王都へ向かう目途が立ちそうです!
「魔石を取り出す余裕があったのか?」
そんなオレとソータの様子を眺めていたニケが、ふとアルベルトの方を振り向く。するとアルベルトは小さく頷いた。
「はい。あの場に二十体ほどのサンダードッグがいましたが、すべて殲滅しました」
「すべて? お前たち二人でか?」
「ソータ様のお力添えのおかげで。彼が足止めをしている間に、私めの魔術にて一網打尽にすることができました。彼は優秀な戦士でございます」
「ほう……」
アルベルトの言葉に感心したように目を見張ったニケは、改めてソータの方を振り返った。そして右手をすっと差し伸べる。どうやら握手を求めているようだった。
「アルベルトが褒めるなんて、貴公はよほど優秀なのだろうな。此度の件、手を貸してくれたこと、改めて礼を言わせてくれ」
それに対し、ソータはちらりとニケの顔を確認する。そして最初は差し出された手をただただ眺めるだけで応じなかったが。ニケが引かないと悟ったのか渋々と言った様子で手を伸ばす。
「まあ、俺は別に成り行きだ。この馬鹿が行くと言わなければ、来てなかったさ。報酬さえもらえれば、俺は文句はねえよ」
「おいお前、それは流石に不敬が過ぎるぞ――」
「良い、カイン。助けられた私たちは、相応の返礼をしなければならないのは確かだ」
「しかし……」
不躾なソータの言葉にたまらずカインが噛みつきかけたが、ニケ自身が何でもない風にそう口にした。
一方でオレも、ソータの言葉にはちょっとムッと来ていた。
「お前なー。もうちょっと穏便な返事できないのかよ! あと毎回毎回オレのこと馬鹿にすんなよな!」
「お前それ、言いたかったの後半の方だろ」
別に、前半も後半も同じくらい言いたかったことですけど!
オレとソータがそんな口論をしていると。不意にニケが笑い声を上げ始めた。
「ははは! 貴公らは面白いな。我らはこの後町に戻ろうと思うが、貴公らも一緒にどうだろうか。良ければ道中話が聞きたい。……とは言え、今からだと一泊は野宿する羽目になるだろうが。恐らくここは、森を挟んで町の反対側だ」
確かに、改めて空を見ると既に日が傾きかけている。軽く歩いているだけで、すぐに夜が来るだろう。オレたちは土地勘が無い上に、急いで出てきたため野宿道具は軒並み町に置いてきている。
一方のニケ達もさほど荷物を持っている様子は見られないが、何かしらバッグのようなものは一様に身に着けている。多少の用意はあるのだろう。
少なくとも、杖一本しか持ち物が無いオレよりはよっぽど用意が良いはずだ。
「まじで? 助かるよ! な、ソータ!」
「お前――」
オレがニケの提案にありがたく頷いていると。ソータが呆れた様子でオレを見下ろしてきた。同時に身長差があることをいいことに、乱暴にオレの頭を引っ掴んでくる。
「あ、おいやめろよ!?」
「安易に他人を信用しすぎだっつの。少しは警戒しやがれ」
「でも、オレたち土地勘ないじゃん。言っとくけど、オレ野宿の道具なんて何も持ってきてないぞ! どうやってここから町に戻るんだよ?」
「…………まあ、お前がいるからな」
「……何でそんなオレが悪いみたいな目で見つめるんだ!?」
これは『俺一人ならこのまま戻れるけど、お前が足を引っ張るから野宿せざるを得ないんだぞ』なんて思っている顔だ。確かに、それはその通りなのだろうが……。明らかに馬鹿にしていそうな態度のこいつに言われると、腹が立つというものだ。
「まあまあ。彼が警戒するのもよく分かる。むしろ警戒して然るべきだ。それは承知の上だが、こちらとしても争うつもりはないというのは本心だ。私たちは君たちに窮地を救ってもらった恩がある。それに報いたいのだ。それに、野宿というのなら戦力は多い方が良い」
ワイワイオレとソータが言い争っていると、横からニケが口を挟んできた。その口調は真摯にそう思っていることが伝わるものであった。
そんなニケに対し、ソータは鋭い視線を向けていた。その後、ちらりとオレの方を見下ろすと、やがて大きくため息をついた。
「……いいだろう。確かに、今から町に戻るのは酷だとは思っていた。戦力が多い方が有利と言うのも同意見だ。町に戻るまで、お前たちと行動を共にしてやる。……報酬についてもすり合わせておきたいしな」
「ああ、よろしく頼む」
こうして、オレとソータは町に戻るまでの間だが、ニケ達と行動を共にすることにした。冒険者協会での一件からここまでの間のソータの不躾な態度に、カインの方は少なからず憤慨しているようだったが。
翌日。
オレが目を覚ますと太陽はすっかり顔を出しており、寝る前までに置かれていた野営装備はほとんど撤去されていた。ぼんやりとした頭であたりを見回していると、オレに気が付いたソータに「さっさと顔洗って来い」と呆れ顔でタオルを放られた。
その後オレの準備が整うと、オレたちは早速移動を開始した。アルベルトが言うには、警戒していた昨日の残党の襲撃はなかったようだが、森が近いこともあってまだ油断はできないのだという。昨夜はオレ以外の三人で交代しつつ、夜通し見張りを行っていたのだとか。それを聞いてオレはなんだか申し訳なくなったが、『端からお前は頭数に入れていない』とソータに一蹴されてしまった。
確かにオレが一番弱いのは認めるけど、言い方ってものがあるだろ!
そんな一幕がありながらも、オレたちは昼過ぎにはファーフォルトにたどり着くことが出来た。
「此度の助力、改めて礼を言わせてほしい」
町に入ったところで、ニケがオレたちの方を振り返った。そしてそんな言葉を口にすると、彼はちらりとソータの方に軽く目を向けた後、オレに向かって口を開いた。
「その礼についてなのだが。聞くところによると、貴公らは王都を目指しているそうじゃないか。私たちも、このあと王都へ向かう予定なのだ。貴公らさえ良ければ、我らと共に行動しないか? 旅費と足はこちらで用意する。どうだろうか」
「え、まじで? あ、でも――」
オレは横に立つソータの顔を窺う。
ここから王都までの旅費を考えると、恐らく手持ちの資金じゃ足りないだろう。今回サンダードッグを倒した証拠として持ってきた魔石がどのくらいのお金になるかは分からないが、それにしたって旅費の負担は馬鹿にならないはずだ。その旅費を負担してくれる上、どうやら足まで用意してくれるというニケの申し出は非常にあり難い。だからオレは、迷う余地もなくその申し出を受けようと思ったが。
そう言えば、ソータはニケ達のこと警戒してるんだよな。
元々貴族に対してあまり良い印象を持ってなさそうなソータは、終始彼らとは距離を取っていた。もしかしたら貴族関連で何か過去にあったのかもしれない。それとも、自衛出来る彼らに対して、全く防衛能力のないオレの方が危険だと考えて守ってくれていたのかも。それにしたって露骨だった。
だから、ソータにとっては受けたくない提案なのかもしれない。そう思ってオレはソータの顔色を窺ったのだが。当の彼は、ちらりとオレの顔を見下ろすと小さく肩をすぼめた。
「……いいんじゃねえか? 旅費と足を出すって言ってるんだから、渡りに船だ」
予想外な言葉に、オレは目を丸くする。
「お前のことだから、『別に金だけくれればいい』とか言うと思った」
「……まあ、本当はそっちのほうが良いんだが。ちょっとな」
「何だよ、その『ちょっとな』って?」
「お前がぐーすか幸せそうに寝てる間に、あいつらと話をしたんだよ。それに、もしこのまま徒歩で王都に向かうことになったら、お前が『もう歩けない!』ってことあるごとにぶちぶち文句垂れやがるだろうと思ってな。鬱陶しそうだから、受けた方が気が楽と思ったまでだ」
「あーあ、聞いたオレがバカでした! お前っていっつもそうだよな!」
オレは大げさに肩をすぼめると、ぷいとソータから顔を背けた。
せっかく気遣ってやったのに、損した気分だ!
その様子を見ていたニケは「相変わらず仲がいいな」と苦笑を漏らし、カインが「……あれはあいつの性格が悪いだけでは」と冷ややかな目でソータを眺める。アルベルトは、目が合うも特に何も言わなかった。
「――取り敢えず。こちらの提案に二人とも同意、という認識で良いだろうか」
改めてといった様子で、ニケがオレとソータを交互に眺めてそう口にした。オレはちらりとソータに目を向ける。するとそれに気が付いたのか、ソータと目が合った。彼は特に口を開くことなく、小さく頷いてきた。
オレはそれを受けて、再びニケに向き直ると、大きく頷く。
「……ああ。オレたちもそんなに補助してくれるんだったら、むしろ是非協力させてほしいくらいだよ。むしろ、そんなにフォローしてもらって大丈夫なのか……? 旅費って、相当高いんだろ?」
「ああ、構わないさ。薄々気が付いているかもしれないが、私はちょっとした家柄の者だからな。それくらいなら援助できる。むしろ命を恩人なのだから、それ位させてほしい」
人当たりの良さそうな笑顔を浮かべるニケに、オレは小さく安堵する。どうやら無理して援助している様子はなさそうだった。それなら、あり難く厚意を受け取ろうと思った。
「さて、そうと決まれば早速準備に取り掛かろう。カイン、ちょっと良いか」
「はい、何でしょう」
ニケは隣に侍っていたカインを呼び、オレたちに背を向けて何か話をしはじめた。小声で話しているのか、さっぱり内容は聞き取れない。オレが首をかしげていると、やがて話し合いは終わったのか、二人は再びオレたちの方に振り向く。
「カインに馬車の手配と、王都への連絡をお願いした。彼は一足先に王都に向かってもらうことにして、私たちは明日馬車に乗ってこの町を発とう」
「そう言うことだから、俺は一旦ここでお別れだ。ニケ様とアリエルちゃんの護衛は、アルベルトさんが担ってくれることになるから、安心して。アリエルちゃん、また王都で!」
「え、あぁ、うん。気をつけてな!」
急な取り決めにオレは目を見開いたが、慌ててカインに言葉を投げかける。彼はオレの言葉に笑みを浮かべると、足早に町の入口にあった厩舎向かっていった。
「……昨日の今日で、大丈夫なのかな?」
昨日は散々に戦闘をした挙句、お世辞にも寝心地の良いとは言えない野宿を経た状態だ。疲労は相応にたまっているはずだろう。
「彼はまだまだ実力不足なところもありますが、体力だけは人並み以上に有しております。それに己の限界も分かっている。必要とあらば休息もいれるでしょうから、ご心配には及びませんよ」
オレがぼんやりと走り去るカインを眺めていると。不意にアルベルトがそう口にした。見ると彼は、至極当然と言った雰囲気で動じた様子はない。
「アルベルトはカインの師匠でもあるのだ。年齢の割にはまだまだ落ち着かないところがあるのも確かだが、彼の実力は本物さ。師匠は随分と辛口だが、私は信頼している」
続いてニケがそう加える。しかしアルベルトはその言葉に異があるのか、目を閉じ小さく息を吐いた。
「少なくとも、私めほどにはなってもらわないと困ります」
「それは随分と高い目標だな」
やれやれと苦笑を漏らすニケ。とはいえ、二人ともカインの実力については信頼している様子が窺えた。
「……まあ、それなら大丈夫……なのかな?」
「ええ、心配には及びません。気をかけてくださり、ありがとうございます、アリエル様」
「あ、いや。様なんてオレは別に……。オレが出来るのなんて、口を出すことくらいだから」
まさかの『アリエル様』呼びをされるとは思わなかったオレは、慌ててぶんぶんと手を振った。
「――さて、戻って早々動いてもらうカインには悪いが。私たちは私たちで、移動の準備をしよう。馬車は明日の朝に、丁度この場所に用意してもらうようにした。それまでに、貴公らも準備を進めてほしい。宿場町は経由するつもりだが、少し長旅になるからな」
「明日の朝に、ここに来ればいいんだな」
「ああ。是非とも、協力してほしい」
「……そうだな」
ニケとソータが何やら目を合わせているが、両者の表情は対極であった。ニケはにこやかに応対しているのに対し、ソータはどこか渋面だ。
「ソータ、どうした?」
オレはソータに声をかける。彼はオレの呼びかけにちらりと目を向けてくると、再びニケを眺め見た。それを受けて、何故かニケは小さく頷き返す。一体こいつらは何を企んでいるんだ?
「……何でもねえ。それよりお前、明日はちゃんと起きろよ。今日みたく寝過ごすようなら、置いていくからな」
「ばっ、頭触んな!? ちゃんと起きるよ!?」
不意にわしゃわしゃとオレの頭を乱暴に撫でまわし始めたソータに、オレは抗議する。思い切り彼の腕を叩いてやろうと思って振りかぶるも、そのころにはソータの腕はさっさと戻ってしまっていた。そして鼻で笑われる。その仕草が、さらにオレの憤慨を買う。
彼の奇行のせいで、先ほどまで考えていた疑問が一気に吹き飛んでしまった。
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