雇い主のわがままと冒険者の流儀
「ソータっ。ど、どうしよう!?」
「……お前なぁ」
困惑するオレをよそに、ソータは面倒くさそうにため息をつくと、ちらりと青年の方に顔を向けた。
「魔物の群れって、具体的には何なんだ?」
オレの方を向いていた青年が、問いかけを受けてソータの方を見上げた。
「君は、この子の仲間か?」
「まあそんなとこだ。――で、魔物って何だったんだ? 数は?」
すると青年は苦い表情を浮かべ始める。そして、ポツリと漏らした。
「…………サンダードッグだ。数は……分からない。少なくとも十匹以上はいた」
「サンダードッグの群れだと!?」
その名前に、聞いていた冒険者たちが大きく反応した。オレは魔物には詳しくないため、彼らが何に驚いているのかよくわからない。
「少なくとも十匹以上はいる、サンダードッグの群れ……か」
ソータもその名前を口にしたところで、眉をひそめた。
「お前、その名前を出して俺たち冒険者が協力してくれると思ったのか? 死にに行けって言ってるようなもんだぞ」
ソータの言葉に、少なくない冒険者が頷きや声などで肯定の意を表した。屈強な戦士たちが怖気づいているその様子を見て、オレは大きな不安を抱く。
「そ、そんなにやばいやつなのか……?」
おずおずとオレが問いかけると、ソータはちらりとオレの方を見て肩をすぼめる。
「機動力のある四肢の魔物ってだけでも厄介なのに、魔術で電撃を飛ばしてくるんだ。一匹二匹ならまだしも、複数なんて俺は戦いたくねえな」
機動力があって魔術も使える、そして近づかれると青年のような大きな怪我を負うことになる。見たことのないオレは想像するしかできないが、それは確かに強敵だろう。何なら魔物と言うからには、生命力も並みの獣よりあるはずだ。
そんな魔物が複数体いる場に、青年の言う『坊ちゃん』とやらは残っているのだという。
青年はオレから手を離し、耐えるようにグッと拳を握りしめたまま、うつむく。
「……坊ちゃんともう一人残った連れは、俺なんかよりも数倍強いんだ。だから、本来サンダードッグに後れを取ることはないし、戦えていると思う。けど、相手の数が多すぎる。だから、坊ちゃんたちをサポートできる奴の手が欲しい。俺の力だけじゃ足らないんだ……けど、坊ちゃんたちに頼まれたことは、何としてでも応じたい! 頼む、誰か力を貸してくれ!」
そのまま青年は床に額を押し付けながら、オレたちに懇願しはじめた。
いかにこの青年が困っているか、そしていかに青年がその坊ちゃんと呼ぶ者を大事に思っているのかが伝わってくる。彼は坊ちゃんとやらを守るために、今まさに戦っているのだろう。
その思いを目の前でぶつけられたオレは、何とかその思いが報われてほしいと思ってしまった。
「…………なあ、ソータ」
オレはそう口にしながらソータを見上げた。気付いた彼と目が合う。直後、彼はオレの考えを察したのか渋い表情を浮かべる。
「……お前、まさか助けたいとか言い出すんじゃねえだろうな?」
「……ダメか?」
「言っただろ、厄介極まりない相手だって。俺は反対だ」
「……ああ、そうらしいな。実際戦うのだって、オレじゃなくてお前になるのも分かってる。オレも出来れば手伝いたいけど……オレは弱いから、お前に頼らざるを得ない」
こんなことを言ったら、今度こそ愛想を尽かされるかもしれない。ソータ自身の言を借りるなら、オレはソータに死んでくれと言っているようなものなのかもしれない。
けれど、ソータならもしかしてと思う。どんな獣や魔物が現れても的確に対処していた彼なら、今回の敵にも渡り合ってくれるのではないかと。
よくわからないけど、オレはソータの戦い方を見てきて、そう思ったのだ。
「……こんなこと言うと、お前に愛想尽かされるかもしれないけどさ。……オレはやっぱり、困ってる人を助けたいなって思うんだ」
「……その中に俺は入ってねえのかよ。お前の言葉のせいで、俺も絶賛困り中なんだが」
「お前強いじゃん。短い付き合いだけどさ、何かオレ、お前ならどんなやつにも勝てるんじゃないかって思うんだ。何というか、理由はよくわからないんだけどさ」
「何だよそれ。俺はただのスカウトだって言ってるだろ」
オレはじっとソータを見つめる。オレの意思が変わるのを望んでか、ソータも暫くオレを突き放すように眺めていたが。意地っ張りなのかもしれないが、オレは意思を曲げるつもりはない。
やがて察したのだろう。彼は大きなため息と舌打ちを繰り出し天を仰ぐと、吐き捨てるように口を開いた。
「っあーくっそ! ……報酬をもらうまでは、今の俺の雇い主はお前だ。お前の好きなようにしろよ」
「っ、じゃあ!?」
「ああ。お前の意見に従う」
「ありがとうソータ!」
オレは思わず笑みを浮かべると、ソータは「……厄介なことになった」と毒を吐きはしたが、協力してくれそうな雰囲気を見せた。
やっぱりソータは良い奴だ。もしお前が怪我とかしたら、絶対にオレが治してやるからな!
オレはソータの同意が得られたことを確認すると、改めて青年へと向き直る。
「どこまで協力できるか分からないけど、オレたちでよければ手を貸すよ」
「本当か!? 助かる!」
青年は涙を流す勢いで破顔しつつ、オレの手を握った。その気迫に、オレは若干気圧されてしまう。
「坊ちゃんは町の北外れの森で今も戦ってるはずだ。でも猶予はないっ。案内するからすぐに向かおう!」
「――出発する前に、一つだけ言っておきたい」
今すぐにでも走り出しそうな青年に対し、不意にソータがそう口にした。何故だか周りの冒険者の男衆に肩を叩かれたり、「精々気張れよ色男」などと絡まれて鬱陶しそうにしていた彼は、それらを無視して青年の前に立つ。
「この馬鹿が安請け合いしちまったが、受けたからには仁義を通す。……ただ、俺たちはボランティアじゃねえ。その坊ちゃんとやらを助けるって依頼を完遂した際には、それ相応の報酬を払ってもらうからな」
何を言うかと思えば、ソータの口からはそのような言葉が発せられた。まさか、こいつはこの機に乗じて荒稼ぎするつもりなのだろうか。
青年もまさかそのようなことを釘されるとは思わなかったのか、眉をひそめて首を横に振った。
「報酬……金か? 悪いが今はそれどころじゃ――」
「言っただろ、ボランティアじゃねえんだ。こっちも命を張る分、報酬は約束してもらわないと困る」
「お、おいソータっ」
オレはソータの服の袖を引っ張る。一刻を争う非常事態だというのに、何お金の話をしているんだと、彼を諫めようとしたのだが。当の彼は悪びれる様子はなく、むしろオレに忠告をしてきた。
「お前もこれから冒険者を続けていくつもりなら、肝に銘じておけ。仕事をやるからには必ず対価をもらう……大原則だ」
「で、でも今はそれどころじゃ」
「別に今すぐじゃなくていい。それだけでも良心的な方だ」
「嬢ちゃん。この兄ちゃんの言う通りだぜ。冒険者はそこを違えちゃいけねえ職業だ」
オレとソータが問答をしていると。先ほどまで傷付いた青年の支えていた冒険者の男が、不意に口を挟んできた。見ると彼以外の冒険者も、皆似たような顔をしてこちらを見ている。誰一人として、その言葉に異を唱える者はいない。
やはり、ソータの主張は冒険者の総意ということなのだろうか。
「……分かった。済まないが今は支払えるものがない。坊ちゃんが助かった際には、出来る範囲で報酬を支払う」
やがて青年も納得したのだろう。おずおずとそう口にした。
「一介の使用人でしかない俺が使えるかねなんて、あんまりないけどな」
「ならお前の言う坊ちゃんとやらに話を通してくれ。お前の身形からして、貴族かそれに準ずる位のやつなんだろ。財布は潤ってるはずだ」
「分かった。坊ちゃんからは俺が説明しよう」
「……契約成立だ」
「聞いたなお前ら」と不意にソータがあたりの冒険者に対して声を上げる。すると彼らもそれぞれ何かしら応答を返してきた。
「承認はここにいる冒険者たちだ。さっきの言葉、違えるなよ」
「……これが冒険者の流儀か」
ちょっと気落ちした様子で青年はそう漏らした。しかし、すぐにうつむきがちだった顔を上げる。
「――今は坊ちゃんの身が最優先か。契約したからには、相応に働いてもらうからな!」
そうして「ついてきてくれ」と冒険者協会を後にする青年に続いて、オレとソータは急いで後を追った。
「なあっ。ここの森は普段も魔物がこんな湧いてるもんなのか!?」
三十センチくらいある毛玉に手足の生えたような球形の魔物を切り捨てながら、青年……名前をカインと言うらしい……彼は吐き捨てるようにそう口にした。
オレたちが町を出てから一時間ほど。急いでいたこともあり、件の森には比較的早くたどり着いたのだが。そこは、先ほどのように断続的に魔物が襲い掛かってくるかなり危険な森であった。
「さあな! 俺もこの町にたどり着いたのは昨日だから、普段の姿なんて知らねえよ」
同じくソータも、飛び掛かってきた毛玉を避けながら切り捨てると、おもむろにナイフを投げ飛ばし、離れていた一匹を仕留める。
周りには、もう既に複数の魔物の死骸が転がっている。オレはその光景に気持ち悪さを感じながらも、なんとか二人についていっていた。
一応オレももらった杖をぎゅっと握って臨戦態勢をとってはいるが、今のところ出て来る魔物はすべてソータとカインが仕留めてくれている。力が足りないと言っていた割には、カインはそれなりに直剣を扱えるようだった。白魔法使いだと認知されているオレは、怪我をした際の治療役を充てられている。とは言え、ソータもカインも今のところ怪我をするそぶりは一切ないので、オレはただ単についていくだけになっていた。
それでも二人とも健脚なので、ついていくだけで精いっぱいだが。
「ただ……こんな町に近い森で獣よりも魔物の方をよく見かけるっていうのは、異常だな」
ソータが仕留めた魔物が最後だったのだろう。少しの間臨戦態勢を取っていた前衛二人だったが、動くものがいなくなったことを確認し、手にしていた武器を収めた。ソータは加えて、投げたナイフを回収しに足を延ばす。
「……恐らく、『門』がどこかに出現してるんだろう」
「門?」
カインの言葉が分からず、オレは問い返す。するとカインはオレの方を振り返ると、小さく頷いた。
「ああ。魔物の発生には、大きく分けて二つのケースがあるんだ。一つは、何らかの原因で魔力を大量に浴びてしまった獣が、魔力に汚染され凶暴化……魔物に変貌するケース。もう一つは、魔物たちの住む世界……異界との境界にほころびが生じて、この世界に迷い込んでくるケースだ。門と言うのは後者の方で、異界との境界のほころびのことを指すんだよ」
「へえ、そうだったんだ」
そう言えば、魔物の存在は認知していたが。どこから生まれてくるのかと言うのは考えたことがなかった。
「何で門があるってわかるんだ?」
「普通の獣が魔物化するなんて環境は、極稀だからね。そんなやつが、こんなに一気に増えるとは思えない。そうなると、門が発生してそこから湧き出ているって考えた方が自然だろ?」
「確かに。……じゃあ、その門を何とかしない限りは、こいつらがもっと湧くってこと?」
「そうなるね。……多分坊ちゃんたちもそう考えて、元を断つために門を探し始めたんだと思う」
不安げにそうつぶやくカインに対して、オレはどう返答すればよいか分からなかった。
カインが言うには、サンダードッグに出くわしたのは比較的森の表層だったらしい。なので、本来であればもうそろそろ鉢合わせしても良いはずなのにと、カインは語った。けれど、今のところ戦闘跡はあれど、お目当ての人影は見当たらない。
「……だ、大丈夫だって! 坊ちゃんってやつは、強いんだろ? それにもしかしたらいい隠れ場所とか見つけたかもしれないじゃん。うまく隠れてるとかさ。だから、きっと見つかるって!」
あまり成果が上がっていないことに気が参っていそうなカインに対して、オレは取り敢えず励ますことにした。むしろ、真に弱いオレはそれくらいしかできることがない。
「……ありがとう。アリエルちゃん」
オレの励ましが功を奏したのか、カインの表情が少し和らいだ。中身こそ冴えない男のままだが、外見だけはオレはかなり美少女だ。美少女に励まされたら、誰だって嬉しいということだろう。いきなり訳の分からない状況に落とし込んでくれたこの体の主には憤慨しているが、白魔法といい使えるものが増えたという点だけはありがたいと思う。
でも、間違っても惚れるなよ。オレは男には興味ないからな!
慎重に、けれど足早に森の中を進むオレたち。カインが不安げに口を閉ざしていることも相まって、オレとソータも自然と会話がなくなってしばらく。行軍の速さにそろそろオレが根を上げようとした矢先のことだった。
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