ソータのことが好き……いや、ないな

「……はぁ」

 気分転換になるかと思い、オレはとぼとぼと城内を散歩しながらため息を吐く。

「ご気分が優れませんか?」

 すると横からメイドのアイラが声をかけてきた。


 城の厚意で上等な服を貸してもらい……最初はスカートを提供されたが、オレが嫌がるとズボンタイプのものを提供してくれた……そのうえメイドさんを引き連れていると、どうやらオレはどこぞの貴族様と周りからみられるようだ。すれ違う城勤めの人たちから、廊下で顔を合わせるたびに会釈をされるのは、何だか面映ゆい。

 つい先ほども、数人のメイドとすれ違った際に、恭しく首を垂れられたところだった。挙動不審に「あ、ども……」などと自信なさげに返答をするオレを、果たして彼女らはどう思ったのだろうか。確認する勇気はオレにはない。

 オレはアイラの問いかけに首を小さく横に振った。


「あ、いや……。別に体調が悪いとか、そういうわけじゃないんだけど」

 オレはポリポリと頬をかくと、ちらりと自身の姿を見下ろす。

「元々オレは片田舎の農家出身だからさ。こんな華々しい雰囲気に慣れないというか……。こんなのんびりしていていいのかなって。……ソータのことだって、全然音沙汰が無いし……」

 ソータの情報は、意図されているのか全然オレの元には届かない。オレと違って牢屋に閉じ込められて尋問受けている……そんな又聞きの情報しかオレは持っていなかった。話をしたいと懇願しても相手にしてもらえず、あろうことかオレが洗脳を受けていると疑われたレベルだ。


 俯きがちになったオレを慰めようと思ったのか、アイラが優しい声色で口を開く。

「アリエル様が気に病むようなことはないと思いますよ。ウィニケア様がご招待した以上、アリエル様は重要なお客人です。それに、ご自覚がないのかもしれませんが、かの者は乱波とのことなので、良いようにアリエル様を誘導していた可能性もあります。それ故、接触を避けているのだと思います」

「…………」


 そういうことじゃ、無いんだけどな……。


 周りはことあるごとにソータが悪いように吹聴している。オレがソータを信じ切っているのも、彼が何かしらの洗脳をオレにしている可能性があるから……らしい。オレ自身は当然そんな意識は全くないし、何なら白魔法の教本にあった洗脳を解く魔法だって使ってみた。勿論洗脳なんてされていないから、効果はなかったのだが。それでもこの扱いだ。


「……ねえアイラさん。『乱波』って、何なんですか?」

 そう言えばソータを拘束する際、ニケもソータに対してその言葉を口にしていた。この数日のドタバタですっかり頭から抜け落ちていたが、先のアイラの口から出てきたのを受けて、問いかける。それに対して、アイラは顎に小さく手を当てて少し思案気な表情を浮かべた。

「……私も詳しいことは存じ上げないのですが。とある山奥の部族出身の暗殺者を、そう呼ぶのだそうです。彼らは素早く、暗器の扱いに秀で、私達が使う黒魔術とは違う特殊な魔術を用いるのだとか」

「暗殺者……」


 馴染みのないオレでも、その言葉の意味は何となく知っている。

 正々堂々と対峙した上で殺しを行うわけではなく、相手に悟られないように近づき、どんな外道な手段を弄しても確実に相手を殺す者たち。オレの見たおとぎ話や英雄譚の中に、彼らはいかにも悪者として描かれていた。

 今現在、周りにいる皆がソータのことを、そんな悪者の権化のように扱っている。


「……」


 オレもソータのことを良く知っているわけではない。あいつは、何だかんだ自分のことを語ったりしなかったから。『乱波』と言う単語だって、直接ソータの口から聞いたわけじゃないし、そもそも彼が本当に乱波なのかも、オレには判断できない。だから、本当は極悪人だった、と言う可能性だってある。それを否定する明確な材料を、オレは持っていない。会話したことのない者よりはソータのことを知っている……くらいの関係ではないかと言われたら、素直に頷くしかない。

 その程度の関係なのにお前は彼を信じられるのか――そう責められていると感じてしまう。


 考えれば考えるほど、訳が分からなくなってくる。ニケや城の人たちが間違っているのか、はたまたあいつを信じているオレが間違っているのか。ここ数日いくら考えたって答えは出ていない。

 けれど。

 それでもやっぱり……嫌だった。


「……アリエル様?」

 不意に頭上からアイラの声が聞こえる。いつの間にか、オレは俯き立ち止まっていたらしい。廊下の隅に設けられた花瓶を置くための小さな台に、オレは手を添えながら顔を上げる。見るとアイラは怪訝そうにこちらを見ていた。

「やはり気分が――」



「アイラさん!?」



 続けてアイラが何か口にしようとしたところで、不意に近くの曲がり角から一人のメイドが現れた。彼女は慌てた様子でアイラの姿を捉えると、手招きをする。直後に隣にいるオレに気が付くと、すごい勢いでお辞儀をしてきた。

「す、すみませんっ。ですが、少々アイラさんをお借りしてもよろしいでしょうかっ」

 その様子から、何やら急ぎアイラの手助けを必要としていることは分かった。

 当のアイラは、怪訝そうな表情を浮かべた後、オレの方を向いてきた。どうやら彼女も対応に困っているのか、小さく首をかしげている。

 それを何となく察したオレは、肩をすぼめると軽く慌てているメイドの方を指す。


「どうぞ、行ってきてください。オレはこのまま部屋に戻るので」

 ただ気晴らしに散歩していただけで、オレは別段これといって用が無い。だから特に考えずにそう口にしたのだが、アイラは非常に申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ですが……。もしご気分が優れないようでしたら――」

「大丈夫ですって。ちょっと考え事をしてただけで、さっきも言ったように体調が悪いわけじゃないので。急いでいるようですし、行ってあげてください」

 オレはそう言ったが、少しの間アイラはじっとオレの方を見つめてきた。彼女はやがてオレの言葉を信じてくれたのか、「……申し訳ありません」と一言言い残すと、慌てたメイドと共に廊下の向こうへ去っていった。


 ぽつねんと一人取り残されたオレは、やがて小さくため息をついた。


「……心配、かけちゃってるよな」


 先ほど見えたアイラの気遣わし気な表情を思い出して、オレはポツリとつぶやく。

「別に体は平気……だと思うんだけど。たぶんこの重たく感じるのは、オレが思っている以上に、オレの気が沈んでいるから……なのかな?」

 いつも通り食事も喉を通っているし眠りも……まぁ多少浅いのは否めないけど、問題なく取れている。にも拘らず、昨日くらいから嫌に体が重く感じていた。けれど、体のどこかが不調を訴えている感じはない。強いて言うなら、胸のあたりがきゅっと締め付けられるような不快感があるくらい。この体になってから、今までこんな経験はなかった。野宿とか散々したときですらそんなことはなかったので、元来身体が弱いというわけでもないだろう。


 そう考えると、やはりこの不快感の原因は、オレの気持ちの問題なのだろうか。そして今オレの心に重くのしかかっているのは、ソータのことである。

「……ソータのこと好きすぎかっての」

 仲間の安否を気にするのは当然のことだと思うが。これが異性……まあ、一応身体的には……男女の間のことを考えると、違う意味が脳裏をよぎる。



 オレは、ソータのことが好き?



「いやいやいや。信頼はしてるけど、恋愛とかそういうのじゃないって。オレは男だし、あいつもそんな気はないだろ。……いや、あいつからしたらオレはアリなのか?」

 そうふと考えたところで、オレは盛大に鳥肌が立つのを感じた。

「うわこわっ。そんなことあるわけないだろ。そもそもあいつ男の時のオレ知ってるし、男みたいに扱ってくるし。ないない!」

 思わず手を添えていた花瓶台に寄り掛かりながら、オレはぶんぶんと首を横に振る。おぞましい考えが浮かんできたおかげか、何となく気持ちが紛れてきた気がする。オレはゆっくりと花瓶台から身を離すと、がりがりと頭を掻いた。


「……あーもう。何か自分のことながら訳わからな過ぎて、段々腹が立ってきたな。それもこれも、ソータが謎過ぎるのがいけないんだ。もし冤罪だと分かってソータが解放されたら、一発殴ってやろ」


 とは言え、果たしてソータに対して有効打が与えられるかどうか。彼とは身体能力に雲泥の差があるし、そもそも身長も頭一つ以上異なる。果たしてどこを狙えば効果的か……。ぶん殴りたいから屈め、と言ったら屈んでくれるか? くれないだろうな……。

 などととりとめもないことを考えていると。オレはふと気が付いた。


「……なんだこれ?」


 丁度目の行った、壁と花瓶との間の空間。そこにほんの小さなものだが、黒い靄のようなものが浮いていることに気が付いた。

 サイズはオレの拳分くらいしかないが、逆巻きながら大きくなったり小さくなったりしている。その靄は非常に薄くて目を凝らさないと見えないものだったが、何度瞬きをしても、変わらずそこにあった。見間違いではないだろう。

「……なんか、すごい気持ちが悪いな」

 その靄のせいか分からないが、不意にオレは強い不快感を覚えた。胸のあたりが締め付けられるような気持ち悪さが増す。思わずオレは伸ばしかけていた手を引っ込めた。


「これなんだろうな? もしかして気持ち悪い感じなのは、こいつのせい? ――というか、この黒い靄みたいなの。……どっかで見たことあるような――」

 その時、オレの頭に閃いたのは偶然だったのか、はたまた必然だったのか。オレは脳裏に駆け巡った記憶に、目を見開き一歩退いた。


「これ……この女の子の後ろに渦巻いていたものと一緒か!?」


 オルエナの郊外にある教会のような遺跡の地下、その深部に白銀の剣によって虚空に磔にされていた少女。何の因果かその少女の身体で生活しているのだが……兎に角、あの少女の背後に渦巻いていた暗闇。それが、大きさこそ違えど丁度このような感じだったではないか。


 また、唐突に頭の中に浮かび上がる。

 その渦巻く暗闇から、いびつな形をした、緑色の肌をした腕が這い出る光景が――



「っうわぁ!」



 思わずオレは悲鳴を上げて尻餅をつく。その拍子にずれた視点を、慌てて暗闇の方に向けたのだが。そこには最初に見つけた拳サイズのものがあるだけで、不意に視界に広がった緑色の肌をした腕の姿はない。

「い、今のは……?」

 どきどきと忙しない鼓動を感じつつ、オレはまじまじと暗闇を眺める。しかし、見るからに変化はない。

 一体あの光景は何だったのだろう。

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