4話 我が名はルーファス
―― 佐藤のり子 ――
面接会場に着いた私は、受付の人に案内されて控室らしき部屋に通された……と思う。夢見心地で会場入りしたからよく覚えてないんだわ。気がついたら部屋にいてパイプ椅子に座ってた。あと案内の人がめちゃキモがっていた。気持ちは分かるぞ。こんなフランケンみたいな顔でウヘウヘしてたらそりゃキモい。ごめんね案内の人。だってしょうがないじゃん。控室に誰もいなくて良かった。
「ぬあー、まだ動悸が治まらん」
皆の者に問いたい。女神様みたいな美女にガチ恋距離まで迫られたうえにエモい激励をされた時のクールダウン法を教えてほしい。顔が火照りすぎて全然治まらん。あー、顔に氷ぶっかけてぇー。
「えへへ」
うーん、キモいぞ私。感情がバグりすぎて情緒不安定だ。気分は最高にハイとなっていてどんな表情をすれば分からない。あんな激励されたら、なんだかYaーTaのオーディションなんて些細なイベントに思えちゃう。リアル女神のサムズアップとアイドルVtuberのオーディションってどっちがレアなんだろうね。
ルルは不思議な人だ。ずっとニコニコしてるし、知識は偏ってるし、私とあまり変わらないくらいの年齢なのにおじいちゃんと話してるみたいな感覚だし。胡散臭いし。でも信頼したいと思わせる何かがある。美人なせいかな。
「こちらでお待ち下さい」
「ありがとうございます」
やべ、誰か入ってきた。帽子ガード。
控室に入ってきた女の人は机の対岸、私からつかず離れずの絶妙な位置に座った。そばかすがチャームポイントの、大人しそうな普通の
「うっ……」
「え。ちょっ、大丈夫!?」
私は置いてあったペットボトルの水を急いで彼女に渡し、うずくまる彼女の背中をさすってやった。緊張してるんだろうな。本番大丈夫かな?
ルルの激励が無かったら私も貰いゲロしてたかも。集団感染騒ぎになりそう。そうなったら私はYaーTaプロ出禁女になっていただろう。まだ1期生も出てない事務所だから下手したら閉鎖もありうる。ルル。君は歴史を動かしたぞ。たぶん。
「ごめんなさい、ありがとうございます……落ち着いてきました」
あ。声しゅき。タイプかも。
「しょうがないよ。大一番だもん」
「ありがとう……ございます」
うーん、見てらんない感あるわー。ルルとお母さんもこんな気分だったのかな。でもこんな人でも本番で化けるパターンがありそうで怖い。
「緊張しないのですか」
「緊張? あーうん、たぶんしてる。でもよく分からんけど、今の私には緊張という概念が理解できない状態。なんだっけ。トランクス状態」
「トランス?」
「そうそれ」
「ふふっ」
笑った! 超可愛い。Vtuberになったら清楚枠待ったなし。
敵に塩を送っちゃったかな。でも、相手のベストアピールを上回って夢を掴んでこそのオーディションだよね。
「頑張ってね。応援はできないけど、お互い悔いのないように行こう」
「はい。お互い結果を出せるといいですね」
「私は大丈夫」
なんてったって女神様の祝福があるからね。今の私には合格するビジョンしか見えない。今はどちらかといえば、もうすぐ藍川アカルに会えるかもしれない期待で胸がいっぱいだ。
『舞人くーん! 紙コップどこだっけー? あと拭くものも持ってくねー!』
『来客中です。お静かに』
慌ただしいなあ。小さな事務所だから筒抜けだよ。新入社員さんかな?
どんな人だろう。
―― ルルーファ・ルーファ ――
(……なんて、お嬢は舞い上がってるんだろうな)
「何が好きな飲み物なのか分からなかったから定番の缶コーヒーにしたけど、良かった?」
「大丈夫だ」
コーヒーとやらの味はさっぱり知らんがレーワの人間が飲めるなら問題無いだろう。
よく通る声でこちらに鉄の熱い筒を渡したのはVtuber藍川アカルの演者――朝倉
ここはお嬢が向かったYaーTaプロ事務所がある建物内に設けれられている共用の休憩所だ。落ち着いて話がしたいとして灯に連れられてきた。部屋にはやや汚い卓がいくつか置かれている。
しかし……なんだこの鉄の筒。中に液体が入っているようだが飲み口が見当たらない。灯はいつの間にか中身を飲んでいるようだが。筒にへばりついてるツマミを引っ張ればいいのか?
「む。折れちまった」
「え」
「まあいいか」
「うえぇっ!?」
ツマミを引っ張って取ったら小驚き、筒の上部を端から噛んで破ったら大驚きされた。よほど変な開け方をしてしまったようだな。
おっと溢れるこぼれる。熱いな、これ。それにこの開け方では口を切っちまいそうだ。灯に開けてもらえば良かった。
「杯はあるか?」
「コップね! ちょ、ちょっと待ってて」
灯は慌ただしく出ていき、すぐに目的の物を持ってきてくれた。組織の長なのに侍女は居ないのだろうか。
「どうぞ。拭くものも持ってきた」
「助かる」
異様に軽いコップと呼ばれる杯を受け取り、コーヒーを移す。おや。このコップとやら、どうやら紙製のようだ。うーむ、流石のレーワ技術だが、材料の採用基準はイマイチ分からんな。
ついでに飲み物の味も基準が掴めん。濃縮されたほろ苦さと甘ったるさが口いっぱいに広がる様は美味くも不味くもないが、決して不快ではない。どこかまた飲みたくなる味だ。うん。好きな部類。
「前職は自衛隊かプロレスラーでした?」
「最近は羊飼いをしていたな」
「……酪農の人かな、うん。お姉さんはご一緒しなくて良かった?」
「問題無い。彼女には彼女しかできないことがある」
「そう。ならいいけど」
母君とは別れ、当初の目的であった衣服の調達をお願いした。灯の目的が俺である以上、母君は無関係となる。それに、彼女のような手合いに母君が一緒では話しづらそうな予感がした。
「それじゃあ改めて。お話を始めましょうか。単刀直入に言うわ。貴女には我がYaーTaプロに入ってアイドル活動を中心とした配信者になって欲しいの」
「随分と唐突だな」
「今まで何人もの人間を見てきたから分かる。貴女は唐突な無理難題も涼しい顔をして捌けるタイプの人間。だから問題無し」
「慧眼だ」
「……うん。けーがんなの」
誤魔化したな。お嬢と同じ部類の人間と見た。
「先ほどの妹さん、かな? 彼女とのやり取りを見てたら、貴女は絶対ウチに入れなきゃと思って。良い声も持ってるし。安心して。当然だけど、あの子の合格と引き換えとか、お金の支払いは一切請求しません」
「脅されても無い袖は振れんぞ。金はない。資産どころか衣食住もおぼつかなくてな。この着衣も借りているだけだ。売りにも出せん」
「……さっき車で相乗りしていた方たちとはどんなご関係で?」
「この世界に目覚めたばかりで服すら持っていなかった俺を一時的に保護してくれた。まだ会って1日も経っていないんだが懇意にしてくれる。初めて会った人が彼女たちで俺は幸運だよ」
「………………そういう子もいるよね!」
「いるのか?」
「そういうことにさせて。どうりで缶の開け方が変だと思ったら……いやでも缶コーヒーの缶ってスチール缶だよね?」
思考を放棄する癖は良くないと思う。
「さておき、会って1日も経ってない子にあんなエモい応援かましたんだね……適応力高すぎない?
……よしオーケー把握した。ますます貴女を勧誘したい。Vtuberそのものは知識として知ってるかな?」
「問題無い。知っている前提で話を進めてくれ」
「オーケー。こちらの要求を簡単に提案させてもらいます」
「よろしくどうぞ」
「貴女には我がYaーTaプロに所属していただき、企業所属のVtuberとして配信者となってもらいたい。デビューは今すぐじゃない。まだこちらも企画段階なので、それまでは自由に過ごしてもらって構わない」
「見返りは?」
「衣食住と生活費の提供。各出費はこちらで全額負担させていただきます。住居は社員寮があるからそちらを貸せます。もちろん、やりたいことが見つかったらそちらを優先してくれて構わない。その後の返金も要求しない。誓約書にも書いておくわ」
「そちらに利点が無いな」
「貴女を手元に置くことができる。それだけで充分すぎるメリットでしょう」
初対面の女に――それも俺の名前すら知らないのに、ただ俺の見送りを見ただけで価値を見いだし投資を行うか。面白い。機を逃すは商人の恥。商売の才能はあるようだ。
それにこの申し出。俺にとっては願ってもない状況である。ついさっき
「君は俺の知り合いによく似た目をしている。そいつは奴隷商だが人を見る目は確かでな。逸材を見るといつも眼光が鋭くなったもんだ。適材を適所に派遣しては必ず成果を上げさせ、奴隷を売るのではなく貸し出すという、まったく新しい形で奴隷商売の形態を確立した男だ」
「もしかして派遣奴隷商カムナギの話? そういえばさっきの応援の言葉もジル戦――ジルフォリア戦記のネタだったよね」
「カムナギを知っていたか……知っているだと?」
「そりゃもちろん知ってるわよ。私もジルフォリア戦記のファンだもの。でも、あのキャラと同列って褒め言葉でいいのかな」
「待て待て待て。ジルフォリア――戦記?
「ええ。戦記って言っても小説じゃなくて漫画だけど」
「まんが!? まんがってのはなんだい!?」
「創作物よ」
それじゃあ、まるで俺の世界が誰かの妄想だとでも言いたいのか。俺は虚構の世界で戦争をして虐殺を行ってきただと。ありえない。そもそもレーワは俺の世界において古代――つまり過去の文明だ。時系列としてジルフォリアの名前が存在するのはおかしい。
「何に驚いているのかよく分からないけど、実物見てみる? 電子書籍ならすぐに見れるし」
灯が見せたスマホの画面には、若かりし
「銀星団……!」
懐かしさと寂しさが一気に全身へ浴びせかけかけられた。
今でも鮮明に思い出せる。焚き火の音と熱。今は亡き戦友たちの笑い声。夜風の冷たさ。酒の苦味と熱さ。戦いの勝利はいつもバカに騒いでいたもんだ。今はもう失われてしまった理想郷だ。
いつの間にか大粒の涙を流していた。卓やスマホの画面へ大量の涙粒が滴り落ちている。
「大丈夫? そんな感動する場面じゃないよね」
「つい懐かしくてな。年を取ると涙もろくなる」
スマホを返却して呼吸を整える。哀愁で泣いてもあの世界はもう戻らん。
確信した。この絵の作者は俺と同じ銀星団の団員だ。俺の生きてきた世界が幻想空想妄想で片付けていいはずはない。
今は過去に想いを馳せる時ではない。この謎を暴かねば。何よりも最優先である。
「悪いけど、話を戻せそう?」
「報酬の件だが、ひとつ追加を願いたい。ジルフォリア戦記の著者に会わせてもらえないか。今すぐにだ」
「もちろん協力する――え? 今すぐ?」
「君が権力者と見込んでのお願いになる。俺が求めているのは著者に会う手段の簡略化だけだ。すぐにできないなら他をあたる」
「待って待って、今すぐは厳しい! どうしたの藪から棒に。作品なら全部スマホの中に入ってるし、私、本でも全巻持ってるから貸してあげるけど」
「作品は当然見る。だが今じゃない。それよりも著者と会いたい。いや会わなくちゃならん」
「えーと、理由は?」
確かに脈絡のない流れの会話だ。これから世話になる相手でもあるし、下手に取り繕うよりは素直に話したほうがいいだろう。
「そのスマホに筋骨隆々で精悍で渋さあふれる、たくましい伊達男がいるだろう。今すぐにでも抱かれたくなるようなイイ男が」
「ええっと、ルーファス団長かな。人気キャラだよね。そこまで褒めちぎるようなキャラじゃないけど」
「そいつが俺だ」
「はい?」
「自己紹介が遅れたな。俺の名前はルーファス・マイス・チェーガ・フォートシスム。その男の成れの果てが、今の俺だ」
「……証明できるものはある?」
「
相棒である大剣を出現させる。女になる直前と同じ状態――つまり半壊状態ではあるが間違いなく不壊剣である。
「え、は? ラグニス……? いま、ラグニス、どこから出したの? なんで壊れてるの?」
「
同じ物は何1つ存在しない魂器――不壊剣の現出。こいつは俺がルーファス足り得る証明に他ならない。違うか、朝倉灯」
「そういう設定……せっていなんだけど……」
不壊剣を見た灯は会話もままならず、完全に放心していた。魂器はジルフォリアでしか採用されていない武具だ。やはりレーワでは浸透していないようだな。
「まだ足りないなら他にも見せてやるぞ。出し惜しみはしない。なんなら
「いやいや結構です! 信じます! 貴女がルーファスです!」
伝わったようなので不壊剣を消す。やはり自身の証明はこいつに限る。
「今はルルーファ・ルーファ……ルルと名乗っている。そちらで呼んでいただきたい。それと敬語は結構。肉体年齢は君のほうが年上だ。たぶんな」
「……分かった。では遠慮なく」
「前世で死に、異世界へ渡ったと思えば、故国だったジルフォリアが史実どころか創作物として扱われている始末だ。早急に著者へ会いたくなる気持ちも理解できるだろう?
君の夢野望には協力しよう。だから俺の小さな願いも聞きとどけてほしい」
「チートキャラのルーファスも死ぬときは死ぬのね……」
「ちーときゃら?」
「オーケー。信じがたいけど無理矢理信じる。全面協力します。衣食住の件も込みでね」
「ありがとう。理解が早くて助かる」
「異世界転生もTSモノも守備範囲だからね。オタクの適応力なめたらいかんよ」
また知らない単語ばかりだな。後で言葉の意味を教えてもらおう。まだまだレーワの文化は未知が多すぎる。
「契約成立とさせていただきます。正式な手続きはまた後日。それじゃ早速行きましょうか。案内するわ」
「準備はいらないのか? 会うのは難しいんだろう? 紹介状でも用意するんじゃあないのか」
「会うのが難しいのは
「おん? どういうこったい?」
「ジルフォリア戦記の作者『
……どうにも出来過ぎた流れに感じるな。
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