客人と犯罪者
あれはいつのことだったか。確かオレがまだ十歳にも満たない、小さなガキだった頃の話だ。
昔から何となく困ってる人の気配を感じることが出来て、自分ならそれを何でも解決できると誤認していた時期があった。今でこそ、自分が出来ることは限られることを知っているが……まあそれも他人からすれば相当ポンコツな認識力だそうだが……兎に角、そんな分別が付かずに何でも首を突っ込む時期があったのだ。
丁度その時も、村の友人が困っていることを察して、二つ返事で助けることを決めたオレは、当然解決できるものだと信じて疑わなかった。友人を説き伏せ、意気揚々と二人で村の外へ出かけてしまったのだ。目的自体は覚えていないが、確か村に無いものを取りに行きたい……そんな内容だったと思う。楽勝だと、そう思ったのは何となく覚えている。
けれど、実際はそんなことはなくて。
最終的には、オレが首を突っ込んだことで余計に自体がややこしくなり、かえって友人を危うくさせた。幼いガキだけで解決するのではなく、大人に相談するなりなんなり、手段はあったはずだ。
誰かを巻き込むときは、少しは考えて行動しないと、かえって迷惑になってしまう。
そんな過去の夢を見たオレは、そんなことを言われた気がするなと、懐かしい気持ちになった。
夢か現か分からないぼんやりと意識が、徐々に現実に引き戻される感覚。オレはゆっくりと目を開けた。
「……ここは?」
目を開いたところで、オレの視界には見慣れない天井が映った。そのまま視界を左右に揺らすと、白でまとめられた品の良い部屋の一角に備え付けられた、ふかふかのベッドに寝かされていることに気が付く。いつの間にか、オレは寝ていたらしい。いや、寝かしつけられていたのか。
「……何でオレ、こんなところに――」
とそこで、オレは意識を失う直前の出来事を思い出した。
「――そうだ!? ソータが捕まったんだ!」
脳裏によぎったのは、光の鎖で雁字搦めに拘束されたソータが、無理やり引っ張られている光景。慌ててオレはかけられたシーツを蹴飛ばして体を起こしたところで、ふと立ち止まる。
「……少しは考えて行動しないと、かえって迷惑になってしまう……か」
このタイミングであの夢を見たのは幸運だったか。結果として、オレは今にでも飛び出していきそうな体を制止することが出来た。
「そう言えば、『軽はずみな行動をするな』ってあいつ言ってたな。自分のことだけ考えろって。――もしかして、こうなることが分かってた……のか?」
だとしたら。
もしかして彼は、本当に捕まるようなことを計画していた?
「……いや、そんなはずないだろ。だって、そもそもここに来ること自体、偶然の出来事なんだ。オルエナにいたソータが、大陸挟んで反対側の国の王子を狙うわけがない」
オレは首を横に振って、自身を冷静にさせる意味も込めて、口を開いた。
「……そうだよ。そんなのおかしいじゃないか。有り得ないだろ。そうだ、絶対にありえない」
ソータが国の王子を殺害しようとするはずない。それを説明する強力な理由を思い浮かべたオレは、思わず口元に笑みが浮かぶのを感じた。
そうだ、そんなこと有り得ない。きっとニケの勘違いだ。
しかし、その後ふと浮かんだ疑問に、オレははっと表情が凍る。
……なら、何故ソータは否定もせずに捕まったんだ。オレにあんな意味深な言葉を残して。
捕まることが分かっていたか、あるいは捕まる理由について心当たりがあったということか。
「……どういうことだよ」
オレは小さく頭を抱える。寝起きということもあるが、気持ちがうまくまとまらない感覚に辟易した。訳の分からない状況に、うっすらと涙が浮かぶ。
「……どうなってるんだよ」
オレは頭を抱えていた手を顔に持ってくる。背中を丸めて、涙を引っ込めるように顔全体を押さえる。
そんな時だった。
不意に、戸を叩く音が部屋に響いた。ばっとオレは顔を上げ扉に目を向けた。
「失礼いたします」
すると、戸の向こうからそう女性の声がしたかと思うと、オレの視線の先でゆっくりと扉が開かれた。
入ってきたのは、オレより年上のメイド服を着た女性だった。茶色の髪を後頭部にまとめ、白と黒のゆったりとしたメイド服を着たその女性は、実に堂の入った仕草で一礼をすると、すぐさま戸の横へと身を避けた。
「――あら、目を覚ましたのね」
訪問者はその凛としたメイドだけではなかった。彼女の後ろから、優し気な声色でそう口にする女性が新たに部屋に足を踏み入れてきた。
その女性もオレより年齢は上だろう。同伴してきたメイドと同じ……二十代の半ばといったところだろうか。艶やかな水色の髪を腰元まで伸ばし、メリハリのきいた体を覆う服は、青色を多量に散りばめた上品なドレス。端正な顔に髪の色と同じ水色の瞳をはめた目が、にこやかにオレの方を向いていた。
「……泣いていたの?」
女性は近寄ってきたところでオレの目元が気になったのか、顔を心配そうに歪めてオレの頬へと手を伸ばしかけた。その言葉に、呆気にとられていたオレは我に返り、慌てて目元を拭う。じんわりと滲んでいるだけかと思っていたのだが、存外涙がこぼれていたようで、男物を無理やり折りたたんだ袖がしっかりと水を吸う。
「だ、大丈夫です!」
そんなオレの様子を見て、女性は小さく笑みを浮かべると、ふと背後に立つメイドのほうへと目を向けた。するとメイドは小さく会釈をすると、そそくさと部屋を後にする。
「今お茶の準備をするわ。もし貴女が良ければ、少しお話をしませんか?」
改めて見ると、その女性はかなりの美人さんだ。そんな彼女に面と向かって微笑まれると、オレは勝手に頬が染まる。情けなくも、オレはうつむきがちに出来の悪い人形のように何度も頷いた。
「お先に自己紹介をするわね。私はフィリア。貴女のお名前は?」
綺麗な女性……フィリアは、わざわざベッドに座るオレに配慮してか、近くにあったスツールを動かすと、オレの傍へと腰を下ろした。
「あ、えと……あ、アリエルです」
「よろしくね、アリエルちゃん。……どこか具合が悪いとか、そんなことはないかしら?」
「あいや、ぜんぜん、全然大丈夫です」
「それならよかった。ふふふ、急な訪問で緊張させちゃったかしら?」
いや、それはオレが貴女みたいな美人の女性への免疫がなさすぎるせいです!
いまいち視線が合わせられなくて目を泳がせるオレに、フィリアは上品に笑みを浮かべた。
「……あ、あの。ここは、どこなんですか?」
空気に耐えられなくなって、オレはきゅっとシーツを握りしめながら、おずおずと尋ねる。するとフィリアは優しい声色で答えた。
「ここはレレイア城の客間よ。貴女はここにたどり着いた時に、気を失ってここに運ばれたの」
「気を失って運ばれた……」
彼女の言葉に、意識がなくなる直前のことを思い返す。
あの時オレは、カインに拘束され抵抗していた。そしてカインの謝罪の言葉が聞こえた直後……そこから唐突に記憶がない。恐らく、カインに何かしらの手段で意識を刈り取られたのだろう。そうして眠ったオレは、丁重にもこんな豪華な部屋に寝かしつけられた。
そこには、ソータの姿はない。
「あのっ。オ……私と一緒にいた黒髪の男の人は、どうなったんですか?」
意を決して、オレはまっすぐにフィリアを見つめる。すると彼女は、困ったような表情を浮かべた。そして少しの間考える素振りを見せると、小さく首を横に振った。
「……ごめんなさい。私も捕まった彼のことはよく知らないわ。ただ、直ぐに命を奪うようなことはしないはずよ」
「命を奪うって――」
フィリアの言葉に、オレは背筋が凍る感覚を覚えた。何故かオレはこうして柔らかなベッドに寝かされているが、ソータの方はあのまま捕まり、そして命を狙われるような状況にあるのだという。
オレをからかってばかりだったが、必ずオレのことを守ってくれていたあいつが、殺されそうになっている。
オレは再び浮かんできた恐怖を、再びぎゅっとシーツを掴むことで抑え付ける。
だめだ。それだけは絶対に。
「……違うんです。ソータはそんなことする奴じゃないんですっ。あいつが王子の暗殺を計画してたなんて、絶対にない!」
思わず声を大にして主張してしまった。しかしそれだけオレも必死だった。
「だから、あいつと一度会話をさせてください! オレ……私が、直接確認します!」
オレはあいつが王族暗殺なんてするはずないと信じている。人のことを簡単に信用するなと、ソータは言っていたが。こんな迷惑ばかりかけているオレを、ここまで手助けしてくれたのだ。確かにドライなところも多々あるが、それ故に断言できる。暗殺対象と数日共にしたのに手を出してないなんて、そんな非効率なことをしでかすはずがないのだ。
もしかしたらオレがただ信じたいだけ……なのかもしれないが。
「アリエルちゃん……」
そんなオレに対して、フィリアは複雑な表情を浮かべていた。困っていそうなのは相変わらずだが、そこにどこか申し訳なさそうな表情が混じっているように見える。今にも謝ってきそうな、そんな表情。
「……あの――」
「――お茶をお持ちしました」
オレとの間に広がる沈黙に耐えられなくなったのか、フィリアが何か口を開きかけたその時。先ほど席を外したメイドが茶器を持って戻ってきた。その姿をみて、フィリアが小さくため息を吐くのが目に入った。どこか安堵した様子だ。
「ありがとう。いただくわ。アリエルちゃんも、彼女の淹れたお茶は美味しいから、一度リフレッシュしましょう?」
「……はい」
恐らく、フィリアはソータの拘束された件について、関わっていないのだろう。問いかけられたときに浮かべていた困った表情や、先ほどの追及が反れた時の安堵の表情を見るとそう感じた。彼女を問い詰めても、きっと事態は好転しない。
「……」
オレは淹れられた紅茶の水面に映る、すっかり変わり果ててしまった端正な顔を眺めつつ、小さくため息を吐いた。紅茶に映っていたのは、笑顔が似合いそうな可愛らしい顔には似つかわしくない、随分と辛気臭い表情であった。
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