2話 服を着る


 ―― ????? ――


 科学が発達した現代社会で、まさか本物の女神様に会えるなんて。神社の中から飛び出してきた時は本気で思ったよ。本当に一瞬だけどね。

 だってその女神様、全裸なんだもん。しかもどちゃくそグラマラスボディーだもん。脳みそ溶けそうだったよ。正気になるまでずっと手を合わせてたからね私。

 

「とにかく私の家に行こう。小さいだろうけど服貸すよ。無いよりはずっとマシ」

「助かる」

「誰かに見られる前に急ごう」


 服どころか荷物も金も無いとのことなので、着ていたジャージを羽織らせて私の家へ案内した。海沿いの神社から少し内陸方向へ向かう。離れが建っているほどに敷地は広いけど、家は古くさい日本家屋という、田舎あるあるの建物2棟が我が家だ。家まで5分程度だし今の時間帯は人の往来も少ない。急げば大丈夫っしょ。誰かに見られたら水泳の特訓で誤魔化そう。


「むぅ……」

「ごめん、裸足なのに急がせちゃって。痛いよね?」

「足は別に大丈夫だが……胸に負荷がかかっちまってな。歩く度にオッパイと肩が張っちまって、ちと辛い」

「は?」

「世の中の巨乳さんはいつもこんな重いもん2つも胸にぶら下げているのか。そりゃ肩もこる」


 なんかいきなり巨乳マウント取ってきたんですけど、この女神。そもそもなんで他人事みたいに言うのかな。オメーがぶら下げてるんだろうが。もぐぞ。

 でも本気で困っとる。どういうことだろう。なんじゃもんじゃ。

 ……よし分からん! 少なくとも貧乳に巨乳の悩みなどさっぱりだ! 光の速さでゴーホームじゃい! もう目の前だけどね。


「ただいま! 佐藤のり子、ただいま帰還!」

「邪魔するよ。君の他には?」

「お母さんがいるよ。体が汚れてるだろうからシャワー浴びよう。その間、お母さんに服を用意してもらうから、それに着替えて」

「しゃわー……は分からんが、汚れならジンジャでミソギは済ませてきたから大丈夫だぞ。テミズシャで水を浴びてきた」

「それ手と口以外は洗っちゃ駄目なやつ!」


 女神様ロックすぎでしょ。いや神様だから許されるのか? いやいや神様じゃないよね、ただの不思議子ちゃんだ。


「おかえり、のり子。随分と慌ただしいわね。そちらはお友達――どなたさま? 服はどうしたの?」

「お母さん、私たちシャワーするから服用意しておいて! とにかくたくさんね!」


 返事は待たずに女神様を浴室へ放り込んだ。



―― ?????改め、佐藤のり子 ――


 

 帰宅してからがまた大変だった。

 女神様はシャワーの存在を知らず大はしゃぎするわ、髪が長いから途中でシャンプーやコンディショナーが切れるわ、折角だからと全身洗わせてタオルで拭かせるわで、もう気が気じゃなかった。髪を含めて全身くまなく柔らかかったし。途中でお金を払いたくなったよ。

 お風呂から出たら出たで大混乱だった。兎にも角にも女神様のお召し物を用意すべく服を探したのだけど。

 我が佐藤一家はお母さん含めてスレンダー体型、身長は並くらい。

 対して女神様は身長高めなダイナマイトボディー。

 まあ、分かるよね。

 無いんだワ、サイズが。


「お母さん、下着が全滅! 私達のサイズじゃ太刀打ちできない!」

「上はお古のTシャツを切って巻くの。のり子、いっぱい持ってるでしょ。形が崩れなければいいわ。色は白か黒――赤もいいわね」

「お嬢さん、サラシは無いのか? 東国で胸を隠す定番だろう」

「は? なんですか? 愛されボディーの我が家系に対するあてつけ? 無い胸を更に削れと?」

「失言だったか。悪い悪い」


 改めて女神様を見てみようか。この人、やばいのは体だけじゃない。

 絶世の美少女と美人と美女を足して3で割らないといえば通じる顔立ちだ。北欧系1・日系3のクォーターってところかな。年は18〜20程度。やや童顔気味。瞳は緑を基調に金色が差し込んだの色合いで、お母さんいわく、アースアイというらしい。魔眼かよ。

 顔よし髪よし肌よし胸よし腰よし尻よし足よし。フランケンみたいな私の顔面をさっ引いても女として何一つ勝てる要素が無い。特に腰の細さで負けた事はガチめのショックでした、はい。


「今まで死蔵していた服が息を吹き替えしていくわ! はーたまんない! 素材がいいと何でも着せたくなるわね!」

「このズボン、ちと尻と足が窮屈だな。子供用か?」

「それは私がいま着てるやつだ! どこまでマウント取る気だテメー!」

「のり子。気持ちは分かるけど失礼でしょ。ごめんなさいね。普段はとても良い子なの」

「お構いなく。賑やかで楽しませてもらっている」


 でも、やけに嬉しそうな笑顔を見ていると失礼な発言も全部許せちゃうんだよね。美人さんはずるい。


「できた! 間に合わせにしては上々!」

「……ちょっと趣味に走りすぎちゃったかしら」


 四苦八苦していた我々だったけど、どうにか整った。

 胸を覆う下着が無かったので古着のシャツを巻いて形を整え、その上から紐で大きさを調節できるレースアップの服で覆い、メリハリのある体型を見事に演出した。袖の長さが合うものは無かったので二の腕以降の袖は切り取って、また胴回りはむき出しヘソ出しとなっている。さすがに寒さを感じるだろうから外へ出る際は薄手のパーカーを羽織ることで話を合わせた。しかも何の気の迷いがそいつを買わせたのか分からないけど、猫さんパーカーである。合法猫さんである。しょうがないじゃん。サイズがジャストだったんだもん。

 下半身はもっと苦労した。肌着となるショーツは一切穿けなかったので、こちらも伸縮性のあるスパッツで代用し、その上から太ももをあらわにしたデニムのショートパンツを穿かせた。どちらも尻が大きくて食い込んでしまうので、スパッツは尻側に、ズボンは腰側に切れ込みを入れることで可動域を確保。足はニーソを穿かせて保温性を高めている。本当はストッキングが良かったんだけどサイズは無かった。残念。

 前髪が鬱陶しいと仰せになられたので髪留め(ヘアピン)で視界を確保した。こちらも機能性と見た目を両立しており、良い選択だと我ながら思う。

 総評。あと1ヶ月でJD女子大生になるJK女子高生かな。童顔美人だから許される所業だね。


「これがレーワの服装……素晴らしい。悪いな。服まで合わせてもらって」

「いいのよ。ファッションに携わるものとして原始人みたいな恰好させるもんですか。貴女のような美人ちゃんは着飾ってもらわなきゃ人類の損失よ」

「こっちこそごめん。気分悪くするような事いっぱい言っちゃったね」

「ご愛嬌ご愛嬌。むしろ可愛らしかったよ」

「きゃわ!?」


 いや待て焦るな。ただの社交辞令だってば。

 

「仔猫がじゃれつくようなものさ。悪態も可愛さ余れば立派に愛嬌だ」

「えーと……お世辞でもありがとうね」


 あかん。この人の前だとチョロインになってしまう。話題を変えよう。


「ところでさ。貴女の名前って何? なんて呼べばいいかな?」

「名前か。そういえば機会が無かったな。俺はル――」

「……る?」

 

 そこまで言って女神様は黙ってしまった。なんだ? めっちゃ考え込んでるぞ?



―― ルーファス改め????? ――



 失態だ。レーワ文明の世界に行くことができて浮かれていたせいか、服の調達しか考えてなかったな。今の俺は地に足が着いていない、世間知らずの浮浪者じゃないか。ここに至るまでの経緯が全く話せん。戦争で死んで目が覚めたら女になってレーワに来ていた、なんて誰も信じない。

 そもそもだ。この世界でルーファスって名前の女は一般的なのか? 少なくとも俺の時代に女の同名はいなかった。おまけに元の時代でルーファスの名前はあまりにも有名だ。なにせ有史以来の大量虐殺者である。どこで恨みを買っているかも分からん。俺と同じようにレーワへ流れ着いた者がいるとしたら、ルーファスの名は報復の対象になりかねん。

 筋書きを立てよう。


「……すまない、自分の名前を思い出していた。ルルーファ・ルーファだ」

「思い出してた? んん? とりあえずルルって呼んでいい?」

「ああ。ルルだな。是非とも」

「ありがとう。ルルね」


 その後はしばらく質問攻めとなった。ありのまま伝えては怪しまれるので、素性はぼかして部分的な記憶喪失とさせてもらった。

 レーワ文明を研究はすれど、その結果がまことである保証は無い。嘘八百な経緯を並べて虚言癖で見られるよりは安全だ。


「お金も住むところも無いんだよね……うーん、住むところは宛があるんだけど……」

 

 ぐうう。

 のり子の腹から可愛らしい音が響いた。


「そういえば朝ごはん食べてなかった。安心したらお腹すいたよ」

「ルルちゃんもお腹すかない? 大したものは出せないけど食べられる物はだせるわ。いろいろ聞きたいことはあるけと、食べながらでも話しましょう」

「是非とも。ご相伴しょうばんに預からせていただく」

「ごしょー……?」

「ご馳走になるという意味だよ」

「ルルの記憶喪失って偏ってるよね。そんな難しい言葉は知ってるのに、シャワーに驚くし、ファスナーの開け締めできないし。

 まあいいや、何か食べよー。もう朝の10時だよ。人によっては昼の時間だょ――10時ぃ!? 嘘でしょ!?」

「おお?」


 のり子は文字が並んだ盤面――おそらく時計を見るやいなや血相を変えて絶叫した。そして全力疾走の勢いで部屋を出ていく。


「たいへん。今日はのり子の面接の日だったわね。のり子からお見送り頼まれてたんだった。ルルちゃん、私も外行きの用意をしてくるわ。靴を選んで玄関で待っていて。探せば履ける靴があると思うから」

「俺も一緒に行くのか?」

「ごめんね。ひとりでお留守番させるのはちょっと心配なの」


 そう言い渡されて母君も部屋を出てしまった。出会って間もない、ましてや素性も分からん女に家を預けるほどお人好しではないか。

 そういえば面接と言っていたな。


「のり子。何の面接なんだ?」


 廊下を駆け回っているのり子に声をかけると、彼女は「絶対に誰にも言わないでね」と釘をさしてから切羽詰まった顔で言った。


「Vtuber!」


 うーむ。知らない単語だ。


 

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