冒険者協会で誤解されました

 翌日。昨日は早めに寝たにもかかわらず、思った以上に寝起きに苦労したオレたち……というかオレは、ソータに散々呆れられながらも何とか朝のうちに町へ出かけることが出来た。

 日はだいぶ昇ってしまっているが、一応まだ朝だ。


「……たく。よくもまあここまでぐーすか寝てられるよな。もう昼前じゃねえかよ」

「だからごめんて! 仕方ないだろ、めっちゃ疲れてたんだから!」

 何度謝っても、ぐちぐちと文句を垂れるソータは、実に心の狭い奴だ。別に急いでないのだから、ゆっくりでもいいじゃないかと思う。

 とは言え、付いていくと言い出したのはオレの方であるからして、一応オレも申し訳ない気持ちは持っていた。

 こうなったら、オレも情報収集でしっかり貢献するしかないな!


「――で、これから冒険者協会に行くんだっけ?」

 現在オレたちは、ファーフォルトの町の中央通りを歩いている。お昼前だということもあって、通りは開店を始めたお店や往来する人々でそれなりに賑わいを見せていた。たくさんの話し声とともに、お店からいい匂いが漂ってくる。ついふらふらと足が匂いの方へ行きかけていたところで、ソータが小突いてきたので慌てて我に返った。

 いかんいかん。昨晩も食べるのそれなりに早くて、朝も食べてないからつい食べ物につられそうになった。

「この町でどれだけ時間費やすか分からないが、取り敢えず冒険者協会には顔を出す必要があるからな。じゃないと仕事が探せねえ」

 ソータの言葉に、そう言えばそんなことを冒険者登録した際に聞かされたことを思い出した。


 何でも、他の冒険者支部管轄内で依頼をこなす場合には、その支部の窓口で手続きを行う必要があるのだという。個人同士の契約を結ぶのならその限りではないが、基本は冒険者協会が依頼を管理しているため、支部の許可を得なければ依頼を受けさせてもらえないのだとか。

「護衛なんて滅多な機会でしかお目にかかれないから、どうせ金策はせせこましくやるしかねえだろうしな。まあ、一回許可が下りれば身分替わりにもなるし、短期滞在だろうとも顔を出すべきだ」

「なるほどねぇ」


 オレは首からつりさげ、ぺったんこな胸元にしまっていた冒険者を示すタグを取り出す。氏名と聖都オルエナで発行した旨が彫られているくらいで、いたってシンプルな金属板であるこれは、ちゃんと身分証代わりに効果を発揮するらしい。そう言えばこの町に入る際も、門番に提示させられたことを思い出す。

「まあ、んなことしなくても金がそこらへんに落ちてればいいんだけどな」

「いやさすがにそれはないだろ」




 ソータと並んで賑やかな大通りを歩くこと暫く。段々と周囲を歩く人たちが家族連れのような和やかなものではなく、武装した面々へと変わりつつあった。それに気が付いたオレは、目的地がほど近いところにあることを察する。


「――ここだな」

 その後、オレたちが入ってきた門とは町を挟んで反対側に位置する門が見えたところで、不意にソータがとある建物の前で立ち止まった。


 それなりに大勢の冒険者が来ることを想定しているのか、周りと比べて一回り大きなその建物の入り口には、剣とロープを象った看板が下げられている。冒険者協会のエンブレムであるそれがあるということは、ここがこの町の冒険者協会なのだろう。他国の冒険者協会を初めて見たが、エンブレムは同じらしい。丁度お昼前という時間が良くないのか、大きい建物の割には周りにはあまり人気はない。


 聖都は石壁がオシャレな建物だったけど、ここは同じ冒険者協会でも何か雰囲気が違うなぁ。


 全体的に木々で拵えられた飾り気の薄い建物は、オレが初めて利用した協会とは違うもので。一体中はどんな感じなのだろうと少しワクワクした。

 先行するソータが冒険者協会の扉を開く。その後ろを、オレはそそくさと付いていった。


「おお……」

 建物の中を見渡して、オレは思わず声を漏らした。


 この冒険者協会のロビーは、二階まで吹き抜けの構造をしており非常に広々とした印象を受ける。扉から入って左右の壁際に二階へと昇る階段が設けてあり、いたるところに依頼書を張るためのコルク板がかけられていた。そしてそこには、それぞれ数枚から板を埋め尽くすほどの量の紙が、それぞれ貼られている。貼られている紙は、すべて依頼書だろうか。

 ロビーからだと二階の様子はあまり見えないが、一階は長テーブルが複数配置されており、それぞれ所属の冒険者が様々な用途で活用していた。よく見ると、軽食も提供しているようだ。丁度建物奥に配置されたカウンターから、パンに何がしかを挟んだものを引き取っている冒険者の姿がある。


 そんな中、ソータは建物に入ってそのまま真っすぐと歩き出した。後ろから顔をのぞかせると、その先にはひと際大きなカウンターが見える。職員用の制服なのか、同じ服装の数人の男女が、カウンターの先に立っていた。あれが受付だろうか。周りには、丁度依頼の受注をしているのか何か交渉をしているのか、複数の冒険者がたむろしている。

 その間を、ソータは特に歩調を変えることなく進んでいくが。オレは周りからの視線にビビっておっかなびっくりだ。


 何せ、この場にいる者は大抵鎧を着込んで威圧感があるか、筋骨隆々でこちらを値踏みするかのようににらみつけてくるか、そんな奴ばかりだったからだ。よそ者が珍しいのか、はたまた細身の若い男と、それ以上に頼りなく見える華奢な少女の組み合わせが良くないのか。身に受ける視線はどこか挑発的だ。今にも「ガキが何しにきやがった」とか絡まれそうである。

 こんなオレでも気が付くぶしつけな視線に、感覚の鋭いソータが気付いていないはずはない。にも拘らずいつも通りの態度なのは、やはりそれだけ自分の実力に自信があるのだろうか。

 まあ確かにソータはこんな細い見た目をしているが、実際は相当な実力者だ。多少の荒事なら乗り切れると思っているのだろう。

 是非とも、もやしなオレを守ってもらいたいものである。オレはこの場にいるどんなやつにも勝てる自信はない。

 逆に、目の前に立たれ怒鳴られるだけで泣き出す自信ならある。


 丁度いいタイミングで、受付が一枠空いた。そこに滑り込むと、カウンター越しに髪の長いお姉さんがにこやかに声をかけてきた。

「冒険者協会へいらっしゃいませ。……初めてお見掛けしますが、冒険者登録の申請でしょうか?」

「いや、既に別の町で登録は済ませている。町に滞在する都合、ここの依頼を受けられるようにしたいんだが」

 お姉さんの問いかけに、オレより先にソータが口を開いた。ソータの言葉に、お姉さんは小さく首を垂れた。そしてカウンターの上に置いてある木製のトレイを軽く指した。

「そうでしたか。それでは、お持ちの冒険者タグをご提示いただけますか?」

 言われてソータが自身のタグをトレイに置いた。その様子をぼーっと見ていたオレも、慌ててタグを取り出して横から手を伸ばす。オレが手を伸ばしたことに、お姉さんは少し驚いたような表情を浮かべた。


「そちらのお嬢さんも冒険者だったのですね」

「あ、えと。……変ですかね?」

 まさかオレが冒険者でないと素で思われていたとは。確かにオレは見た目相応に弱いことは分かっているが、そこを驚かれるとは思っていなかった。何が悪目立ちしているのだろうかと不安になって問いかけると、お姉さんは首を横に振った。

「いえ、貴女のような年齢の女の子で冒険者というのは、うちの支部にはいないので。珍しいと思っただけです。気を悪くしてしまったのなら、申し訳ありません」

「い、いえ全然大丈夫です!?」

 あろうことか謝ってきたお姉さんに対して、オレは慌てて手を振った。そんなオレの様子が滑稽だったのか、お姉さんは上品に微笑むとオレたちの冒険者タグを乗せたトレイを手元へ持って行った。そして内容を確認して、小さく目を見開く。


「……アリエルさん、ですか。オルエナとは……随分遠いところからいらっしゃったのですね」

 転々と拠点を変える冒険者は少なくないと聞いたことがあるが、わざわざ大陸を挟んで反対側まで動くもの好きはそうそういないということなのだろう。そんなもの好き認定されたオレは、あははと自身の頭を撫でる。

「はい、何だかんだフラフラとこんなところまで来ちゃいました」

 本当は規格外の転送魔術に巻き込まれて、こんなところまで来させられたのだが。それを言っても信じてくれないだろうから、適当に濁すしかない。

「ふぅん……?」

 そんなオレとソータを交互に眺めたお姉さんは、不意に何を思ったのか口元に手を当てて面白そうなものを見る目を向けてきた。


「……もしかして、『駆け落ち』とか?」


「か、かけ!?」

 どうやらお姉さんは、オレとソータがそう言う関係……恋人同士だと勘ぐったようだった。

 オレは慌てて両手を振る。先ほど謝られた時以上に手を振り、何なら首を左右に振った。

「いやいやいや! オレとこいつはそんな関係じゃないですから!?」

 するとソータも心外だとばかりに軽くカウンターに身を乗り出した。

「そうだよ、気持ち悪い勘違いをしないでくれ! 選ぶにしても、俺はこんな馬鹿は選ばねえ!」

「はぁぁ!? 馬鹿って何だよ馬鹿って! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞバカ!」

「またそれか。ガキかお前はっ」

「あらあら」

 全力でオレたちが否定するところを目の当たりにしても、お姉さんはどこか微笑ましいものを見るような視線を崩さない。何なら、周りからも「やっぱこいつらそうなのか」みたいな空気を感じる。


 ふざけるなよ! 今はこんな姿だけど、オレはそんな気のないいたって普通の男なんだからな!? 男と駆け落ちした、とか思われるのは心外だ!


 その後ソータと共に何度か誤解だと説明をするのだが、周りは照れ隠しだと思ってか一向にくみ取ってくれなかった。というか、オレ達の話を耳にしていた周囲の冒険者たちも、どこか暖かい目を向けてくる。中には「頑張れよ」とか声をかけてくる奴も。

 何だお前らっ。そんな厳つい顔しているのに、意外といいやつらだな!? 誤解だけどな!


「……まあいい。兎に角、この支部で依頼を受ける許可をくれ。あとこの阿呆とは、依頼主と護衛の関係なだけで、それ以上でも以下でもねえ」

 やがてはぁと大きくため息を吐いたソータが、勘弁してくれとばかりに強引に話を戻そうする。対してお姉さんは、どこか理解を示すような表情で浮かべたまま、にこやかに手元を動かし始めた。

「……了解いたしました。――はい、手続きは完了いたしましたので、タグはお返ししますね」


 やがて手元の魔具……魔術を刻印して、魔力さえ流せば素質が無くても特定の魔術を発動させることのできる道具のことだが……その中に突っ込まれていたオレたちの冒険者タグは、手渡した時と同様にトレイに並べて戻される。それを引っ掴んだソータは、疲れたようにそそくさと首にかけて受付から離れる。対してオレは、首にかけた後服の中に戻そうと立ち止まる。


「アリエルさん」


 すると受付のお姉さんが、離れつつあるソータには聞こえないであろう声量で呼びかけてきた。振り返ると、お姉さんはにこやかに笑みを浮かべながら、ぐっとこぶしを握っていた。

「大変かもしれませんが、頑張ってくださいね!」


 それは果たして何に対する応援なのだろうか。まあ、恐らく先ほどの勘違いの延長だろう……。

 オレは何を言っても無駄と言うことが薄々分かっていたので、もう苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

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