救いたがりの初陣

「……さすがに、そう都合よく護衛任務が転がっているわけねえか」

 受付での問答が終わってしばし。オレたちはぼんやりとコルク板に貼られている依頼書を眺めていた。

「何個か護衛依頼は来てるっぽいけど。どれも行先が違うし、あったとしてもなんかやたら要求ランク高いよな。と言うか護衛任務自体、何か要求ランク高くない?」

 ソータと並びながら依頼書を見上げているが、護衛任務の数もさることながら、その要求ランクにオレは目を見張っていた。


 要求ランクとは、依頼を作成するにあたって依頼主あるいは冒険者協会が指定する、その依頼を受けるための階級のことである。

 冒険者には格付けがあって、四つの等級とそれぞれに三つの星の区分が存在する。冒険者になりたてが一番格下であるブロンズ一つ星で、依頼をこなしていくと、二つ星や三つ星にあがっていく。そこから先はシルバー、ゴールド、プラチナと等級が上がっていき、一番上がプラチナ三つ星だ。そのうえで、護衛任務は大抵ゴールド一つ星以上が指定されていた。低くてもシルバー階級は必須の様子。ブロンズ一つ星のオレでは、当然ながら受注させてもらえない。

 なぜそんなに要求ランクが高いのかは、ソータがすぐに口を開いて説明をしてくれた。


「そりゃ護衛って言ったら、道中の命を預ける相手だからな。それにそこにいる魔物をただ倒すとかじゃなく、何が起きても対応できるような知識や経験も必要だ。依頼主も半端な奴なんかに頼んだりしねえだろ。協会だって、下手な奴あてがって失敗、挙句協会全体の信用を失う……なんてことは避けたいだろうから、受注のハードルを上げるんだ」

「なるほど、確かにそう言われると納得。――なあ、そう言えばソータの冒険者ランクっていくつなんだ?」

 護衛任務を受けたいと言う彼であったが、要求ランクのハードルが高いことは把握していたようだ。にも拘らずこうして探しているということは、彼自身それなりにランクの高い冒険者なのだろうか。

「あぁ、俺はシルバー三つ星だ」

「え、うそまじ?!」

 何ともないように口にしたソータの等級に、オレは思わず声を上げた。


 シルバー三つ星といえば、やたらランクの高い護衛任務は別として、今まで見てきた依頼の大半がこなせることになる。それほどまでに、実力を有した冒険者と言うことだ。


 確かに、こいつのこと詳しく聞いたことはないけど。めっちゃ強いもんな、ソータは。


 この町に来る道中、オレは何度かソータの戦闘する場面を見る機会があった。スカウトと名乗るだけあって、勘が鋭いのだろう。相手が迫ってくる前に気が付いて、ナイフか短剣を投げて急所を一撃というシーンも多かった。それに加え数が多くて接敵を許した時も、身のこなし軽やかに相手の攻撃をいなしながら、逆手に持った短剣で切り伏せることもあった。

 本来スカウトのイメージは、偵察や中・遠距離からのけん制が主の役割であるはずだが。近接戦闘もこなせるソータはかなり優秀だろう。オレなんかが百人束になっても勝てないと思う。


 片やオレは剣士と名乗っておきながら、そこらの獣一匹仕留められない貧弱前衛だ。この女の子の姿になったおかげで白魔法を使えるようになったので、術士という手が生まれはしたが。それも覚えたてで碌な魔法が使えないので、やっぱり術士としても貧弱である。


 ……このままだと、マジでオレお荷物なだけだな。剣士は正直自分でも合わないなって思ってたけど……白魔法は、何としてもちゃんと使えるようにならないと!


 でないと、オレは誰かに……ソータに背中を預けてもらえる相棒になることはできない。でもそこには、受付のお姉さんが勘ぐっているような恋心はない。ただあるのは、同じ男として負けたくないという矜持である。駆け落ちなんて、そんな甘い関係などでは断じてないのだ。

 断じて。


 意外と受付でのやり取りが目立ってしまったので、人目を避けるように二階に貼られていた依頼から確認していたオレたち。そんなオレ達が、階段を下りながら壁の依頼書を見ている最中であった。

 突然、正面出入り口の扉がものすごい音と勢いで開け放たれた。





「誰か、手を貸してくれる奴はいないか!?」




 そして一人の青年が、そう叫びながら倒れこむような勢いで入ってきた。


 青年は全力でここまで来たのだろう、息も切れ切れだった。しかしそれ以上に目が行くのは、彼の装いだった。元は軽装鎧をつけていたのだろうが、見事にボロボロになっており、肩口から少なくない出血をしている。

 突然の来訪者に、協会に残っていた冒険者たちが何事かと青年を眺める。

 青年は疲れのせいか痛みのせいか分からないが、フラフラとおぼつかない足で立ったまま、再度声を上げた。

「このままだと、坊ちゃんが殺されるんだ!? っ誰か……助けてく――」

「おいお前、無理はすんなって!?」

 ぐらりと倒れかけた青年を、近くに立っていたガタイの良い冒険者の一人が慌てて支える。そして肩口の傷を一瞥すると、声を張り上げた。


「こりゃひでえ。おい、誰か治癒術を使える奴はいるか! それか、止血剤をくれ! 俺の持ってる分だけじゃ足りねえ大傷だ!」


 その言葉に、オレはびくっと体が震えた。思わず背中に背負っていた杖に手が伸びる。

「ち、治癒術って……」


「やめとけ」


 不意に、オレの肩をソータがつかんできた。思わず伸びていた足が、それによって止められる。オレはばっとソータを振り返る。

「なんでっ」

「奴は『坊ちゃんが殺される』と言っていただろ。恐らくあいつは、貴族と関わりのあるやつだ。貴族連中には、下手に関わると碌なことがない」

「だからって、怪我人を放置するのかよ!」

「ここは地方にしてはそれなりに大きな冒険者協会だ。お前が行かなくても、お前以上に治癒術を使える奴くらい、少しはいるだろ。簡単な治癒だけなら、黒魔術でも扱える」

「それは……」

 ソータの言葉に、オレは口をつぐむ。


 確かにオレは白魔法が使えはするが、『使えるだけ』である。何せ昨日初めて覚えた魔法だし、何なら魔法を使うこと自体、初めてのことだったのだ。詠唱を知っていて、発動させることが出来るといった程度で、どれほど効果があるかも正直わからない。ソータの言う通り、ここで回復魔法を扱える者がいたら、そいつはオレよりも必ず熟練者と言えるだろう。

 オレは体の前に持ってきた杖を、抱え込むようにぎゅっと握る。


 オレだって、初めて使う回復魔法が、重傷者相手だというのは怖い。

 うまく治せなかったらどうしようとか思うし、そもそもあんな遠目でもわかるような大怪我自体、直視できるかどうかも分からない。だから、ソータの言葉にほんの少し安心した気持ちもあった。確かに、オレ以外にも誰かいるだろうと。こんなへっぽこ術士よりも、もっと有能な――

 しかし、怪我人を支える冒険者の声に、誰も反応を示さなかった。


「おい、治癒術を使える奴は誰も居ねえのか! 簡易のやつでいい、少しでも傷が治せればそれでいいんだ!」

 再度男が声を上げたが。やはり周囲はどよめくばかりで、手を上げる者はいない。もしかしたら、本当に誰も回復魔法を扱えるものがいないのかもしれない。


 オレ以外には。


 冒険者の男は、誰も反応がないことに業を煮やしたのか、大きく舌打ちをすると再び口を開いた。

「仕方ねえ、だったら止血剤を――」





「――オレ、使えます!」





 緊張をしていたせいか、思った以上に声量が出る。女の子の姿である今のオレの声は高く、ざわめきの大きな場内に至ってもきれいに響いた。

 一気に冒険者たちの視線が集まるのを感じて思わず小さく悲鳴が漏れたが、傷つき苦し気に顔を歪める青年の姿が目に入ると、その恐怖をぐっと抑えることが出来た。

 今彼に回復魔法を使えるのは、オレだけなんだ!


「オレ、拙いですけど回復魔法使えます!」


「おまっ、馬鹿――」

「ごめんソータ」

 オレの横でソータが罵倒しかけたが、オレはぐっと杖に力を籠めると、彼を見つめ返す。


「やっぱオレ、困ってる人を放っておけない!」


「っ――」

 ソータが何かを言う前に、オレはすぐに階段を駆け下りた。後でソータがどのような言葉を言ってくるかは怖かったが、謝り倒すしかないだろう。


 オレが階下に降りると、近くにいた冒険者たちは皆道を譲ってくれた。一直線に、傷ついた青年とそれを支える冒険者への道が出来る。オレはすぐさま青年の元へと駆けよる。オレが近寄ると、床にへたり込んだ青年を支える冒険者は目を見張った。

「お前、さっき受付で騒いでた……」

「その人の傷を見せてください!」

「あ、ああ……っ」

 オレの言葉を受けて、支えていた冒険者は青年を床に座らせると、肩口にあてていた真っ赤になった止血布を取り払った。

 そこには、大きく肉が抉られ骨まで軽く見える凄惨な状況があった。


「うっ――」

 そのあまりに痛々しくも生々しい傷に、オレは吐き気を覚え慌てて口元を覆い耐える。

「お、おい大丈夫か?」

 そんな頼りないオレの様子に、冒険者は不安げに声を上げたが。オレは小さく深呼吸をすると、再度傷口をにらみつけた。

「……はい。すみません、大丈夫です」

 これほどの傷だ、オレなんかよりも青年の方がよほど苦しい思いをしているだろう。遅くなればなるほど、青年の容態は悪化してしまう。

 オレはすぐさま手にした杖を傷口に掲げ、唱える。


「柔らかな光よ、命を脅かす傷を癒せ」


 直後、掲げた杖の先から淡い緑色をした光があふれた。光は青年の傷口を照らし、同時にオレは体から力が抜けていくのを感じる。

「う……」

「大丈夫か嬢ちゃん!?」

「だ、大丈夫です。そのまま支えていてください!」


 恐らくオレの中の魔力が魔法を使うことによって抜けていっているのだろう。照明や光の盾を作ったときにはほぼ感じ取れなかったし、昨日教えてもらった際に回復魔法を使ったが、ここまで明確な変化はなかったはずだ。もしかしたら、大きな傷を治すのには相応の大きな魔力が必要なのかもしれない。初めての感覚に最初戸惑ったが、直ぐに気を取り直して傷口に意識を集中する。


 暫く癒しの光を発動させていると、傷口周辺の肉が淡く光を放ち始めた。光は傷口全体に広がっていきやがて、やがて失われた肉を徐々に生成し始める。

 最終的に痛々しい跡は残ってしまったが、先ほど血がとめどなく流れ骨まで見えていた傷は完全に塞がっていた。


「これは、すげえな……」

 思わずと言った様子で青年を支えていた冒険者が呟いた。

「……あれ、痛くない?」

 そして痛みのせいか虚ろな目をしていた青年の瞳に、生気が戻る。

「おい、具合はどうだお前?」

「……多少張っている感覚はあるけど、全然動かせる。痛みも全然ない」

「そりゃよかったな。この嬢ちゃんに感謝するんだな」

 青年が意識を取り戻したことを察したのか、冒険者の男は立ち上がりオレの方へ軽く顎を向けた。それにつられ、青年がオレの方へ顔を向ける。


「……君が傷を治してくれたのか?」

「……あ、あぁ。たぶん」

 青年の問いかけに、オレは曖昧な返事しか返せなかった。なにせ、術者本人でさえここまで効果が出るとは思っていなかったからだ。


 昨日の段階では、ナイフで切った小さな傷すら、治すのに苦労したんだぞ。それなのに、なんでオレはあんな大怪我を治すことが出来たんだ……?


 不思議なのは、魔法を使い始めた時の自分の思考だった。

 傷を見てすぐは、こんなもの自分では到底治せないと思っていたのだが。やがて傷に目を凝らしていると、何故か治せるという確信が浮かんできたのだ。そうして自然に頭に思い浮かんた聞いたこともない詠唱をすると、青年の傷がほとんど治った。

 自分のことながら、何が起きているのか理解できない。

 オレが自身の行いに戸惑っていると、青年は不意にオレの手を取った。その動きに、オレはぎょっと目を見張る。


「ありがとう! 君のような強力な白魔法使いがいるなんて幸運だっ。頼む、坊ちゃんを助ける手助けをしてくれないか!?」


「え、ちょ――」

 オレが目を白黒させていると、青年は懇願するように言葉を重ねた。

「坊ちゃんは町はずれの森で魔物の群れと今も闘っているはず! でも俺が町に応援を要請するように言われた時、魔物に噛まれたんだ! 『いいから行け』と強く言われたからそれ以上は見てないけど、きっと坊ちゃんも少なくない傷を負ってる。だから、君のような白魔法使いの手助けが必要なんだ!」

「頼む!」と祈るようにオレへと首を垂れる青年。オレはどうして良いか分からなくなり、とっさに後ろを振り返った。


「そ、ソータっ」


 そうして必死に頼れる仲間を呼ぶ。

 一応様子は見に来てくれたのだろう、あたりを囲む野次馬の中に彼の姿を見つけた。オレと目が合うと、ソータはいかにも嫌そうな表情を浮かべた後、がりがりと頭を掻きながら近づいてくる。

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