水の王都レイテンシア

 翌日。カインが減り四人になったオレたちは、どこから用意されたのか上等な馬車に乗り込み、ファーフォルトの町を後にした。

 結局数日しか滞在できなかったせいで、ろくに町の中を回ることは出来なかったが。初めての国外で、白魔法も教えてもらえたことで、オレの中では強く印象に残った町だ。白魔法を教えてくれた修道士のひとには、沢山の白魔法に関する本と、焼きたてでおいしい焼き菓子をもらい、旅の無事を祈ってもらえた。『また来て頂戴』と優しく送ってくれた修道士たちに、オレは笑顔で手を振る。


「また来ような!」

 徐々に遠くなっていくファーフォルトの町を見ながら、オレは思わず横に座るソータへとそう投げかけた。彼はオレの顔をちらりとみると、苦笑を漏らしながら「機会があればな」と答えた。


 その後の道中も、初めての土地に目を輝かせている間に過ぎ去っていく。たどり着く宿場町は、当然のことながらオルエンランドの文化とは全く異なる装いだし、料理も見たことのないものばかりで楽しい。思わずレシピが知りたくて厨房に突撃したことも多々あった。言っていなかったが、オレは料理が好きなのだ。食べるのも、作るのも。


 馬車での旅も、ソータは非常に退屈そうにしていたが、オレにとってはとても刺激的だった。流れる景色を見ているだけでもワクワクするし、時折現れる野生動物に目を奪われる。ニケもそうだが、特にアルベルトが博識であらゆることを説明してくれたおかげで、ガイド付きの旅行感もあった。

 本当はオレの元の身体を取り戻すため、一秒でも早くオルエナに戻るべきなのだが。こんな旅路ならもう少しゆっくりでもいいかな、なんて思ってしまう。女の子の身体で……というか、他人の身体でずっと過ごすのは、非常に嫌だけれども。


 そんな道中だったため、王都までの数日間はオレにとっては退屈しないものだったし、あっという間だった。難点と言えば、まぁ毎日朝早いことくらいか。何度ソータにたたき起こされたことか。と言うか後半の方は、シーツ引っぺがしたうえで床に落としてくれたりしたしな。厚意で女子部屋として分けてくれていたのに、無理やり入り込んできたうえでだ。本来は男だと知っているからこその所業だと思うが、流石に女の子の扱いとしてどうなんだと思わなくもない。

 それはそれとして。



「――おい、そろそろ起きろ」


 道中に興奮すればするほど、疲労もたまる。今日も馬車に揺られながら、途中から寝入ってしまっていたらしい。不意にソータの声と頭部に揺れを感じたところで、オレはふと意識を戻す。身体の傾き具合からして、どうやら隣に座るソータの肩に頭を乗せていたらしい。

「……あぁ、ごめん」

 オレはむくりと姿勢を戻すと目をこする。そして今どこにいるのかと、窓の外を見た。

 その瞬間、オレは眠気が吹き飛ぶのを感じた。






 初めて見た時は、そりゃ驚いたなぁ。だって滝の中に街があるんだぞ? オレなんて、そもそも滝が存在しないような平地の村出身だったからさ。滝そのものにも驚いたし、その大きさにも圧倒されたよ。

 街の中もすっごい綺麗でさ、いいなぁって。王都以外で初めて訪れた大国でもあったし、興奮しっぱなしだった記憶があるな。あいつらが自慢げに話すわけだよな。あんな綺麗な街なら、そりゃ自慢もしたくなるよ。

 ……まぁ、直後にとんでもないことに巻き込まれたけどさ。


 レイテンシア王国―水の王都『レイテンシア』





「……うわぁ!」

 そこは、まるでおとぎ話の中の世界のようだった。

 馬車が通る道の両脇に、大きな水路が流れている。水路は地面だけでなく、橋がかけられて空に縦横無尽に流れていた。そこに多くの建物が軒を連ね、多くの人が橋を渡り、そして船を使い水路の上を行き交っている。それだけでも神秘的な光景だったのだが。ひと際目を惹きつけるのは、街を取り囲むように覆っている水のカーテンだ。大きな水路が街の外壁を通っていて、そこから水が滝のように流れ落ちている。まるで外敵から街を守る防壁のようだ。

 オレが窓に張り付いていると。ニケがにこやかに口を開いた。


「私達には見慣れた光景だが、圧巻だろう。『アクアヴェール』と呼ばれる街の外周を流れ落ちる滝は、千年途絶えたことが無いそうだ」

「千年! そんな歴史ある街なのか!」

 聖都オルエナも、かなり昔からある都市だと習った記憶があるが、流石に千年も前のものが残っているという話は聞いたことが無い。

 それを聞き、オレがさらに窓に張り付いて外を眺めていると。やがて外周の滝を通り過ぎ、その奥にあった大きな石壁の門を間近に望んだところで、ニケが小さく手を広げた。


「この門を抜ければ、我らが誇る壮麗な街だ。ようこそ、水の都……王都レイテンシアへ」

 馬車は門を抜け、街の中へ入る。


 建物は基本的に石造りのようで、特徴的なのは軒並み白で統一されたいることだった。外壁のアクアヴェールからの反射と降り注ぐ日の光のおかげで、その白い壁が美しく輝き、まるで水の中に街があるような錯覚さえ覚える。恐らく、意図してこのような色合いにしているのだろう。アクアヴェールだけでなく、まさに水の都と呼んでふさわしい雰囲気の街だとオレは感じた。

「すごいなぁ!? なあ、ソータ見ろよ!」

 オレは興奮を抑えきれずに窓に張り付きつつ、隣に座るソータに顔を向ける。しかしソータは、なにやら気難しそうな表情を浮かべていた。

「ソータ?」

 オレが再度呼びかけると、ようやくちらりとオレの方に目を向けてくる。

「何だ?」

「……どうした、そんな気難しい顔して? もしかして酔ったのか? 回復魔法いる?」


 実は馬車に乗り始めた最初の日のことだったのだが。多少前日までの疲労が残っていたのか、はたまた暇だからと白魔法の本を広げていたのが悪いのか……まあ、後者が原因だと思うが……オレは途中乗り物酔いを起こしてしまった。その際、藁にも縋る思いで自分に回復魔法をかけたところ、多少落ち着いたということがあったのだ。

 博識なアルベルトが言うには、本当は解毒などといった体の調子を整える魔法があるので、そちらの方が効果はあるらしいが、体力を戻す意味合いで回復魔法でも代用が効くのだとか。


 オレは一度自分の席に腰を下ろす。それを見ていたソータは、ぽりぽりと頬をかいた。

「俺は別に……いや、そうだな。ここまで長く馬車に乗ったのは初めてだから、多少参ってるのかもしれねえ。悪いが頼めるか?」

「おう、任せとけ! 全く、辛いなら無理せず言えよな」

「お前が我慢がないだけだ。俺は別に普通だろ」

「はいはい。ったく、相変わらずひねくれたやつだなぁ!」

 オレはそう苦言を呈しながらも、ソータに軽く手をかざして回復魔法を唱える。とは言え、ソータに対してオレが貢献できるケースは稀なため、ちょっぴり嬉しく感じているのは内緒だ。


「……ところで、ニケの家に招待するって言ってたけど。お前の家ってどこにあるんだ?」

 ソータの治療が終わったところで、オレはふとニケの方を向いた。それに対して彼は、楽し気に微笑むと軽く肩をすぼめた。

「まあそれは、付いてからのお楽しみにしようじゃないか」

「何だよそれ。……まあいいけど」

 どうやらニケはもったいぶってオレたちの反応を楽しむつもりらしい。そんな彼に対して、アルベルトが「ニケ様……また悪い癖を」と小さくため息をついたが、ニケはどこ吹く風と言った様子。しっかりしているようで、ニケは意外と悪戯好きなのかもしれない。


 向かう先が分からないので、オレはぼんやりと窓の外を眺めながら馬車に揺られる。街はオルエナに負けず劣らず大きそうなので、ゆっくりとした速度で走っているとそれなりに時間を感じる。

 水面の反射が彩る神秘的な街を、馬車に揺られながらしばらく眺めていると。やがて目的地にたどり着いたのか、馬車が速度を緩めやがて止まった。再びうとうとしていたところだったオレは、馬車の動きが無くなったところで目を開く。その後改めて窓の外を見渡すと。


「……え?」

 オレは開いた口が塞がらなくなった。



「ここって……お城!?」



 停留所なのだろう、通路から少し脇にそれた広間に陣取った馬車。その窓からは、目の前にそびえたつ巨大な建物が、圧倒的な存在感を持ってオレたちを見下ろしている光景が見て取れた。

 今まで見てきた街並みと同様に、白を基調とした外壁は美しく、横に壁のように広がる構造は、得も言われぬ力強さを感じさせる。オルエナ城は縦に長く尖った印象を与える様相をしていたが、ここは丸みを帯びたフォルムが目立ち、何よりでかい。

 千年この街を支えてきた……そう言われて納得するような、豪華の中に剛健さを覚える建物だった。


「期待通りの反応をしてくれて嬉しいよ。ここはレイテンシアの城だ。私たちは『レレイア城』と呼んでいる」

 オレが窓の外を呆然と見ていると、ニケが笑いながら馬車の扉を開けた。

 何でオレたちは城に連れてこられたのだろうか。

 そして何故、馬車から現れたニケに対して、近場にいた人たちが皆首を垂れるのだろうか。


「……驚かせて申し訳ありません、アリエル様。主命故、口を閉じておりましたが。かのお方は、このレイテンシア王国の第一王子であらせられる、ウィニケア・レイテンシア様でございます」

 最後まで放心して馬車に残っていたオレに対して、先に外に出ていたアルベルトが恭しくこちらに手を差し伸べながらそう口にした。


 ……え、ニケが――この国の王子さま!?


「まじかよ!? オレめっちゃタメ口きいてたんだけどっ」

 一国の王子に対して、ど田舎の平凡な少年……今は少女だけど……兎に角、掃いて捨てるほどいる一般人が、タメ口。

 どう考えても不敬罪にあたるだろう。

「だ、大丈夫かな……」

 オレが急に慌てだして顔色を悪くしたのを見て、アルベルトが小さく笑みを浮かべた。

「それはご心配には及びませんよ。当のウィニケア様本人が、気になされておりませんので。ただ他の者の目もありますので、城内では敬意を払っていただくようよろしくお願いいたします」

「あ、は、はいっ」

 オレは取り敢えず問題ないということに安堵すると、アルベルトの手を取って馬車から降りる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る