楽しい道中からの転落

「お帰りなさいませ、ウィニケア様」

「ああ、今戻った」

 馬車から降りると、丁度ニケが騎士の一人に声をかけられる場面を見た。右手を左肩に当てながら首を垂れる騎士に対して、ニケが小さく手を挙げながら答える。その一場面で、本当にニケがここの王子であるということが窺えた。


 本当にニケって王子様だったんだ……。だったら先にそう言ってくれよっ。何で黙ってたんだこいつは!


 オレはそう思いつつも口には出せない……出せなくなったので、仕方なく文句を飲み込むことにした。代わりに馬車の傍に佇んでいたソータに顔を向ける。

 その表情はいつもよりは硬いが、驚いた様子は見られない。


「ソータは知ってたのか? ニケ……いや、ウィニケア様が王子だったってこと」

「ん? あぁ……まあな」

 しれっとそんなことを口にする彼に、オレは詰め寄る。

「知ってたのかよ! 何でオレに教えてくれなかったのさ!?」

 それに対し、ソータはちらりとオレの方にどこか可哀想なものを見る目を向けてきやがった。

「そりゃお前……お前はすぐに顔に出るからな。下手に知ってると、どこかでボロを出しかねないと考えてだ。お忍びの旅だったようだしな」

「ぐ……いやまあそうかもしれないけどさっ。それにしたって黙ってるなんてひどくない!?」

 当事者のオレでもありありと想像できるその言葉に、うめくしかなかったが。おかげでオレは無駄に慌てることになってしまった。まだ寛容なニケだったからよかったものの、ここ数日のオレの態度は、他の王族なら普通に不敬罪として捕まっても不思議でないものであった。事前に知っていれば、まだ配慮した振る舞いが出来ていたと思う。

 もしかして、分かっていたから避けていたのかソータは……?


「アリエルちゃん、ようこそレレイア城へ」

 とそこで、横合いから聞き覚えのある声がかけられる。振り向くと、どこから現れたのかカインがこちらへ歩み寄ってきていた。

「ははは。その様子だと、思った通りびっくりしたようだね」

 カインはオレの前にたどり着くと、あろうことか笑い声をあげた。オレはそれを見て口元を尖らせる。


「ホントだよ、肝が冷えたったらないぞ! お前もお前で、何で話してくれなかったのさ」

「ごめんごめん。あの場にいた皆の総意だったんだ。アリエルちゃんに下手に気を遣わせるのは悪いと思って」

「お前が隠し事が下手なのが悪いんだぞ」

「何だとソータお前!」

 言わなくてもいい言葉を、わざわざ横から入れ込んできたソータに、オレは改めて噛みつく。その様子にカインは苦笑いを浮かべたが「まあ一応王族が前の場だから、落ち着こうか君たち」と諫めてきた。

 よく見ると、後ろでワイワイやっているオレたちにそこはかとなく不審な目を向ける、城付きと思われる召使の方々の姿が。気が付いたオレは、若干頬が熱くなるのを感じつつも慌てて居住まいを正した。

 ソータの軽口のせいで恥をかいてしまったじゃないか!


 その間も、ニケは召使や騎士たちと何かを話している様子だった。その姿を少し離れたところでぼんやりと眺めていたのだが。



「アリエル」

 不意に、横にいたソータが小さくオレの名を呼んだ。



「……何だよ? 軽口ならもう十分だぞ」

 オレはちらりとソータを見上げる。彼はこちらに顔を向けてはいなくて、ニケのほうを向いていたのだが。その表情はやはりどこか硬く見える。

 そんな彼は、そのまま顔を向けずに存外真面目な調子で口を開いた。

「……軽はずみな行動はすんなよ」

「……お前やっぱりオレのこと馬鹿にしてるだろ? オレだってそれくらい分別がついて――」

「お前は、自分の身のことだけ考えてろ。俺のことは気にすんな」

「……はあ? お前一体何を言って――」




「済まない、待たせてしまったな」




 よくわからない発言を漏らすソータに対して、その意図を問いただそうとしたところで、ニケがこちらに声をかけてきた。どうやら話がついたようだ。ソータの言葉は気になるが、まあ改めて聞く機会はいくらでもあるだろう。

 取り敢えずオレは、ソータから視線を外し、軽く近寄ってくるニケの方を向いた。

「今部屋の準備をさせているところだ。船を使うつもりというのなら、しばらくは滞在する必要があるだろう。オルエンランドへの便はあるとはいえ、月に数える程度しかないからな。待つ間は、是非充てられた部屋を使ってほしい。話をしたいことも、あるからな」

 ニケはオレの方を向いて部屋の話をし、『話をしたい』という部分でソータの方を眺め見た。


「アリエルちゃんは、俺が案内するよ」

 そう言って横に立っていたカインが、不意にオレの肩に手を置いて急かしてくる。その勢いで数歩歩いたところで、カインの物言いにオレはふと首を傾げた。

「『オレは』? ソータの方は?」

「あー……彼の方は――」

 オレの問いにカインが言葉を濁す。もしかして、男女で全然場所が違うとかなのだろうか。

 そんなことを何となく頭に思い浮かべたその時だった。




「アルベルト」

「承知いたしました」




 突然足元から光の鎖が伸び、ソータの身体に幾重にも巻き付いた。鎖はソータの腕まで巻き込んで、肩から腰元までがっちりと固めてしまった。

「なっ!?」

 それはほんの一瞬の出来事で。オレが思わずうめき声を漏らすころには、ソータは光の鎖でがんじがらめになっていた。


「そ、ソータ!?」

 オレは慌ててソータに駆け寄ろうとしたのだが。その動きをオレの肩に手を乗せていたカインが止める。

「なっ、おい放せよ!?」

「落ち着いてくれアリエルちゃん!? 君まで巻き込まれる!」

「っ――一体何が起こったんだ!?」

 カインの言葉に、自身も鎖に締められるイメージが一瞬湧いたことで、辛うじてオレは足を止めることが出来た。代わりに、慌ててあたりを見回す。

 その結果、気が付いてしまった。


「……何を、してるんだ……?」


 見回した視界に入ってきたのは、多少どよめいているが、冷静さを失っていない召使たちと、少し距離を置いてソータの前に立ち、ソータに強い視線を向けているニケ。

 そして、いつの間にか鎖に縛られたソータの横に立ち、彼に軽く手のひらを向けているアルベルトの姿だった。

 アルベルトの掲げた手のひらには、小さな魔法陣が勢いよく回っている。素人目でもわかるくらい、明らかに術が起動している状態であった。


 え……何で、アルベルトさんが魔術を使ってるんだ? 何でニケは、そんな強い視線をソータに向けている?


 彼らの奇行に呆然としていると。ニケがひどく冷たい口調で告げた。

「彼は、私を殺害しようと仕向けられた暗殺者だ。背後には例の怪文書を送ってきた者たちがいる可能性が高い。尋問を行い、背後関係を吐かせる必要がある。――アルベルト、牢に連れていけ」

「御意」

 ソータを拘束する鎖は先がじゃらりと外に出ており、アルベルトはそれを手にすると無造作に引っ張る。それにつられて、ソータがたたらを踏んだ。

 その姿を見た瞬間、オレは我に返る。


「ちょっ、待てよ! ソータが暗殺者なわけないだろ!」

 踵を返し城の中に向かおうとするニケとアルベルトの背中に、オレは怒鳴りつける。本当は詰め寄ってぶん殴ってやりたいのだが、オレの動きはカインが見事に抑えていた。

「どけよ! 放せ!」

 オレは体を大きく振ってカインの拘束を解こうとした。しかし暴れる間に両腕を固められ、体が浮く。

「ちょ、お、落ち着いてくれアリエルちゃんっ。手荒なことをしたくないんだ!」

「ふざけんな! だったらソータの拘束を解けよ! 明らかに冤罪だろ!?」

 オレは何とかカインの拘束から抜けようともがくが、一向にうまくいかない。


 ソータがニケを殺害しようとする暗殺者だって? ついこの前までオレたちはオルエンランドにいたんだぞ。レイテンシア王国に行く予定なんてなかったのに、他国の王子暗殺を企むわけがない。それに、もし本当に暗殺者だったとしても、今の今までいくらでもチャンスはあった。にも拘らず実行していない時点で、ニケを狙うという意志があるわけないのだ。

 いや、それ以上に。ソータがそんなことを……人を殺すなんて、そんなことをする奴だとは思えなかった。


 散々喚いたのを煩わしく思ったのか。城に戻ろうと背を向けていたニケが、不意にオレの方を振り返ってきた。その表情は、どこか同情をしているようにも見える。

「……彼女は、彼に洗脳をかけられている。彼は『乱波』だ。私たちが知る魔術とは異なる術を用いて、彼女を都合のいいように操っていたのだろう」

「……洗、脳? な、何を言ってるんだお前……っ。それに、『乱波』って何だよ!?」

 オレはせめてもの抵抗として声を張り上げる。しかしニケは、そんなオレに興味を無くしたかのように背を向け、再び城へ足を進め始めた。それにあわせてアルベルトも続き、彼に鎖を握られたソータは、歩きにくそうに引っ張られていく。


「っそ、ソータ!? お前も何か言ってやれよ!」

 ニケに声をかけても無駄だと察したオレは、一番の被害者であるソータへと矛先を向ける。しかし、ソータは特に反応を示さなかった。ただ倒れないようにぎこちなく歩くだけだ。移動したことにより、オレからはその表情は見えない。

「ソータ!」

 再度オレは呼びかける。すると、彼は肩越しに僅かに振り返り、小さく口を開いた。


「……さっきの言葉、忘れんなよ」


「さっきのって――」

 ソータの言葉に一瞬記憶を遡ろうとしたところで、再び引っ張られたソータがたたらを踏んだ。わずかに止まっていたのが災いしたのか、かなり引っ張られたようだった。

 その姿を見て、オレは再び拘束を解こうと身をよじった。けれど非力なこの体では、鍛えられた騎士であるカインには勝てない。


「おい、ソータ!? くそっ、ふざけんな! 何でソータを連れて行くんだよ!?」

「やめてくれアリエルちゃん! これ以上は無理やりにでも落ち着かせなきゃいけなくなるっ」

「やれるものならやってみろよ! オレはソータを解放するまで、絶対大人しくなんてしてやらないからな!」

 オレを羽交い絞めにしながら必死の説得を試みてくるカイン。しかしオレはその言葉に欠片も従おうとは思わなかった。


 何故ソータはあんな扱いを受けているのだろうか。

 何故ニケは、この数日楽しく過ごしたオレたちを貶めるようなことをするのだろうか。

 何故誰も、ニケを諫め、ソータを助けようとしないのだろうか。

 ソータがそんなことするわけないのに!


 何とかしてソータの拘束を解けば、あいつなら何とかしてくれるだろう。そう思ってオレは、カインの説得を無視して力の限り暴れる。

 何とかして……何とかしてソータを助けないと――


「――ごめんっ、アリエルちゃん」


 ふと、カインの謝罪が耳に入ってくる。

 直後、オレの意識は闇に包まれた。

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