語り手の存在を悟られぬよう、情報をかく乱した。
その結果が真の語り手である銀星団副団長チェイスの消失だ。こんなところか、観照退?」
「ドン引きするくらい合ってますね」
団の花形は俺だったが、裏方は専らチェイスの役割だった。団の存続には欠かせない存在ではある。しかし語るような武勇伝はあまり持ち合わせない。所謂ズットリオ達のように、団員たちは優秀な逸材揃いであり、チェイスの代役を務めるだけの器量持ちばかりだ。だからこそ欠員が生じても歴史が成り立つのだ。
「つまり兄貴が
「もうちょっとソフトな言い方しておくれよ」
「それで釣果は?」
「連載開始から10年超も糸をたらし続けて、ようやく今日、大本命の超大物を釣り上げたところですよ」
「そりゃパンツ一丁で飛び出しもする。頑張ったな、進」
「……無念だったっスからね。これから団長と一緒にジルフォリアと銀星団を発展させようって時に、俺が先にくたばっちまって。団長が死ぬまで俺が支える――その約束を果たせなかった」
再び瞳を潤ませる進。
「でもこの国は前の世界とは違います。戦争も無ければ内地紛争も無い。俺たちが誰かを殺さなくっても人々は暮らしていける国だ。少なくとも前のように戦死で別れることはないでしょう」
「戦死って……」
「戦場じゃよくある死に方だな。
「おー羨ましいな。俺も戦死だったが結構キツかったぞ。左腕ぶった斬られて、どてっ腹に――」
「ストップ。健康診断を受けた後のおじいちゃんみたいなノリで話さないでよ。スプラッタすぎて胸がヒュンってなるわ」
おっと、刺激が強すぎたか。今の自分は元の身体じゃないから、前世の出来事が他人事に思えちまうんだよな。
「兄貴に関しては、次は酒で早死にしなけりゃいいけどね」
「残念だったな灯。健康診断で引っかかった事は無えんだよ」
うはは、と豪快に笑い飛ばす進だが、想像を絶する孤独感だったはずだ。前世の世界など誰も知らず、共有も共感もできず、自分の記憶が妄想ではないかと苛まれたに違いない。本当によく頑張ったよ、進。
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